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2009年最後に書いた即興三語小説。(微妙に端々を修正)
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「おじょうちゃんは、ちゃんと一年間いい子にしてたかな?」
調子の外れた猫なで声は、狭いアパートの一室にひどく反響した。背後で未来がびくりとしたのが分かり、俺は歯をくいしばる。
声の主は、六畳一間の狭いアパートの部屋に場違いに居坐る、時季はずれのサンタクロースだ。その変に据わった目をにらみつけながら、俺はじりじりと、踵をささくれた畳に滑らせた。
「おや、返事がないなあ。いい子じゃなかったのかなあ?」
サンタクロースは、猫なで声のトーンを上げながら、無造作に手に持った拳銃の引き鉄を引いた。パン、という乾いた音が響いた。棚に飾られていた鏡餅が吹き飛んで、未来がおびえた声を上げる。衝撃で跳ね飛ばされたプラスチック製の橙が、壁に跳ね返って、俺の足元に転がってくる。銃口からは硝煙が薄く上っている。本物の拳銃だ。
俺はサンタ野郎を睨む目に力をこめた。未来は五歳だ。サンタクロースだって、まだ信じている年頃だろう。その夢をこんなふうに踏みにじったことに、銃を向けられたこと以上に腹が立った。
サンタ野郎は銃口に息を吹きかけて、にやにやしている。その目が、ひどく血走っていた。
未来がおびえているのが、振り返って見なくても気配で伝わってくる。誰もかけつけてくる様子はない。現代の日本で、銃声に敏感な人間がどれくらいいるだろう。タイヤのパンク音か、それとも映画の効果音と間違えられるのがせいぜいではないだろうか。
サンタ野郎はにやけながら、楽しそうに銃をゆらゆらさせている。つけっぱなしになっていたテレビの中で、アナウンサーが淡々とニュースを読み上げる。
――二十四日にサンタクロースの衣装を着てH銀行を襲った強盗は、現金およそ四百万円を持ったまま、今も逃走を続けている模様です。警察は引き続き、目撃情報をあたるなどして捜査を続けていますが、当日、現場近くはよく似た衣装を身に着けた呼び込みのアルバイトなどが多く、犯人のはっきりとした足取りはまだ分かっていません。なぜ犯人がサンタクロースの格好をしていたのかについても、いまのところ不明で……
――ちょっと普通の精神状態じゃなかったんじゃないですか。銀行にサンタが飛び込んできたら、どう考えても目立つでしょう。
――ですけど、銀行の行員だって、アルバイト中の人間が何かの理由で仕事中にお金を下ろしにきたのかもしれないと考えるんじゃないですか。変なのは変でしょうけれど、即座に警察に通報するほどではない。現にその場にいた人たちも、サンタクロースの衣装に気を取られて、犯人の顔をよく覚えていないといいますし。
――その後の足取りも追えていませんしね。拳銃を持っていたというし、同じような手口の銀行強盗に比べると、比較的小額で満足して、さっさと引き上げている。そうして警察が来る前にうまく人ごみにまぎれてしまった。計画的な犯行といっていいかもしれませんね。
好き勝手なことを言ってやがる。俺は舌打ちして、額を脂汗が伝うのを感じながら、じりじりと足をずらしていく。あともう少し……
サンタ野郎はニュースを聞いているのかいないのか、にやにやしながら長広舌をふるいだした。
「なあ、おにいちゃん。世の子どもたちは思い上がっている、あんたもそう思わないか。サンタを信じているふりをして、親に無邪気な顔で『サンタさんへのおねだり』をさりげなく吹き込んで、高額なゲーム機だのなんだのをせしめてな。こんな夢の無い社会は、間違っていると思わないか? 昔のあの純真な目をした子どもたちは、いったいどこに隠れてしまったんだ? なあ」
サンタ野郎のトーンは、話が進むにつれて徐々に上がっていく。その顔が興奮に赤らんでいくのを見ながら、俺はさらにゆっくりと足をずらしていった。未来がその足に、ぎゅっとしがみつく。大丈夫、俺が絶対に助ける。口に出して言うと、サンタ野郎が逆上するかもしれないから、胸の中でだけ呼びかける。
サンタ野郎はゆがんだ笑いを顔に貼り付けて、まだ演説を続けている。
「だからね、俺は今年、確かめて回ることにしたんだ。この現代の日本にも、本当のいい子がちゃんといるかどうかをね。……おじょうちゃんはいい子かなあ?」
サンタ野郎は哄笑をあげながら、俺の額をまっすぐに狙って拳銃を構える。瞬間、足で自分のリュックを引き寄せて、俺は身をかがめた。未来の体は小さいから、それでもまだ背中に隠れる。
サンタが照準をあわせなおす僅かの間に、開きかけていたリュックの口から、すばやくグリップをつかみ出した。指でレバーをはじき、中腰のまま両手で構える。
「おいおい、何の冗談だあ?」
サンタ野郎の声が上ずった。顔にはまだゆがんだ笑みが貼り付いているが、その視線は、どこか不安げに俺の手の中を見つめている。
俺は無言のまま、銃口をサンタ野郎の額にまっすぐに向けると、一瞬のためらいもなく引き鉄を引いた。
ぎゃっ、と男が悲鳴を上げるのを待たず、畳を蹴って男に飛びかかる。
全体重をかけてタックルすると、男は流しのドアに後頭部をぶつけて、その場に倒れこんだ。
しばらく、動かなくなった男の様子を慎重に観察していたが、男はぐったりして、少なくともすぐには動けそうもなかった。
ほっとしてちらりと振り返ると、未来がまだ立ち尽くしたまま、青い顔でぶるぶると震えていた。可哀想に、怖かっただろう。宥めてやりたいが、まずは拳銃を取り上げるのが先だ。
俺は台所にあった布巾を適当に借りて、サンタ野郎が取り落とした拳銃を包むと、慎重に遠ざけて、それからようやく間近でサンタ野郎の顔を覗き込んだ。
男は完全に気を失っている。どこにでもいる、くたびれた中年の男に見えた。額の中央、BB弾の当たったあとが少しばかり赤くなっているが、呼吸はしっかりしているし、おそらく大事無いだろう。
思わず安堵の息が漏れた。腹の立つ男ではあるが、俺も人殺しにはなりたくない。まだこんなに小さな未来に、殺人現場を見せるわけにもいかない。
後頭部を強くぶつけたのが、心配といえば心配だったが、医者でもない俺にはこれ以上確かめる方法がない。そこは高を括ることにした。
改めて振り返ると、未来が畳にへたり込んだところだった。
「もう大丈夫だよ、未来ちゃん」
「ありがとう、おにいちゃん……」
未来はしばらくこわごわと倒れているサンタ野郎の方を見ていたが、顔を上げると、ほっとしたような笑顔を浮かべた。つられて俺も笑い返す。
どうなることかと思った。こんなイカレた野郎のせいでこの子を死なせたら、一生後悔するところだ。
俺は勝手にあたりをつけて、納戸からガムテープを探すと、男の手首をぐるぐる巻きにした。おそらく拳銃がなければたいしたことはできないだろうが、俺自身が、そろそろこの場を去らないといけない。こんな小さい女の子を犯人と二人きりにするのは不安だが、通報すれば、警察もすぐにやってくるだろう。
「でもおにいちゃん、未来になんのごようじだったの?」
無邪気な顔で聞かれて、俺は微笑み返した。ずいぶんいまさらの質問だったが、それも仕方がない。俺がやってきたほとんど直後に、このイカレサンタがやってきたんだから。
「そうだ、忘れるところだった。未来ちゃん、これをお母さんに渡してくれるかな」
リュックの中から厚い封筒を取り出して手渡すと、未来はきょとんとした顔をした。
「おにいちゃん、ママのおともだち?」
「そうだよ。……これから、大人の人がいっぱいやってくるかもしれないけど、これは隠しておいて、お母さんと二人のときに渡すんだよ。お母さん以外の誰にも教えたらいけない。どうかな、できるかな?」
「うん、わかった。……ねえ、これなあに?」
「お母さんへのクリスマスプレゼントだよ。中身は秘密」
「クリスマスはもうすぎちゃったよ」
きょとんと言い返されて、思わず苦笑がこぼれた。本当はもっと早くにやってくるつもりだったのに、予想以上に警察の捜査がしつこそうだったので、しばらく身を隠さなくてはならなかったのだ。
「こっちは未来ちゃんに」
女の子向けの人形を渡すと、未来は顔をほころばせた。女の子が喜ぶものなんてよく分からなかったけれど、幸い、的を外しはしなかったらしい。
「ありがとう!」
「どういたしまして。さて、ちょっと待っててね」
部屋の固定電話を借りることにした。ハンカチ越しに受話器を上げて、110番をコールする。出た相手に、ここの住所と、銃を持った男がいることだけを一方的に伝えると、あれこれ詮索される前に通話を切った。
「これでよし。じゃあ、俺はもういかなきゃ。怖いかもしれないけど、すぐに警察の人がくるからね。眼を覚ますかもしれないから、この男には、近づいたらだめだよ」
「うん!」
いい返事だ。未来の小さな頭を撫でると、小さな子特有の熱の感触が、手のひらに残った。
リュックの口を閉めて背負いなおすと、未来が不思議そうにそれを見つめていた。中に入れたままの服を見られなかったかなと、少しばかり不安になったが、まあ、口止めするのも薮蛇というものだ。見たにしても、赤い布がちらっと見えたくらいで、たぶん、中身ははっきりとは分からなかっただろう。
「じゃあ、元気でね」
「うん。お兄ちゃんもね!」
それから、もう知らないお兄ちゃんが訪ねてきても鍵を開けちゃだめだよと、言おうと思っていたのだが、元気いっぱいで手を振る未来の笑顔を見ていると、言い出せなくなった。まあ、俺が言わなくても、久美子がこのあとたっぷり油を絞るだろう。あいつももう、この子の母親なんだから。
にこにこしている未来の愛らしい顔立ちに、いまさらのように昔の恋人の面影を見つけて、思わず胸が詰まった。そんな未練がましい自分にあきれて、思わず苦笑する。もう二度と、この母娘に関わることもないだろうけど。
ドアを開けて、そっと外の様子を伺う。まだ警察が駆けつけてきている気配はない。急いで去らなければならない。
ドアから体を出す直前、振り返って、ちらりと室内をのぞいた。男はぐったりとしていて、目覚めたような気配は無い。頷いて、廊下に出る。走るとかえって目立つだろうから、ごく何気ない足取りを装って、ぶらぶらと歩くことにする。
廊下の端について、階段に足をかけたところで、ドアがもう一度開く音がした。
思わず振り返ると、未来がドアの隙間から顔を出していた。
「お兄ちゃん、またね!」
未来は小さな手を精一杯振っている。一瞬、言葉に詰まった。
「……ああ、またね」
娘に向かって笑顔で嘘をつくと、俺は今度こそ雑踏に紛れるために、大通りに向かった。
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必須お題:「鏡餅」「引き鉄」「サンタさん」
縛り:「登場人物が新年の抱負を発表する」「ハッピーエンドにする」「ミスリードを誘う(任意縛り)」
任意お題:「思い上がり」「一発当てるんだ」「とどめを刺す」
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「おじょうちゃんは、ちゃんと一年間いい子にしてたかな?」
調子の外れた猫なで声は、狭いアパートの一室にひどく反響した。背後で未来がびくりとしたのが分かり、俺は歯をくいしばる。
声の主は、六畳一間の狭いアパートの部屋に場違いに居坐る、時季はずれのサンタクロースだ。その変に据わった目をにらみつけながら、俺はじりじりと、踵をささくれた畳に滑らせた。
「おや、返事がないなあ。いい子じゃなかったのかなあ?」
サンタクロースは、猫なで声のトーンを上げながら、無造作に手に持った拳銃の引き鉄を引いた。パン、という乾いた音が響いた。棚に飾られていた鏡餅が吹き飛んで、未来がおびえた声を上げる。衝撃で跳ね飛ばされたプラスチック製の橙が、壁に跳ね返って、俺の足元に転がってくる。銃口からは硝煙が薄く上っている。本物の拳銃だ。
俺はサンタ野郎を睨む目に力をこめた。未来は五歳だ。サンタクロースだって、まだ信じている年頃だろう。その夢をこんなふうに踏みにじったことに、銃を向けられたこと以上に腹が立った。
サンタ野郎は銃口に息を吹きかけて、にやにやしている。その目が、ひどく血走っていた。
未来がおびえているのが、振り返って見なくても気配で伝わってくる。誰もかけつけてくる様子はない。現代の日本で、銃声に敏感な人間がどれくらいいるだろう。タイヤのパンク音か、それとも映画の効果音と間違えられるのがせいぜいではないだろうか。
サンタ野郎はにやけながら、楽しそうに銃をゆらゆらさせている。つけっぱなしになっていたテレビの中で、アナウンサーが淡々とニュースを読み上げる。
――二十四日にサンタクロースの衣装を着てH銀行を襲った強盗は、現金およそ四百万円を持ったまま、今も逃走を続けている模様です。警察は引き続き、目撃情報をあたるなどして捜査を続けていますが、当日、現場近くはよく似た衣装を身に着けた呼び込みのアルバイトなどが多く、犯人のはっきりとした足取りはまだ分かっていません。なぜ犯人がサンタクロースの格好をしていたのかについても、いまのところ不明で……
――ちょっと普通の精神状態じゃなかったんじゃないですか。銀行にサンタが飛び込んできたら、どう考えても目立つでしょう。
――ですけど、銀行の行員だって、アルバイト中の人間が何かの理由で仕事中にお金を下ろしにきたのかもしれないと考えるんじゃないですか。変なのは変でしょうけれど、即座に警察に通報するほどではない。現にその場にいた人たちも、サンタクロースの衣装に気を取られて、犯人の顔をよく覚えていないといいますし。
――その後の足取りも追えていませんしね。拳銃を持っていたというし、同じような手口の銀行強盗に比べると、比較的小額で満足して、さっさと引き上げている。そうして警察が来る前にうまく人ごみにまぎれてしまった。計画的な犯行といっていいかもしれませんね。
好き勝手なことを言ってやがる。俺は舌打ちして、額を脂汗が伝うのを感じながら、じりじりと足をずらしていく。あともう少し……
サンタ野郎はニュースを聞いているのかいないのか、にやにやしながら長広舌をふるいだした。
「なあ、おにいちゃん。世の子どもたちは思い上がっている、あんたもそう思わないか。サンタを信じているふりをして、親に無邪気な顔で『サンタさんへのおねだり』をさりげなく吹き込んで、高額なゲーム機だのなんだのをせしめてな。こんな夢の無い社会は、間違っていると思わないか? 昔のあの純真な目をした子どもたちは、いったいどこに隠れてしまったんだ? なあ」
サンタ野郎のトーンは、話が進むにつれて徐々に上がっていく。その顔が興奮に赤らんでいくのを見ながら、俺はさらにゆっくりと足をずらしていった。未来がその足に、ぎゅっとしがみつく。大丈夫、俺が絶対に助ける。口に出して言うと、サンタ野郎が逆上するかもしれないから、胸の中でだけ呼びかける。
サンタ野郎はゆがんだ笑いを顔に貼り付けて、まだ演説を続けている。
「だからね、俺は今年、確かめて回ることにしたんだ。この現代の日本にも、本当のいい子がちゃんといるかどうかをね。……おじょうちゃんはいい子かなあ?」
サンタ野郎は哄笑をあげながら、俺の額をまっすぐに狙って拳銃を構える。瞬間、足で自分のリュックを引き寄せて、俺は身をかがめた。未来の体は小さいから、それでもまだ背中に隠れる。
サンタが照準をあわせなおす僅かの間に、開きかけていたリュックの口から、すばやくグリップをつかみ出した。指でレバーをはじき、中腰のまま両手で構える。
「おいおい、何の冗談だあ?」
サンタ野郎の声が上ずった。顔にはまだゆがんだ笑みが貼り付いているが、その視線は、どこか不安げに俺の手の中を見つめている。
俺は無言のまま、銃口をサンタ野郎の額にまっすぐに向けると、一瞬のためらいもなく引き鉄を引いた。
ぎゃっ、と男が悲鳴を上げるのを待たず、畳を蹴って男に飛びかかる。
全体重をかけてタックルすると、男は流しのドアに後頭部をぶつけて、その場に倒れこんだ。
しばらく、動かなくなった男の様子を慎重に観察していたが、男はぐったりして、少なくともすぐには動けそうもなかった。
ほっとしてちらりと振り返ると、未来がまだ立ち尽くしたまま、青い顔でぶるぶると震えていた。可哀想に、怖かっただろう。宥めてやりたいが、まずは拳銃を取り上げるのが先だ。
俺は台所にあった布巾を適当に借りて、サンタ野郎が取り落とした拳銃を包むと、慎重に遠ざけて、それからようやく間近でサンタ野郎の顔を覗き込んだ。
男は完全に気を失っている。どこにでもいる、くたびれた中年の男に見えた。額の中央、BB弾の当たったあとが少しばかり赤くなっているが、呼吸はしっかりしているし、おそらく大事無いだろう。
思わず安堵の息が漏れた。腹の立つ男ではあるが、俺も人殺しにはなりたくない。まだこんなに小さな未来に、殺人現場を見せるわけにもいかない。
後頭部を強くぶつけたのが、心配といえば心配だったが、医者でもない俺にはこれ以上確かめる方法がない。そこは高を括ることにした。
改めて振り返ると、未来が畳にへたり込んだところだった。
「もう大丈夫だよ、未来ちゃん」
「ありがとう、おにいちゃん……」
未来はしばらくこわごわと倒れているサンタ野郎の方を見ていたが、顔を上げると、ほっとしたような笑顔を浮かべた。つられて俺も笑い返す。
どうなることかと思った。こんなイカレた野郎のせいでこの子を死なせたら、一生後悔するところだ。
俺は勝手にあたりをつけて、納戸からガムテープを探すと、男の手首をぐるぐる巻きにした。おそらく拳銃がなければたいしたことはできないだろうが、俺自身が、そろそろこの場を去らないといけない。こんな小さい女の子を犯人と二人きりにするのは不安だが、通報すれば、警察もすぐにやってくるだろう。
「でもおにいちゃん、未来になんのごようじだったの?」
無邪気な顔で聞かれて、俺は微笑み返した。ずいぶんいまさらの質問だったが、それも仕方がない。俺がやってきたほとんど直後に、このイカレサンタがやってきたんだから。
「そうだ、忘れるところだった。未来ちゃん、これをお母さんに渡してくれるかな」
リュックの中から厚い封筒を取り出して手渡すと、未来はきょとんとした顔をした。
「おにいちゃん、ママのおともだち?」
「そうだよ。……これから、大人の人がいっぱいやってくるかもしれないけど、これは隠しておいて、お母さんと二人のときに渡すんだよ。お母さん以外の誰にも教えたらいけない。どうかな、できるかな?」
「うん、わかった。……ねえ、これなあに?」
「お母さんへのクリスマスプレゼントだよ。中身は秘密」
「クリスマスはもうすぎちゃったよ」
きょとんと言い返されて、思わず苦笑がこぼれた。本当はもっと早くにやってくるつもりだったのに、予想以上に警察の捜査がしつこそうだったので、しばらく身を隠さなくてはならなかったのだ。
「こっちは未来ちゃんに」
女の子向けの人形を渡すと、未来は顔をほころばせた。女の子が喜ぶものなんてよく分からなかったけれど、幸い、的を外しはしなかったらしい。
「ありがとう!」
「どういたしまして。さて、ちょっと待っててね」
部屋の固定電話を借りることにした。ハンカチ越しに受話器を上げて、110番をコールする。出た相手に、ここの住所と、銃を持った男がいることだけを一方的に伝えると、あれこれ詮索される前に通話を切った。
「これでよし。じゃあ、俺はもういかなきゃ。怖いかもしれないけど、すぐに警察の人がくるからね。眼を覚ますかもしれないから、この男には、近づいたらだめだよ」
「うん!」
いい返事だ。未来の小さな頭を撫でると、小さな子特有の熱の感触が、手のひらに残った。
リュックの口を閉めて背負いなおすと、未来が不思議そうにそれを見つめていた。中に入れたままの服を見られなかったかなと、少しばかり不安になったが、まあ、口止めするのも薮蛇というものだ。見たにしても、赤い布がちらっと見えたくらいで、たぶん、中身ははっきりとは分からなかっただろう。
「じゃあ、元気でね」
「うん。お兄ちゃんもね!」
それから、もう知らないお兄ちゃんが訪ねてきても鍵を開けちゃだめだよと、言おうと思っていたのだが、元気いっぱいで手を振る未来の笑顔を見ていると、言い出せなくなった。まあ、俺が言わなくても、久美子がこのあとたっぷり油を絞るだろう。あいつももう、この子の母親なんだから。
にこにこしている未来の愛らしい顔立ちに、いまさらのように昔の恋人の面影を見つけて、思わず胸が詰まった。そんな未練がましい自分にあきれて、思わず苦笑する。もう二度と、この母娘に関わることもないだろうけど。
ドアを開けて、そっと外の様子を伺う。まだ警察が駆けつけてきている気配はない。急いで去らなければならない。
ドアから体を出す直前、振り返って、ちらりと室内をのぞいた。男はぐったりとしていて、目覚めたような気配は無い。頷いて、廊下に出る。走るとかえって目立つだろうから、ごく何気ない足取りを装って、ぶらぶらと歩くことにする。
廊下の端について、階段に足をかけたところで、ドアがもう一度開く音がした。
思わず振り返ると、未来がドアの隙間から顔を出していた。
「お兄ちゃん、またね!」
未来は小さな手を精一杯振っている。一瞬、言葉に詰まった。
「……ああ、またね」
娘に向かって笑顔で嘘をつくと、俺は今度こそ雑踏に紛れるために、大通りに向かった。
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必須お題:「鏡餅」「引き鉄」「サンタさん」
縛り:「登場人物が新年の抱負を発表する」「ハッピーエンドにする」「ミスリードを誘う(任意縛り)」
任意お題:「思い上がり」「一発当てるんだ」「とどめを刺す」
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朝陽 遥(アサヒ ハルカ)
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