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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 即興三語小説。暗い話注意です。
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 ほの白い煙が、煙突からかすかにたなびいている。もくもくと湧き上がるのかと思ったら、ぼんやりと風に流されて、すぐに消えてゆく。ぼくはそれを凝っと見つめている。青い空。さっきまでは、雪が吹きすさんでいた。いまはそれが嘘のような快晴。雲はもう山の向こう、どこかに隠れて。
 空の、高いところを黒い小さな影がよぎり、ふいに吹きつける風に電線がたわみ、雪が落ちる。それを見つめながら、ぼくは自分にくりかえし、同じことを話しかけている。あなたがもういないんだってこと、言いきかせようとしている。
 あの白い煙があなたで、笑ったり泣いたり急に怒り出したり、いつでも表情がくるくると変わるあなたの顔はもうどこにもないし、嬉しくなると衝動にまかせて飛びついてくるしなやかな腕もどこにもないし、アスファルトを蹴って弾かれるように駆け出す瞬間の、あのみごとなふくらはぎのラインを見ることも二度とできないんだって、そんなことを、ひとつずつ自分に言いきかせながら、だけどそのどれもちっとも現実的じゃなくて、あなたは明日の朝になればけろっとして笑いながら顔を出すような気がするし、照れくさそうな顔で「心配した?」なんて小突いてくるような気がするし、明日からも研究室に泊り込んでいれば、夜中にひょいと現れて、差し入れのお握りなんか置いていきそうな気がしている。そんなわけないんだって、いくら言っても、ぼくのこの飲み込みの悪い脳味噌は、あなたがいないってことを理解できそうにない。
 だって、嘘でしょう。
 葬儀のあいだずっとそんな言葉を、口の中で転がしていたつもりだったけれど、いつの間にかそれは口から外に零れ落ちていたらしくて、目を真っ赤にした外崎が嘘じゃない、嘘じゃないんだって、何度もくりかえし呻きながら、ぼくの肩を揺すっていた。よせよといって、外崎を引きはがした手は、誰のものだったんだろう。思い出せない。外崎は座り込んで、声を張り上げて泣きわめいて、ああ、あいつもあなたのことが好きだったんだなって、鈍いぼくはようやくそのことを知って、だけど、だって、
 嘘でしょう。
 連休ちょっと実家に顔出してくるねって、そういって帰省したあなたは、明日の昼にはみんなにお土産の蕎麦を買ってくるはずで、ぼくらはそれを夜、研究室に昔から誰かがおいている大鍋でまとめてゆがいて囲むはずで、そこに誰かがいつの間にか持ち込んだ焼酎瓶なんかが転がっているはずで、あなたは上機嫌に酔っ払ってまた誰かに迷惑をかけているはずだった。
 だから、こんなのはぜんぶ嘘だ。信州の端の、ぼくらの誰もいままできたことがないような小さな町の催事場に、みんなで雁首を揃えていて、似合いもしない喪服を着こんで阿呆のように突っ立っているなんていうのも、東京の空とは似ても似つかないあの高い空にぼんやりと霞んでいく煙があなただなんてことも、そんなことはぜんぶ嘘のはずだ。
 だって足元はなんだかふわふわしているし、さっきまであんなに吹雪いていた空が、こんなにあっという間に晴れ上がって蒼く冴え渡っているはずなんてないし、あなたがもういないのに、こんなに普通に朝がやってくるはずなんて、もっとない。空は平和に晴れ渡っているし、向こうの山は雪をかぶって眩しいくらいに光を弾いているし、どこか近所の工事現場からは、呑気な掛け声なんて響いているし、煙突から立ち上る煙は、なんだかあいまいにぼんやりしているし。
 人間、死んだら煙になっちゃうんだよねって、そういえばあなたはいつかそんなことをいった。研究室の窓から顔を突き出して、春風に前髪を揺らしながら。薬剤の染みのとれない白衣はくしゃくしゃで、あなたはアイロンなんて面倒くさいっていってはばからなくて、そのずぼらなところは何年も前からずっとなおらなくて、だから三日前に研究室であったときにも、やっぱりしわくちゃだった。
 土に埋められて、腐って樹の養分になるほうが、なんとなく素敵な気がするけれど、いまの日本に生まれたふつうのひとは、最後は煙になっちゃうんだよねって、いつもとかわらないのんびりした調子で、あなたは言った。だけど、大気中に散った二酸化炭素は、そのへんの草木に吸収されて、光を浴びて酸素にうまれかわって、結局はみんなの肺に戻ってくるんだよねって、そういったのもあなただった。植物の栄養になって、どこかの鳥か動物に食べられて、それがみんなの口に入るのと、それは結局同じことなんだよねって、あなたがそういったら、外崎は賢すぎて馬鹿だから、ひとりの人間が死んだあとにその体の一部が、やがて循環して身内の人間の体に戻ってくる確率を、おおまじめに概算しはじめた。鳥の渡りの分布がどうとか、上空の気流がどうとか。土に埋められてだんだん腐っていった場合と、燃やされて空気中に散っていった場合と、外崎の計算では、結局どちらのほうが見込みが大きいんだったっけ? もう思い出せない。
 その外崎はいま、ぼんやりとした表情で、空を見上げている。もしかしたらいま、外崎はぼくと同じことを思い出しているのかもしれない。その口が半開きになっていて、ただでさえ鼻の下の長い顔が、ますます阿呆面になっているけれど、誰もそれを笑わない。あなたがこの場にいれば、真っ先に指さして笑うだろうに、ねえ、どうしてここにいないのって、ぼくはそればっかり考えている。
 ねえ、嘘だよね。
 ふっと周りを見渡せば、外崎以外はみんな煙から目を逸らし、まぶたを腫らして、うつむきがちにしていた。まだ泣いている子もいる。ハンカチを顔に押し当てて、じっと肩を震わせているあの子は、ああ、なんていう名前だったっけ。たしかあなたと、同じ高校だったんじゃないかな。いっしょにランチをしているところを、何度か見かけたような気がするのだけれど。
 だけどなんで泣いているんだろう。あなたがもうどこにもいないんだって、みんなそんな馬鹿なこと、ほんとうに信じているんだろうか? 亡骸も見ていないっていうのに? あんな古い写真の遺影一枚で、どうしてそんな馬鹿な話を信じられるっていうんだろう?
 あなたがもし、帰省中に交通事故に巻き込まれたっていうなら、ぼくだって信じたかもしれない。もしあなたが助からない病気で、みんなにそのことを隠していたんだっていわれても、なんとか信じようとするかもしれない。
 だけど、ねえ、嘘でしょう?
 死にたいほど辛いことがあったのに、ぼくらの誰にもいわなかったなんて、ちっとも悟らせなかっただなんて、そんなはずがない。ねえ、そうでしょう。あなたがそんな器用だったなんて、悪いけれど、ちっとも信じられないし。
 人は死んだら煙になるんだよねなんて、あんなに呑気な調子で、いつもとちっとも変わらないのんびりした顔でいっておいて、ずっと前に交わしたそれっぽっちの会話が予兆だなんて、そんなのってないでしょう。あの頃からずっと死を考えていたんじゃないかなんて、そんなふうに思えっていうほうが、無茶な話だって。ねえ、あなたもそう思うでしょう。
 煙は止まりかけている。それに気がついた外崎が、ううっと嗚咽を漏らす。あれはあなたの体が燃え尽きたんだって、頭の片隅でそういう声がする。もう半分のぼくは、そんなわけないよって、あれは誰か別の人に違いないって考えている。だってぼくは、あなたの顔をみていない。棺の中は誰にも見せてもらえなかった。
 誰かが遠くで、ぼくらに呼びかけている。皆がのろのろと歩き出す。外崎の肩を誰かが支えてやっている。呼ばれた先に何が待っているのかわからないまま、ぼくは皆のあとに続いて歩く。足元はもう雪も溶けているのに、やっぱりふわふわしていて、もう一度顔を上げると煙はすっかり消えていて、空は高くて。鳥が鋭い軌跡を残して飛んでいく。上空は風が強いんだろうか、とぎれとぎれに流れていく雲の動きが、やけに早くて。
 ねえ、嘘でしょう。

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縛り:「主人公が二股かける(またはかけられている)」「一人死ぬ」「時間軸を交錯させる」の三つから一つを選択

お題:「煙突」「雪国」「うつむきがち」「楽譜」「凝縮」の五つから三つを選択

任意お題:「心中天網島」「川端康成」「舞姫」「ストーカー」「夜更かし」のお題を任意で使用(使用できず)

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