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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
即興三語小説。青春もの。
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「でもさ、美少年に耳かきしてもらって喜ぶ女って、自分は耳垢まで美しいなんて思い込んでるナルシストか、よっぽど無神経か、そうでなかったらドMくらいよね」
 僕の膝に頭を乗せて目を閉じたまま、希美子さんは平然といった。
「で、希美子さんはそのうちのどれなの?」
「どれだと思う?」
 耳かきの手を止めて、ちょっと考える。縁側から見上げる空はよく晴れている。ひばりが一羽、頼りない飛び方で、頭上を横切っていった。このあいだはヒヨドリを見かけたし、もっと前にはモズも見かけた。希美子さんの庭には、よく野鳥がやってくる。
「ナルシスト?」
「ぶぶー。オバサンなだけよ」
 いって、屈託なくけらけらと笑った希美子さんの目じりには、たしかに細かい皺が入っているけれど、それでもその快活な表情や、素っ気無いけれどおしゃれな格好や、普段のかろやかな動作には、オバサンという呼称は似合わないような気がした。
「だけど君も、たいがいイイ性格をしてるわね。自分のこと美少年っていわれたら、少しくらいは謙遜してみせなさいよ」
 くすりと息をこぼすように、希美子さんは笑った。僕はだまって肩をすくめる。ことあるごとにその呼び方で僕をからかうから、もう慣れてしまって、照れる気もしないだけだ。初めて会ったときの第一声からして、ふるっていた。「よっ、そこの美少年。ヒマならちょっと手を貸してくれない? おもいきり脱輪しちゃってさ」
 そのときのことを思い出して、思わず苦笑しながら、完全に手が止まっていた。それを咎めるでもなく、希美子さんは明るい声を上げる。
「ところで、啓介くんは、将来の夢とかあるの」
「めずらしいね。そういうこと聞いてくるの」
 そうかなと、希美子さんは首を傾げた。そうだよと僕はいう。
「まだはっきりとは決めてないけど、何か、人と接する仕事がいいかなって思ってる」
「へえ。意外」
 そうかなと、今度は僕がいった。そうかな。そうだろうな。控えめにいっても僕は人好きのするタイプではない。というか、人と打ち解けるのはかなり遅いほうだ。
「そういうの、苦手なのかなって思ってた」
 だからだよ、と僕はいって、耳かきをティッシュで拭う。
「お終い」
 そう宣言しても、希美子さんに顔を上げるそぶりはない。ごろりと転がったまま、気持ちよさそうに目を閉じている。
「ね。接客って、ホストとかのことじゃないよね」
「それはさすがに、向かなすぎるかな」
「それか逆に向きすぎて、ドロドロの修羅場を巻き起こして血を見るかも」
 ウヒヒと笑って、希美子さんはからかってくる。
「あと、キミ、介護職とかには向かないかもしれないね」
「え、そうかな。そりゃ、大変そうな仕事だとは思うけど。でも、そんなに向かなそうかな?」
 思わず本気で聞き返すと、希美子さんはにやっとした。
「そりゃね。君みたいな美少年に介助なんてされちゃった日には、お婆さんが乙女心を取り戻して、恥らっちゃうじゃない」
「よくいうよ」
 膝枕に耳かきまでさせておいて。そういうと、希美子さんはのんびりとした声で、「おねえさんとオバサンの境目はさ、年齢とか見た目とかよりも、恥らうか恥らわないかだと思うんだよねえ」といった。
「その理屈でいうと、七十代でも八十代でも、恥らいのある人はみんなおねえさんってことになるけど」
 なるねえといって、紀美子さんはのんびりと笑った。
 だいたいなんで僕がこんなところで人の耳かきをしているのかというと、希美子さんが先日から利き腕を骨折してギブスをしているからで、もっといえば、左手では耳かきがしづらいと、わざわざ僕を呼び出してだだをこねたからだ。
「膝枕って、いいよねえ」
 満足げなため息とともに、希美子さんはいう。前にはよく誰かに膝枕をしてもらっていたのだろうかと、その考えが、胸をちくりとさす。それが別れた旦那さんなのか、それとも幼いころに母親からしてもらったとかいうようなことなのか、さらりと訊いてしまえばすむことなのに、僕はその問いを、口には出せない。


 私は帰ってきたくなんかなかったと、希美子さんが泣いていたのは、去年の冬だった。雪の舞う夕暮れの中、年甲斐もなく顔をくしゃくしゃにして、声を張り上げながら、この町に帰ってきたくはなかったのだと、希美子さんは泣いた。
 詳しい事情は訊かなかった。だから、これはただの推測だけれど、近くに住んでいる希美子さんの両親のことだとか、そのときしていた仕事のことだとか、別れた旦那さんとのことだとか、そのタイミングで、色々なことが重なったのだと思う。その涙の中に、僕のことはあったのだろうか。あってほしい、一ミリくらいでもいいから。
 でも訊けなかった。大人がまともに泣くところなんて初めて見た僕は、何をどうしていいかわからなくて、ただ阿呆のように希美子さんの前で、おろおろと立ち尽くしていた。
 その間に雪はみぞれになって、容赦なくコートをぬらし、僕らの体を冷やした。泣き声が小さくなったころ、ようやく金縛りから解放されて、遠慮がちに握った希美子さんの手は、凍らないのが不思議なくらいに冷たかった。彼女は僕の手を振り払わなかった。
 その翌日に、「昨日はごめんね」といってけろっと笑ったのも、同じ希美子さんだ。そのギャップに、正直、僕は全然ついていけていない。
 さっきのオバサン発言の真意だって、膝枕だってそうだ。牽制なんだろうか。僕なんてガキんちょすぎて恋愛対象外だと、だから平気なんだと、そういうことをいいたいのだろうか。女の人の考えることは、いつもよくわからないけれど、希美子さんはその中でもとびきりだ。
 もうこりごりだ、二度と恋なんてしたくないのだと泣いた彼女が、どうしていまだに僕を呼び出すのか、そして平気で笑っているのか、僕にはわからない。自分の気持ちが恋なのかどうかも、正直、自信がない。同級生の女の子にときめくのと、希美子さんの笑い皺にみとれて息を詰めるのと、どこがどう違うのかなんて問題は、晩生な高校一年生の頭にはすこしばかり、難しすぎる。


「寝た振りなんてしてないで、そろそろ降りてよ。足が痺れてきた」
 ぼやくと、希美子さんはくっくっと笑った。
「ちがうよ、死んだふりだよ」
「言っちゃったら意味ないじゃん」
 紀美子さんはあの日、恋愛なんて二度としたくないのだといった。実際、僕らの関係は、あの雪の日からなにも、少なくとも形としてはちっとも進んでいない。だけど、それなのに、今日みたいに、ときどき希美子さんは僕を呼び出す。
 ほんとに、どういうつもりなんだろう。僕の気持ちを知った上で、なにかとデリカシーのなさすぎる言動だけれど、希美子さんをひどい人だとは、あまり思わない。からかわれているんだろうかとか、思ってみたこともあったけれど、その考えは、ぜんぜん希美子さんには似合わなかった。
 いつか本人に訊いてみようかとも思う。訊けるようなタイミングが来たら、だけど。
 でもそれって、どういうタイミングだろう。いまと違う、安定した良好な関係を築くことができたら、だろうか。それとも何もかもが終わって、もう会うこともないという別れのときだろうか。
「息まで止めてたのに、キミ、気づいてくれないし」
 知らないよ、と答えて、希美子さんの頭を膝から落とした。ごんっと、けっこういい音がする。
「いったあ。けが人なんだから、ちょっとくらいはいたわってくれてもいいでしょ」
 やっぱりキミ、介護職には向かないと思うよとぼやいて、希美子さんは頭をさすった。ちょっと涙目になっている。


「それにしても、いい天気ねえ」
 希美子さんはいって、大きく伸びをする。鳥が三羽、庭木からばたばたと逃げていったと思ったら、塀の上に野良猫の姿があった。希美子さんはおっ、と嬉しそうな声を上げて立ち上がると、キャットフードをとりに、部屋の中に入っていく。
 ふしぎだ。猫を餌付けしているのに、その同じ庭に鳥もやってくる。紀美子さんはもしかして、何か魔法でも使えるんじゃないかとか、思わずそういう馬鹿なことを考えた。
 そのすらりとしたTシャツの背中を見おくりながら、ああ、今日のことをきっと、あとになって思い出すんだろうなあと、そんなことを考えていた。何年かたって、さあ就職なんていう人生の一大転機の、いよいよ目の前に迫った選択の一瞬に、僕はきっと、さっきの会話を思い出すんだろう。思い出して、それで自分がどうするかは、まだよくわからないけれど。


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▲お題:「一大転機」「私は帰ってきた」「雪」
▲縛り:「痛みの描写を入れる」「美少年といいことをする(何がいいことなのかは任意です)」「死んだふりを入れる」
▲任意お題:「和彫り」「弁柄」「秘密結社」「総統」(使用できず)

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