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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 べつの小説を書いている途中で、ものすごく発作的に現実逃避の落書きをしました。落書きですので推敲もざっとしかしてません。
 そんなもんでも暇つぶしに読んでやるかという方がいらっしゃいましたら、「つづきを読む」からどうぞ。  後半は明日の夜あたりにUPします。

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 昔々の話です。
 どれくらい昔かというと、前の前の王様がまだお元気だったころ、この国に議会ができるよりも、まだ前のできごとでした。
 都のほど近く、馬車で半日ほどのところに、王様がじきじきに治めておられる、大きな港町があります。これは古くから栄えている、たいそう立派な街ですが、古い町にありがちなように、きらびやかな大通りを少し外れて海辺のほうに近づくと、崩れかけた壁を修繕するような金もない、隙間風のする貧しい家々が立ち並びます。その片隅にかじりつくようにして、ひとりの男が暮らしておりました。
 もとは豪商の息子でしたが、彼は、捨てられた子どもでした。幼いころには父親から可愛がられ、商売の手伝いなどもしていたのですが、母親を早くに亡くしたのが、彼の運命の分かれ目でした。後妻からいじめられ、父親からもだんだんと邪険にされるようになりまして、ついには家を追い出されてしまったのです。
 この町の商人たちに、彼の顔は知られていました。かつては男をちやほやしていた商人たちは、いまや手のひらを返したように、彼に冷たく当たります。男の父親に睨まれるのが恐ろしいのです。
 そんな中では、まともな仕事にありつくことなどとうていできません。商工会の名簿に名前のない、隠れて後ろ暗い商売をしているような人々から、半端仕事をうけおいながら、男はかつかつで暮らしておりました。

 男の父親は、手広くさまざまな品を扱う商人でしたが、とりわけ美術品や宝石を売り買いすることに、力を注いでおりました。男はいまや父親のことをすっかり憎み切っていましたし、冷たい世間に対してもひとしく恨みを抱いておりましたが、それでもただひとつ子どものころと変わらぬことに、そうした美しい品々のことは、大変にふかく愛しておりました。遠い異国の風景を描いた絵画、高い山に住むという虹色をした鳥の羽根、神秘的に輝く色とりどりのきれいな宝石。子どものころにたくさんの美術品や宝石を見てきた彼は、よい品物を見抜く目を養っていました。
 しかしいまの貧乏ぐらしで、そうしたきれいな品々を手に入れることなど、とうていできるはずがありません。初めのうちは、子どものころに見た品々をまぶたの裏に思い浮かべては、ひっそりとため息をつくばかりでしたが、何年もたつうちにはやがて辛抱が利かなくなって、いつしか盗みに手を染めるようになりました。夜更けを待って金持ちの家に忍びいり、美術品を持ち去るのです。
 最初のほうこそ、びくびくしながら盗みに入った彼でしたが、いざ始めてみれば、その仕事がおどろくほど自分に向いていることに気がつきました。彼は非常に身軽で、音もなく動くことができましたし、なにより、彼自身がもとはといえば、金持ちの屋敷に住んでいたのです。そういう大きなお屋敷の、おおよその作りも察しがつきましたし、高価な品をしまっておく場所や、警備のやりかたというのも、どの家もそう極端に違うことはありませんでした。
 しかし暗闇の中に忍び込んで、みつからないうちに大急ぎで仕事をする必要がありましたから、その場でじっくりと品物をあらためるだけの暇はありません。めぼしいものを、運べる限りひとまとめに盗み出して、隠れ家に戻ってから品を確かめるのが、彼のやり方になりました。

 彼はよい隠れ家を見つけていました。海辺の古い漁師小屋です。持ち主はとっくの昔に死んでしまっており、そのまま誰が手入れをするでもなく、忘れ去られて朽ちかけた小屋です。しかしどうしたわけか、そこには狭い隠し部屋があったのです。あるとき、急の雨をしのぐために小屋に入り込んだ男は、ぐうぜん隠し部屋の存在に気付き、そこを自分の根城がわりにすることに決めました。ふだん住んでいる、下町の隅の小汚い部屋では、いつ誰が訪ねてくるともしれないからです。
 ひと仕事終えると、男は隠し部屋の中にランプを持ち込んで、盗んだ美術品を心ゆくまでゆっくりと眺めます。そうすると、なんせ急いでかき集めてくるものですから、中には彼にはあまり興味の持てないような品も、ずいぶんと混じってきてしまいます。
 男は、必ずしも高価な絵や宝石を愛していたわけではありませんでした。遠い国から運ばれてきたために、手間代やものめずらしさから高値がつくものだったり、画家が気難しくてあまりたくさんの絵を描かないので値段がつり上がっていたり、そうしたものには、彼はあまり興味を示しませんでした。逆に、そのあたりの庶民でも小づかいをためれば買えるような安物であっても、彼の目にとって美しく感じられるものならば、非常に大事に扱いました。
 なんせ隠し部屋は非常に狭かったものですから、彼の眼鏡にかなわなかった品は、すぐに邪魔になってしまいます。そういうとき、彼はなじみの骨董商のところに行って、それらを処分してしまいました。
 骨董商はもちろんまっとうな商売人ではありません。彼の持ちこむものが盗品だということを、いわれずとも承知のうえで買い取るのです。そうでなければ、薄汚いなりをしたいかにも貧しげな男が、定期的に高額な品物を売りに来ることを、妙に思うはずでしょう。
 商人は彼の正体を知っていました。金持ちの家から美術品の数々を魔法のように盗み出し、足跡ひとつ残さないで、煙のように姿をくらます泥棒の話は、金持ちの間で、そろそろ噂になりはじめていました。
 噂といえば、町の人々の間で、もうひとつのニュースがありました。ほうぼうの孤児院や診療所に、多額の寄付が届けられるというのです。それも、必ず人目のないときを見計らって、そっと門の内側に目立たぬように置かれているのでした。
 やがて骨董商はそのふたつのニュースを、結びつけて考えるようになりました。なぜといって、男がひっそりと盗品を売りに来る時期と、ぴったり重なっていたからです。

 いつしか義賊の噂は、町の人々の間に漏れ伝わってゆきました。意地の悪いけちな金持ちのところから盗んだ金を、貧しい人々のところに配る、正義の味方がいるらしいと。
 けれど彼自身は、自分が義賊だなんていうものではないことを、よくよく知っていたのです。
 寄付をこっそり置いて来たのは、たしかに彼のしたことです。ですが、男がもうけたお金で贅沢をしなかったのは、欲がないためというわけではありませんでした。美味しいものを食べたり、いい服を着たりしたいと、彼も、まったく思わなかったわけではありません。ですが、そうしたことをすれば、結局は自分が困るのを、彼はよくよく知っていたのです。急に羽振りがよくなれば、皆に正体が知れるのは明らかでしたから。
 自分がどうにか細々と食べてゆくだけのお金が手元にあれば、それで彼には充分でした。売らずにこっそりと隠れ家に置いてある、気にいりの美術品の数々は、ただ眺めているだけで、彼をとびきり贅沢な気分にさせてくれました。それに、お金がありすぎると、かえって面倒なしがらみが増えて身動きが取れなくなることを、彼は幼い時分から、ようく知っていたのです。金を置いて来るのに、孤児院や救貧院などの施設を選んだのだって、別に善意からというわけではなく、金持ちの商人たちの懐を潤すのでは、あまりにも癪だからというくらいの理由でした。
 しかしそうした彼自身の思いとは裏腹に、貧しい人々は義賊のことを、口々に誉めたたえました。もちろん、あまりおおっぴらに誉めちぎっては、通りをゆく憲兵たちに睨まれてしまいます。ですが、人の目のないところ、たとえば隙間風のする自分たちの家の中や、お偉い人など間違っても来ないような安酒場では、誰もがこぞって、義賊のことを良く言いました。それだけ景気の悪いご時世でしたし、金持ちだけが素知らぬ顔で贅沢をしていた時代だったのです。

 中には、男がその本人とはつゆ知らず、実はこれこれこういう立派な人間がいるらしいがと、彼に向かって得意げに教えてくれる者まで出てくる始末でした。男はすっかりへきえきしてしまいました。ついに彼は、寄付をするのはよしにしようかとまで思い始めました。
 蒐集した美術品も、けっこうな数になりはじめていましたし、これ以上新しいものを増やしても、置く場所もありません。そろそろ盗み自体をやめる頃合いかもしれないと、男は思い始めていました。
 そんなことを考えながら、男が寒風ふきすさぶ街路を歩いているときでした。小さな男の子の声が、彼の耳に飛び込んできたのです。
「兄ちゃん、おうちがなくなるって、本当なの」
 それは舌っ足らずの、本当に小さな子どもの声でした。家が無くなる、という言葉がひっかかって、男はおもわず足を止めました。見渡せば、広場の隅で二人の子どもが、寒そうに肩を寄せ合っています。よく顔立ちの似た二人でした。一人はさっきの声の主でしょう、まだ年端も行かない幼子で、もう一人はその兄でしょうか、十を少し過ぎたほどの少年でした。
「誰がそんなこといったんだ」
 兄のほうが、そう訊ね返しました。
「院長先生がお話してたの、聞いたんだ。お金がないから、シセツをつづけるのは、むずかしいって……」  このすぐ近くに古い孤児院があることを、男は思い出しました。なんせ景気の悪い時代でしたので、寄付が打ち切られるということは、いかにもありそうなことのように思われました。男はつい足を止めたまま、兄弟の会話に耳を澄ましました。
「ねえ、またおうちがなくなるの、いやだよ」
「大丈夫だ。お前が心配することはないよ」
「だけど、院長先生は……」
 弟の声は、泣きそうでした。寒さであからんだ頬が、ますます真っ赤になりました。叱るように、兄がいいます。「きっと大丈夫だ。お前、みんなの噂をきかなかったかい。正義の味方がいるんだよ。悪いお金持ちの家から宝石を盗んで、おれたちみたいな身よりのない子どものいるところや、病気のひとたちの入る施設に、お金を置いていってくれるんだ……」
 苛立って、彼は舌打ちをもらしました。自分が正義の味方といわれることにも、ずいぶんと居心地の悪い思いをしましたし、それに、彼はこの幼い兄弟に、腹を立ててもいたのです。黙って我慢していれば、いつか知らない誰かが助けてくれるというような、甘ったれた考え方が、彼は大嫌いでした。
 なぜなら彼自身が、いつかはそう思っていたからです。彼が困ったら、父親がどうにかして助けてくれる。彼も小さいころには、そう信じていました。けれど、継母が家に入ってきて以来、父親はいっぺんも彼の味方をしてくれませんでした。
 やがて継母とのあいだに弟ができると、とうとう父親は、彼を屋敷から放り出してさえしまいました。ちょうどいまのように、冬風の冷たく吹きすさぶ日でした。目の前で音を立てて扉が閉ざされても、彼は父親が本当に自分を捨ててしまったのだとは、すぐには信じられませんでした。いまは機嫌を損ねてしまっただけで、謝れば許してもらえるのだと思っていました。いずれ門扉が開かれて、さっきのは嘘だよ、早く入って暖炉のそばにおいでと、父親が手招きしてくれるのを、彼は待っていました。何度となく扉をたたき、大声で謝っては、家の中の物音に耳を澄ませて、寒風の中、長い長い間、待っていました。
 そういう愚かだった過去の自分自身を見るようで、彼は非常に腹を立てました。そうして、足音も荒くその場を立ち去ろうとしました。
「だけど、先生たちは……」
 孤児院の兄弟の、弟の方がまだぐずぐずと泣きべそをかくのが聞こえて、彼はちょっと足を止めました。苛々したように眉をしかめ、それからまた、肩を怒らせて歩きだしました。
「心配するなよ。なんなら明日、兄ちゃんがちゃんと、院長先生に聞いてやるから……」
 ずいぶんと離れてからも、まだ兄弟の話し声が耳に届きました。男はもう一度足を止めて、今度は自分が足を止めたことに、自分でびっくりしました。そうしてため息をつくと、むしゃくしゃするのにまかせて、自分の髪を掻きむしりました。

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