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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 夕立、祖母の記憶、猫。微妙な仕上がりになってしまった即興三語小説。どうかお時間のある方だけ、ひまつぶし程度に読んでいただければと思います。

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 古い蚊帳をみつけた。
 納戸を片付けているときだった。古いといっても、使っていたところを覚えている。それはわたしが物心ついたときには、まだ現役だったのだ。
 すぐ裏手が山になっているこの家では、蚊にせよほかの虫にせよ、家の中で姿を見ない日はない。わけても夏の夜には。いつの間にか、蚊帳を使うことがなくなって、蚊取り線香も姿を消した。かわりに電気式の、味気のない虫除けが幅を利かせている。
 広げてみれば、蚊帳にはいくつも穴があいてしまっていた。これではもう、使い物にならないだろう。
 猫が鳴いている。振り返ると、ミケが尻尾をくねらせて、部屋に入ってきたところだった。蚊帳の穴は、彼女が犯人なのかもしれなかった。
 にゃあ。納戸に飛び込んだミケは、止める間もなく、中にはいっていたガラクタを蹴落とした。古い蚊遣り豚が、畳に転がる。あわてて拾ってみれば、どうやら皹が入ったようすはなかった。
 ふっと、記憶が戻ってくる。
 夏の、蒸し暑い夜だ。
 蚊帳を吊るして、布団に入っていた。ふだんは寝つきのよかったわたしは、その日に限って、なかなか寝付けずにいた。この蚊遣り豚から、蚊取り線香の煙が細くたなびくのを、いつまでも目で追っていた。
 隣で祖母が、寝るそぶりもみせず、背を丸めている。なにか湯のみにはいった飲みもの、たぶん白湯を、音を立てて啜っている。そうして切れ切れに、低い声で、何か歌っている。単調な音階の、子守唄のようなものを。
 それが、自分のために歌われているわけではないことが、幼いわたしにはわかっていた。祖母が歌って聞かせていたのは……いたのは……。
 思い出せない。


 にゃあ、とミケが鳴く。
 その声に呼ばれるようにして、今年はじめての夕立が来た。梅雨のそれとは明らかに違う大粒の雨が、ぼたぼたと降りしきって、いっせいに青臭いにおいが立ち上る。
 埃がたつからと、クーラーを切って開け放していた戸口から、雨にうたれる庭木が見える。閉めるために立ち上がって、ついでに顔を出して空を仰いだ。降りのわりに、空は明るい。これならすぐにやむだろう。
 そういえばこの猫は、昔からよくこんなふうに、天気の変わり目や、異変を知らせることがあった。発情期というふうでもないのに、異常な声を上げて一晩じゅう唸っていたかと思えば、その翌日の朝、母が高熱を出して倒れた。
 そうだ。いつかの夏の夜にも、そうだった。
 今夜は妙に悲しげな声で鳴くといって、祖母も母も、落ち着かないふうに心配していた。普段はわたしか、そうでなければ母と一緒に眠ることの多かったミケは、その日に限って、一晩中、祖母の隣を離れなかった。祖母も、まるで幼い子どもをあやすように、ミケの背中をなでながら、低く子守唄を歌っていた。
 そうだ。あれはこの猫だったのだ。
 その翌日の昼、炎天下のなか祖母は倒れ、そのまま戻らぬ人になった。


 いまのいままで、そんなことがあったのも忘れていた。思わずまじまじと見下ろすと、人間くさく目を細めて、ミケは喉を鳴らした。顎を撫でろ、と甘えたそぶりで要求する姿は、いつもと少しも変わらない。
 そう。ちっとも変わらないのだった。
 いつからこの家で飼っているのか、あらためて訊いたことはない。ただ、少なくとも祖母が倒れたあの夏の日、すでにミケは成猫だった。
 もうじき祖母の十七回忌がくる。
 にゃあ、と促されて、我にかえった。雨音はもう聞こえない。
 立ち上がり、建て付けの悪い戸を開けた。眩しい光がさし、眼を細める。ミケに命じられて、夏への扉を開けたかのようだった。そんなことを考えて、それはあまりにメルヘンチックな発想ではないかと、思わず苦笑する。
 庭に出て行ったミケは、庭石を踏んで歩きながら、上機嫌に尻尾を揺らしている。立ち止まり、空をじっと見あげて、にゃあ、と一声鳴いた。

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お題:「蚊帳」「夏への扉」「白湯」
制限時間:60分(ちょっとオーバー)

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