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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 脊椎反射で書いたせいでいろいろ意味不明なことになっている童話風ファンタジー掌編。
 竜と村の青年Aの話です。

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 竜のねぐらは硫黄のにおいがするといったのは、だれだっただろう。けわしい山道を歩きながら、ノノは思いだそうとした。いじのわるい二番目の兄だろうか、となりの家に住むひねくれものの三男坊だったか。それとも小さいからノノをいじめてばかりいた、村長のむすこのデグラスだっただろうか。
 せなかを丸めて、ノノは歩く。空をとぶ鳥が、ノノのみっともないすがたを笑うように、けんけんと鳴いている。あたりの岩はどこもかしこもするどくとがって、灰色のはだの中に、ぎらぎらとにぶい鉄の色をかくしている。足元にはばらばらの大きさをした砂利があって、ノノの足のうらは、すぐに痛くなってしまった。
 朝早くに家を出てから、ずっと歩きどおしで、いまや太陽は、ほとんど彼の頭の真上にある。ノノはくたくただった。それでなくてもけわしい道なのに、腰に下げたなれない剣のせいで、ノノはよけいに疲れきっていた。

「お前はばかだなあ、なぜ本当に行くなんていったんだ」ノノが家を出るとき、二番目の兄は、にやにやしながらそういった。「ほんとうにノノ兄さんはばかなんだから」末の妹はそっぽを向いた。ほかのきょうだいたちはわら布団の中で、まだぐっすりねむっていた。母さんはとなり町で出かせぎのさいちゅうで、まだこのことを知らない。

 ぎらぎら光る太陽にてらされて、ノノは顔じゅうに汗をかいていた。わきも、背中も、びっしょりとぬれている。熱い砂利の上を歩きつづけた足のうらは、燃えるように熱かった。それなのに、ノノはぶるりとふるえた。さむけがしたのだった。
 おれはばかだ。ノノは思った。とんでもないばかだ。おれが帰らなかったら、おさななじみのミーアは、おれのために泣いてくれるだろうか。泣くかもしれない。だけどひと月もすれば、そのこともすっかりわすれてしまって、あのいけすかない婚約者のところに嫁いでゆくだろう。
 ノノは足元の砂利をけった。がらがらといやな音がして、ますます足が痛くなった。

 つんと、鼻をさすにおいがした。ノノはぎくりとして足を止めた。鼻をくんくん鳴らすと、卵のくさったようなにおいがして、目の奥が痛くなった。ノノの心の中で、自分そっくりの声がした。さあ、もう気が済んだだろう。引き返せよ。みんなからばかにされるだろうけど、どうせこれまでも、そうだっただろう。
 けれどノノは、引き返さなかった。けわしい岩の道を、そのまま進んだ。
 少し歩くと、ノノの背たけと同じくらいの、ごつごつした崖があった。岩にはたくさんのでこぼこや、さけ目があった。そのさけ目につま先をつっこんで、ノノは崖をのりこえようとした。
 その崖が、きゅうに動いた。ノノはひっくりかえって、尻から地面に落ちた。その下には、とがった砂利がたくさん落ちていた。ぎゃっと悲鳴をあげて、ノノはあたりをみわたした。このあたりではときどき、山が火をふいて、地ゆれがする。それで崖が動いたのかと、ノノは思った。
 だが、そうではなかった。ノノが崖だと思っていたものは、ぐらぐらとゆれた。それからゆっくりと高く持ち上がって、きゅうにぱたんと落ちた。よくみれば、崖にはとげがたくさん生えていた。
 それは、崖ではなくて、竜のしっぽだった。岩のさけ目だと思ったのは、うろこだったのだ。
 ノノは腰をぬかしたまま、地面から、竜の巨大なしっぽを見上げた。口をぽかんと開けていたので、ぱらぱらと細かい石ころが落ちてきて、口の中に入った。ぺっぺっと唾を吐き出して、ノノはくしゃみをした。
「やれやれ、ちかごろでは、静かに寝かせておいてもらえもしない」ごろごろと、岩の転がるような声がした。それがあまりに低く、あまりに大きな音だったので、ノノははじめ、まわりでがけ崩れが起きているのかと思った。けれどそうではなくて、それは、竜の声だった。

 ノノの見ている前で、竜はゆっくりと体をひねった。尻尾が左に動いて、ノノから見て奥のほうへ、ゆっくり引っ込んでいく。その代わりに、とげのたくさん生えたかたまりが、右手のほうからまわってきた。そのかたまりには、ノノの体ほどの大きさの、金色に燃える、きれいな石が埋まっていた。
 大きな石の真ん中には、たてに一本、銀色の線が入っていた。その線が、ゆっくりと、細くなったり太くなったりした。それが竜の目であることに、ノノは気がついた。
「おや。こんどはまたずいぶん、細っこいのがきたものだ」
 もう一度、岩の声がした。
 ノノはまだ、立ち上がることもできなかった。声は、ねむたげな調子でいった。「それで、どうする気だね。細いの。その棒っきれで、わたしのうろこでもつついてみるかね」
 ノノはしゃっくりを飲み込むように、何度かのどをひきつらせた。そして思った。やっぱりおれは、とんでもないばかだった。

 だが竜は、動こうとしなかった。縦に長い瞳を、ゆっくりと開いたり閉じたりしながら、じっと首をかしげている。
 ノノはようやく、声をだした。「おれを、とってくわないのか」その声は、ふるえていた。竜はまばたきをして、ねむたげに答えた。「食べてほしいのかい、細いの」
 ノノはぶんぶんと首を横に振った。だが竜は、見ていないようだった。「あいにくいまは、腹がいっぱいだ。食べてほしいのなら、そこでわたしの腹がへるまで、そうだね、五年ばかし、昼寝でもして待っておいで」
「人間は五年も、昼寝なんかできないよ」いってから、ノノはあわてて、またぶんぶんと首を振った。「いや、そうじゃない。おれはべつに、食べられたくはない」
 竜は、ふんと鼻を鳴らした。その鼻息で、ノノは宙に浮きそうになって、あわてて地面にしがみついた。
「では何をしにきたのかね」竜にきかれて、ノノは言葉をのみこんだ。おれは何をしにきたんだろう。うつむいて、ノノはこぶしをにぎりしめた。
 竜は気が長いのか、ゆったりとノノの返事を待っていた。かと思ったら、それはノノが勝手にそう思っただけで、じっさいには竜はただ、うたた寝をしていたようだった。ぐう、と地鳴りのようないびきがして、ノノはひっくりかえりそうになった。
 いっしょうけんめい答えを考えていたノノは、おもわずかちんときて、竜を揺りおこそうかと思った。だがよくよく考えてみれば、竜がねむっているあいだに、さっさと逃げてしまえばよいのだった。いくら竜がゆだんしていても、こんなちっぽけな剣の一ふりで、やっつけられるわけがない。
 よし、逃げよう。ノノは思った。おれは逃げるぞ。

 しかしノノの足はうごかなかった。腰はもう抜けていなかった。立ち上がることはできた。けれどそこから立ち去ることが、ノノにはどうしてもできなかった。
 ノノはいった。「そうだ。おれは、食われにきたんだ」
 竜はもぞりとまぶたを持ち上げた。「ん、ああ。なにかいったかね、細いの」
「おれは食われにきたんだ」ノノはもう一度いった。ノノの顔は真っ赤で、手はぶるぶるとふるえていた。
 竜は首をかしげた。「さっきから、そういっているじゃないかね」ノノは自分の話している中身に夢中で、それを聞いていなかった。ノノはぶるぶるふるえる手を振って、大きな声でほえた。「だって、そういうことだろう。てんで腕っぷしの弱いおれに、こんななまくらの剣をおっつけて、竜をたおしてこいだなんて」
 竜はゆっくりとまばたきをして、それからいった。「さっきからきいていると、どうもよくわからないな。おまえさんは、わたしをやっつけにきたのかい。それとも、わたしにたべられにやってきたのかい」
「この剣を」なまくらの剣を地面に投げつけて、ノノはいった。「おれにわたして、竜をたおしてこいと、デグラスはそういったんだ。あいつは村長のむすこだし、おれはびんぼう農家の四男だ。あいつのいうことを、断れっこない。それを知っていて、デグラスはやれといったんだ」
 いいながら、ノノは涙がこみあげてくるのをこらえた。
「おれは腕っぷしもよわいし、知恵もない。読み書きもへただし、不器用で、大工しごともうまくない。村にいても、たいして人の役にもたたない。それにおれには兄弟がたくさんいるし」ノノはまくしたてた。「だからおまえがいけって、デグラスはいったんだ。それはつまり、お前なんか竜にくわれて死んじまえってことだろう」
 竜はふしぎそうに首をかしげたが、ノノはそれを見ていなかった。「おれを食べたら竜もはらがふくれて、いっときは大人しくしてるだろうからって、そういうことだろう。おまえみたいな役立たずは、せめて死んでみんなの役にたてって、そういう」
 ノノは言葉をきって、うつむいた。それから、おんおんと声を上げて泣いた。

「おまえさんは細いわりに、まあ、よくよくうるさいなあ」竜はめんどうくさそうにいった。それからゆっくりと、かまくびをもたげた。「それに、じぶんでいうとおり、頭があまりよくないようだ。わかっているのなら、なんで正直に、ここまでやってくるんだね。逃げてしまえばよかったろうに」
 ノノは顔を上げた。土ぼこりでまっ黒になった顔に、涙のすじがたくさんついていた。「だって逃げたら、あいつは役立たずのうえにおくびょう者だって、そういわれるんだ。あいつの父さんも一番上の兄さんも、竜とたたかってりっぱに死んだのに、あいつひとりは、とんだ腰ぬけだって」
 ノノは大声でいって、また泣いた。それから涙をぬぐって、いった。「だからいいんだ。さあ、竜よ。さっさとおれをくってくれ。父さんも兄さんも、おまえがたべてしまったんだろう。おれはうらまないよ。おまえだって、腹がへるんだろうから」
 ノノはつよがって、胸をはりながら、そういった。

 竜はふんと鼻をならした。「さっきからなんべんもいっているとおり、わたしはいま、満腹なんだ。食べてほしいんなら、五年たってから出なおしておいで。それからできれば、それまでゆっくりわたしを寝かせておくれ」
 ノノはぽかんとした。「ほんとうに、五年もねむるのか」竜はすこしふきげんそうにいった。「ずっとそういっているじゃないか」
「じゃあ、おまえはいまから五年のあいだは、村をおそったりしないのか」ノノがいうと、竜は笑った。「お前さんらがあんまりうるさいと、気が変わるかもしれないよ。怒ると腹がへるからね」
 ノノはおそるおそる、かさねて聞いた。
「いいのか、ほんとうにおれを帰して。おれはこのことを、村のみんなに話すぞ」
「だったらどうなんだい」竜はうるさそうにしっぽをゆらした。ノノは考え考えしながら、いった。「五年をかけてしっかり用意をして、たくさんの兵士をつれて、ここにやってくるかもしれないぞ」
「おや、自分でいうよりは、すこしは頭が回るようじゃないか」竜は面白がるような顔をして、そういった。「まあ、好きにするといい。うまくいけば、わたしはたらふくごちそうにありつけるのだし、もしかなわなさそうだと思ったら、しっぽをまいて逃げだすさ」
「逃げるのか」ノノはびっくりして叫んだ。けれど竜は、あっさりうなずいた。「逃げるよ」
 竜のしっぽが、ずしんと地面に落ちて、もうもうと土ぼこりが舞いあがった。ノノはけほんこほんと咳き込んで、涙をにじませながらいった。「竜は誇り高いと聞いていた」

「誇りとは、何か」

 竜はきゅうにそれまでのねむたげな調子をあらためて、重々しくいった。ノノは息をのんで、立ちすくんだ。
 竜はまた、ねむたげな目にもどった。「まあ、五年もあれば、そのゆっくりしたおつむでも、答えがでるだろう。さあ、いいから寝かせておくれ。さっきからいっているように、わたしはいま、とてもねむたいんだ」そういうと、竜はまぶたを閉じた。それから、ごうごうと嵐のようないびきを立てはじめた。
 しばらくのあいだ、ノノはねむる竜の前で、ぼんやりと立ちつくしていた。けれど、やがて夕ぐれどきになり、雲が燃えるようなオレンジにそまるころになっても、竜はあいかわらずいびきをかいていた。
 ノノはゆっくりと背中を向けて、歩き出した。ずいぶん道を下ってから振りかえると、ねむる竜の体は、ごつごつした巨大な岩のようにしかみえなかった。

 砂利はもう、熱くはなかった。痛む足をひきずって、ノノは歩いた。とちゅうで、竜の足もとに剣をわすれてきたことに気がついたが、取りに戻るには疲れすぎていた。
 何ごともなく村に帰ったら、デグラスはなんというだろうと思うと、ノノは気が重かった。みんなはきっと、ノノのことをおくびょう者だといって笑うだろう。二番目の兄も、一緒になって笑うにちがいない。妹はやっぱり兄さんはばかだといって、ぷりぷり怒るだろう。
 ミーアも笑うだろうか。ノノは想像してみようとしたけれど、わからなかった。
 誇りとはなにか。ノノは竜のいった言葉を思い出して、疲れてぼうっとする頭で、いっしょうけんめい考えた。けれどやっぱり疲れきった頭では、いい考えはちっともうかんでこなかった。
 気づけばノノは、泣いていた。声もなく泣きながら、ノノは何度も、顔を手でぬぐった。ぬぐいながら、とがった砂利の山道を、歩き続けた。

 

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