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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 即興三語小説。『境界』の続きというか前というか。

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 夢を見た。

 小夜の夢の中では戦争は起きていなくて、父母は汗水たらして畑の世話をしていた。刈り入れをまつばかりの稲穂が金色にきらきらと光り、空は澄んで青かった。
 小夜の幼い頃にはとても優しかった叔父は、そのころとかわらず優しいままで、片腕を失って眼をぎらぎらさせた晩年の叔父の姿は、やっぱり悪い嘘だったのだと思うと、小夜はうれしくてたまらなかった。
 けれど眼が覚めたらやっぱり戦争は続いていた。くろがねに手を引かれて路地を歩けば、道行く大人たちが怖い顔をして、海の向こうで人を殺す話をしていたし、極寒の地で捕虜になって帰ってこない家族の安否を、潜めた声で嘆いていた。戦争には勝っている勝っていると誰でも言うけれど、その割にはそう言う人々の顔は驚くほど暗く不安げで、米の配給が滞っていることを、ぼそぼそと言い合っているのだった。なにより、父も母もどこにも居なかった。

 小夜が夢に見たことを話して聞かせても、くろがねは笑い飛ばしたけれど。
 いや、くろがねの唇の端が上がったわけでもなければ、目を細めたわけでもない。本人の言うところによると、くろがねは修羅という生き物で、人のように見えても、人ではないのだそうだ。くろがねは笑顔を作ることもなければ、笑い声を立てることもない。
 くろがねは顔や声ではけして笑わない。それでも、くろがねの心が苦笑したのが、小夜にはちゃんと分かった。

「夢というのは、どういうものだ」
 しばらくして、くろがねがぽつりとそんなことを訊いてきたので、小夜は眼を丸くした。何を訊かれたのか分からなかったからだ。
 それを察したのか、くろがねは珍しく言葉を足した。
「修羅は、夢を見ぬ。夢というものが、どうしたものか、己は知らん」
 小夜はますます眼を丸くした。笑わないし、泣かないのだとは、くろがねの口から聞いたことがあったけれど、まさか、夢も見ないとは思わなかった。
「眠ってるときは、まっくらなの」
 小夜が訊くと、くろがねは平然と言った。
「修羅は眠らぬ」
 小夜はぽかんとした。人でなくとも、犬も馬も鳥も魚もちゃんと眠る。人のようにではないけれど、彼らも眠る。小夜はそれを知っている。
 けれど、言われてみればたしかに、小夜はくろがねが眠るところをみたことがなかった。単に、小夜よりも遅く眠って、早く起きているのだと思っていたけれど。

 くろがねがなぜか、西のほうに向かうというので、二人、並んで歩いているところだった。
 西に向かう電車も走っていたけれど、くろがねはあまり乗り物に乗りたがらなかった。それで小夜の遅い足にあわせて、くろがねはゆっくりと歩いた。そのせいで、夜までに人里に着かず、街道のわきで野宿になった。
 途中、夜だというのに何を急ぐのか、自動車がすごい速さですぐ横を通り過ぎていった。
 小夜は歩き疲れてずいぶん眠かったけれど、ふと、昼間にくろがねと交わした会話を思い出して、うつらうつらしていた眼を開き、坐ってじっと焚き火を見つめているくろがねに話しかけた。
「眠くないの」
「ない」
 くろがねは小夜を振り返りもせず短く応えて、微動だにしなかった。どこか遠くで、梟の声がした。
 小夜はしばらく梟の声に聞き入って、それから思い出したようにまた聞いた。
「ねえ、ほんとに眠くないの」
「ない」
 焚き火のはぜる音をひとつふたつと数えるうちに、眠気はいや増す。小夜はそれでも眠い眼を開けて、また聞いた。
「ねえ、どうして眠くないの」
 小夜があまりにしつこく聞いたからか、くろがねは即答せずに、ふと、考えるような間をつくった。
「眠いとは、どういうものだ」
 聞き返されて、小夜は困った。しらず息が深くなって、瞼が重くなって、すうっと暗闇の中に吸い込まれるような感覚だと、そういうことを順序だてて表現できる語彙が、小夜の中にはなかった。
「眠いのは、眠いんだよ。眠くなったことがないなんて、くろがねはへんだ」
「そうか」
 くろがねは平然と頷いて、けれど、やはり眼をぱっちりと開いたまま、静かに焚き火に向き合っている。
「ねえ、眠ったら、またあの夢が見られるかな」
「眠って、確かめてみたらどうだ」
 くろがねは言うと、手元の小枝を焚き火に放り込んだ。
「そうする」

 夜中に底冷えのするような音がして、小夜は眼を開けた。
 はじめは、吹きすさぶ風の音かと思ったけれど、どうやらそれは人の声で、小夜は不安げにきょろきょろとあたりを見渡した。けれど、焚き火の前に坐るくろがねが、平然と構えているので、小夜は少しだけ安心して、また横になった。
「何の声だろ」
「たいしたものではない」
 くろがねは言うと、ちらりと道の向こうを見た。少しずつ声が近づいてくる。くろがねが大丈夫というなら大丈夫なのだろうと、小夜は自分に言い聞かせながら、それでもどうしても気になって、薄目を開けていた。
 やがて、街道を歩いてくる人影があった。
 その影の姿が、どこかおかしいことに気づいて、小夜は自分の腕をきつくつかんだ。
 それは鎧武者の一団だった。帷子を纏った体からは、折れた槍や矢が突き出し、髪は乱れ、刀は刃こぼれだらけで、口々に何か恨み言を言いながら、男たちが歩いていく。
 小夜は悲鳴を飲み込んだ。けれど、くろがねの方を見ると、修羅は平然と座り込んで、なんでもないように鎧武者たちを眺めている。
 殿が逃げおおせたのどうの、裏切り者がどうのと、恨み言の切れ端をつぶやきながら、武者たちは、くろがねにも小夜にも気づかぬふうで、よろりよろりと通り過ぎていく。
 小夜は、彼らの声がすっかり聞こえなくなるまで、ぎゅっと小さくなって、うずくまっていた。
 やがて、ほんものの風の音ばかりになったころ、恐る恐る身を起こしてみると、くろがねは何もなかったように、焚き火に小枝を放り込んでいた。
「今の、なに」
「戦で命を落とした兵だろう」
 くろがねは普通のことを言うように言った。
「兵隊さんって、あんな格好じゃないよ」
 小夜が、出征したときの父や叔父の晴れ姿を思い浮かべていうと、くろがねは太めの枝を折りながら答えた。
「ずっと昔は、兵は、ああいう出で立ちをしていたのだ」
「くろがねは、見たことがあるの」
「ある」
「昔って、どのくらい昔」
 聞くと、くろがねは少し、考えたようだった。
「さて。数えてはおらなんだ」
 言ったきり、それ以上思い出そうとする素振りもなかったので、小夜はあきらめて、違うことを聞いた。
「ねえ、さっきの人たち、引き返してこないかな」
「来たところで、何ということもない。眠っておけ」
「うん」

 眼を開けて、小夜は瞼を手でこすった。布団のないところで眠るのにも慣れてはいたけれど、それでも下にしていた右半身は、やはり痛かった。
 空気はしんと冷え込んでいる。
「おはよう」
 昨日、寝入る前にしていたのと、まったく同じ姿勢で坐っているくろがねに、小夜は話しかけた。くろがねは小さく頷いたが、おはようは返してくれなかった。
 そういえば、もう同じ夢は見なかった。
 そのことに気づいたとたん、小夜はたまらなく寂しくなった。
 あのままずっと、あの夢の中にいたかった。
 小夜がそう言うと、くろがねは困ったようだった。表情は動かなかったけれど、小夜には気配でちゃんとわかった。

「持っていろ」
 くろがねが手渡してきたものは、ずしりと重かった。何か、白っぽい石と、潰れた刃物のような、握りのついた道具だった。
「これ、なあに」
「火打石だ」
 くろがねは短く言うと、それで説明は済んだと言わんばかりにしている。小夜はそういうくろがねに慣れているので、つっけんどんだとは思わなかった。いつものように、重ねて訊いた。
「火打石って、なに」
「火をつける道具だ」
 小夜はぽかんとした。けれどくろがねは、冗談を言ったりはしない。自分の信じていることのほうが間違いなのかと思って、小夜はおそるおそる、言った。
「でも、燐寸はこんなのじゃないよ」
「燐寸ではない」
 くろがねは言うと、苛立つこともなく、小夜の手からいったん、火打石を取り上げた。
「こうして」くろがねが石と鉄を強く打ちつけて見せると、白い火花が散った。「使うのだ」
 小夜はおそるおそる、くろがねの手からその道具を受け取ると、真似をしてこつんとぶつけてみた。けれど、火花はちっとも飛び出さない。
「もっと強く、擦るように打つのだ」
 何度か試して、小夜の手が痺れるように痛くなる頃、ようやく小さな火花が出た。小夜は小さく歓声を上げたけれど、やっぱり納得がいかなくて、また元通りに歩き始めたくろがねを見上げた。
「これで、どうやって燃やすの」
「火はつけなくていい。火打石の切り火は、古来、魔を祓うのだ」
 小夜はきょとんとした。
「魔ってなに」
「己と居れば、悪いものが寄って来る。魔は魔を呼ぶものだ」
 小夜はいっとき、その言葉の意味を考えた。
「くろがねは悪いものなの」
「そうだ」
 小夜はまたいっとき考えた。
「くろがねは、平気なの」
「なにがだ」
「かちんってしたら、くろがねもいなくなっちゃうの」
 小夜が不安げに聞くと、くろがねはいつもの無表情で言った。
「何の、切り火如き。仏僧の経だろうと、宮司の祝詞だろうと、たとえ宮に祀られている神でも、修羅を懼れさせることなど叶わぬ」
 その言葉は小夜には少し難しかったけれど、とにかく、くろがねは強いから平気なんだと、それだけは分かったので、小夜は顔を輝かせて頷いた。
 歩き歩き、火打石をかつんと鳴らしてみる。
 小さな小さな火花が舞った。

 小夜は歩きつかれた足をひきずっていた。
 もう歩けないと駄々を捏ねてみたら、くろがねに猫の子でも抓むように襟首を持ち上げられて運ばれたのだが、それが面白かったのは最初のうちだけで、揺れて、運ばれ心地がよいとは言えなかったので、結局は自分の足で歩くことにしたのだった。
 小夜が休むといえば、くろがねは別に怒りもせずに休むのだけれど、早く宿のあるところに行きたかった。町にさえ着けば、くろがねが宿代を持っている。行く先に、営業している旅館があるかどうかは分からなかったが、ともかく屋根のあるところで休みたかった。
「西って、どこまでいくの」
「行ってみて、決める」
 どこかで狐の声がする。近くの山に棲んでいるのだろう。途中に通りかかった稲荷神社の鳥居を思い出しながら、小夜は続けて聞いた。
「どうして西に行くの」
「帝都の近くは、よく空襲が来るからだ」
 ふうん、と相槌を打って、小夜はけんけんをした。どちらの足もくたびれているが、右足がよけいに痛い。
 それにしても、くろがねでも空襲は怖いんだと、そう思うと、小夜は不思議な気がした。幽霊は怖くなくて、神様も怖くなくて、でも飛行機は怖いんだ。
 小夜がいるから、小夜を空襲から遠ざけるためだけに、くろがねが西に向かっていることに、このときの小夜は気づかなかった。ずっと後、何年も経つまで、気づかなかった。

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必須お題:「米」「夢の中」「極寒」
縛り:「句読点、会話カギ括弧以外の記号は使用禁止。(、。「」のみ使用してください)」「作中の小道具として『火打石』を登場させること」
任意お題:「働きたくない」「祝ってやる」「言葉尻を拾われて自滅する」「今日から雑煮でもいっこうに構わないぜ」(使用できず)

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