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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
きみのためのバラ
きみのためのバラ


 再読。リンクは単行本ですが、最近文庫版も出版されました。

 考えてみたら初読のときにはまだこのブログをはじめていなかったので、あらためて。
 二読目のほうが味わいが深かった気がします。もっと人生経験を積んだころに、またあらためてゆっくり読み返してみたい一冊です。

 出会いと別れを描いた八本の短編。恋多き母親にたびたび貯金を持ち逃げされる娘。突然の病であっけなく新郎を失った新婦。何かに憑かれたようにきっかり十日間だけ求め合った男女。目的のない旅の中、南米の列車の中でほんの短い言葉を交わしただけの少女……

 どの作品も好きなのですが、『20マイル四方で唯一のコーヒー豆』がとりわけ印象深かったです。
 少年が、父の友人に連れ出されて、カナダの海を見にいく。そのほとんど人気のない海辺で、畑をつくって釣りや猟をしながら、ときおり来る客を相手にコテージを経営しているのは、アリスというひとりの女性だった。少年はこれまで誰にも話したことのなかったつらい思い出を、アリスに語る。彼の父親は、ときおり前触れなく、家族に暴力をふるう人間だった……

 ちょっと何箇所か引用。

 私は木だ。林の中の一本の木。一本の木には何枚の葉があるかと私に問うたのは誰だっただろう。木である私はずっと昔の記憶しか持たず、ただそこに立って夏の美しい光と冬の弱い光を浴び、雨と雪と風を享け、一日単位の深呼吸をしている。木々は並び立っていつまでも生き、しかも言葉を必要としないと私は考えた。
 ――『ヘルシンキ』

「だから家族はやっかいなのね。中でどんなに争っていても、外に対しては結束する。家族は家族だからね。だから、青あざを作ってもどこかにぶつけたとか言って」
 ――『20マイル四方で唯一のコーヒー豆』

「やがて突然に春が来た。ある朝、窓を開けると、空の色が違っていた。あの鉛色の雲が消滅して、青いまぶしい天蓋がパリを覆っている。そのくらいドラマティックだった。派手で、にぎやかで、街は鎧戸を開け放った屋根裏部屋のように明るい。誰もが外に出てくる。花が咲き、木が若葉をつける。それを透かして日の光が地面に緑色の影を揺する」
 ――『人生の広場』

 透き通った、清冽な空気。さらりと乾いた、けれどどこか優しい物語たち。

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