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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 即興三語小説。以前に書いた三語小説「夜に棲むもの」の続き……というか、過去話です。

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 湿った夜気を頬に受けて、惣一郎はふと空を仰いだ。
 先ほどまで冴え渡っていた月に、いつの間にか叢雲(むらくも)がさしている。さあっと音を立てて、桜の花びらが舞った。
 小さな社がひとつあるばかりの、古い神社だ。それでも氏子が丁寧に清めているのだろう、境内に荒んだようすはなかった。
 夜桜の下、女が立っている。
 黒い袷の背に、結わないままの髪を流している。朧な月明かりに照らされて、その頬が白い。何を思っているのか、顔を上げて、張り出した枝をじっと見つめている。
「そうしていると、幽霊画のようだな」
 声をかけると、女――あやめが振り返って、紅をさした唇をつりあげた。
「おぬしのような男でも、冗談をいうのだな」
「なんだ、それは」
 ふふ、と笑って、あやめは髪についた桜の花びらを、指でつまんだ。その爪は長く、鋭い。
「鬼に向かって、幽霊のようだもあるまいに」
 くくっと喉をならして、あやめは再び桜の枝を仰いだ。
「お前のような鬼女でも、桜は愛でるのだな」
 仕返しのようにそういうと、あやめはふっと真顔になった。
「呑気なことだ。一族の惣領息子ともあろうものが」
 なに、と訝った次の瞬間には、懐に手を入れていた。その手を引き出したときには、札を握っている。
 風もないのに、桜の影が揺れる。とっさに飛びのくと、音を立てずに、幼児ほどの小さなものが地面へと降り立った。札を叩きつけようとする惣一郎よりも早く、それは飛びのいて距離をとった。
 一本角の、小さな鬼だった。醜く引き攣れたような肌は青白く、手足が節くれだって、骨ばっている。黒々とした眼が瞬きもしらずに、じっと惣一郎を見上げた。
 祓わないでくれと、その目はいっているように見えた。
 惣一郎はたじろいだ。その隙をついて、小鬼は奔っていった。瞬きするほどの間に、闇に溶けて見えなくなる。あやめが、くつくつと喉を鳴らした。
「甘いことだ」
 うるさい、とふてくされて、惣一郎は札を懐に仕舞った。惣一郎が情に流されて小さな鬼を取り逃したのは、一度や二度のことではない。
 鬼どもの間に同族意識などというものはないらしく、惣一郎が鬼を仕留めようが見逃そうが、あやめはたいして気に留めもしない。それどころか、ときにはほかの鬼を殺して惣一郎の身を守りもする。式鬼として縛られているわけでもないというのに。
 雲が流れて、月が顔を出す。あやめの唇の紅いのが、いっそうくっきりと浮かび上がる。それを眺めながら、惣一郎は重い口を開いた。
「お前を探していた」
 あやめは答えず、手のひらの上の花びらに息を吹きかけて飛ばすと、空を見上げた。
 雲に巻かれた月が、その黒い瞳に映りこむのに、惣一郎は見惚れた。鬼の瞳にも、月は映るらしいと、何とはなしに驚きながら。
「赤紙が来た」
 その言葉の意味するところを、そういえばあやめは知っているだろうかと、惣一郎はふと思った。それほど、あやめの表情に変化がなかったからだ。
 だがあやめは、神木にもたせかけていた背をゆっくりと起こして、面白がるように目を細めた。
「それで、いわれるままにいくさ場へ行くのか」
「ああ」
 惣一郎が肯(うべな)うと、あやめは不思議なほど優しげに微笑んだ。
「何とでも逃れようはあろうに」
 その言葉も、あやめの表情も、ともに意外に思えて、惣一郎は眉を吊り上げた。
「鬼らしからぬ言い分だ」
「お前は、いくさは好かぬだろう」
 肯定も否定もせずに、惣一郎は肩をすくめた。風が枝を揺らし、桜吹雪が舞う。それに眩惑されるような思いで、惣一郎は鬼の微笑をみつめていた。
「まあ、そういう愚直なところが、お前らしいといえば、お前らしい」
 憮然とする惣一郎の目を、からかうように覗き込んで、あやめは唇を吊り上げる。そこにのぞく鋭い牙が、月明かりを弾く。
「それに、わたしにとっては好い知らせだ。これで当分は、飢えずに済むだろう」
 楽しげにいって、あやめは惣一郎の肩にもたれる。その長い爪の背が、からかうように惣一郎の首を撫でた。
「ついてくる気か」
「ついてゆかぬ理由が、なにかあるか」
 少し考えて、惣一郎は首を振った。鬼が戦場をきらう理由は、たしかになかった。体重のないようなあやめの腕に、されるがままにしながら、惣一郎は頼み込むような気持ちで口を開いた。
「喰うなら成る可く、敵方の兵隊か将校にしてくれ」
 ふ、と笑って、あやめは体を離した。背を向けて、音を立てずに歩き出す。鬼たちはいつも、滑るように夜を歩く。
「そうしよう。ほかならぬお前の頼みなら」
 その言葉を信じていいものか、心を決めかねながら、惣一郎は頷いた。人を喰らうおそろしい鬼であるはずなのに、ときおり妙に優しげな顔をする、妙な女の背を見つめながら。
「お前はいったい、冷酷なのか、それとも情け深いのか」
 いいながら、米兵ならば喰ってもよいという自分と、己が本能のままに人を喰らう鬼と、どちらが冷酷だろうかと、惣一郎は思った。
「それをわたしに訊くのか」
 あやめは足を止めて、くくっと喉を鳴らす。惣一郎は答えなかった。生ぬるい風が吹き、花びらが舞う。
「まったく、妙な人間もいたものだ」
 謡うような調子でそういって、あやめは惣一郎の腕を取った。
 鬼よりよほど陋劣(ろうれつ)な人間もいるのだから、人より情け深げな鬼がいても、別におかしくはなかろうよ。もっとも、鬼の情けが、人のそれと同じかどうかは、知らぬことだが。
 そう語るあやめの声は、春の宵闇を揺らす風のようだった。
 腕を組んで歩く二人の頭上に、桜の花弁が降りしきる。あやめがうるさそうに、花びらを払う、その指が白い。
 どこか遠くで、夜汽車の汽笛が響いている。

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▲必須お題:「愚直」「夜桜」「陋劣」
▲縛り:「登場人物が監禁されている(任意)」「足蹴にされて喜ぶ登場人物を出す(任意)」(使用できず)
▲任意お題:「たまゆら」「じゃがりこ」「円形脱毛症」(使用できず)

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