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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 またUPするのを忘れて溜め込んでた、出来の悪い即興三語小説です。まとまりのなさが、いかにもお題と制限に振り回されている感じ。

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 月は寒し、炎のようなその指が、火水となって骨に響く。胸は冷い、耳は熱い。肉は燃える、血は冷える。――泉鏡花【歌行燈】


 一面に降り積もった雪は、当たり前の日常を、ほんのいっときの間に異界に塗り替えてしまう。寂れた田舎町の片隅の、どこにでもある小さな公園であるはずの場所、白々とした雪原に、ぽつりぽつりと二つの影が落ちている。一つは髪の長い少女、一つはひどく腰が折れ曲がった老婆のように見えた。
「――本気かい」
 老婆が愉快そうに口を開いた。少女は唇を引き結んだまま、こくりとうなずく。その首の動きに合わせて、真っ直ぐな黒髪が肩を滑り落ちた。
 ふしゅ、しゅしゅ。老婆の口元から息が漏れる。それが笑い声だと少女が気付くのに、一拍かかった。
「こんな平成の御世に、変わったお嬢さんだ」老婆は、奇妙な笑い声の隙間に、言葉を搾り出した。「どうせなら、そこのお稲荷さんにでも願をかけてはどうかね。あちらは、現世利益の神さんだというじゃないか」
 少女は黙って首を横に振る。
「まあ、いいさ」
 老婆はくるりと背を向けて、雪の上を歩き出す。ついてこいと言うことだろう。
 ぼっ、ぼっ、ぼっ。積もった細かな雪を踏みしめる、軋むような自分の足音を数えながら、少女はただ俯いて、老婆のあとをついて歩く。ぼっ、ぼっ、ぼっ。淡々と続く一続きの足音。
 老婆の足音がしないことに気付いて、少女は顔を上げ、目の前を進む小さな体を見た。何の変哲もない、腰の曲がった年寄りにしか見えない。
 少女はまた俯いて、何も訊かず、ただ足元だけを見ながら歩き続ける。
 公園を抜け、暗く夜に沈む神社の脇を通り過ぎる。梟の声が、ほーぅ……、ほーぅ……と、眠たげに語尾を夜に溶かす。神社の敷地から大きく張り出した、大楠の枝葉の影を抜けて、また月光の下へ。通り過ぎたあとで、樹上からどうと音をたてて雪が落ちるのを、少女は背中に聞いた。
 人家のない方へと、老婆は進んでいく。やがて崖を斜めに這う石段が、雪に埋もれるように続いている。山の中に向かう路。
 老婆は歳相応のゆっくりとした足取りで、石段を登っていく。
 頭上で唸るように森がざわめく。その調子が、森が何かを喜んでいるかのように、少女の耳には聞こえた。
 少女は階段を登りきったところで、一度だけ振り返った。雪に埋まった小さな田舎町が、遠く足元に広がっている。人家のまばらな灯り。
 木々の根元を縫うように、細い道が続いている。舗装もなにもない、森の中の獣道。老婆は振り返らず、淡々と歩を進めていく。
 どれほどの時間、黙々と歩いただろうか、やがて視界が開け、木々の梢で斑になった月光の下に、縁に氷の張った池が姿を見せた。
 凍っているのは辺縁だけで、中心の方は黒々とした水が月明りを弾いている。冷たい風が吹き、水面がとぷんと揺れる。

 中に、というように、老婆が顎をしゃくった。少女は僅かに躊躇したが、すぐに羽織っていた上着を外し、靴と靴下を脱いで木の根元に置いた。そのままゆっくりと、池の縁に向かっていく。老婆は何も言わずに、じっとその様子を見守っている。
 黒い上着の下には、袖のない、白いワンピースが一枚だけだった。裾が水にたなびき、白くほっそりとした脚が水の下で揺れる。
 寒さに震える唇が赤い。その足取りは、ゆっくりとしているが、ためらいがない。黒い水面を揺らして、少女は水に入っていく。池の中央へ。腰より少し上まで、すっかり水に使った。
 しゃらん。
 澄んだ鈴のような音が、どこからか響く。月は頭上、天頂にある。
 少女はじっと、寒さに耐えるように佇んでいる。その顔は正面、森の奥を見つめている。老婆は満足げに、その様子を見守るばかりで、何か手を貸そうというそぶりはない。
 しゃらん。
 音が続く。闇がふつりと黒さを増した。鳥も虫も黙りこみ、息を潜めてこそりとも音を立てない。少女は目を開いて、じっと森の奥を見据える。何かがやってくる……
 しゃらん。
 鈴の音は近づいてくる。何も、少なくとも目に見えるものは、何も現れない。けれど少女の体は急にがくんと揺れ、大きくのけぞった。その顔が、何かに驚いて目を瞠ったまま、天頂の月を仰ぐ。
 しゃらん。

 やがて音が止んだとき、水の中に佇む少女は、何か別のものに変容していた。見た目に変化はないが、老婆にはそのことがはっきりと感じ取れた。ちりちりと、膚を焼くような気配が伝わってくる。凍てつくような、燃え盛る炎のような。
 少女の白い半面だけが、月明りに浮かび上がっている。そこに表情はない。
 老婆のもとを女が訪ねてきたのは、何十年ぶりだろうか。昔は違った、人が飢え渇いて死んでいくのが当たり前だった頃は。この世のものならぬ何かの力を借りずには、生きてゆかれなかった女の多かった頃は。
 かつてより、老婆は求められれば、いつでも要請に応じた。それが老婆の役割だったからだ。好奇心から理由を訊いたことはあっても、断ったことは一度もない。たとえそこにおそろしい災いが顔を覗かせていても。
 少女は音もなく水から出ると、そこで立ち止まって、じっと月を見上げた。そのまま身じろぎ一つせず、月光に浴している。この世界に生まれ出でたばかりのものが、動き出す前に、息を潜めて自分を包む夜を観察しているのだと、老婆は思った。
 やがて、長い時のあと、裸足のまま、少女は地面の上をゆっくりと滑るように歩く。老婆はその背中を立ったまま見送るばかりで、あとを追いかけようとはしなかった。

 少女が歩く先で、木々がふいに切れ間を見せた。森を切り裂くように、アスファルトに舗装された道路が伸びている。
「……い、おーい」
 男の声がして、少女はちらりと視線を横に向けた。道路の途中、古い型の軽自動車が止まっており、そのすぐ傍で、明るい色の頭をした若い男が手を振っている。
「助かった、人が居るとは思わなかった。いやあ、こんなところでガス欠でさあ、やたらと寒いし、ねえ、どこか一番近くのスタンドまで下りていく道って……」
 ほっとしたように一気にまくし立てた男の言葉が、途中から尻すぼみに消えた。その視線が、少女の濡れた薄着と、白い裸足のくるぶしに向いている。
 少女は視線を前に戻して、何もなかったように、歩いていく。夜の森に消えていこうとしている白い服の背中が、ぼうっと光っているように見えて、男はぽかんと口を開けたまま、何度も目を擦った。

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必須お題:「ガス欠」「月影」お稲荷さん」

縛り:「既出の詩・小説等から、文章表現を引用する。出典は作品末に必ず明記すること」「新しいオノマトペを五個以上作って、使うこと。(なお既存のものは使っても構いません。参考までにhttp://dictionary.goo.ne.jp/onomatopedia/載ってないもので五個以上」「チラリズムを入れる」

任意お題:「尊厳」「女だってすかしっぺくらいするわ!」「もひかーん」「ゴジカァン」(使用できず)

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