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一時間目標で書いた(そして制限時間をオーバーした)即興小説でした。いかにも即興だけのことはある微妙な仕上がりですが、ログ兼ねて垂れ流しておきます。
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好きな色をひとつ選んでごらん、と魔法使いはいった。その手の中には、色とりどりの硝子玉。数をきちんと数えるには、わたしは幼すぎたけれど、おぼろげな記憶を信じるなら、少なくとも十はくだらなかった。
――ひとつだけ?
――そう、ひとつだけ。
わたしはじっと魔法使いの差し出す手を見つめた。大きな手だった。節くれだった指、青い血管の透ける、皺だらけの手のひら。その上できらきらと光る、たくさんの硝子玉。
――これ。
わたしが指さしたひとつを見て、魔法使いはゆっくりとうなずいた。それから静かに、抑揚のすくない声でいった。
――どうして、その色にしたんだい?
――おひさまの色だから。
わたしが答えると、魔法使いはほんの少し、片目をすがめた。それから、思慮深げにゆっくりとまばたきをして、訊き返してきた。
――黄緑が?
わたしは不安にかられながら、おずおずとうなずいた。なにかおかしなこと、間違えたことをいっただろうかと、心配になったのだ。けれど年老いた魔法使いは、怖がらなくていいというように、静かに首を振って、それからもう一度、わたしに説明を促した。
その色は、わたしがいちばん好きな色だった。春の日の早朝、まだのぼったばかりの太陽、そのやわらかな金色の光を透かす、若葉の色。いまならばそんなふうにきちんと説明することができるけれど、まだ五つだったわたしは、いったいどんな言葉を使って、老魔法使いにそれを伝えたのだろう。はっきり覚えていないけれど、魔法使いの反応だけは、よく覚えている。
笑ったのだ。目じりのしわを深めて、このうえなく嬉しそうに。
――それがお前の魔法だ。
幼い日にはすなおに信じたその言葉を、いまは疑わずにはいられない。わたしは適当なことをいってあしらわれたのではないか。あんな子供だましの占いみたいなことで、いったいなにがわかるというんだろう。
すぐれた魔法使いは、自分の魔法を使いこなすわざだけではなくて、他の人間の中に眠る魔法を見出すすべにも長けている。授業でそう習ってはいるけれど、それでも信じられない気がする。
疑うのは、わたしがあのとき、ただ単に好きな色をひょいと選んだのであって、特別な予感のようなもの、たとえば老魔法使いの手の中にあったたくさんの硝子玉の中でたったひとつ、それに呼ばれたというような感触が、なにもなかったからだ。
……というようなことを、言葉を尽くして説明したのだけれど、先生はわたしの話を半分も聞いていなかった。「ばかなことをいっていないできちんと集中しなさい、ブリジット」
ドロテ先生の眼鏡がきらりと光って、わたしは首をすくめる。思わず声が小さくなる。
「だって、できないものはできないんですよ。わたしに魔法の力なんて……」
「おだまりなさい、ブリジット」
ぴしゃりといわれて、言葉の続きをぐっと飲み込む。ドロテ先生は、怒ると怖い。いつも怖いけれど、ほんとうに怒るとその百倍怖い。いまの声の調子は、もうひと押しで本当に怒りだしそうなかんじだった。
わたしは口をつぐんで、もういちど、先生にいわれたことを試してみた。眼を閉じて、呼吸を整える。鼻から息を吸って、口から細く吐き出す。おなかに手をあてて、背筋を伸ばす。自分の体の中を流れている血を意識して、体の中をゆっくりと力が循環するイメージを描く。それから、それから……
力の発露するような兆しは、なにもなかった。体の中にそれがあるという手ごたえも。いつもとちっとも変らない。眼を閉じればそこには暗闇があるだけだし、体の中に流れているのは血流だけだ。
瞼を持ち上げると、おそるおそる先生を見上げた。ドロテ先生は眉間を指で押さえると、小さくため息をついた。
「信じなさい。老ベルトランが、あなたには太陽の加護があるといったのでしょう。それならば、あるのです」
「でも、だって、どんな偉人にだって間違いはあるって、先生も仰ったじゃないですか……」
「だってはいりません」先生は眉間のしわを深くして、鋭くいった。「あなたはわたくしの話を聞いていなかったのですか。魔法は信じる心から生まれるのです」
わたしはちっとも納得していなかった。だって、先生のいうのは、本当かどうかわからないけれど、とにかく問答無用で信じておけってことだ。やれるかもしれない、やれないかもしれない、でもやれないと思ってやらなかったら絶対にできないんだからって、そういう理屈だ。正しいけれど、だからといって、わたしが魔法を使えると保証してくれるものではない。
わたしは反論しなかったけれど、不満は顔に出ていたのだろう。ドロテ先生はため息をついて、杖を置いた。「今日はここまでにします。少し、頭を冷やしていらっしゃい」
学校の中庭で、わたしは寝そべって空を眺めていた。
まだ日も出ていない。魔法は夜ふけから早朝、まだ日の出ないうちのほうが力が強い。それでも子どもが昼に寝て夜に動くのは、体のためによくないから、夜には早く寝て、うんと早起きして、わたしたちは魔法の練習をする。いま、ようやく空が明るみ始めて、端の方から群青色に染まりだしている。もう少ししたら、ほかの子たちも練習を一段落して、朝ごはんを食べに食堂に向かう頃だ。
わたしは十四になったいまでも、まだ一度も魔法らしいものを発現させたことがない。同い年の子たちはとっくに、いくつもの魔法を使いこなすようになっていて、中には大人の魔法使いたちの手伝いで、助手として町に降りてゆくことだってあるくらいなのに。使えないのはわたしひとり。たったひとりだ。
からかわれて悔しい思いをしていたのは、いつごろまでだっただろう。いまは悔しがるよりも、怖い。わたしはほんとうに、ここにいていいのだろうか。間違えて、自分のいるべきではない場所に紛れ込んでしまっただけではないのだろうか?
魔法の素質のある子どものところには、その子が五つになる年に、魔法使いが迎えにやってくる。
誰に素質があるかなんて、見ただけではわからない。知っているのは、魔法使いたちだけだ。彼らは星占で、魔法の加護のある子どもの出生を知る。それで、時期が来たらその家に子どもを迎えに来る。
魔法の力は、遺伝とまったく関係がないわけではないらしいのだけれど、それまで魔法使いの出たことのない家にでも、とつぜん現れることがある。それは、うんと身分の高い人の子息だろうと、うんと貧しい小作農のせがれだろうと、関係がない。どんな家でも、魔法使いが迎えに来たら、子どもを差し出さなくてはならない。
魔法使いたちは、魔法を持った子どもが生まれたら、その親のもとにまず一度姿を見せて、彼らに予告をする。五年後、子どもを迎えに来ると。親もそのつもりでその子を育てる。
だけど、中には、どうしても子どもを手放したくない親だっている。子どもを連れて家を捨てて、遠い外国にまで逃げてしまうような親が。
そんなことをしたって、魔法使いたちが追いかけてきて、見つかってしまうのが普通なのだけれど、ときにはうまく逃げおおせる人たちもいる。国外にさえ出てしまえば、魔法使いは追いかけてこない。国境を越えた場所で魔法を使うことは、法で禁じられているから。
「こんなところにいたの、ブリジット」
先生の声がして、反射的に起き上がった。ドロテ先生は、長いスカートのすそをおさえて、わたしの隣に腰を下ろした。
「髪に草がついているわよ」
先生の、手袋をした指が、わたしの前髪から草を取り払う。わたしが緊張して肩を縮めていることに気付いたのか、先生はふっと、目元をゆるめた。わたしはびっくりして、思わず瞬きをした。ドロテ先生が笑うのは、珍しい。
「あなたのように若い人にはぴんと来ないかもしれないけれど、老ベルトランは、本当に偉大な魔法使いでね」
先生はいって、ぱたんと芝生の上に倒れた。わたしは眼を丸くしてまじまじと先生を見下ろした。いつもきちんとしていて、理知的なドロテ先生が、こんなふうに地面に寝転がることがあるなんて、いまのいままで考えたこともなかったのだった。
「あの方の仰ることに、間違いがあったためしはないの。どんなに重大なことも、どんなに些細なことでもね。……どんな気分かしらね、そんなふうな、大いなる力を体のうちに抱えているというのは」
いつものお説教ではなくて、まるでただの世間話というように、先生はくだけた口調で話した。それでわたしは戸惑って、何度も瞬きをした。
「老ベルトランがはじめて魔法を使ったのは、二十歳をすぎてからだったというわ」
先生はなぜか、悲しそうだった。わたしは黙って、膝を抱えた。なんとなく、背中のところがそわそわして、落ち着かないような気がした。
「あとで思えば、私は自分の中の力を恐れていたのだと思う――あの方がいつか、そんなことを仰った。無意識のうちに恐れて、押さえつけて、表に出てこないようにしていたのだと」
「そんなことが、できるんですか」
思わず口を挟んでいた。自分がどうしてそんなことを訊いたのか、わたしにはわからなかった。だけど先生には、わかっているようだった。ドロテ先生は、わたしの眼を見て、やっぱりちょっと悲しそうな顔をした。
「できたのでしょうね」
先生がなぜ悲しそうなのか、わたしにはわからなかった。先生はいっとき口をつぐんで、中庭を吹き抜ける風を眼で追うようにしていたけれど、やがてふっと短い息を吐いて、話を続けた。
「けれどあるとき抑えきれなくなって、老ベルトランの魔法は発現した。制御されない力は、あの方の周囲にいた人々を傷つけた。……眼を焼かれて、視力を失った魔法使いもいたそうよ。その人は、あのお方にとって、だいじな親友だったのですって」
遠まわしにいさめられているのだと悟って、わたしは首を縮めた。だけど、わたしは偉大な魔法使いとは違う。なにも、わざと魔法をつかわないわけではないのだ。本当に、いわれたとおりにやってみようとしても、なにも起こらない。わたしは自分の中にある力の存在というものを、感じたことがない。
黙っているわたしをどう思ったのか、ドロテ先生は眼を細めて、話をつづけた。
「あなたが魔法を使えないのは、あなたが心の奥で魔法を使いたくないと、そう思っているからではないかと、わたくしは考えています」
「そんなこと……」
「あなたは、自分が魔法のせいでご両親から捨てられたと思っている」
わたしはとっさに息をのんだ。
それはたしかに、わたしがいつからか、心の片隅でずっと考えていたことだった。あのとき、あの老魔法使いがわたしのところにやってきたのは、何かの間違いだったのではないのか。わたしは魔法になんて関係のない普通の女の子で、ほんとうだったら今頃は、両親のもとから普通の学校に通っていたはずではないのか。だけど、考え出せば悲しくなるから、わたしはそのことを、つとめて意識に登らせないようにしていた……
「だけど、ブリジット。そうではないのよ。制御されない魔法は、とても危ないの。誰だって幼い我が子を手放して、こんなところに預けたくなんかない。それでもそうするのは、結局、訓練されない魔法は自分自身を傷つけるからなのよ。……老ベルトランは、親友の眼から光を奪ったことで、ずっと苦しんでおられた。長い、長いあいだ」
それがお前の魔法だといって微笑んだ、年老いた魔法使いの顔を、わたしは思い浮かべた。目じりの深い皺、澄んだグレーの瞳を細めて、ひどく嬉しそうに微笑んだ。偉大な老魔法使いは、どうしてあんなに嬉しそうだったのだろう?
「ブリジット、あなたは捨てられたわけではない。わかるわね?」
わたしはうなずかなかった。眼を伏せて、先生の目を見ないようにして、きつくこぶしを握っていた。
「あなたのご両親は、欠かさず季節ごとに手紙を送ってくださっているでしょう? それが答えですよ」
先生は起き上がると、スカートの裾についた草を払った。「朝食にしましょう」
空はすっかり明るくなって、まだ低い位置にある太陽から、金色の光が中庭に差し込みかかっていた。
歩きだしたドロテ先生のあとを、少し離れて追いかけながら、わたしは唇を噛んだ。
先生はふと立ち止まって、振り返った。つられて立ち止まったわたしは、眼をしばたいて、先生の顔を見つめ返した。
「あなたの魔法を占ったとき、老ベルトランは喜んでおられた。――あの方の魔法も、太陽の魔法だったの。けれど、あなたは黄緑の水晶を選んだのですって?」
肯くと、ドロテ先生はかすかに眼を細めた。
「おだやかな木漏れ日の色。きっとその力ならば、自分のように、人を傷つけることもないだろうと、あの方は仰った」
「だけど――」
わたしはとっさに言い返した。「たったあれだけで、本当に、その人の魔法がどんなものか、わかるものなんですか。わたしはただ単に、好きな色を選んだだけなのに」
ドロテ先生は重々しくうなずいた。もう、すっかりいつもどおりの先生だった。
「好きというのは、力なのよ」
先生は踵を返し、いつものようにまっすぐに背筋を伸ばして、食堂に歩いて行った。わたしはいっときその場で立ち止まったまま、先生の足音を聞いていた。
振り返ると、朝の陽射しが中庭の木々の梢に降り注いで、地面にやわらかな金色の光を落としていた。風に揺れる、透き通った影。幼い日々、木漏れ日のいろが好きだった。その気持ちを、わたしはいつのまにか忘れていなかっただろうか? いじけて、小さくなった心で。
いっとき木々の落とす影を見つめたあと、わたしは顔をあげて、食堂に向かって走り出した。パンの焼ける、いい匂いがしている。
こんなことを誰かにいったら、単純すぎると笑われてしまうだろうか? 近いうちに、魔法を使えるようになるのではないかと、そういう予感がしていた。
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お題は「黄緑」をテーマorモチーフにした小説を書くこと、でした。
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