小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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久しぶりに書きやすいお題でございました。
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主は人を人とも、いや、妖を妖とも思わぬ極悪人で、これこのように、気ままにその辺りをふらついていたばかりの、わたくしやお前のような無害な妖まで、気まぐれに捕らえては、強引に使役にしてしまわれます。
「何をぶつぶつ言っているんだ、さっさと働け」
ほら、このような調子。お前も気の毒なことですが、ひとたび捕まったからには、この腐れ主がうっかりおっ死にでもしないかぎりは、再び自由になる日など、望めもしませぬ。あきらめてよく仕えなさい。お前がよく働けば、わたくしも少しは楽になるかもしれぬ。
ああ、はい。働きます、身を粉のようにして働きますとも、だからそう、呪符を突きつけて脅すのはおよしください、動物愛護協会に訴えますよ、この腐れ術士。
「それで、この憐れなわたくしは、いったい何をしたらよろしいのですか」
「聞いてなかったのか、あれを取り返してこいと言っているんだ」
そう言って主が指差したのは、足元の空に優雅に滞空する、一匹の雷鳥でありました。
そう、足元であります。ここは人間が作った高い建造物の屋上であり、もっというならば、性格の捻じれ曲がった我が主の住処の、ちょうど真上でもあります。
宙を舞う雷鳥は、憐れなことに、わたくしと同じように誰ぞに使役されているらしく、陰陽の術の匂いが、ぷんぷんとここまで漂っております。その鉤爪に、しっかりと玉を抱えており、わたくしの記憶に間違いがなければ、あれは我が腐れ主の持ち物でございました。
つまりこの主は、自分が気を抜いてうっかり呪具を盗まれておきながら、わたくしに取り返してこいなどというわけで、いやまあ、それはよいとしましょう。あのような小鳥の一羽如き、わたくしの霊威に比べれば塵芥のようなもの、面と向かって対峙して、苦戦するような相手ではありません。が、主はどうも大事なことをひとつ、忘れておられる。
「わたくしは飛べませんが」
わたくしが憮然としていうと、主は白い歯を見せてさわやかに笑われました。
「大丈夫。この地球には重力というものがあるし、幸いにも位置的にはこちらが上だ。羽なんか無くとも、ちゃんとあそこまでたどり着ける」
「ここから飛び降りろというのですか」
「そう聞こえなかったか」
主はしれっと仰ると、目の上に手なぞかざして、楽しげに雷鳥の様子を見ておられます。
「泣きますよ」
「大丈夫、お前にならやれる、俺を信じろ」
「そのようなこと、わたくしにお命じにならずとも、この新入りにやらせればよいではありませんか。幸い、この子鬼には羽が生えておりますし」
「そいつじゃ、あの雷鳥に勝てないだろう。口答えしないでさっさと行け」
「呪ってやる。この人非人、鬼畜生、腐れ外道」
「はっはっは。本物の外道のくせに、何を言う」
何を言っても無駄なようでありました。わたくしの悲痛な嘆息が、そよ風ほどにも主の心を動かさないことは、一目瞭然です。
見下ろせば、憐れな使役の雷鳥は、優美に翼を振って宙を滑空しておりますが、どこまで飛んでもいつの間にか一周して、同じ宙域に戻ってきてしまうことを、よく理解できずに、ひたすら戸惑っているようでした。我が主の結界に捉えられて、自分の主人のもとに戻れずにいるのです。
わたくしは泣く泣く、意を決して飛び降りようとしましたが、あらためて見下ろせばびょうびょうと風の吹き荒れる空は、いかにも高く、地上を行き交う人や自動車が、蟻か蚤のようです。この高さから墜落したら、いくらわたくしが力ある妖であっても、ひとたまりもございません。
もう一度振り返って、主に思い直すように申しあげようとした途端、主に背中を蹴られました。わたくしの、人を装った仮の身体がぐらりと傾ぎ、宙に投げ出されます。自分の使役を建物の屋上から蹴落とすなんて、この鬼、悪魔、人でなし!
空中を錐揉み状態で落ちていたわたくしですが、途中でどうにか霊力を使うことができ、とにもかくにも体勢だけは立て直しました。もともと地を這って暮らす蛇の一族ですので、空を自在に飛ぶことはとてもできませぬが、それでも長年の積み重ねと言うのは大事なもので、狙いを定めてそこに落ちるくらいは、どうにかなりそうでございました。
しかし、狙ったはずの雷鳥は、急に飛ぶ速度を速めました。そして、それまでは決まった軌道で円を描くように飛んでおりましたのを、上空から襲い掛かる危険に気づいたのか、急に不規則な軌道を描き始めます。空中で何とかあの雷鳥に巻きついて、少しでもゆるやかに地上に不時着しようというわたくしの試みは、憐れ、宙に飛散する露となりました。落ちる落ちる落ちる!
死に物狂いで軌道を修正して、少しでも衝撃を和らげるべく、葉のよく茂った街路樹の上に落ちようとしたわたくしの背を、降ってわいたような呪の気配が、ぐいぐいと強引に押しました。何事かと思えば、そこにはどうやら、我が主のつかう術の匂いがします。あの腐れ外道は、上から遠隔操作でわたくしを動かして、あの雷鳥にぶつけようというのです。
瞬間的に、主に対する殺意が芽生えましたが、ともかくも今はほかにどうしようもありません。わたくしは呪に押されるままに、雷鳥に飛び掛りました。
宙で本性をあらわし、鱗を陽の光にきらめかせながら、胴体をくねらせて雷鳥に巻きつきます。陰陽師に使役される雷鳥が、哀れな悲鳴を上げましたが、抵抗する暇など与えはしません。喉に巻きついてきつく締め付けると、翼をばたつかせて、力なく降下を始めました。
わたくしはその息の根が止まったのを確認すると、空中でほっと息をつきました。あとは主の呪に誘導されながら、地上に降り立つだけで……す……
呪の気配がすとんと切れました。わたくしは目を丸くして頭上を仰ぎましたが、我が主はにこやかに手を振っておられます。畜生あの腐れ外道、いつか絞め殺してくれる!
わたくしの体は自由落下をはじめ、哀れな雷鳥の死骸ともろともに、地上に叩きつけられました。
路面をめり込ませて落ちた、わたくしと雷鳥の身体は、人々の目には見えませぬ。辺りを走り回る人の子たちは、急に落ち窪んだ路面の不思議に、何ごとか分からず、ただ驚き慌てふためいております。
その人々の中にただ一人、わたくしを睨みつけるものがありました。
顔を真っ赤にして刀を抜いたのは、平板な顔の人間の男でした。別に水干だの作務衣だのは纏っておりませんが、それが現代の陰陽師というものなのでしょうか、背広から香水のかわりのように、呪の匂いが漂ってきます。
男が手にもつ刀には、霊力が漲っていました。尋常ではない様子で、怒り狂った形相は、仁王像かなにかのようでしたが、人々はこの男にまるで気づきません。たとえ見ても、路傍の石ころでも目にしたかのように、興味なさげにふっと目を逸らしてしまうのです。気づけば、先程まで地面にあいた穴に慌てふためいていた人々でさえ、怪訝そうな顔をしながら元通り、歩き去っていきます。この男もまた、己の身から人々の気を逸らす小さな結界でも張っているのでしょう。
「おのれ、刀の錆にしてくれる」
わたくしは鎌首をもたげて、しゅっと息を吐きました。鱗はところどころ剥がれ、胴体は痛みますが、幸いというべきか、雷鳥を締め上げたときには高さもそれほどではなかったので、動けなくなるほどの怪我ではありません。
相手の力量は見て取れましたし、平時であれば、苦戦すべくもないようなたわいの無い輩ではありますが、この痛む身体では集中も続かず、繊細な呪は扱いきれませんし、哀れな雷鳥にしたように存分に男を絞め上げきれるかというと、それにもいささか自信がございませんでした。けれど、弱気なところを見せればそこにつけ込むのが、陰陽師という輩でありますから、わたくしは金色の蛇眼を輝かせて、男を真っ向からにらみつけました。
いまの調子であれば、巻きついて絞め殺すとか、丸呑みにしてしまうよりも、喰らいついて毒で殺したほうが、無難そうではありました。わたくしが口を開いて、毒腺のある牙を剥くと、陰陽師は怒りの匂いを撒き散らしながらも、多少は警戒する顔色になりました。
「なんだお前、邪魔くさいなあ」
いきなり腹を蹴られて、わたくしはしゅっと息を吐きました。気づけば我が腐れ主が、すぐそばに立っています。
主は陰陽師に顔を向けると、色の薄い目を、面白そうにきらめかせました。
「俺の玉を盗もうとしておきながら、使役を殺されたら、こんどは逆恨みか」
主は顔ではにっこり笑っておられましたが、どうも、肌から漂う霊気の匂いからすると、激怒しておられるようでした。
背広姿の陰陽師は、一瞬その怒気に呑まれたように、じりと後ずさりかけましたが、はっとして、屈辱に顔を赤くしました。我が主は若作りで、実年齢とは違い学生のような見た目に見えますから、子どもに舐められたと思って、腹を立てたのでしょう。
けれど飛び掛ろうとしたその矢先、男の手から急に霊刀が消滅しました。陰陽師はきょとんと己が手の平を見つめました。わたくしが振り返ると、我が主が興味深げに、刀の波紋を指でなぞっています。
「ふうん、なかなかいい刀だな。宝の持ち腐れとはこのことか」
「おのれ、小童が」
男ははっとして、強がるような悪態などつきつつ、呪符を懐から取り出しました。その指の呪符が瞬時に燃え上がり、男は慌てて手を振りました。
「な……さっきから、何をしている、小僧」
陰陽師が驚くのも無理はありません。我が主は、呪のひとつ口にされず、印のひとつも組んでおられませんでしたから。
「別に何も」
主は性格の悪い笑顔を浮かべながら、ひらひらと手を振りました。
「使役を見れば、その主の力量も分かるだろうに。それとも、それさえも分からないのか、このど素人が。いったいどこの陰陽師だ、お前のような不出来な術士を仕込んだのは。通信教育ででも習ったのか」
男は顔を真っ赤にして、何ごとか吼えようとしましたが、主が手を振ると、それだけで硬直して、指一本うごかせなくなったようでございました。その段階で、ようやく相手の格の違いを悟ったのでしょうか、陰陽師はあれほど真っ赤にしていた顔を、今度は対照的に真っ青にして、唯一自由になるらしい目を、落ち着きなくさまよわせ始めました。
「さあて、どうしてくれようか」
主がにっこりと笑うと、背広の陰陽師は、引きつったような悲鳴を上げました。
「ぷはあ、五臓六腑にしみわたる。これがなくては生きる甲斐もないというものだ」
そう言って主が呷る酒は、なるほどそういうのも頷けるような、たいへん上等のものでしたが、いかんせんそれを買った金は、動けなくなった陰陽師の懐から抜き取った財布のものでした。わたくしがその品のないのを咎めるように見ていると、何を思い違いをしたか知りませんが、この山賊まがいのほろ酔いの主は、上機嫌に杯を押し出してきました。
「呑んでもいいぞ、今度はお前も活躍したからな」
いつもは役に立たないかのような、この言い草です。人に使役されるというだけでも、腹立たしいことであるのに、ましてこのような男、霊力はあるかもしれませんが、品性下劣、極悪非道、己が使役を建物の屋上から突き落とすような冷血の輩に、いや、血はわたくしも冷たいのでございますが、ともかくこのようなものに使われるなど、我が身のふがいなさが口惜しゅうございます。
「なんだ。文句がありそうだな。別に無理に呑まなくてもいいんだぞ」
あ、呑みます呑みます、呑むって言ってるでしょう、この腐れ外道。
ああ、それにしてもほんとうによい酒でございます。一滴一滴が、この主に突き落とされてできた傷にじわりと沁みわたって、速やかに癒していくようです。
「まったく、それにしても、人の呪具を盗んでまで力を増したいとは、凡人の考えることは、俺のような天才には分からないなあ」
主はそのようなことを言いながら、上機嫌に取り返した玉を撫でています。主の力からすると、たいした価値ある呪具とも思えないのですが、大事そうに磨いているその手つきからすると、なにか別の価値があるのかもしれません。
「その手の刀は何なのですか、自分もしっかり相手の霊刀を盗ってきてるじゃありませんか」
「こういうのは盗んだとは言わないんだ、その血の巡りの悪い頭にもよく分かるように言ってやるとだな、人の世には慰謝料だとか、迷惑料というものがあってだな」
「もうようございます」
それよりも、使役になったばかりの、小さな羽つき鬼が、ぶるぶると震えているじゃありませんか。かわいそうに、おびえきって。自分がどういう輩に捕まったのか、ようやく思い知っているのでしょう。
「まったく、この主ときたら、お前やわたくしのような罪の無い妖まで無節操に捕まえて、奴隷のごとくこきつかった挙句、同業者からは商売道具をぶんどって」
おっと、思わず本音が口から。主はしかし、怒るでもなく、皮肉に唇をゆがませて、杯をあおりました。
「罪の無いとは聞いてあきれる、その子鬼はともかく、お前は正真正銘、人を喰らう化け物じゃないか」
「ものを喰わずに生きられるものがどこにいますか」
別に人を恨んで無節操に殺して回っているわけでもなし、昔のように人身御供だの供物だのを要求しているわけでもないのですから、自分の食餌を獲ってくるくらいのことで、責められるいわれはありません。
「人でなくともいいだろう」
「なぜ人間じゃいけないんです。他の動物だと、よけいに量を食べないといけないじゃありませんか」
「善悪の問題じゃないさ。俺もいちおうは人間の端くれだからな、同属を喰われれば、抵抗せざるを得ないだろう」
「そうですか、それは知りませんでした」
この人の皮をかぶった外道が、いちおうは自分のことを人間だと思っているというのは、本気で意外なことでありました。
「とにかくだ、お前のような外道が、人を喰らってまわらないでいいように、俺がわざわざ貴重な霊力を提供してやってるんじゃないか。その見返りに、少しくらいは働いたって、罰は当たらないと思うぞ」
この言い草です。いつかわたくしが、自分の命が危うくなるのも忘れるくらい頭に血を上らせて、この悪逆非道の主を絞め殺そうとする日がこないとよいのですが。
「使役の身にまで落ちぶれたとはいえ、まがりなりにも神と名のつくものを屋上から蹴り落としたら、罰くらいは当たると思いますよ」
「なんだお前、意外と根に持つんだなあ」
「それは、蛇でございますからね」
わたくしがそう申しますと、主は腹を抱えてお笑いになりました。何がそれほど可笑しかったのか、よくわかりませぬが、その隙に残りの酒を徳利ごと飲み干しても、怒り出しもされませんでしたから、今宵はよほど上機嫌でおられたのでしょう。
----------------------------------------
必須お題:「泣く」「錆」「呪ってやる」
縛り:「カタカナ禁止」「一人称で書くこと」
任意お題:「恨みます」「邪魔くさい」「五臓六腑にしみわたる」「化け物」
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主は人を人とも、いや、妖を妖とも思わぬ極悪人で、これこのように、気ままにその辺りをふらついていたばかりの、わたくしやお前のような無害な妖まで、気まぐれに捕らえては、強引に使役にしてしまわれます。
「何をぶつぶつ言っているんだ、さっさと働け」
ほら、このような調子。お前も気の毒なことですが、ひとたび捕まったからには、この腐れ主がうっかりおっ死にでもしないかぎりは、再び自由になる日など、望めもしませぬ。あきらめてよく仕えなさい。お前がよく働けば、わたくしも少しは楽になるかもしれぬ。
ああ、はい。働きます、身を粉のようにして働きますとも、だからそう、呪符を突きつけて脅すのはおよしください、動物愛護協会に訴えますよ、この腐れ術士。
「それで、この憐れなわたくしは、いったい何をしたらよろしいのですか」
「聞いてなかったのか、あれを取り返してこいと言っているんだ」
そう言って主が指差したのは、足元の空に優雅に滞空する、一匹の雷鳥でありました。
そう、足元であります。ここは人間が作った高い建造物の屋上であり、もっというならば、性格の捻じれ曲がった我が主の住処の、ちょうど真上でもあります。
宙を舞う雷鳥は、憐れなことに、わたくしと同じように誰ぞに使役されているらしく、陰陽の術の匂いが、ぷんぷんとここまで漂っております。その鉤爪に、しっかりと玉を抱えており、わたくしの記憶に間違いがなければ、あれは我が腐れ主の持ち物でございました。
つまりこの主は、自分が気を抜いてうっかり呪具を盗まれておきながら、わたくしに取り返してこいなどというわけで、いやまあ、それはよいとしましょう。あのような小鳥の一羽如き、わたくしの霊威に比べれば塵芥のようなもの、面と向かって対峙して、苦戦するような相手ではありません。が、主はどうも大事なことをひとつ、忘れておられる。
「わたくしは飛べませんが」
わたくしが憮然としていうと、主は白い歯を見せてさわやかに笑われました。
「大丈夫。この地球には重力というものがあるし、幸いにも位置的にはこちらが上だ。羽なんか無くとも、ちゃんとあそこまでたどり着ける」
「ここから飛び降りろというのですか」
「そう聞こえなかったか」
主はしれっと仰ると、目の上に手なぞかざして、楽しげに雷鳥の様子を見ておられます。
「泣きますよ」
「大丈夫、お前にならやれる、俺を信じろ」
「そのようなこと、わたくしにお命じにならずとも、この新入りにやらせればよいではありませんか。幸い、この子鬼には羽が生えておりますし」
「そいつじゃ、あの雷鳥に勝てないだろう。口答えしないでさっさと行け」
「呪ってやる。この人非人、鬼畜生、腐れ外道」
「はっはっは。本物の外道のくせに、何を言う」
何を言っても無駄なようでありました。わたくしの悲痛な嘆息が、そよ風ほどにも主の心を動かさないことは、一目瞭然です。
見下ろせば、憐れな使役の雷鳥は、優美に翼を振って宙を滑空しておりますが、どこまで飛んでもいつの間にか一周して、同じ宙域に戻ってきてしまうことを、よく理解できずに、ひたすら戸惑っているようでした。我が主の結界に捉えられて、自分の主人のもとに戻れずにいるのです。
わたくしは泣く泣く、意を決して飛び降りようとしましたが、あらためて見下ろせばびょうびょうと風の吹き荒れる空は、いかにも高く、地上を行き交う人や自動車が、蟻か蚤のようです。この高さから墜落したら、いくらわたくしが力ある妖であっても、ひとたまりもございません。
もう一度振り返って、主に思い直すように申しあげようとした途端、主に背中を蹴られました。わたくしの、人を装った仮の身体がぐらりと傾ぎ、宙に投げ出されます。自分の使役を建物の屋上から蹴落とすなんて、この鬼、悪魔、人でなし!
空中を錐揉み状態で落ちていたわたくしですが、途中でどうにか霊力を使うことができ、とにもかくにも体勢だけは立て直しました。もともと地を這って暮らす蛇の一族ですので、空を自在に飛ぶことはとてもできませぬが、それでも長年の積み重ねと言うのは大事なもので、狙いを定めてそこに落ちるくらいは、どうにかなりそうでございました。
しかし、狙ったはずの雷鳥は、急に飛ぶ速度を速めました。そして、それまでは決まった軌道で円を描くように飛んでおりましたのを、上空から襲い掛かる危険に気づいたのか、急に不規則な軌道を描き始めます。空中で何とかあの雷鳥に巻きついて、少しでもゆるやかに地上に不時着しようというわたくしの試みは、憐れ、宙に飛散する露となりました。落ちる落ちる落ちる!
死に物狂いで軌道を修正して、少しでも衝撃を和らげるべく、葉のよく茂った街路樹の上に落ちようとしたわたくしの背を、降ってわいたような呪の気配が、ぐいぐいと強引に押しました。何事かと思えば、そこにはどうやら、我が主のつかう術の匂いがします。あの腐れ外道は、上から遠隔操作でわたくしを動かして、あの雷鳥にぶつけようというのです。
瞬間的に、主に対する殺意が芽生えましたが、ともかくも今はほかにどうしようもありません。わたくしは呪に押されるままに、雷鳥に飛び掛りました。
宙で本性をあらわし、鱗を陽の光にきらめかせながら、胴体をくねらせて雷鳥に巻きつきます。陰陽師に使役される雷鳥が、哀れな悲鳴を上げましたが、抵抗する暇など与えはしません。喉に巻きついてきつく締め付けると、翼をばたつかせて、力なく降下を始めました。
わたくしはその息の根が止まったのを確認すると、空中でほっと息をつきました。あとは主の呪に誘導されながら、地上に降り立つだけで……す……
呪の気配がすとんと切れました。わたくしは目を丸くして頭上を仰ぎましたが、我が主はにこやかに手を振っておられます。畜生あの腐れ外道、いつか絞め殺してくれる!
わたくしの体は自由落下をはじめ、哀れな雷鳥の死骸ともろともに、地上に叩きつけられました。
路面をめり込ませて落ちた、わたくしと雷鳥の身体は、人々の目には見えませぬ。辺りを走り回る人の子たちは、急に落ち窪んだ路面の不思議に、何ごとか分からず、ただ驚き慌てふためいております。
その人々の中にただ一人、わたくしを睨みつけるものがありました。
顔を真っ赤にして刀を抜いたのは、平板な顔の人間の男でした。別に水干だの作務衣だのは纏っておりませんが、それが現代の陰陽師というものなのでしょうか、背広から香水のかわりのように、呪の匂いが漂ってきます。
男が手にもつ刀には、霊力が漲っていました。尋常ではない様子で、怒り狂った形相は、仁王像かなにかのようでしたが、人々はこの男にまるで気づきません。たとえ見ても、路傍の石ころでも目にしたかのように、興味なさげにふっと目を逸らしてしまうのです。気づけば、先程まで地面にあいた穴に慌てふためいていた人々でさえ、怪訝そうな顔をしながら元通り、歩き去っていきます。この男もまた、己の身から人々の気を逸らす小さな結界でも張っているのでしょう。
「おのれ、刀の錆にしてくれる」
わたくしは鎌首をもたげて、しゅっと息を吐きました。鱗はところどころ剥がれ、胴体は痛みますが、幸いというべきか、雷鳥を締め上げたときには高さもそれほどではなかったので、動けなくなるほどの怪我ではありません。
相手の力量は見て取れましたし、平時であれば、苦戦すべくもないようなたわいの無い輩ではありますが、この痛む身体では集中も続かず、繊細な呪は扱いきれませんし、哀れな雷鳥にしたように存分に男を絞め上げきれるかというと、それにもいささか自信がございませんでした。けれど、弱気なところを見せればそこにつけ込むのが、陰陽師という輩でありますから、わたくしは金色の蛇眼を輝かせて、男を真っ向からにらみつけました。
いまの調子であれば、巻きついて絞め殺すとか、丸呑みにしてしまうよりも、喰らいついて毒で殺したほうが、無難そうではありました。わたくしが口を開いて、毒腺のある牙を剥くと、陰陽師は怒りの匂いを撒き散らしながらも、多少は警戒する顔色になりました。
「なんだお前、邪魔くさいなあ」
いきなり腹を蹴られて、わたくしはしゅっと息を吐きました。気づけば我が腐れ主が、すぐそばに立っています。
主は陰陽師に顔を向けると、色の薄い目を、面白そうにきらめかせました。
「俺の玉を盗もうとしておきながら、使役を殺されたら、こんどは逆恨みか」
主は顔ではにっこり笑っておられましたが、どうも、肌から漂う霊気の匂いからすると、激怒しておられるようでした。
背広姿の陰陽師は、一瞬その怒気に呑まれたように、じりと後ずさりかけましたが、はっとして、屈辱に顔を赤くしました。我が主は若作りで、実年齢とは違い学生のような見た目に見えますから、子どもに舐められたと思って、腹を立てたのでしょう。
けれど飛び掛ろうとしたその矢先、男の手から急に霊刀が消滅しました。陰陽師はきょとんと己が手の平を見つめました。わたくしが振り返ると、我が主が興味深げに、刀の波紋を指でなぞっています。
「ふうん、なかなかいい刀だな。宝の持ち腐れとはこのことか」
「おのれ、小童が」
男ははっとして、強がるような悪態などつきつつ、呪符を懐から取り出しました。その指の呪符が瞬時に燃え上がり、男は慌てて手を振りました。
「な……さっきから、何をしている、小僧」
陰陽師が驚くのも無理はありません。我が主は、呪のひとつ口にされず、印のひとつも組んでおられませんでしたから。
「別に何も」
主は性格の悪い笑顔を浮かべながら、ひらひらと手を振りました。
「使役を見れば、その主の力量も分かるだろうに。それとも、それさえも分からないのか、このど素人が。いったいどこの陰陽師だ、お前のような不出来な術士を仕込んだのは。通信教育ででも習ったのか」
男は顔を真っ赤にして、何ごとか吼えようとしましたが、主が手を振ると、それだけで硬直して、指一本うごかせなくなったようでございました。その段階で、ようやく相手の格の違いを悟ったのでしょうか、陰陽師はあれほど真っ赤にしていた顔を、今度は対照的に真っ青にして、唯一自由になるらしい目を、落ち着きなくさまよわせ始めました。
「さあて、どうしてくれようか」
主がにっこりと笑うと、背広の陰陽師は、引きつったような悲鳴を上げました。
「ぷはあ、五臓六腑にしみわたる。これがなくては生きる甲斐もないというものだ」
そう言って主が呷る酒は、なるほどそういうのも頷けるような、たいへん上等のものでしたが、いかんせんそれを買った金は、動けなくなった陰陽師の懐から抜き取った財布のものでした。わたくしがその品のないのを咎めるように見ていると、何を思い違いをしたか知りませんが、この山賊まがいのほろ酔いの主は、上機嫌に杯を押し出してきました。
「呑んでもいいぞ、今度はお前も活躍したからな」
いつもは役に立たないかのような、この言い草です。人に使役されるというだけでも、腹立たしいことであるのに、ましてこのような男、霊力はあるかもしれませんが、品性下劣、極悪非道、己が使役を建物の屋上から突き落とすような冷血の輩に、いや、血はわたくしも冷たいのでございますが、ともかくこのようなものに使われるなど、我が身のふがいなさが口惜しゅうございます。
「なんだ。文句がありそうだな。別に無理に呑まなくてもいいんだぞ」
あ、呑みます呑みます、呑むって言ってるでしょう、この腐れ外道。
ああ、それにしてもほんとうによい酒でございます。一滴一滴が、この主に突き落とされてできた傷にじわりと沁みわたって、速やかに癒していくようです。
「まったく、それにしても、人の呪具を盗んでまで力を増したいとは、凡人の考えることは、俺のような天才には分からないなあ」
主はそのようなことを言いながら、上機嫌に取り返した玉を撫でています。主の力からすると、たいした価値ある呪具とも思えないのですが、大事そうに磨いているその手つきからすると、なにか別の価値があるのかもしれません。
「その手の刀は何なのですか、自分もしっかり相手の霊刀を盗ってきてるじゃありませんか」
「こういうのは盗んだとは言わないんだ、その血の巡りの悪い頭にもよく分かるように言ってやるとだな、人の世には慰謝料だとか、迷惑料というものがあってだな」
「もうようございます」
それよりも、使役になったばかりの、小さな羽つき鬼が、ぶるぶると震えているじゃありませんか。かわいそうに、おびえきって。自分がどういう輩に捕まったのか、ようやく思い知っているのでしょう。
「まったく、この主ときたら、お前やわたくしのような罪の無い妖まで無節操に捕まえて、奴隷のごとくこきつかった挙句、同業者からは商売道具をぶんどって」
おっと、思わず本音が口から。主はしかし、怒るでもなく、皮肉に唇をゆがませて、杯をあおりました。
「罪の無いとは聞いてあきれる、その子鬼はともかく、お前は正真正銘、人を喰らう化け物じゃないか」
「ものを喰わずに生きられるものがどこにいますか」
別に人を恨んで無節操に殺して回っているわけでもなし、昔のように人身御供だの供物だのを要求しているわけでもないのですから、自分の食餌を獲ってくるくらいのことで、責められるいわれはありません。
「人でなくともいいだろう」
「なぜ人間じゃいけないんです。他の動物だと、よけいに量を食べないといけないじゃありませんか」
「善悪の問題じゃないさ。俺もいちおうは人間の端くれだからな、同属を喰われれば、抵抗せざるを得ないだろう」
「そうですか、それは知りませんでした」
この人の皮をかぶった外道が、いちおうは自分のことを人間だと思っているというのは、本気で意外なことでありました。
「とにかくだ、お前のような外道が、人を喰らってまわらないでいいように、俺がわざわざ貴重な霊力を提供してやってるんじゃないか。その見返りに、少しくらいは働いたって、罰は当たらないと思うぞ」
この言い草です。いつかわたくしが、自分の命が危うくなるのも忘れるくらい頭に血を上らせて、この悪逆非道の主を絞め殺そうとする日がこないとよいのですが。
「使役の身にまで落ちぶれたとはいえ、まがりなりにも神と名のつくものを屋上から蹴り落としたら、罰くらいは当たると思いますよ」
「なんだお前、意外と根に持つんだなあ」
「それは、蛇でございますからね」
わたくしがそう申しますと、主は腹を抱えてお笑いになりました。何がそれほど可笑しかったのか、よくわかりませぬが、その隙に残りの酒を徳利ごと飲み干しても、怒り出しもされませんでしたから、今宵はよほど上機嫌でおられたのでしょう。
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必須お題:「泣く」「錆」「呪ってやる」
縛り:「カタカナ禁止」「一人称で書くこと」
任意お題:「恨みます」「邪魔くさい」「五臓六腑にしみわたる」「化け物」
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朝陽 遥(アサヒ ハルカ)
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