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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 即興三語小説。猟奇描写あります、苦手な方はご注意くださいませ。

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 街が宵闇に包まれていく。日は落ちきって、けれど空の端は未だ仄明るい。その残光が、目に見えて刻々と失われていき、街灯がじりじりと音を立てて、道の端から順に灯っていく。夜がやってくる。妖魅の跋扈する夜が。


 夜の公園は静まり返り、すぐそばにあるはずの住宅街の生活音さえ、少しも届いてこない。普段はちらほらと見かける、近道に通り抜けるような学生の姿が、いまは一人もなかった。
「やれ。近頃の若い娘は、刺青だのボディピアスだのと」
 女の嘆息が、夜気に溶けていく。まるで老人が若者に対してこぼす愚痴のような内容。けれどその声の主が手にもっているものは、若い娘の、ほっそりとした腕だけだった。付け根から無残に引きちぎられたその青白い腕には、もう血が通っていない。
 私はそれを、……女の姿をした鬼が手に抱える獲物のなれのはてを、じっと見つめたまま、ただ立ち尽くしていた。
「不味い」
 ぺっと、噛み千切った肉片を吐き出すその口元が、血に濡れて赤い。吐き捨てられて地に落ちた肉片の、上腕だったと思われる血まみれの皮膚に、タトゥーらしき模様が見えた。
「何か言いたそうな顔だな。実花」
 鬼は、わたしを流し見ると、くすりと息で笑った。私は無言で、それを睨み返す。言葉はない。もう、言うべき言葉は言い尽くした。
「食べ物を無駄にしたら、もったいないおばけが出るよ。――そういえば、霧花がよくお前に、そんなふうに言い聞かせていた」
 かつて母がよく口にしていた、子どもだましの脅し文句だ。そんな似合わないせりふを口真似して、鬼女が――あやめが、くすくすと笑う。その足元には、食べ残された女の生首が、無造作に投げ捨てられている。脱色されすぎて痛んだ髪が、恐怖を浮かべた死に顔に、絡み付いている。その合間から、恐怖に見開かれた目が、私をじっと見つめている。見つめている……
「化け物が出てきてお前を食おうとしたなら、わたしがそいつを殺してやろうさ。約束だもの」
 そう笑い混じりに言って、あやめは血のついた指を舐める。笑みにゆがんだ唇からのぞく、赤い舌。長くつややかな黒髪をかき上げる、あやめの仕草は気だるげで、艶めいていた。
 古来魔物は、美しい姿をしているものだ。


 高名な陰陽師の流れを汲むという私の祖父は、自身もそれを生業にしていたのは若い頃のことで、怪我を負って足を悪くしてからは、そちらの稼業からは手を引いたのだと言っていた。近隣で鬼の気配がすれば、首を突っ込むこともあるが、昔のように仕事として請負うことはもうないのだと。
 かつては呪符を書き印を組み、鬼を使役して悪鬼を退治してまわったという、そんな話は、幼い子どもの心には、心弾む冒険のように聞こえたものだ。
 祖父の隣や背後や足元にいつでも控えていた、両親や弟には見ることのできない有象無象を、私だけが、この目で見ながら育った。私が学校で病魔を拾ってきて熱を出すたびに、かならず祖父の式鬼が枕元を訪れて、私の身体から、病魔を追い払ってくれた。
 祖父が精神に異常をきたしているのだと思い込んでいる母と、祖父の周りで起こる怪現象を見てみないふりをしている父の、苦い顔をよそ目に、私は祖父によく懐いていた。
 目を輝かせて話をせがみ、どうやって鬼を従えるのか、詳しく聞きたがった私に、祖父は天を仰いで呵呵大笑した。
「お前が望むのなら、いくらでも説明しよう! 教えてやろうともさ! 呪符の書き方も、結界の張り方も、鬼を呪で縛るやり方も!」
 そこまで上機嫌に声を張り上げて、けれど、祖父は糸を切るようにぷつりと笑い止み、真顔に戻った。
「だがな、お前には素質がある。翔太とは違ってな。だから、お前に教えるならば、遊び半分にとはいかない」
 いつも着ていた、色あせた甚平の袖から突き出した手が、がしがしと私の頭を撫でた。骨ばった指は、しかし、驚くほど力強かった。
 祖父は思いもかけないほど厳しい声音で、私に言った。技を受け継ぐというのなら、お前はいずれ陰陽師として、自ら鬼を狩って歩くことになる。そうとなれば、お前が命を落とさないでいられるように、厳しく修行をつける。お前にその覚悟があるのかと、祖父は聞いた。
 私はその話にひるんだ。そして反論した。祖父もまた、陰陽師の技を身につけて、けれどいまは引退して平和に暮らしているのだから、私だって少しくらい技を教えてもらったからといって、必ずしも陰陽師にならなくてはいけないわけではないのではないか。
 祖父は笑って、答えなかった。
 その話はそこまでだった。私はそれきり、祖父が晩年に話を蒸し返すまで、そんな話をしたことさえ、すっかり忘れていた。
「お前は、見えるからなあ。子どものうちだけかと思っていたが」
 祖父はある日突然、淡々と自らの死を予言し、そして私にそう言った。幼い子どものうちには、この世にないものを見る力をもっていても、たいていの人間は、大人になる前にその眼を失ってしまうのだという。父は祖父の力を少しも受け継いでいなかったし、母も普通のひとだから、私も、修行もせずにほうっておけば、いずれは何も見えなくなると、祖父は思っていたらしかった。けれど、あいにくというべきか、その年の春に高校生になった私の目には、いまだに祖父の連れる有象無象が、このうえなくはっきりとうつっていた。
「見えてしまえば、狙われる。そういうものだ」
 呪力をもつものを喰えば、力が増すから、鬼を見る眼をもつものは、鬼がこぞって食いたがる。これまでは自分が結界を張り、近所で鬼のしわざらしい事件が起きれば退治に出かけ、そうして家族を護ってきたが、これからはそうもいかないと、祖父はまるで他人事のように、笑って言った。私は怖くて、口も利けなかった。祖父が死ぬというのも怖かったし、鬼がこぞって私を食べにくるだろうという、祖父の言葉も恐ろしかった。
「俺もなあ。もう少し、長く生きるかと思っていたが、まあ、死ぬものはしかたない」
 そう言って、怯える私の頭を撫で、祖父は何事か考え込むようだった。


 ――実花を護れ。これの身内は喰うな。
 死に際に祖父が、この美しい鬼女に遺した指示は、たったそれだけだった。
 祖父が死ぬなり、それまで呪に縛られていた式鬼たちが、顔をつき合わせて、私を殺して喰おうと算段しはじめた。
 その鬼たちを、あやめがものもいわず、片端から叩き殺した。
 同じ主に仕えたもの同士というような連帯感は、鬼の間にはないらしかった私はあっけにとられて、その世界が一瞬で変容するような一部始終を、ただ見つめていた。
 人を喰う鬼を調伏し、従えて、ほかの鬼を殺させる。陰陽師とはそういうものだ。
 鬼は人を喰う。調伏され、呪に縛られたからといって、なにも喰わずに永らえるわけではない。鬼とはそういうものだ。


 夜の公園には、生きるものの気配がない。私は急にそのことに気が付いた。周囲の生活音が届かないばかりか、ここには虫の音ひとつもなかった。誰も踏み込んでこないのは、どうやらあやめが、結界を張っているらしかった。
「そう恨みがましい眼で見るな」
 あやめは見るなといいながら、むしろどこか楽しそうに笑って、着物の裾を払った。
「お前が嫌がるから、辛抱して、できるだけ最初から死んでいるのを探して喰っているじゃないか。今日のように、生きているのを殺して喰うほうが、ずっと手っ取りばやいのに」
 そういうあやめがちらりと見下ろした先では、生首がまだこちらを向いている。ほんの十分ほど前に、あやめが殺した少女だ。したたかに酔いつぶれて、公園でうずくまっていたのを、鶏の首でも絞めるように、気安く首を折って。
「これが昔だったらもう少し、探すのも楽だったんだがな。せっかく喰えるものを、おまえらはいちいち焼いて灰にしようというのだから。食いかけを捨てるより、そのほうがよっぽどもったいないと、思うのだがな」
 あやめは歌うように節をつけて言いながら、生首を持ち上げた。その舌が戯れのように、無残にちぎられた傷口を舐めとるのを、私は唇を引き結んだまま、じっと見ている。この光景を、一寸たがわずこの眼に刻み付けようとする。これは鬼だ。人を殺して喰らう鬼だ。
 初めてあやめが人肉を食べるのを見たとき、私はこらえる暇もなく吐いた。いつも祖父の隣で微笑んでいた、馴染みぶかいと思っていた美しいこの女から、這うようにして逃げた。
 逃げまどう私を、あやめは何ということもないように、微笑んだまま、ゆったりと追いかけてきた。そして、幼い頃に私の頭をなでたのと同じ手で、私の背をやさしくさすり、いつもと変わらない調子で、笑いながら言った。そんなに怖がらなくてもよかろうに。お前のことは喰わないよ。あれとの約束だ。
 ふと、あやめが飽きたように少女の生首を捨てた。その首に、あやめの眷属なのか、小さな黒い鬼たちが、音も立てずにわらわらと屍肉にむらがるのを、私はじっと見つめていた。その視線をどう捉えたか、あやめは少しも気が咎めるところのない、やわらかな微笑のままで、口を開いた。
「人の血を啜り肉を喰らうわたしを、おまえはあさましいというがな、おまえらと、何も変わりあるまい。喰いものが違うだけだ」
 言い訳でもなんでもなく、本当に不思議そうに、あやめは言う。私は無言のまま、あやめに背を向ける。家に帰らなくてはならない。母が心配するから。あやめの腹に収まった女性の、いるのかしらない母親が、素行の悪い娘に腹を立てながらも、帰りを心配しながら待っている、そういう光景の想像が、じわじわと胸の底のほうを蝕むのを、あえてそのままにしながら、一歩ずつ地を踏みしめるように、ただ歩く。
 後ろを、あやめがゆっくりとついてくるのが、気配でわかった。
 公園を出て、歩いているうちに、私は自分の手が震えていることに気づく。腹立ちのせいか。恐ろしいのか。罪悪感からか。自分でも分からない。意思とは無関係に、指は震え続ける。
「ああ、しかし、口を利くものをとって喰うほど、自分たちは野蛮ではないと、誰ぞが言っていたな。牛馬とて、何も思わぬわけではなかろうに。意思の疎通ができるものを、喰らうのは野蛮で、言葉の通じぬものならば、いくら喰っても罪はないか。人間のいうことは、面白いな」
 思わず振り返ると、皮肉というよりも、本当に面白そうな顔をして、あやめは笑っていた。私は無言のまま、首をゆっくりとめぐらせて、あやめから眼を逸らす。
 公園からずいぶんと離れたところで、あやめが結界を解く気配が、空気を揺らして伝わってきた。
 街灯の切れた暗がりを通り過ぎる一瞬、近くの家の庭で、犬が怯えたように吠え立てた。あやめの気配が分かっているのかもしれない。あるいは、人の血の匂いがするのかもしれなかった。
「そういえばお前、あの何とかいう陰陽師につけてもらっている修行は、順調なのか」
 つい立ち止まった。あやめの声は、少しも嫌味をいうふうでなく、ただ興がるような調子のままだ。祖父の古い友人という師匠のもとにいる間は、結界を張ってあやめを締め出してしまう。
 あやめは多分、その気になれば、そんな結界なんて簡単に破ってしまうことができるだろう。師を軽んじるわけではないが、あやめの力はそのくらい強い。けれど興味がないのか、それとも思うところあるのか、修行中は近寄ってこようとしない。
「術を覚えて、何を殺すつもりなのかしらないが」
 思わず振り返って、あやめの黒々とした、夜の淵のような眼を覗き込む。人とは違う、その尖った虹彩が、何もかもわかって訊いているような、そんな色味を浮かべていた。
「あれは、お前がそちらの道に進むのを、望まなかったようだがな」
 祖父のことを懐かしむように、あやめは呟く。
 いつか、約束だからお前は食わないと、あやめは言った。祖父の呪に縛られているからでは、ない。自らの死後も鬼を縛り続けるような術はない。少なくとも祖父は、そんなわざはもっていなかった。ただ約束だからと。
「あんたは、お祖父ちゃんに」
 惚れていたのだろうと、背を向けたままあやめに訊こうとした矢先、道の向こうから、大学生風の男がコンビニ袋を提げて、歩いてくるのが分かった。
 口をつぐむ。あやめの姿は人には見えない。独り言をいう、頭のおかしい女だと思われるのには、抵抗があった。さきほどの犬だろうか、背後の方で、断続的に吼えている。男がそれに少しひるんだような横顔を見せて、すれ違っていった。
 一度言葉を途切れさせてしまうと、男の足音が遠ざかってしまっても、あらためて問いただす気分にはなれなかった。
「なんでもない」
 小さく言って、家路を歩く。
 幼いころ、祖父のことが大好きだった。
 いまは。こんな鬼を――人を殺して喰らう鬼を身近に飼いつづけていた祖父は、そんなものを私の守護に遺した祖父は、人ではないと思う。人の心を持っていたら、こんなことはできない。できるはずがない。
 いつか。いつか必ず、一人前の陰陽師になって、力をつけて、そしてあやめをこの手で殺す。式鬼の力を借りずに鬼を殺すことが、どれほど困難だろうと。
 自分にそれができるのかと、胸のうちのどこかで囁く自分の声を噛み殺して、私は後ろを振り返らず、ただ家路を歩いた。


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お題:「タトゥー」「説明しよう!」「宵闇」
縛り:「ぽんこつヒロインが登場する(任意)」「動物(ペット可)を登場させる(任意)」「夕陽に向かって走る(任意)」「視覚描写に力を入れる(任意)」
任意お題:「痒み」「ぺったんこ」「神様お願い!」「鎖骨」(使えず)

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