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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 昨夜の即興三語。誤字、表現等微修正しました。ほのぼの系。

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 夜中に、テーブルの上でがちがちに干からびたバームクーヘンの食べかけと、何年前に買ったか思い出せないようなカップラーメンしかない自分の部屋を見渡していると、無性にあたたかい蕎麦が食いたくなって、ふらりと家を抜け出した。
 屋台の蕎麦なんて、ここいらで見かけたこともなかったし、深夜に出前をしている店もないだろう。近所の二十四時間やっているスーパーで、インスタントかレトルトのものを買って済ます気だった。ひっつかんだ小銭いれをポケットにねじ込み、サンダルを突っかけて、アパートを背にすると、空には凝り固まったような重い雲の合間に、ときおり朧月が見え隠れしていた。
 街灯がじりじりと喧しい音を立て、ぶんぶんと蛾だか虻だかがぶつかっていく。熱く湿った空気に押し包まれるように、昼間の熱気の残るアスファルトを踏みしめて歩いた。小石が足の爪に入って、サンダルを振る。どこかの家の塀の上で、猫が赤ん坊のような声を立てて鳴いた。
 歩きながら、昼間の仕事の失敗を、くよくよと思い出していた。クレーマーに理不尽なことで怒鳴られて、ついかっとなって反論してしまった。手は出していないが、とっさに強烈な皮肉をチクリと返してしまったのだ。
 火に油を注ぐという言葉の意味を、これほど痛感したことはない。どんなに理不尽なクレームでも、相手が気のすむまで一通りいいたいことをいううちは、相槌を打ちながらひたすら利くのがセオリーだ。上司から繰り返しいわれていたにも関わらず、頭に血が上って、気が付いたときには相手が蒼白な顔をして、ぶるぶると唇を震わせていた。
 こんなやつクビにしろと、そいつは怒鳴ったのだ。まあまあととりなす上司に向って、唾を飛ばして、そのクレーマーは一時間、いいたい放題に叫んで帰っていった。
 まさか本当にクビになりはしないだろう、相手のほうが理不尽だったのだと、口の中で繰り返しても、不安のとげは抜けきらず、貯金の残高を思い、眠れないで悶々としているうちに、空腹に襲われた。どんなにストレスに晒されていても、腹は減る。
 近道をしよう、と思ったのは、傘も持たずに出てきて、雨が降るのではないかと、肌に張り付く湿気が思わせたからで、まったくの思いつきだった。普段は通らない、住宅街の隙間の、車も通れないような細い道。たしかここを抜けたら、向こうの大通りに出るはずだっただろうと、うろ覚えながら見当をつけて、家と家の間にかろうじて残った隙間のようなそこを歩きながら、建物にはさまれて線のようになった空の、分厚い雲の向こうから、かろうじてぼんやりと届く月光の筋を、目で追っていた。
 ところが、歩いても歩いても、本通りに合流する気配がない。これは袋小路だったかと、引き返すかどうか悩み始めるころ、ふっと、道が急に左に折れた。ためらいながらも、ここまできては引き返すのも面倒だと、さらに細くなりそうなそこに足を踏み入れると、ずっと奥のほうにぼんやりと赤く光るものが、目に飛び込んできた。ぎょっとして目を凝らしてみれば、どうもそれは、提燈の灯りに見える。
 こんな奥まったところに、屋台があるはずがない。もし仮にあったとして、ラーメンの屋台かなにかだろうと思うのだけれど、鼻をくすぐるのは、どうも、蕎麦つゆのにおいのような気がする。それで思い切って、ポケットの中の小銭入れを確かめながら、すぐそばまで近づいてみた。
 屋台骨の傾いでいるような、古くくたびれた、それでも清潔そうな屋台の、軒先に翻る赤い暖簾に、「そば」と流れるような字体で、白抜きの文字がおどっている。蕎麦をゆでる独特のにおいが香る。腹がぐうと鳴った。
 暖簾をくぐると、誰もいない。とりあえず、置かれていた椅子に座ってみる。ぐらぐらと湯の沸く音はしているものの、ぐるりと狭い屋台の中を見渡しても、やはり人影はなかった。さては、これから屋台を引こうという人間が、練習のつもりで試作をしているのか。それで何かの拍子にちょっと屋台を離れているのだろうか。
 うまくすれば安くで食わせてはもらえないだろうかと、せせこましい算段をするうちに、物音がした。カウンターの向こうで、器を重ねるような、かちゃかちゃした音。
「いらっしゃい」
 少年のような声がして、飛び上がらんばかりに驚いた、いや、実際に飛び上がって椅子を蹴立てたところに、ひょいとカウンターの向こうから、小さな影が頭をつき出した。小玉スイカくらいの大きさの、頭だけが見えている。毛むくじゃらだった。
 狐だった。いや、狐の精巧なマスクを被った、子どもだった。
「お客さん、食べないんですか」
 狐が、いや、狐のマスクの子どもが、肩を揺らしていった。「冷やかしは困るんですけど」
 なんで子どもが屋台で蕎麦を打っているのか、なんでホンモノの狐そっくりのマスクを被っているのか、わけが分からない。それでもそういわれたら、反射神経に染み付いた社会常識のような何かが手を動かして、小銭いれを探っていた。
「メニューとか、ないの」
「うちはきつね蕎麦だけです」
「あ、そう」
 あっけにとられながらも、頷いていた。「じゃ、それをひとつ」
「毎度」
 きつね蕎麦だから、狐の仮装をしているんだろうか。意味が分からない。それにしても、声や体格からするに、精々小学校の高学年か、それくらいの子どもにしか見えない。カウンターから身を乗り出すように見ていると、その小さいのが、一丁前に湯きりをして、寸胴から麺つゆを器に注いでいる。なんとご丁寧なことに、肉球のついた手袋まではめていた。
 その手つきは子どもにしては慣れたものだったが、何かの拍子に湯が跳ねた。慌てず騒がず、鼻先に飛んだ湯を拭った狐の面の、鼻のところが、熱いのをガマンするようにぴくぴく動いて、ひげが揺れた。しかめた鼻の上に、皺がよる。黒く丸い目が、ぐりぐりと動く。
 頭の中で、ずいぶんよくできた仮面だな、と感心する自分と、仮面が動くわけがあるか、と叫ぶ自分が、せめぎあった。結果、ポケットに突っ込んでいた手が動揺に撥ねて飛び出し、椅子にぶつかった。じんじんする痛みに、肘まで痺れる。痛い。ものすごく痛い。夢じゃない。
「はい、きつね、一丁上がり」
 狐面の子どもが、精一杯背伸びをしながら、木目の美しいカウンターに器を載せた。割り箸とお冷がその横に置かれる。
 呆然と狐面を見つめたまま、手が反射的に割り箸を取って、ぱきりと割った。割ったからには、あとは器に突っ込むしかない。何がなんだか分からないうちに、ともかく音を立てて蕎麦をすすると、少年はひとつ、満足そうに頷いた。
「あ、うまい」
 美味かった。思わず素直な言葉がぽろりとこぼれた。へへん、と鼻を擦った狐が、照れくさそうにもじもじした。
 何か得体の知れないものが入っているのではないかと、ちらりと考えたが、それよりも一度手を動かすと、食欲が買って、黙々と蕎麦を啜った。油揚げに浸みた味がまたなんともいえない。
 つゆまで飲み干すと、ごちそうさま、と口が勝手に動いた。
「どうも、毎度。一〇五円になります」
 値段のへんな安さも気になったし、なんで消費税対応なのか、まったく意味が分からなかったが、いわれるままに呆然と小銭いれから代金を出し、カウンターに置く。狐面は、背伸びして、丁寧な手つきで小銭を手のひらに落とし込んだ。
「あの……なんで、蕎麦屋なんてしてんの?」
「蕎麦屋なんて?」
 むすっと聞き返されて、なんとなく慌てた。その声は、いかにも気を悪くした小学生男子の声音で、化け物の迫力も何もあったものではなかったが、それでも何か、悪いことをいったような気がして、ぶんぶんと手を振った。
「いや、その、ええと」
「うちは代々、蕎麦屋なんです」
 あ、そうですか、というしかなかった。
「手前味噌でなんですが、美味かったでしょう?」
 これには素直に頷いた。狐面の少年は、満足げにうんうんと頷くと、もう興味をなくしたように、器を下げて洗いにかかった。
 狐につままれた首を捻り捻り、帰途についたときには、いつのまにか雲も晴れて、月明かりが道に射していた。


 翌日、出勤すると、苦笑混じりの上司に、背中を叩かれた。くどくどいわなくても、これでもう肌で分かっただろうと、労うように諭されたあと、クビのクの字も話題に出ないまま、その日の仕事をこなしていくうちに、今度は電話で、クレーム処理が回ってきた。
 ケンケンと声高に叫ぶ女を相手に、はい、はい、はあと、まだ気持ちの半分は昨日の狐そばに飛ばしたまま、阿呆のように相手のいうことに相槌を打っていたら、いうだけいって気が済んだのか、今度から注意してよねと、金切り声が耳を突き刺したあとは、がちゃんと勢いよく電話をきられた。
 帰り道、昨夜の道に足を踏み入れてみたが、路地はすぐに切れて本通りに合流し、込み入ったあの細い小路の、影も形もなかった。夢かと思うけれど、小銭入れの乏しい中身を探れば、きっちりと一〇五円がなくなっている。
 その晩のことは、結局、何がなんだか分からないままだったが、とりあえずこれから自分は一生、クレーム処理に当たるたびに、あのきつね蕎麦の味を思い出すんだろうなと思う。

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お題:「蕎麦」「バームクーヘン」「凝り固まった」
制限:構想・執筆60分厳守

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