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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 あいも変わらず不出来な即興三語小説。年が変わる前に流してしまえ!
嵐が去って』の続きです。

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 ロックの音がした。
 振り返ると、鉄製の扉が外界との間を遮断していた。
「おい……」
 とっさに駆け寄って、拳で扉を叩くが、びくともしない。鍵を探すが、どうしたわけか、内側からは開かない作りになっている。さっきまでそこに歩がいたはずなのに、いつの間にか姿がない。外に出たのだろうか?
「おい、歩! どうしたんだ!」
 思わず必死になって外に呼びかけると、すぐ向こうから、あっさりと返事が帰ってきた。
「悪いな、悠介。成仏しろよ」
「何だそれ!? おい、歩!」
 足音が遠ざかっていく。何だっていうんだ、いったい。小さな窓から先ほどまで差し込んでいたはずの日の光が、いつの間にかどんどん弱まっていく。部屋はひどく薄暗くなっていた。
 なにか低い唸り声が聞こえた気がして、思わず身を硬くした。生臭い匂いが鼻についた。
 恐る恐る振り返る。はじめ、暗くて何も見えなかったが、部屋の隅に、ぎらぎらと黄色く光る二つの目が見えた。なんだ、いったい何だっていうんだ。ドアに背中を張り付けて、息を殺す。やばい。何か分からないけど、やばい。
「おい、歩!」
 叫んでも、もうドアの向こうに気配はない。何が何だかわからなかったが、歩が俺を閉じ込めて、何者かの餌食にしようとしていることだけが分かった。
 牙をもつ何かは、部屋の隅で体を捩り、じっとこちらを睨みつけている。それは、飛び掛るタイミングを見計らい、体勢を整えているように見えた。いつのまにか月明りに代わった、窓の外からの光が、そいつの鋭い牙を、一瞬だけ照らした。
 汗が頬を伝う。永く思える一瞬のあと、それは、床を蹴って――


 どすん、と胸の上に衝撃が走って、潰れた悲鳴を挙げた。
 痛い。ものすごく痛い。
 けれど、その痛いのが、化け物の牙に喰らいつかれたような種類の痛みではないことに気付いて、俺は目を開けた。部屋が暗くて、何が何だか分からない。
 背中に嫌な汗をかいている。息が苦しい。
 やがて暗い部屋に目が慣れると、胸の上に、足があった。さっきの衝撃の正体はこいつか。
 足の先に視線をのばすと、歩が倒れこんでいて、さらにその先を見ると、トイレの電気が明々とついている。
 状況が飲み込めてくると、むかむか腹が立ってきた。歩はいびきをかいて眠っている。自分だってここで転んだらしいのに、どうしてこいつは起きないんだ。
 ベッドを買うのを不精して、居間に万年床を作っている俺が悪いのか? いいや、人の部屋にずうずうしく下宿を決め込んで、挙句に寝ぼけてしょっちゅうおかしな行動を取るこいつが何もかも悪い。 
「おい、歩」
 腹を立てながら足を跳ね除けると、歩ががばっと跳ね起きた。そのあまりの勢いに驚いて、思わず布団に転がったまま後退る。
 歩はちょっときょろきょろして、こちらの姿を捉えると、真剣な声音で言った。
「いいところにいた。悠介、ちょっとそこの窓の鍵を開けておいてくれ。サンタのふりをしたお前の親父さんが、入れなくて外で困ってる」
 歩は明瞭な口調でそれだけ言い切ると、ばたんと倒れて、また寝入ってしまった。何だこいつ。
 ため息をついて、頭をかく。すっかり目が覚めてしまった。
 先ほどまで何かの夢を見ていたようだったが、記憶は波が引くようにすうっと遠ざかっていった。なんだっただろう、あまりいい夢でなかったことは確かなのだが。夢の中で何か、ひどく生臭い匂いがしたことだけが、うっすらと印象に残っている。
 ちゃんと目が覚めていても、やっぱり生臭い匂いがする。昨日の夜に歩が捌いた、イワシの一夜干しが、ずらっと窓辺に吊るされているのだ。魚の目と言うのは、不気味なものがある。思わずじっと見るが、表情と言うものがない。自分が殺されたことにも無関心なように見えるその無表情さが、なんとなく落ち着かない。殺された無念さが浮かんでいても、それはそれで嫌なものかもしれないが。
 十尾近いイワシの視線を感じながら、居心地悪くその横を通り過ぎて、洗面所に向かう。冷たい水で顔を洗って、早くさっぱりしたい。


 人を夜中に叩き起こしておいて、歩はいつまでも気持ちよさそうに眠っている。それも、さっきまでは床に倒れこんでいたのに、いつの間にかちゃっかり布団にもぐりこんでいた。
 面倒なので、そのまま放っておこうかとも思ったが、学校ならともかく、会社に遅れるというのはあまり感心しない。なにより、敷金礼金分くらいの貯金ができるまでの約束で間借りさせているのだ。製薬会社をクビになって、ここを根城にまた一から就職活動でも始められたら、ますますうっとうしくて仕方がない。
「おい、そろそろ起きたほうがいいんじゃないのか」
 揺さぶると、歩はしばらくごにょごにょ何か言って布団にしがみついていたが、やがてうるさそうに手で払いのけてきた。
「そう急かさなくても、すぐに起きる」
「おい」
 腹を立てて布団越しに蹴ったら、歩はがばりと跳ね起きた。
「ちょっと待ってくれ、もう少しでかめはめ波が出せそうなんだ」
 やはり寝言にしてはやけにはっきりした口調で言って、歩はもう一度ばたんと倒れこむと、そのまま布団の奥に引っ込んでしまった。
「ああそうかよ、どうせならフュージョンを習得するまでそこで寝てろ」
「そうする……」
 もごもごとした返事の後半は、寝息に変わった。もう知らん。大体、なんで朝の貴重な時間をつかって、押しかけの望まない居候を起こすのに、苦労しなきゃならないんだ。俺はこいつの母親か。


 予約していた炊飯器が、いい匂いを漂わせ始めた。味噌汁も炊いた。前は外食するか、コンビニで弁当を買ってきていたが、不況のあおりをくらってカットされた月給では、だんだん苦しくなってきて、このごろは自炊するようになった。
 一人分なら、自炊しても余らせて、結局は高くついてしまいがちだが、今は歩に半分ださせているから、なんとでもなる。
 吊るしていた窓辺からイワシを二尾はずしながら、改めて首を捻った。一人暮らし用に買った小さなコンロには、グリルなんてついていない。魚焼き器もない。フライパンで焼いてもいいものだろうか。
 まあ、ないものは仕方ない。とりあえず油をひいたフライパンに放り込んで、弱火で蓋をする。味付けはどうしたらいいんだ。歩が干した時点で味をつけてたようだったから、なにもしなくていいのか?


「おはよう……」
 飯の用意ができたころに、歩がちゃっかり目を擦りながら起きてきた。頭が寝癖でものすごいことになっている。
「で、かめはめ波は撃てたのか?」
「何だそれ。お前、まだ寝ぼけてるのか?」
 夢の中身をさっぱり覚えていないらしい歩に、胡乱な目で見られた。
「お前が言ったんだぞ。もうすぐかめはめ波が撃てるから起こすなって」
「ドラゴンボールを観たこともないオレが、寝言でもそんなことを言うはずがない。お前が寝ぼけて、オレが寝ぼけている夢を見たんじゃないのか?」
 嘘をつけ、いまの日本にドラゴンボールを一度も観たことのない二十代の男がいるもんか。そう思いはしたが、突っ込むのが面倒くさくなって、もうそれでいいかという気持ちになってきた。
 なんだかベタベタするイワシを、口に放り込んで咀嚼する。少し生臭い。やはり、普通は焼く前に何かもうひと工夫するべきだったのか。それとも、もともとそういうものなんだろうか。
「本当なら、梅煮にすると美味いんだけどな」
 歩は図々しいことを呟いて、肩を竦めた。文句があるなら自分でやれ。
 そもそもこいつは料理ができないのだと思っていたが、昨日はイワシを捌いていたから、まったくできないわけではないようだ。ということは、やれるのに手伝う気がないということでもある。とにかく腹の立つ奴だ。
「梅干なんかあるか。だいたい、何でイワシなんだ」
「研究用に使ったのが余ったんだ」
 ぎょっとする。そういえばこいつ、研究職についたんだった。
「……未使用だろうな」
「いまの時期のイワシはうまいぞ。それにこれはな、けっこう上等なんだ。この辺にも漁港があったんだな、今の会社に就職するまで知らなかったよ」
 歩はにやにやしながら、全然違うことを話し始めた。そういえば、こいつ自身は、まだ一口もイワシは食ってないんじゃないか?
「おい。研究に使ったあとのイワシじゃないんだろうな?」
 歩は知らないふりをして、滔々と弁舌をふるう。
「そういえば、昔はな、イワシというのはすぐ悪くなるというので、あまり上等でない魚として扱われてたんだそうだ。それが今は、保存技術が進んでいるからな、新鮮なまま家庭に届く」
 まさか喉に指を突っ込んででも吐くべきか。蒼白になって、自分の齧ったあとのイワシを見つめている間にも、歩の話はどんどん横道に入っていく。
「懐かしいな。イワシの梅煮はな、田舎の祖母さんがときどき作ってくれていたんだ。梅干も自分で漬けてな。祖母さんの家は、海のすぐ傍なんだが、海の近くがすぐ山になっていてな。梅煮のほかにも、山菜の天ぷらに、野菊、いや、ヨメナっていうんだったかな? それのおひたしとな、卵焼きの中に何か、白身の魚が巻いてあって。ああ、あれは美味かったなあ」
 畜生、わざとやってやがる。昔から、どんな悪さをしかけてくるか分からないやつだ。仕事を名目に、おかしな薬を開発していても、ちっとも不思議じゃなかった。
 立ち上がって流しに向かおうとすると、歩がげらげら笑いながら、その腕を引いてきた。
「大丈夫だ。新薬の開発に、内臓の一部を使うだけだったんだ。残りは捨てるというのも、あまりにももったいないからな」
「本当だろうな。新しい薬の実験台だとかにする気じゃないだろうな」
「まだそんな段階じゃない。するにしても、先にマウスでやるさ」
「マウスが済んでも無断でやるな。訴えるぞ」
「なんだ、友達甲斐のない奴だなあ。訴訟社会というのも、悲しいものだ」
 大げさに肩を竦める歩を無視して、流しに食器を運んだ。遊んでいる場合じゃなかった。そろそろ用意しないと間に合わない。職場までは、電車で一時間半かかるのだ。もともと俺の部屋なのに、コイツの方が職場に近いというのも、また何となく腹のたつ話だ。
「……そういえば、お前、ボーナスはもうすぐなんじゃないのか」
 振り返って聞くと、歩は意外そうな顔をした。なにを驚いているんだ、こいつは。普通、夏のボーナスといったら今の時期じゃないのか。実際、俺のところは、月給一か月分にもならないにしても、もうあと十日もすれば出るぞ。
「なんだ急に。借金の申し込みならお断りだぞ」
「ボーナスが入ったら出て行くって言っただろ。早く出て行け。ちゃんと今のうちに、部屋をあたっておけよ」
 そうしたら、この生活ともおさらばだ。そうだ。あともう少しの辛抱なんだった。ようやくせいせいする。
 こいつときたら、家事は手伝わない、悪質な悪戯で人をからかいにかかる。女の子も連れ込めない。連れ込むあてもないが。……それはともかく、こいつがいるととにかくろくなことがない。
「それがなあ」
 歩は、困ったような顔を作っている(とわざと分かるようにしている困ったふりの)顔で言った。「入社して半年以上たたないと、ボーナスは出ないそうなんだ」
 ワイシャツを着込みかけていた手が、思わず止まった。
「何だって?」
「悪いな、そういうわけだから、冬のボーナスまで置いてくれ」
「聞いてないぞ! 借金でも何でもして、さっさと出て行け! 研究職の高給なら、すぐに返済できるだろ」
「入ったばかりのぺーぺーに、そんな高い給料が出るもんか。またときどきイワシを持って帰ってきてやるから」
「いらん!」
「それよりほら、遅刻するぞ」
 言われて時計を見ると、時間がぎりぎりだった。すでに、かなり早足で駅に向かわないと間に合わない。
 舌打ちしながらネクタイを締めて、鞄を掴む。この野郎。前に俺がボーナスの話を持ち出したときには、適当にごまかしたくせに。うやむやにするために、朝の忙しい時間を狙って切り出したに違いなかった。
 むかつくが、あとの話は帰ってからだ。忙しなく部屋を出ると、締まりかかったドアの隙間から、歩の朗らかな声が追いかけてきた。
「今日、イワシ料理のレシピをもらってきてやるからな」
 こいつ、帰ってきたら絶対一発殴る!

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必須お題:「イワシの一夜干し」「無関心」「野菊」
縛り:「同じ小道具を三回以上登場」「『ロックの音がした。』という冒頭からはじめる」
任意お題:「宇宙の神秘」「野菊の神秘」「イワシの無関心」「もう少しでかめはめ波が出せそう」

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