小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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即興三語小説。縛り「バッドエンドにする」でした。暗い話が苦手な方はスルーしてくださいね。
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蛍光灯がジジジ、と音をたてた。
顔を上げると、蛍光管が一本、忙しなく明滅している。端はすっかり黒ずんで、そこに小さな黒い虫が、何匹も閉じ込められているのが見えた。どうやってあんなところに入りこむのだろう。
二度と出られない隙間に入り込む虫。何も分からず、ただただ灯りを求めて吸い込まれていくのだろう。それとも、あらかじめ出られないと知っていたとしても、やはり虫たちはそこに飛び込むのだろうか。
和机の上に視線を落とす。ホッチキスで綴じられた、簡素な小冊子。いかにも地球に優しくなさそうな、気合を入れて漂白しましたみたいな白々した紙に、デフォルメされた注射針と看護師のイラストが躍っている。
――入院のしおり、なんてものまであるんだ。
くすりと笑った姉の声が、まだ耳の底に残っている。真新しいしおりを捲る、青白い手、骨ばった指。
――そうだよな、入院着ったって、下着の替えなんかはいるもんな。教えてもらわないと、わかんねえよな。
調子を合わせて、できるだけ軽く笑った。声が震えていなかったかどうか、自信はなかった。
たった一人の姉だった。
母亡き後、家族と思えるたったひとりの存在だった。
――ねえ、お父さんに、会っておきたいな。
姉がぽつりと言うのをきいて、カッと頭に血が上った。
――あんなやつ、父親じゃねえよ。
強い調子で言い捨てると、姉は、不思議な苦笑を口元に浮かべた。
――でも、最後になるかもしれないから。
――バカなこと、言うなよ。
あわてて言うと、姉は同じやわらかい苦笑のままで、静かにうなずいた。納得したというよりは、宥めるような表情だった。
――そうだね。ごめん。
なんで、あんな表情ができたんだろう。不思議でならなかった。親父を恨んでいなかったわけはない。まるで、仕方がないとあきらめて、許そうと思い決めたような。信じられなかった。あんな柔らかい苦笑が、できるはずがなかった。
医師の話では、姉の病気は、遺伝するものらしかった。心臓に生まれつきの欠陥があるのだと。ならば姉の死の原因さえも、おそらくはあの男の血にあったのだろう。少なくとも、母方の親戚にそういう体質のものがいるなんて、聞いたことはなかった。
父親らしいことなど、一度もしてこなかったくせに、悪いことだけは次から次に押しつけてくる、あの男。母が事故で亡くなったときも、顔さえださなかった。ただ月々の養育費だけを送ってきて、何かどうしても用があるときにさえ、直接は姿をみせず、弁護士を通してきたあいつ。物心ついて以来、口を利いたことは、たったの二度しかなかった。それも、どちらも電話口でのことだ。
縁などとっくに切れたものだと思っていた。それなのに、あいつの遺伝子まで、姉を苦しめたのかと思うと、腹立たしくてしかたがなかった。
姉は初めて発作を起こして倒れたとき、病院のベッドの上で、自覚症状はなかったのだと、言い張った。その唇の端がひきつっていた。嘘をつくときの、姉の癖だった。前から異常があったのだ。それを隠していた。心配をかけまいとしたのだろうか。
二度目の発作が起きるまで、それほど時間はかからなかった。
姉には結局、退院どころか、一時帰宅する暇さえなかった。
不規則に途切れる羽音がした。天井を見る。小さな虫が、蛍光管にぶつかってよろよろと落下し、また光を目指して、何度となく同じ事を繰り返している。
じっと見ていると、ちかちかと明滅する光に、目が疲れてきた。視線を落とし、畳の上に放り出した携帯電話を、ちらりと見る。表示は通話中のままだが、音はしない。
『たすけ……苦し……』
耳に蘇る、電話越しの声。荒い息。それがあの男の声だということも、正直、最初はぴんとこなかった。耳にしたのが、久しぶりすぎて。
携帯電話を畳の上に投げつけながら、助けを求める相手を間違えてるんじゃないのかと、耳を疑った。自力で救急車を呼んだ方が、早かったはずなのに。
動転していたのだろうか。それとも本当に掛け間違えたのか。ワンタッチダイヤルだとかの操作ミスで。苦しさのあまり、携帯の電話帳に表示された名前を確認する余裕さえ、なかったのかもしれない。
そもそも、短縮ダイヤルに設定していたはずもないだろうと、ちらりと思ったとたん、そのことはそれ以上、つきつめて考えないほうがいいと、心のどこかが警告を寄越してきた。考えないほうがいい。何も。
携帯はもう沈黙している。投げ捨てた瞬間の、熱を持った本体の手触りが蘇って、気持ち悪い。手を服で擦り、通話中をあらわすLEDの点滅をじっと見つめていると、急に眩暈を覚えて、畳の上に伸びた。
ちらちらと明滅する蛍光灯、回転する世界。天井の染み。黒ずんだグローランプ。蛍光管の中に閉じ込められている小さな羽虫の死骸。
その先に悲劇しか待っていないと分かっていても、飛び込まずにはいられないのだろうか。あんな小さな虫でさえ。
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必須お題:「ホッチキス」「ワンタッチ」「回転」
縛り:「触感についての描写を入れる」「バッドエンドにする」
任意お題:「それが人にものを頼む態度か? 地面に頭をこすり付けて『お願いします』と言え!」「トカゲ飼いたい」「反響」(使用できず)
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蛍光灯がジジジ、と音をたてた。
顔を上げると、蛍光管が一本、忙しなく明滅している。端はすっかり黒ずんで、そこに小さな黒い虫が、何匹も閉じ込められているのが見えた。どうやってあんなところに入りこむのだろう。
二度と出られない隙間に入り込む虫。何も分からず、ただただ灯りを求めて吸い込まれていくのだろう。それとも、あらかじめ出られないと知っていたとしても、やはり虫たちはそこに飛び込むのだろうか。
和机の上に視線を落とす。ホッチキスで綴じられた、簡素な小冊子。いかにも地球に優しくなさそうな、気合を入れて漂白しましたみたいな白々した紙に、デフォルメされた注射針と看護師のイラストが躍っている。
――入院のしおり、なんてものまであるんだ。
くすりと笑った姉の声が、まだ耳の底に残っている。真新しいしおりを捲る、青白い手、骨ばった指。
――そうだよな、入院着ったって、下着の替えなんかはいるもんな。教えてもらわないと、わかんねえよな。
調子を合わせて、できるだけ軽く笑った。声が震えていなかったかどうか、自信はなかった。
たった一人の姉だった。
母亡き後、家族と思えるたったひとりの存在だった。
――ねえ、お父さんに、会っておきたいな。
姉がぽつりと言うのをきいて、カッと頭に血が上った。
――あんなやつ、父親じゃねえよ。
強い調子で言い捨てると、姉は、不思議な苦笑を口元に浮かべた。
――でも、最後になるかもしれないから。
――バカなこと、言うなよ。
あわてて言うと、姉は同じやわらかい苦笑のままで、静かにうなずいた。納得したというよりは、宥めるような表情だった。
――そうだね。ごめん。
なんで、あんな表情ができたんだろう。不思議でならなかった。親父を恨んでいなかったわけはない。まるで、仕方がないとあきらめて、許そうと思い決めたような。信じられなかった。あんな柔らかい苦笑が、できるはずがなかった。
医師の話では、姉の病気は、遺伝するものらしかった。心臓に生まれつきの欠陥があるのだと。ならば姉の死の原因さえも、おそらくはあの男の血にあったのだろう。少なくとも、母方の親戚にそういう体質のものがいるなんて、聞いたことはなかった。
父親らしいことなど、一度もしてこなかったくせに、悪いことだけは次から次に押しつけてくる、あの男。母が事故で亡くなったときも、顔さえださなかった。ただ月々の養育費だけを送ってきて、何かどうしても用があるときにさえ、直接は姿をみせず、弁護士を通してきたあいつ。物心ついて以来、口を利いたことは、たったの二度しかなかった。それも、どちらも電話口でのことだ。
縁などとっくに切れたものだと思っていた。それなのに、あいつの遺伝子まで、姉を苦しめたのかと思うと、腹立たしくてしかたがなかった。
姉は初めて発作を起こして倒れたとき、病院のベッドの上で、自覚症状はなかったのだと、言い張った。その唇の端がひきつっていた。嘘をつくときの、姉の癖だった。前から異常があったのだ。それを隠していた。心配をかけまいとしたのだろうか。
二度目の発作が起きるまで、それほど時間はかからなかった。
姉には結局、退院どころか、一時帰宅する暇さえなかった。
不規則に途切れる羽音がした。天井を見る。小さな虫が、蛍光管にぶつかってよろよろと落下し、また光を目指して、何度となく同じ事を繰り返している。
じっと見ていると、ちかちかと明滅する光に、目が疲れてきた。視線を落とし、畳の上に放り出した携帯電話を、ちらりと見る。表示は通話中のままだが、音はしない。
『たすけ……苦し……』
耳に蘇る、電話越しの声。荒い息。それがあの男の声だということも、正直、最初はぴんとこなかった。耳にしたのが、久しぶりすぎて。
携帯電話を畳の上に投げつけながら、助けを求める相手を間違えてるんじゃないのかと、耳を疑った。自力で救急車を呼んだ方が、早かったはずなのに。
動転していたのだろうか。それとも本当に掛け間違えたのか。ワンタッチダイヤルだとかの操作ミスで。苦しさのあまり、携帯の電話帳に表示された名前を確認する余裕さえ、なかったのかもしれない。
そもそも、短縮ダイヤルに設定していたはずもないだろうと、ちらりと思ったとたん、そのことはそれ以上、つきつめて考えないほうがいいと、心のどこかが警告を寄越してきた。考えないほうがいい。何も。
携帯はもう沈黙している。投げ捨てた瞬間の、熱を持った本体の手触りが蘇って、気持ち悪い。手を服で擦り、通話中をあらわすLEDの点滅をじっと見つめていると、急に眩暈を覚えて、畳の上に伸びた。
ちらちらと明滅する蛍光灯、回転する世界。天井の染み。黒ずんだグローランプ。蛍光管の中に閉じ込められている小さな羽虫の死骸。
その先に悲劇しか待っていないと分かっていても、飛び込まずにはいられないのだろうか。あんな小さな虫でさえ。
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必須お題:「ホッチキス」「ワンタッチ」「回転」
縛り:「触感についての描写を入れる」「バッドエンドにする」
任意お題:「それが人にものを頼む態度か? 地面に頭をこすり付けて『お願いします』と言え!」「トカゲ飼いたい」「反響」(使用できず)
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