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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 即興三語小説。趣味に走りすぎて恥ずかしいものがある一本でした。
 流血、暴力等のグロテスク描写を含みます。苦手な方は素通りしてくださいませ。

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 幾百年のあいだ戦場を駆けぬけた、一匹の修羅の、ただひたすらに血塗られた道を征く、その迷いなき足取り。
 死にゆく者の断末魔を背に浴び、朽ち果ててゆく亡霊の怨嗟に包まれて、血の匂いのする方へ、悲鳴と怒号の響く方へ。風切り降りそそぐ矢を払い、骸の山に息を潜める生き残りに槍を突き込み、爛々と目を光らせて、ただ修羅は征く。
 身の丈ほどもある大刀は、始終血脂に濡れくもり、刃はぼろぼろに欠けて、けれどそのようなことは意にも介さぬように、いつでも軽々と肉を摺りつぶし、骨を叩き割った。鋼の皮膚は生半な槍の穂先など滑らせ、ちっぽけな鉛の砲弾も易々と弾いた。
 ひっきりなしに膚を灼いた戦場の劫火を、くろがねは目を細め、遠く思い返す。かつてはたしかに、それが心地よく感じられたのだ。満ち足りるということを知らない修羅でも、そのくらいの情動はあった。

 くろがねは首を振った。修羅は過去を思い煩わぬ。
 夜ふけの公園。時節は冬、凍るような冷たい夜気が闇夜を満たしている。野山から遠くかすかに響く、季節を忘れたような虫の声。いまだ眠らぬ家々からは、遠慮がちな炊事の音。そこに混じる、どこか気の抜けるような鈍い打撲音と、薄っぺらい悲鳴。
 ふいに血の臭いが風に流されてきて、くろがねの鼻をくすぐった。
 くろがねは己の手をじっと見た。傷跡だらけの、節くれて堅い、巨大な拳だ。
 その拳が、ふるえている。
 静寂を破る笑い含みの罵り声が、途切れ途切れに続いている。声の主は、くろがねの立つ位置とは反対側の片隅、月光に鉄錆の浮く遊具の下。小さく体を丸めた壮年の男を、三人ほどの若者たちが取り囲み、蹴り、靴底で踏みにじって、楽しげな声を上げている。
 くろがねは、見るともなしにその光景を眺めながら、震える拳をゆっくりと降ろして、ただじっと堪えている。
「混ざればいいのに」
 樹上から、笑い含みの声と同時に、小さな鉄の塊が落ちてくる。くろがねは物憂げに手を伸ばし、そちらを見もせずに中身の入った缶コーヒーを受け止めると、太い頸を持ち上げて、頭上に顔を向けた。「しぎ、か」
 言葉に答えるように、痩身の男が音もなく降ってくる。
 まだ若い青年の姿をしたしぎは、軽々と地面に着地すると、橡の幹に凭れかかって、自分の分の缶コーヒーを開けた。前に会ったときとは、いくらか見た目が変わっていた。街中でよく見かける若者と同じように、髪を妙に明るい色に染め、流行のものらしい服を纏っている。
 修羅の視線を恐れもしないしぎは、人間たちの諍いを親指で示して、にやりと笑った。
「血が騒ぐんじゃないの?」
「子ども騙しだ」
 くろがねは嘯いた。実際には、こんな児戯のような喧嘩でさえ、血の匂いに反応して、指が震えている。
 若者たちは、げらげらと笑いながら男を足蹴にしている。きれぎれに上がっていた悲鳴は、いつの間にか止んでいる。だが、死んではいない。くろがねには、匂いで分かる。
「ガキの喧嘩で満足できないんなら、紛争地域にでも行ったらどうだい。今のご時世だって、向こうになら、殺し合いのプロフェッショナルも、いないじゃないぜ」
 しぎは面白がるように言った。「あんた、海を渡れないクチじゃなかっただろ。満州には行ってたようじゃないか」
 その言葉に、くろがねは黙って頷いた。確かに、大陸に渡ろうと思えば船に乗ることもできるし、いまは航空機だって使えるだろう。そのための金は、どこかで作らなければならないが。
 だが、くろがねにはそのつもりはなかった。口に出しては言わなかったが、しぎは、くろがねの沈黙から答えを察したようで、面白がるように眉を上げた。
「戦場が恋しくないわけ?」
「厭いたのだ」
 くろがねは短く答えて、缶コーヒーを手の中に転がした。修羅はものを食わない。飲んで飲めないわけでもないが、わざわざ口にする気もしなかった。
「へえ。じゃああんた、なんでまだ人里にいるんだい」
 しぎは納得がいかないという顔で、そう首を捻った。
「今の時世なら、人に紛れるのが、一番らくでよいのだ」
 くろがねは淡々と言った。どこもかしこも開発されてすっかり人の手が入り、野山にも、いまやまともに隠れる場所はない。「それだけだ」
「紛れ切れてないって、そのナリじゃあ」
 しぎはそう言って、くろがねの二メートルはある巨躯を揶揄った。
 くろがねは無言で顔を動かし、暴力に淫する若者たちの方を見た。誰も、こちらに気付いているものはいない。暗がりで交わすくろがねとしぎの声は、彼らのもとにまでは届かない。
 若者の一人が、ぐったりと動かなくなった男の懐から、有り金を奪おうとしているところだった。他の二人は、まだ名残惜しそうに、男の頭などを蹴っている。
「もう、厭いたのだ」
 くろがねは重ねて呟く。

 戦場を揺らす怒号にはもう厭きた、
 呪い混じりの断末魔にはもう厭きた、
 骨を断つ手応えにはもう厭きた、
 噎せかえる血の匂いにももう厭きた。

 くろがねは胸のうちに呟きを落とし込みながら、皮肉げに唇を歪ませた。自分自身を皮肉ったのだった。厭きるもなにも、修羅はそうするように定められている。
 戦場の、血反吐まじりの泥を産土に、鬨と怒声と悲鳴に包まれて、修羅はこの世に生まれ落ちる。
 くろがねがこの世に生まれいで、その意識が芽生えたとき、彼は合戦場の、血の池の中に居た。辺りには屍の山。背にはすでに大刀があり、柄を握るとしっくりと手に馴染んだ。一振りするごとに、刀の望む軌跡が目に浮かんだ。その誘いに素直に身をゆだねて、産声を上げる代わりに、くろがねはいくさ場を舞った。ひとさし舞うごとに、人間の兵士の首が飛び、はらわたが溢れ出し、血が飛沫を上げた。
 敵も味方もなかった。戦場で動くものは全てが修羅の獲物だった。
 戦が収まると、くろがねは誰にも教えられないうちに、つぎのいくさ場へと向かった。
 血に飢えているのだ、
 死に餓えているのだ、
 草ぐさが陽を目指すように。獣が肉をもとめて獲物を追うように。修羅は戦を求めるようにできているのだ。
 草木は殖えるが定め、刃は斬るが定め、修羅は殺すが定め。
 食うのに飽いたら、獣は飢えて死ぬだろう。陽を浴びるのに飽いたら、草木は枯れ朽ちるだろう。飛ぶのに飽いたら、鳥は墜ちるだろう。
 なら、修羅は? 殺すのに飽いた修羅は。


「そういえば、小夜ちゃんだっけ。元気?」
 しぎの言葉に、くろがねはもの思いから我に返った。養い子のおかっぱ頭が、出会ったばかりの頃の、痩せっぽちで言葉足らずの幼い姿が、瞼の裏に、驚くほどあざやかに蘇る。
「お小夜はとっくに逝った。あれから何十年経つと思ってる」
 言いながら、くろがねは己の言葉の滑稽さを思った。修羅は過去を振り返らない。
「あれ、そうだったっけ。ええと」
 ひい、ふう、みいと、しぎは指折り数えかけ、途中で面倒になったのか、すぐにやめて頭を掻いた。
「どうもこのところ、時間の感覚がずれっちまっていけねえなあ」
 くろがねはしぎのとぼけ顔を横目にちらりと見ると、腕を組んで目を閉じた。そう言うしぎを馬鹿にする気はしない。くろがね自身だって、ほんの六、七十年前まではそうだった。
 お小夜を拾ってからだ。ひととせふたとせと、歳月を数えるようになったのは。
「てっきり、小夜ちゃんがいるから、こんなところに留まってるのかと思ってたよ」
 しぎが、飲み干したコーヒーの空き缶をくず入れに放り投げながら言った。くろがねは耳に入る音でその様子を捉えつつ、しぎの言葉には、何も答えなかった。
「俺はさ、ほら。わりと小食の性質だから、この御時世でも充分、飯にありつけるけど。あんたはどうなんだい、そのへん」
 べらべらと喧しい奴だ。くろがねは閉じていた目を開け、ちらりとしぎを眺めて、億劫に口を開いた。
「さあな」
 修羅はものを飲み食いしない。ただ戦場を離れれば、血に飢え渇くだけだ。それを絶てるとは、くろがね自身、思ってもみなかった。だが現に、戦を離れてすでに七十年ほどが経つ。
 このまま絶ち続ければ己がどうなるのか、くろがねは知らない。誰も知らないだろう。戦に厭いた修羅の話など、ほかに聞いたことはない。
「あんた、なんだかこのごろ、人間らしくなってきたなあ」
 しぎが、変にしみじみとした口調で言った。くろがねはこめかみをぴくりとさせて、鼻を鳴らした。
「馬鹿を言え。もとが人だったお前とは違う」
 くろがねがそう言うと、しぎは「ふうん」と、納得しない様子で首をかしげた。
「……おっと。頃合いかな」
 財布の中身を数え終わった青年たちが、動かなくなった男を置いて、公園を去ろうとしていた。
「じゃあな。俺は食餌の時間だ」
 しぎは舌なめずりをして、くろがねに背を向けた。そのままふらりと音も無く歩き、倒れている男には見向きもせず、立ち去る青年たちのあとをつけていく。
 やがてその背中が闇に溶けて見えなくなるまで、くろがねはそこでじっと佇んでいた。


 しぎは狙いを定めて、じっと好機をうかがった。路地裏に馬鹿笑いを振りまきながら歩く、三人の若者たち。その中の一番背の高い男を、しぎは狙っていた。まだ二十歳かそこらだろう、抜き取った財布の中身を無造作にポケットに放り込むと、いかにも機嫌のよさそうな振りをして、仲間たちと大口を叩いている。
 あとの二人が分かりやすく暴力の余韻に昂揚しているのにくらべ、その背の高い一人だけが、どこか上の空だった。泰然としたふりをしていても、汗からは怯えの匂いがする。しぎの鼻はごまかせない。食欲をそそる、いい匂いだ。
 しぎは夜闇に紛れて、三人のあとをつけた。切れかけた街灯の下には、腐臭を放つ鴉の死体。
 家々の明かりは、すでにほとんど落ちているが、中には宵っ張りもいるらしく、何軒かには、まだ浩々とした室内灯が光を漏らしている。いまごろ後片付けをするのか、道沿いの家から遠慮がちに食器を洗う水音と、音量を落としたテレビの声。昔に比べると、いくらかやりづらくはなった。
 三叉路に出た。そこで別れて各々の住処に戻るのだろうか、若者たちは何ごとか声を掛け合って散会した。狙いの長身のあとをそそくさと追いながら、しぎはほくそ笑む。住処が近いのだろう。住宅街の真ん中、人気の少ない通りだ。
 二人の仲間たちとあるていど距離が離れるまで、息を潜めてあとをつけて、周りの家々がほどよく寝静まって電灯の切れているところで、しぎは一気に男に詰め寄った。
 振り返りかけた男の腕をぐいと引き、さらに細い路地に、一瞬で引きずり込む。男が怒声だか悲鳴だかを上げようとするより早く、喉笛に喰らいつき、噛み砕いた。
 男はすぐに静かになった。
 生暖かい血を啜り、肉を食いちぎって、存分に飢えを満たし終えると、しぎは公園に立ち尽くすくろがねを思い出して、血塗れの顔でくすりと笑った。まったく、あいつもおかしな化生だ。
 しぎは声をたてずにくつくつと笑う。人でないものが人のようにふるまい、人であった己が畜生道に落ちる。彼此の境界は曖昧なものだ。
 地に這いつくばって屍肉を喰らう、この浅ましいなりが、闇の領域に足を踏み入れた者の末路だ。
 己の姿を嗤いながら、しぎは男の背骨を噛み砕く。昔であれば、食べやすいところだけ食い散らかして、あとは捨てても何でもなかったが、このごろでは痕跡を残すと、警察が出張ってきてあとが面倒だ。とはいえ、何かが起きたという形跡さえなければ、めったに追っ手はかからない。


 どこかの飼い犬が低く唸った。血のにおいをかぎつけたのだろう。しぎは一通り食事を終えると、路地を見渡し、目立つ血痕が残っていないことを確かめて、塀に飛び上がった。自分の顔を拭い、拭った手を舐めながら、寝静まった家の屋根の上へ。
 駆け抜けるうち、先ほどの公園のちかくを通りがかって、しぎは視線を地上に投げた。修羅の姿は、そこにはもうない。しぎが渡した缶コーヒーが、そのまま橡の木の根元に置いてあった。
 くろがねがまだ戦場を放浪していた時代から、しぎはそのときどきで身なりを変え、ごく当たり前の人間のような顔をして、人の中に紛れて暮らしてきた。にもかかわらず、この頃では、もともと己が人だったということも忘れそうになっている。
 しぎは音もなく屋根の上を駆けながら、手についた血を舐め、小さく笑った。人が人であったことを忘れるならば、修羅が修羅であったことを忘れても、不思議もないのだろう。

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必須:「プロフェッショナル」「人間らしくなった」「缶コーヒー」
縛り:「主人公が何かを断とうとしていること」「移動している場面を入れること」
任意:「隠れる場所はない」「領域に足を踏み入れた」「血塗られた道」

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