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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
 本題の前に事務連絡。明日は友達と飲んでくる予定なので、更新がないかもしれません。


 ということで、即興三語小説。青春的ななにか。

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 グラウンドの前だった。フェンスの手前に、ぽつんと立ち尽くしている女子に気づいて、水原は足を止めた。やたらと短い黒髪。よく日焼けした顔。少しやぼったいスカートの長さ。知っている顔だった。
 前嶋朱音。特別に親しいというわけでもない。それでも二年連続同じクラスで、顔を合わせれば話くらいはする相手だ。
 朱音が見つめるフェンスの向こうに、水原は視線を走らせた。野球部員たちが声を張り上げて、ノックの球を追いかけている。県予選が近いから、気合が入っているのだろう。
 たしか朱音は野球部のマネージャーではないはずだ。水原はそう思ったが、詮索するのも気が引けた。それでも彼女が手に抱えている、可愛らしい紙袋を見ると、なんとなく、状況は分かるような気がした。
 回れ右をするにも、朱音のすぐ近くを通らないと、自転車置き場にたどりつけない。水原は少しの逡巡のあと、なんでもない顔をして、そのまま朱音の後ろを通り過ぎようとした。
「あれ、ミズハラ?」
 そこに朱音のほうから声をかけてきた。水原が気まずく目を泳がせると、朱音はショートカットの頭を掻いて、ちょっと笑った。水原が気づいた内容を、察したようだった。
「ミズハラって、チャリ通?」
 頷くと、朱音は大げさなくらいに何度も頷いて、手の紙袋を抱えなおした。
「そっか。あたしももう、帰ろっと」
 もう一度、砂埃のたつグラウンドに視線を投げると、朱音は背を向けて歩き出した。その左足が、包帯を巻いているのに、水原はようやく気が付いた。少し引き摺っている。
 それじゃ、といって、さっさと立ち去ればよかったのかもしれない。けれどなんとなく、本当になんとなく、気が付いたら口が開いていた。
「前嶋は、電車だったよな」
「ん? うん」
「駅まで、乗せてやろうか」
 下心でもなんでもない、ただの親切のつもりだった。朱音はきょとんとしたあとで、ちょっと笑った。
「それはちょっと、恥ずかしいかなあ。気持ちだけもらっとく」
 そうか、と頷いて、水原は首を掻いた。まあ、確かにいわれてみれば、二人乗りを誰かに見られるのは恥ずかしい。
「荷物だけ持とうか」
「いや、いいよ。ほとんど机の中においてきたし」
 いって朱音は、軽そうなカバンを振り回した。
 それでも水原が自転車の鍵を外す間、朱音は自転車置き場の前で、黙ってじっと待っていた。その目がぼんやりと、またグラウンドのほうに泳ぐのを、水原は見ないふりをした。


 河沿いの道を、少し離れて歩いていた。夕陽が川面に反射して眩しい。遠くのグラウンドから、まだ掛け声が聞こえてくる。金属バットが硬球を打ち上げる音。ミットに球が飛び込む音。水原は自転車を押しながら、朱音にあわせて、ゆっくり歩く。そのすぐ横を、練習用のユニフォームを泥だらけにした一年生が、集団で走り抜けていった。
「差し入れ、ってさ」
 渡しそこなったはちみつレモンを、自分で齧りながら、朱音は照れ隠しのようにいう。「甘いのがいいのはわかるけど、なんでレモンなんだろうね」
 気のない風に前を向いたまま、水原はぼそりと答えた。
「レモンのクエン酸が、筋肉の疲労回復に有効なんだってさ」
「へえ、なんかよくわかんないけど、詳しいんだね」
 朱音は感心したようにいって、カバンを振り回した。分厚い学生カバンがおしゃれじゃないといって、芯を抜いてしまう生徒が多い。その例に漏れず、朱音のカバンも薄っぺらいけれど、ほかの女子がつけているような、シールだのマスコットだのという飾りは、ひとつも見当たらなかった。
「ミズハラってさ、運動部じゃなかったよね。スポーツ医学とか? そーいうのに、興味あんの」
「べつに」
「ふうん。なら、なんで詳しいの」
 一般常識、といいそうになったのを飲み込んで、水原はいった。
「好きなんだ、雑学とか、」
 本を読むのが、といいかけて、水原は口を噤んだ。根暗なやつだと思われるかと、きゅうに、そんなことが気になったのだった。
「ザツガク?」
「……まめ知識みたいなもの」
 ふうん、といって、朱音は小石を蹴り飛ばした。蹴られた石は、ガードレールの下をくぐり、土手を転がっていく。中ほどで、雑草にひっかかってすぐに止まった。
「クイズ番組にでも出たいの?」
「べつに」
「小学生のときとか、博士ってあだなついてなかった?」
「なかった」
「じゃ、あしたっから博士って呼んでいい?」
「いやだ」
 きっぱりと言った水原に、朱音は明るい笑い声を立てた。
「ねー、ハカセ」
「無視かよ」
「自分でいうのもなんだけど、こーいうの、笑えるくらい似合わないね。あたしさ」
 こーいうの、といって朱音が振り回した紙袋に、水原はちらりと視線を投げた。可愛らしいデザインの袋。差し入れのはちみつレモン。長すぎるスカートの裾、飾り気のないカバン。真っ黒の素っ気ないショートカット。朱音はたぶん、眉ひとついじっていない。
 そんなことないんじゃないの、とか。似合うとか似合わないとか関係ないだろ、とか。そんなふうに、ひとこと言えば簡単な話だった。けれど水原の口をついて出たのは、憎まれ口だった。
「まあな」
 カバンの一撃が飛んできた。中身がほとんど入っていないから、痛くもない。
 あーあ、といって、朱音は空になったタッパーを、カバンの中に突っ込んだ。紙袋もくしゃくしゃに丸めて、一緒に入れてしまう。
「渡せるわけ、ないじゃんねえ。カントクとかマネージャーとかさ、ほかの部員の人だって、いっぱいいるのにさ」
 水原は何も答えず、ただ自転車を押す自分の手を見つめていた。
 朱音はわざとふざけるように、明るい声を出した。
「この足ね。昨日、帰る途中で捻って。通りすがりの野球部の子が、近くの病院まで連れてってくれたのさっ」
 誰だか知らない野球部員の話を聴きながら、水原は、ふうんと相槌を打った。さっきの朱音の真似のつもりだったが、肝心の本人はそのことに気づいていないようだ。朱音は川面に光る夕陽を眺めながら、急に声のトーンを落として続けた。
「そんだけ。顔は見たことあったけど、名前も昨日、初めて知ったくらいでさ。べつにそんなに、深い意味とか」
 河沿いの遊歩道を、浴衣姿のカップルが、手を繋いで歩いているのに、水原が目を留めた。今日は、花火大会でもあるのだろうか。
 朱音も、そのカップルに気づいたようだった。可愛く着飾った女のほうを、どことなく羨ましそうに見つめながら、朱音が小さくためいきをついた。
「クラスも訊かなかったし、野球部ってことしか分からなかったから。もっかい、お礼くらいはいわないと、とか」
 それだけなのに、なんかやたらと緊張してさ。グラウンドにいるところ、見つけたのに、渡せなかったし。声もかけられなかった。朱音はそういいながら、もう一度小石を蹴った。小石は転がっていったけれど、当然ながら、カップルに直撃することもなく、土手の雑草に受け止められた。
「舞い上がっちゃってさ、ばっかみたい。似合わないことしてさ」
 たしかに似合わなかった。昨日までの朱音しか見ていなかったら、水原は思い切り鼻で笑ったかもしれない。それでも今日は、笑えなかった。
 水原は振り返り、肩を落としている朱音をちらりと見て、慌てて視線を前に戻した。そこにいるのは、表面上はいつもと少しも変わらない朱音だ。真っ黒に日焼けして、髪もいじらず、化粧っけもない。制服の着こなしもなんとなく野暮ったい、見慣れた姿だ。
 それでも、萎れてうなだれる朱音は、水原の目に、いつもと何か、まるきり違ってみえた。
 naughty fairy(いたずらな妖精)。間の悪いことに、ちょうど前の日に、そんな内容の書かれた本を読んだばかりだった。恋の妖精的な何かがふらりと現れて、朱音の頭の上に魔法の粉を振りまいていくところを、水原は思わず想像した。想像しておいて、自分のメルヘンチックな空想が、やたらと恥ずかしくなった。
「知らねえよ」
 自分の口からこぼれた声が、怒っているように聞こえて、水原はぎょっとした。朱音が足を止めて、目を丸くしている。
「なにいきなり怒ってんの」
「怒ってねえし」
 踏み切りを渡ったところで、水原は自転車のサドルに勢いよく跨った。駅はもう目の前だ。
「じゃあな」
 自転車を漕ぎ出す水原の背中に向って、朱音が慌てたように叫んだ。
「あ、ミズハラ。変なこといいふらさないでね!」
 いわねえし。そう叫び返しながら、振り向かずに、水原はひたすら自転車を漕いだ。振り向けば、見たくないものを見るような気がして。
 まだそれほど暗くもないというのに、気の早い花火の一発目の音が、夕焼け空を叩いた。道行く人々の間から、いくつもの歓声が上がる横を、風をきって水原は通り過ぎる。
 グラウンドからはもうずいぶん離れているのに、花火の音に混じって、遠くから、澄んだ打球音が追いかけてくる。

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必須お題:「花火」「クエン酸」「妖精」

縛り:「英単語または英文を出す(カタカナでなく英語表記)」「学校の化学の実験をお話に絡める(任意)」「一文の長さをできるだけ短く(目標)」

任意お題:「敬礼っ!」「アルコールランプ」「神は死んだ」「海軍カレー」「迂遠な言い回し」

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