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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 ひさしぶりの三語小説。
 昨夜の即興三語に加筆修正。SFの皮をかぶった萌え小説です(真顔)

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 この意識が発生したとき、人間でいうなら「物心ついたときに」、すでにわたしの記憶に刷り込まれていた、二枚の静止画像があった。一枚は、受精する卵子のイメージ。それからもう一枚が、白い翼の生えた鳥人間のイメージ。卵を抱いて、かすかに笑みを浮かべている。そのことを告げると、白衣を着た私の庇護者は「それは天使というんだ」といって、微笑した。
 どうやら天使というものは、卵から生まれるらしかった。
 たったひとりのわたしの庇護者は、その個体名を、ジンという。わたしはそれを誤認識して、長いことジーンと覚えていた。ほんとうは迅と書くらしい。彼の母国語で、速いとか、激しいとかいうような言葉を意味するそうだ。前者はともかく、後者は彼には似合わないと、わたしはよくそのことを思う。
 彼はいつも抑揚のすくない声で、淡々と話す。感情を表にださず、必要最低限のこと以外をめったに口にしない。そのせいで、わたしのボキャブラリイが増えないと、上司から叱られたほどだ。彼が仕事のことで誰かに怒られるのは、珍しい。とても珍しい。
 それ以来、わたしには小さなロボットが一台与えられた。英語とドイツ語と中国語で話し、必要に応じて画像イメージを空中に投影する機能を備えた、優秀なわたしの相棒だ。その名前を、ディクショナリイという。わたしはそれを、このまるくて可愛らしいロボットの、個体名だとばかり思い込んでいたのだが、それは機種名でさえなくて、辞書という、道具の種類を示す一般名詞なのだった。だけどもう慣れてしまったので、いまさら呼び方を変える気もしない。そういう感覚を「愛着」というらしかった(それはディクショナリイではなく、彼の上司が教えてくれた)。だからわたしはいまでも迅のことをジーンと呼ぶし、製造番号DR19?0041146Bのことをディクと呼んでいる。
 彼はわたしのことを呼ぶときに、アンジェリカという。お前ににあわず、ずいぶん可愛らしい名前をつけたものだなと、ジーンの上司は笑ったけれど、私は知っている。それが天使のことをさす一般名詞であることを。


 ジーンはめったに怒らない。めったに悲しまない。めったに笑わない。意識が発生した最初のときに、それは天使というのだと教えて微笑んだのが、たった一度、これまでにわたしが見たジーンの笑顔だ。彼の上司や同僚は、ジーンに比べれば感情豊かではあったものの、腹を抱えて笑ったり、激しく怒ったりはしなかった。少なくとも、わたしの見ている限りでは。そのせいでわたしは長いこと、人間というものはそういうものだと思い込んでいた。
 一か月の「教育」を終えてラボの外に出てみるなり、怒涛のように押し寄せてきた、雑多な感情の奔流に、わたしは打ちのめされた。どれほど衝撃を受けたかというと、まる一日、何も摂食できなくなったほどだ。そのときジーンは淡々とわたしの腕に栄養点滴を取り付けて、自分の仕事に戻った。白く清潔な部屋の中で、わたしは混乱した頭を抱え込んで、ひたすらじっとうずくまっていた。何度かジーンが点滴を替えに来る以外は、とても静かだった。
 わたしのその受信能力を、エンパシイ、というらしかった。ジーンがわざわざ教えてくれたのだから、その知識はわたしにとって、必要なものなのだろう。


 実験、なのだそうだ。その言葉にディクがつけてよこした映像データは、抽象的すぎて、わたしには理解が難しかった。ジーンはわたしを作って、なにかの実験、をしているのだそうだ。そしてそれは、エンパシイに関係しているらしい。それ以上のことを、ジーンは話してくれない。必要がないからだろう。
 ときどき町へと連れ出されて、人々の発する感情の波に翻弄されるほかは、わたしはただジーンのそばについて、一日のほとんどを実験室のなかで過ごしている。ときどきジーンや、彼の上司や同僚から、なんでもないような調子で質問を受ける。わたしはできるだけ真面目に、それに答える。聞かれていることの意味がわからなければ、質問する。その質問に、ディクが答えをくれる。また少し考えて、わたしは答える。研究室の人々は、満足げにうなずいたり、要領を得ない顔をしたり、いろいろだ。
 ジーンがいうには、わたしは「好奇心が旺盛」なのだそうだ。必要のないことまで、つい質問をしてしまう。たいていのことには、ディクが答えてくれるのだけれど、わたしの質問はときどきディクの手に余って、ジーンの手をわずらわせる。ときには無視されるけれど、ジーンが怒ってはいないことが、わたしにはわかる。それとは逆に、彼の上司や、同僚は、顔では穏やかに微笑んでいても、苛立っているのがわかるときがある。だからわたしは彼らのことが、すこしだけ怖い。
 いちどジーンに向かって、ディクに日本語をインストールしてほしいと頼んだら、彼はめずらしく、動揺したようだった。いつもはほとんど無風のようなジーンの感情が、かすかに波打ちながら押し寄せてくるのが、肌に伝わってきた。そしてジーンは、そのわたしの要望を無視した。無視したということは、日本語はわたしに必要がないということなのだろう。
 だけどわたしは、できれば日本語を知りたかった。
 ジーンは疲れて転寝しているときに、ときどき寝言をいう。このあいだなどは「アンジェリカ」といったので、わたしは呼ばれたと思って、返事までしてしまった。だけどジーンは、また何事か、わたしにはわからない言葉を呟いて、寝返りを打っただけだった。彼の寝言は、ほとんどが日本語だ。
 ジーンが眠っているときにだけは、わたしのエンパシイ能力に、彼の感情のゆれが触れる。その感情の名前を、わたしは知らない。実験室や屋外で、ほかの人々の心に触れるときの波のかたちと、彼の眠っているときのそれとは、ちっとも似通っていないのだ。
 わたしにわかるのは、ジーンが怒っていないことと、天使というものに対して、なにか思いいれがあるらしいということだけだ。アンジェリカ、卵の天使、エンパシー……翼。
 わたしの背中には、翼がある。服の下にすっぽりと隠れてしまう、小さな翼だ。動かせず、神経の通っていない、飛ぶにも小さすぎる、白い羽根の束。生き物の体に必要のない骨組みと飾り。何を思って、彼はわたしにこの翼を生やしたのだろう。無駄なことをあれほど避けるジーンなのに。
 あの天使のイメージには、何の意味があるのだろう。


 わたしがその部屋に入ることに、ジーンはあまりいい顔をしない。だけど、頼めば連れて行ってくれる。
 卵形をした大きなガラスの容れ物には、透明な液体が満たされている。その中で手足を丸めてぷかぷかと浮かぶ、小さな子どもたちは、ときおり瞼をぴくりとふるわせるほかは、ぐっすりと眠っているように見える。まだどの子も、目を開けているところを見たことがない。背中にはやっぱり、小さな白い羽根。
 全部でよっつの卵が、この部屋には並んでいる。ひとつは空だ。この中に、わたしが入っていた。きれぎれにだけど、覚えている。ゆらゆらと揺れる、あたたかい水。自分の心臓の音だけを聞いて、うつらうつらしていた。何人かの人たちがかわるがわる、様子を見に来た。その中にはジーンもいて、彼がいちばん頻繁に、この部屋にやってきていたように思う。いまそうしているように、ジーンは卵の隣に設置してある機械で、いろんな数値をチェックしたあと、よくわたしの顔をじっと見上げた。その黒い瞳を見つめ返しながら、自分がどんな気持ちでいたのか、わたしはもう、よく覚えていない。
 みっつの卵には、それぞれ顔も体格も違う子たちが浮かんで、ゆらゆらしている。男の子がひとりと、女の子がふたり。まだ小さい。この子たちがわたしと一緒くらいに大きくなるのは、どれくらい先のことなんだろう。彼らが卵から孵ったら、話ができるだろうか。ジーンに訊いたけれど、教えてはもらえなかった。
 この子たちが孵ったら、やっぱりジーンは彼らのことを、天使《アンジェリカ》と呼ぶんだろうか。
 ふと気になって、口に出して訊くと、ジーンはすぐには何もいわなかった。答えないということは、やっぱりわたしが知る必要はないということなのだろう。わたしがそう諦めて、膝を抱えて床に座り込むと、ずいぶんとたってから、ジーンの「いいや」という言葉が頭の上から降ってきた。
 ジーンが機械を操作して、データを記録していく。その電子音がリズミカルで、聴いているとなんだか、眠たくなってくる。壁にもたれて、ぼんやり卵を見つめていると、中のひとりだけが、目を開いていた。わたしと同じ、淡い紫の瞳だ。わたしの顔を見つめて、ぽかん、としている。手を振って、微笑みかけてみたけれど、特に反応は返ってこなかった。まだわけがわかっていないんだろう。
 彼らの意識には、わたしと同じように、あの卵を抱いた天使のイメージが刷り込まれているんだろうか。


「あいつは実験室の予算を、なんだと思ってるんだ」
 そう語気も荒くいったのは、彼の同僚だった。押し寄せる感情の波動に、わたしは反射的に背中を丸め、できるだけその人から遠ざかろうと、壁際にあとずさった。わたしに直接向けられているわけではないということはわかるのだけれど、それでも暗く激しい熱は、ただそこにあるだけでおそろしかった。
 ジーンはその場にいなかった。過去の実験結果を取り寄せるために、事務局に出かけていた。ほとんどの資料が、厳重なセキュリティ管理のもと、電子データで閲覧されているのだけれど、ほんとうの重要な秘密は、建物の奥に、ペーパーで保存されているのだという。
 実験室にはジーンの上司である室長(そういえばわたしは、このひとの名前を知らない)と、彼の同僚の、ふたりだけがいた。
「迅には迅の、考えがあるんだよ」
 室長が、とりなすようにいった。
「どういう考えだか知らないが、せっかく完成したエンパスを、まともに使いもせずに、私物化してるだろう。こいつの他の個体は、まだ育っていないんだぞ」
 その言葉の正確な意味を、わたしは理解しきれていなかった。わかるのは、彼がジーンを敵視しているという、シンプルな波動だけだ。
「なあ、落ち着け。なら逆に聞くが、お前さんはこのアンジーを使って、何の実験をしたいんだね」
「いろいろさ。だって、これだけの成果だ。活用しない手があるか? 室長、あんただって次年度の予算の獲得に、頭を悩ませているんだろう」
「なあ、ちょっとは落ち着けよ。この子はラットやマウスとは違うんだ」
 室長がなだめるように肩を叩くと、男はいらだたしげにその手を振り払って、わたしを指さした。
「イカれてる。これは人間じゃないんだぞ。あんたまで、こいつの見た目に惑わされて、どうかしちまったのかよ」
「しかし遺伝子のベースは人間で、人間なみの知能がある。つまり感情に対して繊細で、消耗すれば衰弱して死ぬ。最低でもほかの個体が無事に育つまでは、慎重に使うのが、この場合は正しい」
 足音も立てず会話に割り込んできたのは、ジーンだった。
 いつも感情を表に出さない彼らしくもなく、眉間に、うっすらと皺を寄せている。手には、借りてきたのだろう、紙の資料を持っていた。
「心配しなくても、予算ならあまるほど取れる。安全性がもっと確立されてから、いくらでもプランを組めばいい」
 何かを反論しかけて、けれどただ舌打ちだけを残すと、同僚は足音も荒く、部屋を出て行った。
「予算って、なに?」
 わたしが聞くと、ディクがなんだか小難しい説明をしてくれたけれど、それはわたしには理解できず、画像データも添付されていなかった。
「お前は気にしなくていい」
 必要ならば説明するか、そうでなければ無視するはずのジーンが、めずらしくそんなふうにいって、手のひらでわたしの背中を軽く押した。肩甲骨のうえ、翼のある辺りを。
「まあ、大目にみてやってくれ。あいつはお前の手柄に、妬いてるんだ」
 室長はジーンにそういうと、苦く笑って、実験室を出て行った。あとにはわたしとジーンだけが残った。
 ぶうんと、なにかの計測器がかすかな音を立てる。ディクがわたしの肩のあたりで、所在なさげにふわふわと浮いている。ジーンは無駄を嫌う彼にしては珍しく、いっときその場に、じっと立っていた。
 しばらくして、ジーンがいった。
「あいつのいうとおりだ。俺はお前を私物化している。……お前の遺伝子《ジーン》は、」
 ジーンは言葉を切って、わたしの目を見下ろしてきた。ジーンの黒い瞳がわずかに揺れて、そこにわたしの顔が映りこんでいる。
 わたしはぽかんとしたまま、ジーンの話の続きを待った。どんなに唐突に思えても、彼のいうことなら、何か意味があるはずだから。
 だけどジーンは、続きを話さなかった。ただ、その手のひらの熱が服ごしに伝わってきて、神経の通っていないはずのわたしの翼を温める。
「アンジェリカ」
 はい、と返事をしても、ジーンは話を切り出さない。ただもう一度くりかえして、アンジェリカ、とわたしを呼んだ。はい、と答えて、わたしはじっと、彼の伏せられた目を見つめる。薄い血管の透ける、まるい瞼が震える。黒い睫毛が頬に落とす陰。すっかりとれなくなった濃い隈と、荒れた肌が気になった。ジーンはこのごろ、疲れているように見える。
 実験室は静かだった。自分の鼓動の音が聞こえる。その静寂に包まれた部屋に、ジーンから押し寄せる波が満ちて、かつてないほど強く揺れている。その感情の名前が、わたしにはわからない。わからない。

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「翼」「卵子」「抑揚」
 このところ受けているあるお方の文章からの影響が、なんていうかだだ漏れになっている気がして、それが恥ずかしいような気がするんだけど、気にしだすと何もUPできなくなるので、開き直ります。ぎゃー。お気にさわられないといいのだけれど。

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