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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
 即興三語小説。ビミョーだけどログに流しておきます……

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 或る処に、借金まみれの男が一人、どうにか日々をつないでおりました。この男、とにかく辛抱というものができず、我慢が切れてはすぐ殴り、飲む打つ買う、骨身を惜しんで働くことなど、端から思ってみもしない。土方(どかた)をしては三日で辞め、町工場にもぐりこんだと思ったら、前借りした給料を持ち逃げする。学校を出てしばらくの間は、二親(ふたおや)に頼って暮らしておりましたが、やがてあまりの放蕩(ほうとう)ぶりに、親兄弟にも縁を切られ、親類からも残らず愛想をつかされて、ただ叔父の遺した古く小さな家ひとつを与えられ、どうにか宿はあるものの、ガス水道も頻繁に止められるという有り様。一時は福祉を頼ろうと、何度か役場を訪ねてもみましたが、やれ不動産を処分しろ、やれ職を探していることを証(あか)せのと、役人の口出しの煩いのに辟易(へきえき)して、怪しげな街金から借りた金を手に、競馬場に繰り出すのでした。
 そんな調子でありましたから、つきあいのある人間も、そう多くはありませんでしたが、恋は理屈ではないものか、そんな男にも惚れる女はいるもので、結衣という娘がひとり、いつしか男の部屋をときおり訪ね、手料理など拵えるようになったのです。

 この娘、男の性根の腐っているのも承知の上で、己の稼ぎをもってきては、それが男の飲み代に消え、博打に消えするのにも、愛想を尽かすこともなく、よく辛抱しておりました。人が見れば驚くほど美しいのに、少しもかまわず襤褸(ぼろ)を着て、ときに男が酒に荒れて手をあげ、あるいは耳の悪くなるような暴言を吐いても、文句もいわずにじっと耐え、やがて潰れた男を介抱しては、満足そうに微笑んで、内職仕事に精を出すのです。いやどういうわけか、むしろ男が荒れれば荒れるほど、娘は嬉しそうに、ひっそりと微笑むのでした。
 やがて結衣は男の家に住みはじめ、近所の者や、結衣のパート先の同僚ら、二人のようすを知る人間は、みな一様に不思議がり、中には辛抱たまりかねて男を説教する者もおりましたが、当の本人たちはどこ吹く風。男もたまに競馬で当て、パチンコで当てしては、そんなときばかり妙に優しくふるまって、結衣に飾りの一つも買ってきては、機嫌よく鼻歌など歌っているのでした。

 そんな日々でも、どうにか繋いでおりましたが、ある日とうとう賭け事にも負け続け、結衣の稼ぐ月給だけでは、どうにも首の回らぬときがやってきました。
 前々から期限を告げられて、もうどこの金融も男の顔を知り、貸すものもなくなっておりましたが、なに涙を流して土下座でもすれば、どうにかもう一日二日は待ってくれるだろうと、たかをくくる男の甘さ。借金取りはその道の玄人、待って相手が本当に、翌日金を返すかどうか、何百という借り手を眺めていれば、自然に判るものでございましょう。翌日やってきた連中は、男の嘘泣きなど意にも介さず、男の家に怒鳴り込み、戸を蹴破り、もとから皹の入った食器を割って、男の体を殴る蹴る、結衣の髪を掴んで脅す。明日までに耳を揃えて返さなければ、女を風呂に沈めるぞと、結衣を手ひどく殴らなかったのは、はじめからそのつもりがあったのでしょう。
 ふだん男にいくら殴られても、文句のひとつも言わない結衣が、このときばかりはさめざめと泣いて、すがり付いてくる。男はそれを振り払い振り払い、パチンコ屋に足を向け、ホールに落ちた玉を拾い集めては、やけになって台に流し込んだのでした。ところがどうした運の向きか、普段はたいがい負け通しの男が、そのときに限って、驚くような大当たり。ぴかぴか瞬く新機種は、大出血サービスの文句も色あせるような、桁ちがいの玉を吐き出したのでした。それも借金の総額に比べれば、微々たるものではありましたが、それでもかなりの大金を手にして、男は家に帰ったのです。
 翌朝、男が土下座とともに差し出した、その金を見て、借金取りたちは顔を見合わせ、待って取り立てる見込みがあるものかどうか、少しばかり迷ったあとに、次の返済日にまた来ると、脅し文句をいい置いて、どうにか引き上げていったのでした。

 男はようやく家を売る手続きを踏むと、結衣とともに安い部屋に移り、役場の窓口を叩いて、保護を申請したのです。じきに家を売った金も、全額返済に充て、今度こそ悔い改めて、以後まっとうに生きようなどと、決心したりもしてみましたが、所詮むなしい借り暮らし、返す端から利息がついて、そう追いつくものじゃございません。それでも手ひどく殴られたのが堪えたものか、それとも結衣を売り飛ばされるのが厭だったのか、本当のところは誰にも言いませんが、男は生まれて初めて賭け事もせず、酒も断ち、汗を流して働くことを続けたのでした。
 不況の折ですから、定職に就くなど遠い夢のようでしたが、それでも日雇い仕事に精を出し、どうにか日銭を稼ぐようす。誰でも厭がるような辛い仕事でも、とにかく惜しまず引き受ける。その一方で役場には、結衣の稼ぎがあることなどおくびも出さず、職がないと嘘をつき、不正な額を受け取りつつも、一方では昼飯を抜いて、浮かせた金も返済にあてる。まっとうとは言いがたい部分もありますが、ともかくその人が変わったような様子に、周囲は訝しく眉を寄せ、遠巻きに噂するのでした。

 そんな日々がどれほど続いたでしょうか。ある日ひょんなことから風邪を引き込み、たまった疲れが災いしたか、すっかり寝付いた男は、よくよく弱気になったものか、看病をする結衣の手を、強く掴んでいいました。いままで済まなかった、このままどうにか借金もなくす、いずれはもう少しまっとうな職にも就く、だからこれからも、俺と一緒に居てくれないか。
 初めて男が口にした、口説き文句らしい言葉に、しかし結衣は片頬に小さく笑みを浮かべて、あっさり首を振りました。それまでどれほど男がひどい仕打ちをしても、やさしく微笑んでばかりいた結衣が、いま浮かべているのはどういうわけか、底冷えのするような冷笑。そうしておもむろに口を開くのです。冗談じゃないわ。
 驚いて目を見開く男に、結衣は滔々と言い諭します。あんたにはもう愛想がつきた、あたしは性根の腐ったろくでなしが、自分の行いに首を絞められて、苦しむ様子が好きなのに。
 どういうことだ。咳き込みながら問いただそうとする男の胸を、結衣の白い手が押すと、どういうわけか、男の体からは吸い取られるように力が抜けて、起き上がることもかないません。
 結衣は美しい貌(かお)に、別人のように冷たい笑みを貼り付けたまま、鼻で笑って言いました。あんたみたいな男は普通、どれだけ酷い目にあったって、心根を入れ替えきれないものなんだ。いっときは何かの拍子に、性根を正そうとすることはあっても、結局は自分に負けて、すぐに同じことを繰り返す。そういう男が、泥沼にはまって苦しむ念が、あたしにはほかのどんな食事より美味しい、とっておきのご馳走なのだ。それが何より大事なことなのであって、あとはあたしを殴ろうが、金をせびって喜ぼうが、そんなことはみんな、どうだってよかったのに。あたしはこの半年、いつあんたが酒に逃げ、元のように博打に繰り出すのか、雇い主か役場の人間を殴って、もとの文無しに戻るか、待ちかねていたのだ。それなのにあんたはもう半年、酒も呑まないし、賭け事もやめてしまった。どうせすぐに音をあげるだろうと思ったのに、とんだ見込み違いだ。あたしはもう行って、もっといい宿主を探すことにする。
 そういい終えると、結衣は何の未練もなさげに立ち上がり、待ってくれと叫ぶ男を振り向きもせず、部屋を出て行ってしまうのでした。
 残された男は、しばし咳に体を折っては苦しんでおりましたが、結衣の足音が遠ざかって聞こえなくなると、徐々に熱も引いてゆき、二日もすればすっかりと、風邪を引いたのが嘘のように、本調子に戻ったのです。

 それから男はどうしたか。一度は借金も返し終え、いっときの間は黙々と働いていましたが、やがて再び勤め先から前借した金を持って逃げ、町を移って路宿者となり、たまに日払い仕事をするほかは、なけなしの金を手に、昔のように競馬場だのパチンコだのに、入り浸るようになったのです。
 駅裏の小汚い屋台で飲みながら、十年ぶりかで偶然会った旧友の私を相手に、そうした話を聞かせてくれたとき、彼はすでにかなり酔っ払っていたようでした。興の乗った私が、それでお前さんは、そうして飲んだくれていたら、その娘がまた気を変えて戻ってくると思っているのかいと、そんなことを聞いたときには、油染みたカウンターに突っ伏して、すっかり寝息を立てておりました。
 それからもう二年になりますか、その後、男の姿を見かけたことはなく、果たして彼が娘と再び会えたのかどうか、その後の仔細は存じません。

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「大事なことなので」「借り暮らし」「大出血」

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