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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
 即興三語小説。深夜のハイテンションでよーいドンしたやつです。

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 水が冷たくなってきた、とか、通行人の服装が秋めいてきた、とか。秋刀魚が安いとか、どんぐりを見つけたとか。何を見て秋の訪れを感じるかなんて、人それぞれでいいと思う。思うが、道を走る大型トラックを見て「秋だなあ」と呟くやつは、少ないんじゃないだろうか。
 強い日差しに汗をぽたぽた落とし、アイスクリームを買い食いしながら、建設会社のロゴが入った十トントラックを眺めて寝言をほざく杉坂太一に、ツッコミを入れるべきかどうか、三秒くらい考えた。考えはしたが、結局面倒くさくなって、普通につっこんだ。
「どこが秋?」
 だいたい、まだ蝉がうるさいし残暑もひどい。訊くと、杉坂は溶けて手に垂れてきたアイスを舐めながら、ぼんやりと答えた。「このへんだと、だいたい秋ごろ工事が増えるんだよ」
 予想外の答えに意表をつかれて、はあ、と間抜けな相槌がこぼれた。
「あのな、公共工事っていうのはな、国とか県とか市町村とかがやるだろ?」
 杉坂は、面倒くさそうに説明しながら、足元の缶を蹴る。真っ赤なペイントのコーラの缶が、道路に転がっていって、でかいトレーラーに踏み潰された。
「そうなるとな、道路関係の役人は、議会なんかに、その年度の予算を要求するわけよ。で、そういうところの予算っつうのは、だいたい四月にはすぐ決まらなくて、しばらくしてからつくんだよな。それから計画を詰めて、入札とかをして、業者を決めるだろ。で、予算ってのは、全部が全部じゃないけど、だいたい年度内に使ってしまわないといけなかったりするんだ。政治向きのナントカとか、その地方の事情とか、景気とか、そういうのでいろいろあっけど、だいたい年度末から逆算して、この辺だったら、秋ぐらいに増えんの。工事」
 杉坂は、ろくにテレビも見なければ新聞も読まない俺を、小馬鹿にするように横目で眺めてきたが、こいつがそんな話に詳しいのは単に、親父が建設会社で働いているからだ。一般人の若者は、役所のカネの流れの細かいところなんか、普段から気にしてなくても恥じゃない。……じゃない、よな? だんだん自信がなくなってきた。
「で、どの辺が秋なんだよ。蝉、鳴いてるじゃねえか」
「あー、男のクセに細けえやつだな」
 むっとして、思わず足元の空き缶を蹴る。なんでこの辺、こんなに空き缶が落ちてるんだ。
 俺が蹴った缶は、『チカンにちゅうい!』のカンバンに当たって跳ね返ってきた。よりによって、自分の足に当たる。それを見て、杉坂がけけっと笑った。
 口裂け女みたいなキャラクターが痴漢に襲われている看板を、腹立ち紛れに蹴り飛ばす。派手な音がして、通りがかりのおばちゃんから、迷惑そうに睨まれた。
 杉坂はもとのつまらなさそうな顔に戻って、また後ろからやってきたトラックの、荷台いっぱいにつまれたセメント袋を眺めながら、気が抜けたように呟いた。
「でも去年も一昨年も、えらい遅い時期に始まったもんな、公共工事。この頃ちっとは、よくなってんのかね。景気」
 さあ、と答えて、携帯をポケットから出した。メールの着信に、尻でバイブが鳴ったのだった。求人の一覧が毎日配信されるサービスに、この前から登録している。
 いまの仕事は薄給だ。サービス残業なんか当たり前だし、上司はむかつくしで、前々から辞めたい辞めたいと思っているのに、なかなかふんぎりがつかないのは、どうやら世間はこのごろ長く不景気らしくて、ろくな学歴も資格もない俺が、いま再就職するのは、なかなか骨が折れるんじゃないだろうかと、そんな弱気があるからだ。
 だが、「年がいったら再就職が難しくなるから、いまがぎりぎりなんだよ」といって、寒風吹きすさぶ中にやめていった同僚なんかもいて、それになんとなくつられるように、漠然と焦っている。年齢と不景気と、どっちがより厄介なんだろうかと、そんなことをこの頃、よく考える。
「ま、よかったよ。早めにはじまってくれて」
 杉坂はやたらと真剣な調子で呟いて、汗のぽたぽた落ちる顎を手で拭った。
「ああ、親父さん?」
 そ、と頷いて、杉坂は真剣そうな顔を消し、元通りの、つまらなさそうな表情を作った。顔の汗をもう一度拭い、首をがりがり掻く。家族の話をするのは、気恥ずかしいのだろう。
 仕事が暇で、親父さんが荒れているのだと、いつだかこぼしていた。従業員が次々に切られて、もともと工事時期だけ臨時で雇われるような連中だけではなく、これまでは年間ずっと何かしらの仕事のあったような専門職の人間まで、ここ数年、続々と首を切られ始めたのだという。
「家を出て、自分で稼ぐようになればさ、オヤにいちいち振り回されるなんてこと、なくなると思ってたよな」
 そうだな、と頷いて、携帯をポケットにねじこむ。
 話の流れにつられて、つい、自分の親父のことを思い出してしまった。思わず唇を曲げる。
 親父は昔から、外面だけはよかったが、酔うとときどきお袋を殴るろくでなしで、別に酒が入らなくても、家の中では口を開けば、とにかく人を馬鹿にするセリフしか言わなかった。
 ニュースを見ては、政治家だの犯人だのに向って、相手に届かない悪口雑言をわめきちらす。同僚や上司の愚痴をこぼして罵る。親戚のだれそれの性根が卑しいといっては貶す。それを面と向っては相手にいえない、気の小さい男なのだ。
 俺や、俺の弟には、親父はどんなに酔っても手を上げることもなければ、自慢の息子たちだと、口を開くたびにいっていた。それでも俺も弟も、ほんのガキの頃を除いては、親父に懐くことはなかった。親父がお袋を殴るのが許せなくて、他人を尊敬することのない器の小ささにも苛立って、とにかく何をしていても、憎たらしいことばかりの父親だ。
「腹、立つよな。もうあんなクソ親父、俺には関係ねえって思うのに、そんでもいちいち腹立つし、振り回されんだよな」
 杉坂が、独り言のようにいった。最近、何か思うところがあったのだろうが、具体的に問いただすのも気がすすまなくて、ただ頷いた。いいたければ、自分からいうだろう。
 でもそれきり、杉坂は黙り込んで、頭をがりがり掻いた。
 いちいち振り回される、か、と、口の中で反芻した。まったくもってそのとおりだ。腹立たしいことに。
 二か月前、親父がいきなり倒れた。何の前触れもなく、玄関先でよろけたかと思ったら、そのままゴンとすごい音を立てて頭を打った。
 クソ親父は白目をむいて倒れて、これは絶対死んだと思った。弟が仰天して駆け寄り、「親父、親父!」とひたすら絶叫しているのを聞きながら、俺は痺れたように、その場で凍り付いていた。
 情けない話、お袋が一番冷静で、声が震えてはいたが、119番に電話して、てきぱきと状況を伝えた。それでも俺は一歩も動けなかった。
 もしもこういう日が来たら、自分はきっと、「ざまあみろ、くたばれクソ親父」とかなんとか、そういうことを思うのだろうと、漠然と思っていた。こんなやつ早く死ねばいいのにと、本気で思っていた。そのつもりだった。
 なのに親父が倒れて、救急車で搬送されて病院で意識を取り戻すまで、手足が痺れたように冷たくなって、生きた心地がしなかった。
 お袋と弟と、三人で顔を突き合わせて、病院でじっと押し黙っている間、自分が何を考えていたのか、記憶は茫漠としていて、よく分からない。
 何で俺があのクソ親父を心配してやらなきゃならねえんだ、と、あとで我に返ったとき、本気で悔しかった。喝采を打って喜んでやればよかったと、病室の外の廊下で弟と二人、小声で言い合ったが、どちらの声にも、たいした力は入らなかった。
 嫌いなだけなら、話が早いのになと、杉坂の話への相槌のつもりでいいかけて、とっさに顔を顰めて押し留めた。嫌いなだけじゃないと、口に出していうのが、ものすごく癪で、納得がいかないような気がして。
「あーあ、明日からまた仕事か。クソつまんねえな」
 杉坂が、言葉ほどには力の入らない口調でいって、自販機のファンタのボタンを押していた。それだけ暑がりながら、秋だの何だのといわなきゃいいのに。
 自分もコーヒーを買って、取り出し口から汗をかいた缶を取り出したところで、何気なく首を持ち上げて、空を見上げた。あ、と、間抜けな声が口から漏れる。
 杉坂に「秋だな」なんていわれて、馬鹿かこいつはと思っていたが、空にかかる雲は、いつの間にか夏特有の頑固そうな入道雲ではなく、薄くたなびく鱗雲に変わっている。
「あー。秋、なんだな」
「だからそういってるだろうが」
 蹴られて、悶絶した。鉄骨かなんか入っている、杉坂のゴツいブーツで蹴られると、死ぬほど痛い。思わず本気で蹴り返そうとすると、杉坂はげらげら笑いながら、走って逃げていった。ガキか。
 ため息をついて、プルタブを捻る。涼しげな音が響いて、こぼれたコーヒーが手をぬらした。

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お題:「口裂け女」「秋の訪れ」「茫漠」
制限時間:構想込み60分

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