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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 即興三語小説。お題と縛りがアレで、何も思いつかなかった……! しかし割り切って恥を晒しておきます……orz

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 ある山地のふもと、ブナの森の奥深くに、ぽっかりと口を開いた池があって、濃い緑の藻に覆われた水面からは見通せぬ、深い深い水底に、冷たい水をものともせずに、虫や魚を食べながら、悠々と暮らすいきものがいた。彼らは二本ずつの手足と鰓を持ち、その薄緑色の皮膚は、水と同化して外敵からは見えず、指の間の水かきは、冷たく重い水をかるがると掻いた。
 池は、地上から見下ろせばひどく狭く見えるものの、底の方では横穴が何本も伸び、地下を通って、森中の水脈と通じている。この池の底は、昼間こそしんと静まり返っているが、夜更けになると、彼らがきまって胸にぼんやりと光る石を提げ、水脈を辿ってわらわらと池の底に集って、長老を囲んで話を聞く。
 その話は森の中に転がるブナの朽ちた倒木から伸びる苔や茸の生涯に始まって、森に降り注ぐ恵みの雨の由来、天上の国の底の栓が抜けて、空の上の湖から水が漏れ出てくる仕組みから、この森のもとになった始祖の樹の種が、遠い遠い異国から、渡りの鳥に運ばれて、地面に根付いて芽吹いてから、この広大な森になるまでの、何千年という長い長い冒険譚まで、実に呑気に、夜を徹して毎夜のごとく語られる。その話が、一度として同じものであった試しはなく、いつから始まったものか、何千何万の夜を越えて、森羅万象に至るまでを覆いつくそうと言わんばかりに、延々と夜毎に語られてきたことは、彼ら河童の一族であれば、五歳の子どもでも知っている。

「人間たちの世に、南の国で取れるカカオという樹の実から作られる、チョコレイトという薬があってだな」
 今宵も長老の舌のすべりはよく、水底の石や藻に腰掛けて、河童たちは一様にふんふんと頷きながら、その語りに耳を傾けている。
「これが、少量であれば人間の身体にとても良いとされていたのだが、一度口にすれば癖になり、その依存性のあまりに強いもので、個体差はあったものの、いつしか人間どもは、争うようにしてチョコレイトを求めるようになったのだ。特に、どうしたわけか若い男たちに、これの依存症から抜け出せないものが多かった。しかし、何せ主原料のカカオというものが、一部の熱帯地域でしか栽培できないときて、充分な数が行き渡るとはいかなんだ。それも、食べ過ぎると身体に障るというので、彼らを治めるものはこれを禁じ、かつて阿片や大麻を取り締まったときのように、チョコレイトを民草から取り上げようとしたが、禁じられれば人というのは、却ってそれがほしくなるものだ。チョコレイトはそれからも、こっそりと高値で取引されつづけたのだな」

 長老の語る話が、同じものの繰り返しになったことはなく、何千何万の夜を越えて、森羅万象に至るまでを網羅するかのように、延々と語り続けられてきたことは、河童の一族であれば、五歳の子どもでも知っている。
 つまりまあ、いい加減にネタ切れ気味なのである。

「きゅうり味のチョコレイトもある?」
「あるだろうとも。わしは食ったことがないがな、人間はとにかく何でも試してみるからな、きゅうりを試さないはずがなかろうよ。だが、六兵衛よ、チョコレイトは河童には毒だからな、もらっても食ったらいかんぞ」
 へえ、それは初めて聞いたなと、新婚ほやほやの若い河童がまぜっかえし、横でうたたねからさめたその新妻が、食べたらだめだよアンタと、夫の甲羅をつつく。周りからはやし立てる声が上がる。
「ともかくも、チョコレイトの地下での取引は止まなかったのだが、もともと産出量の少ないものでな、仕舞いには、チョコレイト中毒の若者たちが、働きもせず、夜な夜な家から這い出しては、『ギブミーチョコレイト』と叫んで徘徊する。暴動も起きる。それでもチョコレイトが食べられないとなると、男たちは哀愁の背中を丸めて働くことをやめ、日がな一日巣にこもる。そうなれば暮らしは立ち行かぬ。税金も集まらぬ」
「税金ってなあに」
 河童の子どもがくちばしを挟む。長老は話を止めて、幼子の頭の皿を撫で、足元の魚篭に入れておいた銀色の魚を一尾、つかんで持ち上げてみせる。
「うむ、久太郎が話の礼にといって、こうしてよく魚を獲って来てくれるだろう? 人間たちもそのように、稼ぎの中から金を集めて、長老のようなものに渡すのだ」
「金ってなあに?」
 長老はずっとずっと前に、人間の貨幣の成り立ちについての話も、ちゃんと皆に聞かせたことがあったのだが、それが、この久太郎が生まれるよりも前のことだったかあとのことだったか、いまひとつ覚えてもいないもので、別段怒りだしもしないで、かいつまんで話してやる。
「うむ、人間たちはだな、昔はわしらがやるように、たとえば魚と木の実を取替えっこしていたのだがな」
 長老の話はすぐに逸れる。子どもたちの横槍が入るたびに、どこまでも逸れていくが、それをとめる者もいない。皆が呑気に、小声であれこれたわいのない話をしながら、長老の話が本筋に戻るのを待っている。
「……それでだな、人間の政府はな、年に一度だけ、チョコレイトを堂々と食べてもよいという日を作ったのだな。それがバレンタインデイといい、毎年その日が迫ってくると、人間たちの社会では、店先に夥しいほどのチョコレイトが並ぶようになったのだ」
「政府ってなにー?」
「うむ、それはだな」
 長老は久太郎の皿を撫でて、顎鬚を捻り捻り、説明を足してやる。もう少し年長の河童の子が、逸れ続ける話に飽きて、足元でうとうとしていたタニシをひっくり返す。
「それでだな、どうしたわけか人間の女たちには、男たちと違って、チョコレイトの依存から抜けられぬほどの禁断症状は、めったに出なかったのだな。それで女たちは、気のある男のために、高い金を払って高価なチョコレイトを買ってだな、これを贈ることで、愛の告白に代えるという、そういう様式が生まれたのだな。ほれ、三太郎が昔、よく好きな女子のためにせっせときゅうりを持っていっただろう、ああしたものだな」
 話に出された三太郎が、照れくさそうに頭の皿を掻き、その周りの者たちがどっと湧く。
 長老はやけくそのように話し続け、子どもが目を輝かせて、それでそれでと話の続きを催促する。大人の河童たちも、よくもまあ毎夜違う話が出てくるものだと、へんに感心しながら、半信半疑で長老の話に耳を傾けている。前に聞いた話と、中身が食い違うじゃないかといって、怒り出すような短気な河童もいない。どうせ森の暮らしとは関係のない、ただ好奇心を満足させるための話であって、本当だろうと嘘だろうと、誰も困りはしないのである。
「依存ってなあに」
「うむ、それはだな」
 大人の河童があくびを漏らして、鰓から水に混じった気泡がぷくぷくと、水面に向かって上っていき、にごった水の中で、きらりと月光を反射させた。今日は月が出ているらしい。

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必須お題:「ブナの森」「ギブミーチョコレイト」「哀愁の背中」
縛り:「水中の場面を出す」「バレンタインネタにすること」
任意お題:「息抜きの合間に人生を生きてます」「私はいつも真面目に適当です」「一人で留守番偉いね」

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