小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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「死者の沼」の、推敲をちびちびやりながら、全体をざっと通し読みして俯瞰するということを、やろうやろうと思いつつ、ちっともやれていません。なんとなく時間がなくて、空いた時間に切れ切れにしか作業できていないというのもあるのだけれど、それ以上にいま、わたしはこれを、通して読むのが怖いんだなと思います。
部分的に「ここのシーンがちゃんと書けていない」というのは、最初から自覚もあることだし、そもそも手を入れればいいことなので、そんなに怖くないのですが。通読して、そもそも話自体が根本的につまらなかったら、どうしたらいいのかということに、向き合うのが怖いんだと思います。
しかしそもそも全体を俯瞰せねばプロットの矛盾には気がつけないのだよ……!
どこかでふんぎりをつけないことには、いつまでももやもやするままなので、この三連休にはいいかげん、現実と向き合いたいものです。
現実を直視するのが怖いのは、面白いものを書きたい、誰かに読んで喜んでもらいたいという欲があるからです。遅筆でうんうん唸っているのも、ひとえにその欲が邪魔をしているからであって。
出来が良かろうが悪かろうがちっともかまわない、誰に喜んでもらえなくても苦にならない、という精神状態にさえなることができるならば、わたしはもともと筆は速いほうです。小説の修行という意味では、量を書くのはとても大事なことなので、書き終わったものをいつまでも推敲に手間取って、あきらめきれずにいじり回して時間だけが過ぎていくくらいなら、どこかで割り切って、新しいものを書いたほうがいいんじゃないかとも思います。
でも耐えられないんだよ……
捨てるのも、未練がましくしがみついてつまらないものを公開するのも、どっちも耐えがたい。たくさんの人に楽しんでもらえるものとは言わないけれど、誰かひとりでもいいから、誰かには喜んでもらえるものでなければ、公開する甲斐がないです。少なくとも、自分自身がそれなりに納得のいく出来にまでは仕上げたい。だけど読み返して、覚悟した以上につまらなかったらどうしようと思うと、怖くてまともに読み返せない。
自分でも、あほかと思うんですけども。
ちょっと手を入れたくらいではどうにもならないほどつまらなかったら、それはもう泣きながらでもすっぱり捨てて、次に行くしかないんです。逆に、ちゃんと手を入れさえすれば面白くできそうな話なら、瑕疵を直視した上で、納得がいくまで、もしくはあきらめがつくまで、手を入れるしかない。そのためには、まず問題を直視しなければ始まりません。
そこまでわかっているのに、やっぱり確かめるのが怖いというのは、どうなんだろう。
瑕疵の大きさに薄々勘づいているだけに、これから先の作業量を直視したくないというか、単純に頑張るのが面倒なのか。
それもたぶんあるな……(怠け者)
でもそれだけじゃないな。自分が書いた小説がつまらないという、端的な事実に、耐えられないような気がしてるんだ。
そんな邪魔にしかならないプライドは、さっさと捨ててしまえばいいのに。
なんというか、毎度毎度同じようなことでぐだぐだ時間を無駄にしているような気がします。あほだ……。
明後日。明後日には、通読する。つまらなくても泣かない。……泣かない!
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通勤読書で、いまジェラルド・ダレルの「虫とけものと家族たち」を読んでいます。
ギリシャの島で暮らす、イギリス人家族の話です。風景描写が詩的で美しく、好奇心ではちきれんばかりの主人公=幼少期の作者の視点で見る、島の人々の暮らしや、虫や、獣たちの姿が魅力的で、読んでいて癒やされます。
ギリシャの島で暮らす、イギリス人家族の話です。風景描写が詩的で美しく、好奇心ではちきれんばかりの主人公=幼少期の作者の視点で見る、島の人々の暮らしや、虫や、獣たちの姿が魅力的で、読んでいて癒やされます。
個人的には別に、虫が好きとかいう嗜好はないんですが。世の平均的な女性に比べて、格別に苦手意識が強いということもないけれど、まあ普通にできたら触りたくないくらいには苦手です。だけどそういう自分が、虫たちの行動について語られるくだりを読んでいて、しあわせな気持ちになれるのだから、つまるところ自分はそこに描かれている虫のすがたを読んでいるのではなくて、虫に注がれる語り手のまなざしや、にじみでる幸福感をこそを読んでいるのだなあなどということを、ふと思ったりしました。
たとえば、ものづくりの本を読んでいて楽しいのも、完成品であるところの「もの」そのものへの興味というよりも、ものを作る人の情熱が、読んでいて楽しいのだなと思います。
そう考えたら小説で、自分の好きなものについて描くというのは、やっぱり大事なことなんだなーなんて、いまさらのようにふと真面目に考えてみたり。
その題材そのものが、見栄えがして読者の興味を引くのかどうかということよりも、自分が情熱を注いで語れるような題材について、書くということ。
そんなふうな小説、書けてるかなあ。
そんなふうな小説、書けてるかなあ。
このごろ仕事中にあれこれ悩むので、それ以外の時間でぼーっとしていることが多いです。物思いにふけってほかのことがおろそかになっている、のぼーっとじゃなくて、ほんとにぼーっとしています。無心。
黙々とソリティアをやるのでも、スマホアプリでパズルゲームをやるのでも、もちろんぼーっと無心にはなれますが、いかんせん眼が疲れるので、字の練習とか、コーヒー豆を挽くとかがちょうどいいようです。手挽きミル、本来の用途以外で大活躍!
ひたすら猫の毛並みからひっつき虫をとるのでもいい……(このごろ群生している草むらを三男猫が遊び場にしています)(長毛種なので日々大惨事)
そういう、それをやっている時間は半強制的にぼんやりせざるをえないような習慣を、ひとつかふたつもっておくといいんだなって思います。脳味噌を休ませる時間というか。空いた時間ひたすら本読んでるかパソコンに向かってるかスマホ弄ってるか、みたいな生活してたら、眼と神経がもたないもんね。仕事でも眼、使うんだし。
ペン字練習といえば、明日で300日です。(ときどきサボった日があるので、開始日からぴったり300日目ではない)
よく続いたなあ! と自分で自分にびっくりする一方で、字は上達しませんでした。しませんでした……世の不条理を見た。
まあ、日々ちょっとずつ万年筆を育ててると思えばいいんじゃないかな……毎日の練習のおかげで、どのペンもしっくり手に馴染んで、とても書きやすいです。そうやって使い込んだ万年筆を、そのうち小説の下書きとかプロットとかに活躍させたら、間接的に努力が実になったと思えないこともないし……(強引な発想の転換)
今日は頭痛で朝からへろへろだったので、いろいろさぼってゆっくりしようと心に決めて、ほぼ一日中ごろごろ漫画(ハガレン)読んで過ごしていました。そして最終刊まで読み終わって、ふと気づいたら、頭痛、どっかにいってました。ハガレン様々だなあ……
久々に読んだらやっぱり面白かったです。やっぱりこういう漫画って、一巻からラストまで一気読みしたいよなあって思うんですが、なかなかまとまった時間をそのつもりで確保するということが難しくて、いつか読み返したい読み返したいと思いながら、のばしのばしになっちゃいます。そやって結局読み返さないうちに死んじゃったりしたら無念だから、読みたいときに勢いで読んじゃったほうがいいような気もします……たとえ翌日の仕事に響こうとも。(だめな大人)
弱虫ペダル貯金も、実はすでに貯まっているんだけど、どうせなら一気読みしたいよね……と思って機をうかがっています。一気読みといっても、スペースの都合から電書で買うつもりだから、ダウンロードしてReaderに落とす都合で、休憩をはさみながらにはなるんですが。三十冊以上の漫画を一気にぜんぶ落としたら、たぶん動作が遅くなると思うんだよね……。
まあ、たぶん年末年始かなー。でも仕事ですごいいやなことがあったりしたら、ふつうの週末に読み出すかもしれません……
そんで頭痛が引いたので、夜になって、ちょろっとファナ・ティオトル3話のプロットを触っていました。
書こうとしたときにうまく書けなくて、長いこと放置しているのですが、先日からまた唐突に書きたくなって、ちょろちょろネタ出しをしてみたり、プロットらしいものを書きかけてみたりしています。実際に書けるかどうかは……手応え的には五分五分くらい。
書けたらいいんだけどなあ。
一度書きたいと思った話は、そのとき書けなかったら、あとあと長く尾を引いて、何年経っても気になります。思いついたときにその勢いでがっと書いちゃうのが、一番ストレスにならなくていいんだけどなー。
今週は仕事がばたついて、また更新さぼってました。まあ書いたところで、だらだらしたチラシの裏なんですけども。しかしライフログ的なものが、このブログ以外みごとに全滅しているので(アナログ日記はすぐ飽きた)、ちょっとはまめに記録を残しておきたいものです……
今日は買い物ついでにちょっと北海道物産展をのぞいてみたのですが、週末ということもあってか、ずいぶん混んでいました。いいことなのですが、行列に心が折れました……。が、悔しかったので、コロッケだけ買ってきて食べました。
盛況でなによりです。噂のお菓子とかおいしそうな海産物とかお弁当とかいろいろあった……ちょっと未練。
今日は、ずっと買い換えなきゃと思っていたような細々したものを片っ端から買ってきたため、ものすごく達成感があったのですが、当然ながら財布はきっちり軽くなりました……いやそのつもりで貯めてたお金だからいいんですが。
通勤用のバッグがいいかげんボロボロだったので、そちらも買い換えることに。ブランドものを買うような柄ではないのですが(お金も無いし)、安物をすぐ駄目にして何度も買い換えることにもそれはそれで罪悪感があるものだから、高級品とはいわずとも、少しは上等の頑丈なやつを買って、長く大事に使いたい…………と毎度毎度思うのですが、実家にいるあいだはどうせすぐ爪研ぎ被害に遭うもんな……と思って、結局そこそこお安い品に日和りました。むしろいつか転勤で引っ越す日まで買い控えようかと思った……。(あまりにもボロボロだったので諦めた)
まあ、お猫様方のせいだけじゃなくて、自分も「どうせひっかき傷だらけだし」と思ってまめに手入れをしなかったので、むしろどちらかというと自分の責任……うん。わかってはいるの。
あとは年末にプリンターを買い換えるかどうか。ボーナス商戦の割引を狙うかなあ。だけど「写真を綺麗に」とか思いさえしなければ、なんとかまだぎりぎり耐えてるんですよね……ときどき動作止まったりするけど! インクたくさんあるはずなのに部分的に印刷が掠れたりするけど!
プリンタさんもうちょっとだけがんばって!
修理したくても、もうアフターサービスはとっくに終了しているんです。七年だか八年だか使ってるもんね。
家電製品の進化がはやいのはいいことですが、古い機種を修理するよりも買い換えた方が安上がりでいいものが手に入る、なんでもそれが当たり前というのは、やっぱりいかがなものかという気はしますね。修理してもらえるんだったら、いまのピクサスさんの性能に不満はないんだけどなあ……。
むやみやたらにごみを出さず、買うものは必要なものだけ、ちょっといいものを買って、手入れをしながら長く大事に使う、というようなライフスタイルに、ものすごく憧れているのですが、なかなかままなりません。
まあね。もともと自分にない気質だからこそ憧れるんだよね。万年筆も、すごく気に入るのを一本か二本、とか思っていたわりに、最終的には何本もよけいに買っちゃったしね……
もうすこしエコに生きたいものですが。
プロフィール
HN:
朝陽 遥(アサヒ ハルカ)
HP:
性別:
非公開
自己紹介:
朝陽遥(アサヒ ハルカ)またはHAL.Aの名義であちこち出没します。お気軽にかまってやっていただけるとうれしいです。詳しくはこちらから
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