小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
即興三語小説。青春的ななにか。
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「叶野、ちょっと話があるんだけど」
部活が試験休みなのをいいことに、カバンも置き去りのまま教室を飛び出そうとしていた後ろ姿に、そう声をかけると、叶野はぎくりとしたように、肩をすくめて立ち止まった。おっかなびっくり顔を向けるのを、力をこめて睨み返すと、叶野は観念したように、頭をがりがりかいた。
「いいけど。帰りながらでいいか? 腹減ってんだよ」
いいながら、叶野は尻ポケットのうすい財布を確かめた。「おっ、ぎりぎりたこ焼きひとパック分」
駅まで向う道の途中に、たこ焼き屋があって、よくみんなが買い食いをしている。そこのことだろう。うなずくと、叶野はくるりと背中を見せて、いつもの飄々とした足取りで歩き始めた。
叶野良哉(かのうりょうや)は、身近な生きた女の子たちだけでは飽き足らず、心霊写真に写った美人の幽霊まで口説き落とそうとして、電車ではるばる現地に向かっていった筋金入りの馬鹿だ。
そのほかにも、養護教諭をかきくどくために休み時間ごとに保健室に通い詰めた挙句、両親を呼び出されて説教されても懲りることなくけろっとしていただとか、クラスの女子二十二人のうち二十一人にまで玉砕して最後の一人には告白のセリフを全部言い切る前にしばき倒されて陸上用のスパイクで踏まれただとか、とにかく話の種には事欠かないやつだ。そういうお年頃といえばそうかもしれないが、それにしてもこれほど脳内がピンクに染まりきって、しかもそれをまったく隠そうとしない男子高校生というのは、なかなかほかに見ないのではないだろうか。
本人は、どうして誰も俺の魅力をわかってくれないんだろうと、しょっちゅう嘆かわしそうに首を捻っているのだけれど、ふられるのは、女なら誰でもいいといわんばかりのそういう態度がきらわれるせいで、もう少しいえばそんな噂が校内中に広まりきっているからであって、容姿や能力がどうこうというような理由ではない。叶野は女子の間では、とおりかかる人間に見境なく噛み付く野良犬であるかのように扱われ、ときには「しっしっ」と追い払われている。
その叶野はいま、たこ焼きをふうふう吹いてさましながら、公園の柵にもたれている。
その手が差し出してきたパックから、ひとつたこ焼きを失敬して、口に運ぶと、たしかに熱々だった。そろそろ風の冷たくなってきた頃合だから、よけいに美味しく感じる。
「で、何だよ急に。まさか愛の告白か?」
「北極並みにあんたの頭がお寒いのは、昔からよく知ってるけどね、それにしてもどうやったら、二日前に自分が誰から足蹴にされたのか、そこまできれいに忘れきれるのかしら。いっぺん死んだらあんたのその馬鹿治る?」
足を蹴りながら冷たくいうと、叶野は逃げるふりをしながら笑った。いかにも無理に笑っている風の叶野を睨みつけながら、もうひとつたこ焼きをもらった。大変遺憾なことに、二十二番目に声をかけられたという不名誉を背負わされた陸上部の女というのは、紛れもなく私のことだ。
「叶野、お義姉さん元気?」
「……しらねー」
ふいと目を逸らしながら、叶野はふてくされたようにいった。
「なんで知らないのよ」
「新婚旅行中」
「あらあら、ご愁傷様」
「おめでとうございますの間違いだろ」
「お義姉さんにはおめでとう。ご愁傷様はあんたによ」
叶野は気まずそうに、鼻をこすった。私の弟が、悪さを叱られるのを察して逃げ道を探しているときと、笑えるくらい、そのしぐさが一緒だった。少し、矛先を変えてみる。
「ねえ。あんた本当に本気で、彼女ほしいわけ」
「ほしいよ。めちゃくちゃほしいよ。じゃなかったら、こんなに必死になるか? 俺の連続失恋記録、いまどんなもんだと思う? お前も入れて」
「あのね。幼稚園以来だから、あんたの馬鹿はほんとによく知ってるけどね」
いいながら拳をつい握り締めるのに、叶野の視線が向いた。逃げ腰になっている。腹立つこいつ、と思いながらも、つとめて冷静を保とうとする。無駄な努力だという気もするのだけれど。
「あんたが振られ続けるのはね、そうやって誰にでも彼にでも声をかけるからよ。ほんとは自分でも、わかってるんでしょ」
叶野は馬鹿だけど、頭の回転が鈍いわけではない。その証拠に、言い逃れをさがすように、叶野の目があさってに泳いだ。
「あんたが自分を納得させるポーズのためだけに、振り回される方は、たまったもんじゃないのよ。いいかげんにしなさいよ」
声が震えたのが、屈辱的だった。くっそう。冷静さはどこいった。
叶野はなにかいいかけて、飲み込んだ。何度かそれをくりかえして、いいかげん寒くなってきたころ、手のたこ焼きパックをベンチにおいて、叶野はいった。
「悪い」
私は頷かなかった。その代わりに、ぐいと拳を握り締めて、話を続けた。
「あんた、ちゃんとふられてきなさいよ」
「毎日ふられまくってるよ」
「お義姉さんによ」
いうと、叶野は唇をへの字に曲げた。
「好きなんでしょう。前から」
強い風が吹いて、地面の砂を巻き上げる。目にはいりそうになったのを、慌てて擦ると、痛みで涙がこぼれた。これは痛いからなんだからねと、念を押すと、叶野がだまって頷いた。
近所の小学生が、カップルだカップルだと、はやしたてながら公園を駆け抜けていった。怒って否定するのも大人気ない気がして、知らん振りをしていると、叶野が気まずそうに唸って、突然走り出した。
あっけにとられてみていると、叶野は公園をぐるぐると全力疾走で回り始めた。なんだこいつ。なんで走るの。ホントに頭がどうかしちゃったんじゃない。
ぽかんと見守っていると、三周したところで、戻ってきた。もと立っていたところに、砂埃を巻き上げながら急ブレーキで立ち止まると、叶野はがばっと頭を下げた。
「ごめん。マジで」
真面目に言われた。深々と下げた頭のてっぺんに昔からある、小さく禿げた傷跡を睨んで、私はぐっと唇をかみしめた。小学生の叶野が、調子にのってジャングルジムのてっぺんから落ちてきたときの傷だ。昔から馬鹿だ馬鹿だと思っていたけれど、高校生になってマシになるどころか、馬鹿が悪化するとは、まさか思っていなかった。
叶野はじっと、頭を下げたまま動かない。
「謝らなくていいから、一個だけ、正直に答えて」
気迫をこめてそういうと、叶野は顔を上げて、覚悟を決めるように、ゆっくり頷いた。
「いまさらあんな馬鹿なことを言い出したのは、クラス全員に告っといて、私にだけ何もいわなかったら、私に悪いと思ったから?」
叶野は答えをためらった。十秒くらい迷っていたようだった。それでも決めた覚悟を思い出したのか、歯を食いしばって頷いた。
その顔を、思い切りぐーでぶん殴った。
「いってえ! ちょっとくらいは手加減しろ、この怪力女!」
「うるっさい! 馬鹿! 死ね!」
小学生のように砂を蹴って追い散らすと、叶野は頬をさすりさすり、逃げていった。しばらく走っていって、こっちを振り返る。その顔に、すまなさそうな表情を見つけたくなくて、私は顔を横に逸らしていた。
「気を遣うところがずれてるのよ。馬鹿ったれ」
自分で巻き上げた砂が目に入って、痛かった。
叶野が私を最後に回したのは、私の気持ちを知っているからだ。叶野はどうしようもない馬鹿だけど、頭が悪いわけじゃない。
私だけはしゃれにならないから、一番最後に回して、誰がどう聞いてもいつもの馬鹿だと思うように、私が心おきなく叶野を振るように。
まじむかつく。むかつく。むかつく。
もう一回、砂を蹴った。
すぐに家に帰る気になれなかった。ベンチに腰掛けると、叶野が忘れていったパックの中に、たこ焼きがみっつ、残っていた。
腹立ちにまかせて、三つまとめて口の中に放り込むと、すっかり冷めてまずくなったたこ焼きには、砂が混じっていた。
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必須お題:「心霊写真」「脳内がピンク」「北極」
縛り:「B級グルメが出てくる」
任意お題:「新訳」「ホラー祭り」「ふんわかふりふり」(使用できず)
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「叶野、ちょっと話があるんだけど」
部活が試験休みなのをいいことに、カバンも置き去りのまま教室を飛び出そうとしていた後ろ姿に、そう声をかけると、叶野はぎくりとしたように、肩をすくめて立ち止まった。おっかなびっくり顔を向けるのを、力をこめて睨み返すと、叶野は観念したように、頭をがりがりかいた。
「いいけど。帰りながらでいいか? 腹減ってんだよ」
いいながら、叶野は尻ポケットのうすい財布を確かめた。「おっ、ぎりぎりたこ焼きひとパック分」
駅まで向う道の途中に、たこ焼き屋があって、よくみんなが買い食いをしている。そこのことだろう。うなずくと、叶野はくるりと背中を見せて、いつもの飄々とした足取りで歩き始めた。
叶野良哉(かのうりょうや)は、身近な生きた女の子たちだけでは飽き足らず、心霊写真に写った美人の幽霊まで口説き落とそうとして、電車ではるばる現地に向かっていった筋金入りの馬鹿だ。
そのほかにも、養護教諭をかきくどくために休み時間ごとに保健室に通い詰めた挙句、両親を呼び出されて説教されても懲りることなくけろっとしていただとか、クラスの女子二十二人のうち二十一人にまで玉砕して最後の一人には告白のセリフを全部言い切る前にしばき倒されて陸上用のスパイクで踏まれただとか、とにかく話の種には事欠かないやつだ。そういうお年頃といえばそうかもしれないが、それにしてもこれほど脳内がピンクに染まりきって、しかもそれをまったく隠そうとしない男子高校生というのは、なかなかほかに見ないのではないだろうか。
本人は、どうして誰も俺の魅力をわかってくれないんだろうと、しょっちゅう嘆かわしそうに首を捻っているのだけれど、ふられるのは、女なら誰でもいいといわんばかりのそういう態度がきらわれるせいで、もう少しいえばそんな噂が校内中に広まりきっているからであって、容姿や能力がどうこうというような理由ではない。叶野は女子の間では、とおりかかる人間に見境なく噛み付く野良犬であるかのように扱われ、ときには「しっしっ」と追い払われている。
その叶野はいま、たこ焼きをふうふう吹いてさましながら、公園の柵にもたれている。
その手が差し出してきたパックから、ひとつたこ焼きを失敬して、口に運ぶと、たしかに熱々だった。そろそろ風の冷たくなってきた頃合だから、よけいに美味しく感じる。
「で、何だよ急に。まさか愛の告白か?」
「北極並みにあんたの頭がお寒いのは、昔からよく知ってるけどね、それにしてもどうやったら、二日前に自分が誰から足蹴にされたのか、そこまできれいに忘れきれるのかしら。いっぺん死んだらあんたのその馬鹿治る?」
足を蹴りながら冷たくいうと、叶野は逃げるふりをしながら笑った。いかにも無理に笑っている風の叶野を睨みつけながら、もうひとつたこ焼きをもらった。大変遺憾なことに、二十二番目に声をかけられたという不名誉を背負わされた陸上部の女というのは、紛れもなく私のことだ。
「叶野、お義姉さん元気?」
「……しらねー」
ふいと目を逸らしながら、叶野はふてくされたようにいった。
「なんで知らないのよ」
「新婚旅行中」
「あらあら、ご愁傷様」
「おめでとうございますの間違いだろ」
「お義姉さんにはおめでとう。ご愁傷様はあんたによ」
叶野は気まずそうに、鼻をこすった。私の弟が、悪さを叱られるのを察して逃げ道を探しているときと、笑えるくらい、そのしぐさが一緒だった。少し、矛先を変えてみる。
「ねえ。あんた本当に本気で、彼女ほしいわけ」
「ほしいよ。めちゃくちゃほしいよ。じゃなかったら、こんなに必死になるか? 俺の連続失恋記録、いまどんなもんだと思う? お前も入れて」
「あのね。幼稚園以来だから、あんたの馬鹿はほんとによく知ってるけどね」
いいながら拳をつい握り締めるのに、叶野の視線が向いた。逃げ腰になっている。腹立つこいつ、と思いながらも、つとめて冷静を保とうとする。無駄な努力だという気もするのだけれど。
「あんたが振られ続けるのはね、そうやって誰にでも彼にでも声をかけるからよ。ほんとは自分でも、わかってるんでしょ」
叶野は馬鹿だけど、頭の回転が鈍いわけではない。その証拠に、言い逃れをさがすように、叶野の目があさってに泳いだ。
「あんたが自分を納得させるポーズのためだけに、振り回される方は、たまったもんじゃないのよ。いいかげんにしなさいよ」
声が震えたのが、屈辱的だった。くっそう。冷静さはどこいった。
叶野はなにかいいかけて、飲み込んだ。何度かそれをくりかえして、いいかげん寒くなってきたころ、手のたこ焼きパックをベンチにおいて、叶野はいった。
「悪い」
私は頷かなかった。その代わりに、ぐいと拳を握り締めて、話を続けた。
「あんた、ちゃんとふられてきなさいよ」
「毎日ふられまくってるよ」
「お義姉さんによ」
いうと、叶野は唇をへの字に曲げた。
「好きなんでしょう。前から」
強い風が吹いて、地面の砂を巻き上げる。目にはいりそうになったのを、慌てて擦ると、痛みで涙がこぼれた。これは痛いからなんだからねと、念を押すと、叶野がだまって頷いた。
近所の小学生が、カップルだカップルだと、はやしたてながら公園を駆け抜けていった。怒って否定するのも大人気ない気がして、知らん振りをしていると、叶野が気まずそうに唸って、突然走り出した。
あっけにとられてみていると、叶野は公園をぐるぐると全力疾走で回り始めた。なんだこいつ。なんで走るの。ホントに頭がどうかしちゃったんじゃない。
ぽかんと見守っていると、三周したところで、戻ってきた。もと立っていたところに、砂埃を巻き上げながら急ブレーキで立ち止まると、叶野はがばっと頭を下げた。
「ごめん。マジで」
真面目に言われた。深々と下げた頭のてっぺんに昔からある、小さく禿げた傷跡を睨んで、私はぐっと唇をかみしめた。小学生の叶野が、調子にのってジャングルジムのてっぺんから落ちてきたときの傷だ。昔から馬鹿だ馬鹿だと思っていたけれど、高校生になってマシになるどころか、馬鹿が悪化するとは、まさか思っていなかった。
叶野はじっと、頭を下げたまま動かない。
「謝らなくていいから、一個だけ、正直に答えて」
気迫をこめてそういうと、叶野は顔を上げて、覚悟を決めるように、ゆっくり頷いた。
「いまさらあんな馬鹿なことを言い出したのは、クラス全員に告っといて、私にだけ何もいわなかったら、私に悪いと思ったから?」
叶野は答えをためらった。十秒くらい迷っていたようだった。それでも決めた覚悟を思い出したのか、歯を食いしばって頷いた。
その顔を、思い切りぐーでぶん殴った。
「いってえ! ちょっとくらいは手加減しろ、この怪力女!」
「うるっさい! 馬鹿! 死ね!」
小学生のように砂を蹴って追い散らすと、叶野は頬をさすりさすり、逃げていった。しばらく走っていって、こっちを振り返る。その顔に、すまなさそうな表情を見つけたくなくて、私は顔を横に逸らしていた。
「気を遣うところがずれてるのよ。馬鹿ったれ」
自分で巻き上げた砂が目に入って、痛かった。
叶野が私を最後に回したのは、私の気持ちを知っているからだ。叶野はどうしようもない馬鹿だけど、頭が悪いわけじゃない。
私だけはしゃれにならないから、一番最後に回して、誰がどう聞いてもいつもの馬鹿だと思うように、私が心おきなく叶野を振るように。
まじむかつく。むかつく。むかつく。
もう一回、砂を蹴った。
すぐに家に帰る気になれなかった。ベンチに腰掛けると、叶野が忘れていったパックの中に、たこ焼きがみっつ、残っていた。
腹立ちにまかせて、三つまとめて口の中に放り込むと、すっかり冷めてまずくなったたこ焼きには、砂が混じっていた。
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必須お題:「心霊写真」「脳内がピンク」「北極」
縛り:「B級グルメが出てくる」
任意お題:「新訳」「ホラー祭り」「ふんわかふりふり」(使用できず)
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