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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 即興三語小説。

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 大粒の雨が、傘をやさしく叩く。
 それを不思議そうに見上げる悠太の手を引きながら、笙子は自分も傘を傾けて、空を仰いだ。
 天は雲に覆われてはいるものの、白々と明るい。雨はもうすぐ上がりそうだった。
 悠太の手は温かい。じきに五歳になる割には小さな手。
 まだ幼い悠太は、ときおり面白がって、長靴で水溜りを勢いよく踏みしめる。そのたびに跳ね上がった水がストッキングの足を濡らしたけれど、笙子はそれを怒りもせずに、悠太の手を引いたまま、ゆっくりと歩きつづけた。
 車が泥水を跳ね上げていく。車道側を歩く笙子ばかりか、悠太のレインコートにまで、水が飛んできた。けれど悠太は怒るどころか面白がって、小さな笑い声を上げた。
 機嫌よく歩いていた悠太が、急に足を止めて、じっと何もない宙を見つめたので、笙子はどきりとして、息子の手を強く握り締めた。悠太はしばらくじっと空中を睨みつけていたが、やがて母親の不安を感じ取ったのか、手を握り返すと、何ごともなかったかのように歩き出した。
「今日は何して遊んだの?」
 笙子は無理に明るい声を出した。悠太はちょっと思い出すような顔をして、朝からのことを順番に話しはじめた。
「折り紙と、色鬼と、お昼からはお絵かきもしたよ。でも、りっちゃんが描いた、りっちゃんのママの絵にね、しゅんくんがヒゲをかいちゃったんだ」
「あらら。りっちゃんは怒らなかった?」
「怒った。ケンカになって、二人とも泣いちゃった。先生がしゅんくんを叱ってね……」
 悠太は年の割には頭の回転が速く、しっかりと順序だった話をする。けれど、体は同じ年のほかの子ども達に比べると、ずいぶん小さい。
 相槌を打って話を聞きながら、笙子は幼い我が子の、黒々と澄んだ瞳を覗き込んだ。いまは話をするのに夢中になって、活き活きと輝いている。先ほど見せた無表情は、どこかにすっかり影を潜めている。
 昨夜の癇癪が嘘のようだ。笙子は話に夢中になって留守になっている悠太の手をとって、傘を持ち直させた。
 悠太はときどき、理由の分からない癇癪を起こしたり、何もないところに向かって怯えたりする。それは、子ども特有の想像力によるものなのかもしれないのだが、その度に笙子は、ひどく不安になる。

***

 外で、柔らかい雨が降っている。
 ずっと降っていればいいのに。笙子は瞼の裏の暗闇に向かって、そう呟いた。
 かわいた長い指が、額に垂れかかった髪をやさしく払う。思いのほかにその手が柔らかいことに、今さらのように驚く。
 ずっとこのままならいいのに。
 けれど雨音は次第に和らでいき、髪を撫でていた手もふいに離れて、遠ざかっていく。
 長く続いてほしいと思うことほど、あっけなく通り過ぎていく。いつだってそうだ。
 コーヒーの香りに瞼をあげる。薄暗いシェードランプの灯りに揺れる、長いシルエット。
 ワンルームの狭い部屋に暮らしていて、いいことがあるとしたら、一緒に過ごす人との距離が近いということだけだ。
 笙子はベッドから体を起こして目を擦った。壁の時計にちらりと目を向ける。まだ朝までにはもう少し、時間がある。
「眠らないの……?」
 答えを知っている問いを投げかけた声が、今さらのように不安に揺れた。
「こんな夜に、寝るのはもったいない」
 彼は笑って茶目っ気を見せるけれど、笙子は彼がもうずっと眠っていないことを知っている。
 彼が、ときどき眠っているふりをしているだけで、一度もほんとうに自分の前で眠ったことがないのだと、気付いてしまったのは、いつごろのことだっただろう。
 初めて出会ってからの十年、彼が少しも年をとっていないように見えることも。
 けれど笙子はそのことを、男に訊いたことはなかった。訊いたら、彼が自分の前からいなくなってしまうのではないかと、そういう気がして。
「雨が好きなんだ?」
 彼は笙子の隣に腰掛けると、マグを手渡してきた。受け取って香りを吸い込みながら、笙子は笑ってうなずく。彼は目を細めて、微笑み返す。
 雨が降ると、貴方に逢えるから。
 口に出しては言わなかった。なぜか雨の日にしか姿を見せない恋人を、責める口調にならないでいられる自信がなかったから。
 その代わりに、笙子は違うことを口に出した。
「雨って、ぐるぐる回っているのよね」
 笙子が言うと、彼は不思議そうな顔をして、目線で話の続きを促した。
 彼の瞳は黒い。普通の日本人の目の黒さではなく、もっと深い色をしている。濡れ羽色というのは、普通は女性の髪を形容する表現だと思っていたけれど、笙子は彼の目を覗き込むとき、よくその言葉を思い出す。
「空から降ってきて、地面に吸い込まれて、地下から川に流れて海に行ったりして。そこからまた蒸発して、空に行って雲になって」
 話す内容は何でもよかった。彼も、雨の回帰の話なんて興味ないだろうと思ったのに、笙子のとりとめもない話を、口を挟まず、じっと聴いている。その黒々とした目に吸い込まれるような錯覚を覚えながら、笙子は低く囁きを続けた。
「消えちゃったように見えても、めぐりめぐって、いつかは帰ってくる」
 笙子はそこまで言って、言葉を切った。
 それからしばらく、二人並んで、無言でコーヒーを啜っていた。
 隣でコーヒーを吹いていた猫舌の彼の気配が、急に緊張を帯びたのを感じて、笙子は顔を上げた。
 彼は、微動だにせず宙を睨んでいる。真っ黒な瞳が、ひどく険しい。何を考えているのだろう……
 こんなときの彼には、話しかけられない。笙子は身じろぎもせず、じっと待った。手の中のマグのぬくもりに縋るようにしながら、じっと。
 ふっと、緊張が緩んだ。そっと隣を仰ぎ見ると、何もなかったように、彼が微笑んでいる。
 その手が肩を抱くのに、体重を預けながら、笙子は窓の外を見た。雲に覆われた空の端が、わずかに白みかかっている。夜明けはもうじきだ。
 雨が、上がろうとしている。

 ***

「今日のごはん、なに?」
 考え事から我にかえって、笙子は我が子の顔を見下ろした。細い首を精一杯曲げて上向いて、黒々とした瞳で、笙子の顔を覗きこんでいる。その瞳の色あいに、ふと懐かしさを感じて、笙子は微笑んだ。
「今日は、いつもよりちょっと早く帰れるから、コロッケにしようか」
「やった!」
 悠太ははしゃいだ声を上げて、笙子の手を放すと、地面を蹴って走った。長靴に雨が跳ね上げられる。
 大丈夫。この子はどこにも行かない。悪いことは何もない……。
 悠太の、年よりも幼く見える後ろ姿を追いかけながら、笙子は自分に言い聞かせた。

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必須お題:「回帰」「手が柔らかい」「コーヒー」
縛り:「人物縛り:長靴を履いた人を登場させる」「冒頭に張った伏線をラストで回収する」
任意お題:「寝るのはもったいない」「裸足で何が悪い」「美脚」

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ストライクでした。
こういう色々と妄想できるお話が大好きなんです。

人物の描き方が巧いなあと思いました。
こんなに短い物語なんだけど、ひしひしと魅力が伝わってきましたね。
いいなあ、参考にします。
Posted by かなたん 2009.12.26 Sat 23:36 編集
かなた様へ
 わ、ありがとうございます!
 想像の余地を残しつつも、想像できる奥行きがあるものって、書きたいけどなかなか難しいですね。いつも書きすぎちゃうか書き足りないかのどちらかなので、そんなふうに言っていただけるとすごくうれしいです。

 人物を描くときは、というか「書こう」と気合を入れて書くときには、意識してジレンマやギャップを挿入することにしています。本当は○○したいと思っているのに××という事情があってできないとか、口では○○と言っているけれども本人も気づいていない心の奥底では××とか、デキるのにときどき変なところで抜けてるとか、冷たいようでいて情を捨てきれないとか。……ちゃんとかけているかどうかは別ですが!(涙)
 私のつたない駄文からでも、何か参考になることがあればよいのですけれども。

 日常の謎な新作は順調でしょうか? 拝読できるのを楽しみにしています!
Posted by HAL.A 2009.12.27 Sun 10:38 編集
No title
詳しいコメありがとうw
すごく参考になったよ。色々試行錯誤してみるね。

日常の謎、半分くらいは書き終わったかな。
今回のはほんとうに純粋な短編だからねえ。
かるーくかるーく、しかし中身はちょいほろ苦い、というような味を再現しようと頑張っていますw
Posted by かなたん 2009.12.27 Sun 17:20 編集
かなた様へ
 文章の勉強をせずに書いてきている私の言うことは、あまりあてになりませんけれども(汗)
 私はいま自分のなかで、伏線の修行中です。かなた様を見習いたいです。
 先に書いておいた情報が、あとの部分を読んだときにどう影響してくるかって、掌編ならまだしも、長いものだとよけいに予測するのが難しいですね><
 自分にあうやり方って、結局試行錯誤しながら探していくしかないんでしょうね……

 さておき、いいですね!>かるーく、ちょいほろ苦
 軽いタッチのミステリというのもまたいいですよね。楽しみです。
Posted by HAL.A 2009.12.27 Sun 19:01 編集
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