小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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息抜きに眺めるために、ときどき気が向くと、根を詰めて読まないタイプの本を選ぶのだけれども、そういう目的で先日、きまぐれに雑誌「Newton」を買ってきた。
写真だらけのサイエンス・マガジンで、科学技術についての話が載っているのだけれども、写真と図解だらけで、説明が簡潔で分かりやすい。専門家向けじゃなくて、あくまで読み物を意識してあって、確かめたことはないけれども、たぶん高校生くらいを対象に書いてあるんだと思う。というか、高校のときに教室に置いてあった記憶がある。高卒の知識しかない(それもけして優秀な生徒ではなかった)私にも読みやすい、ありがたい雑誌だ。
小学校から高校まで、一貫して勉強ぎらいだった私は、数学がかろうじて嫌いじゃなかったくらいで、あとはすべての授業が、ほぼ常にいやでたまらなかった。さぼりはしなかったけれども、かなりの割合で寝ていた。高校のときの記憶なんて、オタ友と馬鹿話をしてたことばっかりだ。
たった一つの例外が、高校のときの物理の授業。
もともと、ものを記憶することよりも、計算したり筋道を追って考えたりするほうが、まだしもいくらか適性があったので、ほぼ消去法で選択したのだけれど。(理科や社会科は選択授業があった)
でも、あんなにあの授業だけが好きだったのは、単に性格や能力が向いていたからというのでは、なかったと思う。
物理の授業を受け持っていたのは、まだ二十代の、若い男性教師だった。バスに乗っていてブレーキがかかったときに身体がひっぱられる慣性の仕組みや、空にかかる虹のいろの理由や、空の高いところから落ちてくる雨粒がどうして軟らかく地面にあたるのかだとか、救急車のサイレンのドップラー効果のわけだとか、宇宙の外に飛んでいくために必要なロケットの速度だとか。そんな話を、「あれって実はこうなってるんだぜ、なあ、すごくね? 不思議じゃね?」なんて感じのノリで、いつも眼をきらきらさせて話していた。まるで、仲間にすごい秘密をきかせてあげるときの、小さな男の子みたいな顔をして。
早いうちから斜に構えて大人を信用していなかった私には、あれは、なかなか新鮮な体験だった。
私が通っていた高校は、進学校だった。
大学進学するつもりなんか、はなからなかったのだけれど、家からそれほど交通費をかけずにいける公立の高校には、進学校しかなかったし、私学にいけるようなお金は、うちにはなかった。
数少ない就職組には、ひどく冷たい学校だった。成績の悪い生徒には、「腐ったミカンを同じ箱に入れておくと」なんて吐き捨てるような、ろくでもない大人が多かった。
大学受験をするつもりのない、授業も居眠りばかりの私は、あきらかに彼らにとってアウトサイダーで、私も最初から彼らを信用していなかった。教師とは、できるだけ口をきかずに済ませたいと、いつも思っていた。
小学校のときから勉強がきらいだったし、中学校のときには、すでに反抗期まっただなかで。
毎回楽しみに準備をしたり、先生に質問に行ったりしたのは、だから、あのときの物理の授業だけだった……
中学校くらいから、いつぐらいまでだっただろうか。思春期のころ、思えば、いろんなものに怒りながら生きていた。怒りと自己嫌悪が、多分、そのころの私の感情の束の中で、一番強いものだった。
高校三年生のとき、我が家の稼ぎ頭だった母がリストラにあって、もともと苦しかった家計は、ますますあやしくなった。
もともと高校を卒業したらすぐ就職するつもりでいたけれど、「もしあんたがどうしても進学したかったら、どうにかして最低限のお金だけは捻り出すから、奨学金をもらって、バイトをしながら行けばいい」と、母は言った。
そもそも奨学金がもらえるような成績ではなかったけれども、もらえたとしても、そこまでして学びたいと思えることはなかった。(もしも今、目の前に選択肢をつきつけられたら、少し考えるかもしれないけれど……)
それに、反抗期を迎えて以来、父が死ぬほど嫌いだった私は、「どうしても耐えがたくなったら独立できるんだ」という状況を、一日もはやく作りたかった。稼ぎたかったのだ。
選択肢は就職一本だった。
幸いにして、冬には内定をもらえた。
進学校の先生たちは、私のような出来の悪い生徒でも、一応は受かりそうな大学に、とにかく受験をさせたかったらしい。合格率を上げることが、地方公務員であるはずの公立高校の教師にとって、どういう名誉になるのか知らないが、「実際には行かなくてもいいから、受けるだけ受けろ」と、何度も言ってきた。
私の就職活動のあいだは、申し訳程度に一度、投げやりな面接の練習をしたきり、就職先を探すための手順も教えず、アドバイスもせず、進捗状況を聞いてくることもなく、何一つ面倒をみてくれなかった先生がだ。
私は内心でぶち切れて、表面上は申し訳なさそうにしながら、全部断った。受験するだけのことに何万円のお金がかかると思ってるんだ、ふざけるな、と思った。
受験も大詰めのころには、私はいまの勤務先から内定をもらっていた。授業も、選択制の補講だったり自習だったりが主になって、三年生は登校してもしなくてもいい時期がやってきた。
本当は全部休んでも問題なかったのだけれど、部活仲間に会いたかったのと、暇で寂しかったので、私は無駄に毎日登校していた。暇な時間は図書館に入り浸って、部活の後輩たちにちょっかいをかけるか、本を読むか、小説を書くかして。
そうして、好きだった物理の補講だけ、毎回受けていた。純粋に、内容に興味があったので。
担任教師から、皆の気が散るからお前はもうくるなと、言われるまでは。
授業料を払っているのだから、受ける権利はあるはずだと、主張する気力は、わいてこなかった。
その日から、卒業式までの最低限の行事以外、学校にはいかなくなった。
たしかにまだ勝負の真っ最中の同級生たちからすると、行く先もきまってふらふらしている私は、目障りだったのかもしれないし、それでも同級生たちは人がよくて、露骨に邪険にはできなかっただけなのかもしれない。けれど、今はそう思えても、当時はとても納得できなかった。ただ悔しく腹立たしいばかりで……
高校を卒業するまで、大人が嫌いだった。尊敬できる先輩や友達はいても、尊敬できる大人はほとんど見つけられなかった。だから、早く経済的に自立したいとは思っても、早く大人になりたいなんて思ったことは、たぶん、一度もなかった。
仕事に就いて、そこで、尊敬できる上司に会うまで、ずっと。
Newtonを眺めていたら、そんな思春期の日々をちょっと思い出した。
心が狭いのはあいかわらずで、いまでもよく仕事のことなんかでイライラしているけれども、いまより尖ってた時期の自分を振り返ると、ちょっと不思議な気分になる。あんなにいろんなものに怒りながら生きていた、あのエネルギーは、いまはもう身体の中のどこにもない。
写真だらけのサイエンス・マガジンで、科学技術についての話が載っているのだけれども、写真と図解だらけで、説明が簡潔で分かりやすい。専門家向けじゃなくて、あくまで読み物を意識してあって、確かめたことはないけれども、たぶん高校生くらいを対象に書いてあるんだと思う。というか、高校のときに教室に置いてあった記憶がある。高卒の知識しかない(それもけして優秀な生徒ではなかった)私にも読みやすい、ありがたい雑誌だ。
小学校から高校まで、一貫して勉強ぎらいだった私は、数学がかろうじて嫌いじゃなかったくらいで、あとはすべての授業が、ほぼ常にいやでたまらなかった。さぼりはしなかったけれども、かなりの割合で寝ていた。高校のときの記憶なんて、オタ友と馬鹿話をしてたことばっかりだ。
たった一つの例外が、高校のときの物理の授業。
もともと、ものを記憶することよりも、計算したり筋道を追って考えたりするほうが、まだしもいくらか適性があったので、ほぼ消去法で選択したのだけれど。(理科や社会科は選択授業があった)
でも、あんなにあの授業だけが好きだったのは、単に性格や能力が向いていたからというのでは、なかったと思う。
物理の授業を受け持っていたのは、まだ二十代の、若い男性教師だった。バスに乗っていてブレーキがかかったときに身体がひっぱられる慣性の仕組みや、空にかかる虹のいろの理由や、空の高いところから落ちてくる雨粒がどうして軟らかく地面にあたるのかだとか、救急車のサイレンのドップラー効果のわけだとか、宇宙の外に飛んでいくために必要なロケットの速度だとか。そんな話を、「あれって実はこうなってるんだぜ、なあ、すごくね? 不思議じゃね?」なんて感じのノリで、いつも眼をきらきらさせて話していた。まるで、仲間にすごい秘密をきかせてあげるときの、小さな男の子みたいな顔をして。
早いうちから斜に構えて大人を信用していなかった私には、あれは、なかなか新鮮な体験だった。
私が通っていた高校は、進学校だった。
大学進学するつもりなんか、はなからなかったのだけれど、家からそれほど交通費をかけずにいける公立の高校には、進学校しかなかったし、私学にいけるようなお金は、うちにはなかった。
数少ない就職組には、ひどく冷たい学校だった。成績の悪い生徒には、「腐ったミカンを同じ箱に入れておくと」なんて吐き捨てるような、ろくでもない大人が多かった。
大学受験をするつもりのない、授業も居眠りばかりの私は、あきらかに彼らにとってアウトサイダーで、私も最初から彼らを信用していなかった。教師とは、できるだけ口をきかずに済ませたいと、いつも思っていた。
小学校のときから勉強がきらいだったし、中学校のときには、すでに反抗期まっただなかで。
毎回楽しみに準備をしたり、先生に質問に行ったりしたのは、だから、あのときの物理の授業だけだった……
中学校くらいから、いつぐらいまでだっただろうか。思春期のころ、思えば、いろんなものに怒りながら生きていた。怒りと自己嫌悪が、多分、そのころの私の感情の束の中で、一番強いものだった。
高校三年生のとき、我が家の稼ぎ頭だった母がリストラにあって、もともと苦しかった家計は、ますますあやしくなった。
もともと高校を卒業したらすぐ就職するつもりでいたけれど、「もしあんたがどうしても進学したかったら、どうにかして最低限のお金だけは捻り出すから、奨学金をもらって、バイトをしながら行けばいい」と、母は言った。
そもそも奨学金がもらえるような成績ではなかったけれども、もらえたとしても、そこまでして学びたいと思えることはなかった。(もしも今、目の前に選択肢をつきつけられたら、少し考えるかもしれないけれど……)
それに、反抗期を迎えて以来、父が死ぬほど嫌いだった私は、「どうしても耐えがたくなったら独立できるんだ」という状況を、一日もはやく作りたかった。稼ぎたかったのだ。
選択肢は就職一本だった。
幸いにして、冬には内定をもらえた。
進学校の先生たちは、私のような出来の悪い生徒でも、一応は受かりそうな大学に、とにかく受験をさせたかったらしい。合格率を上げることが、地方公務員であるはずの公立高校の教師にとって、どういう名誉になるのか知らないが、「実際には行かなくてもいいから、受けるだけ受けろ」と、何度も言ってきた。
私の就職活動のあいだは、申し訳程度に一度、投げやりな面接の練習をしたきり、就職先を探すための手順も教えず、アドバイスもせず、進捗状況を聞いてくることもなく、何一つ面倒をみてくれなかった先生がだ。
私は内心でぶち切れて、表面上は申し訳なさそうにしながら、全部断った。受験するだけのことに何万円のお金がかかると思ってるんだ、ふざけるな、と思った。
受験も大詰めのころには、私はいまの勤務先から内定をもらっていた。授業も、選択制の補講だったり自習だったりが主になって、三年生は登校してもしなくてもいい時期がやってきた。
本当は全部休んでも問題なかったのだけれど、部活仲間に会いたかったのと、暇で寂しかったので、私は無駄に毎日登校していた。暇な時間は図書館に入り浸って、部活の後輩たちにちょっかいをかけるか、本を読むか、小説を書くかして。
そうして、好きだった物理の補講だけ、毎回受けていた。純粋に、内容に興味があったので。
担任教師から、皆の気が散るからお前はもうくるなと、言われるまでは。
授業料を払っているのだから、受ける権利はあるはずだと、主張する気力は、わいてこなかった。
その日から、卒業式までの最低限の行事以外、学校にはいかなくなった。
たしかにまだ勝負の真っ最中の同級生たちからすると、行く先もきまってふらふらしている私は、目障りだったのかもしれないし、それでも同級生たちは人がよくて、露骨に邪険にはできなかっただけなのかもしれない。けれど、今はそう思えても、当時はとても納得できなかった。ただ悔しく腹立たしいばかりで……
高校を卒業するまで、大人が嫌いだった。尊敬できる先輩や友達はいても、尊敬できる大人はほとんど見つけられなかった。だから、早く経済的に自立したいとは思っても、早く大人になりたいなんて思ったことは、たぶん、一度もなかった。
仕事に就いて、そこで、尊敬できる上司に会うまで、ずっと。
Newtonを眺めていたら、そんな思春期の日々をちょっと思い出した。
心が狭いのはあいかわらずで、いまでもよく仕事のことなんかでイライラしているけれども、いまより尖ってた時期の自分を振り返ると、ちょっと不思議な気分になる。あんなにいろんなものに怒りながら生きていた、あのエネルギーは、いまはもう身体の中のどこにもない。
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無題
ぼくがいかに甘ちゃんで、甘やかされて育ったのか、痛感しました。
受験料とか、一人暮らしのためのお金とか、考えたことがなかった。
一人で働く母に、本当にもう、過去行って殴りたくなるほどに、わがままに振る舞った。
自分が今まで、何不自由なく満足に生きてこられたか、考えたことがなかった。
挙げ句の果てに、つまらないことで悩み、周りに迷惑ばかりかける。
人間の屑のような気がしました。
もっと、成長しないといけないと思いました
それと、親孝行します
受験料とか、一人暮らしのためのお金とか、考えたことがなかった。
一人で働く母に、本当にもう、過去行って殴りたくなるほどに、わがままに振る舞った。
自分が今まで、何不自由なく満足に生きてこられたか、考えたことがなかった。
挙げ句の果てに、つまらないことで悩み、周りに迷惑ばかりかける。
人間の屑のような気がしました。
もっと、成長しないといけないと思いました
それと、親孝行します
かなた様へ
あ、いえ、私も大概甘やかされてきた……というか、いまも現在進行形で親元にパラサイトして家事もほとんど手伝わず、家にもたいしたお金はいれてないですし、食べるものもないような本当の困窮は経験していないですし、実際の話、苦労したというほど苦労してもいなくて。就職してからも、色んな人に迷惑をかけまくりながら働いていますし。そう言われると、むしろ肩身がせまいです(汗)
それに親孝行もしてきてないです。むしろ親不孝はしょっちゅうしているような。
何かしないといけないんだけどなあ……孝行。
多分、あの頃の自分がもっと素直な子どもだったら、大人たちも全然違うふうに見えていただろうと思うので、やっぱりあの頃の感情も、いまにしてみれば結局は、自業自得と言うか。人を嫌うことでようやく安心するような、思春期の鬱屈というか……
そういうのを遠ざかってから振り返って、ああ青春だなあと思ったら、なんだか懐かしくなってしまって。
ブログで公開するんだから、どうせ青春を懐かしむなら、楽しい思い出を書けばよかったんですけど。つい焦点を鬱屈した部分にあててしまっただけで、普段はオタ友とアホ話をして笑い転げながら、呑気に過ごしてたんです。怒りっぽかったのはホントですけども。
何だかみっともない話を延々と書いてしまって、大変失礼しました。どうか「つまんない愚痴だなあ」くらいの勢いで、軽く流しちゃってくださいー。
というか、そういう青春の鬱屈は、どうせなら小説のネタにすればいいのに……! と今になって思いました(遅)
それに親孝行もしてきてないです。むしろ親不孝はしょっちゅうしているような。
何かしないといけないんだけどなあ……孝行。
多分、あの頃の自分がもっと素直な子どもだったら、大人たちも全然違うふうに見えていただろうと思うので、やっぱりあの頃の感情も、いまにしてみれば結局は、自業自得と言うか。人を嫌うことでようやく安心するような、思春期の鬱屈というか……
そういうのを遠ざかってから振り返って、ああ青春だなあと思ったら、なんだか懐かしくなってしまって。
ブログで公開するんだから、どうせ青春を懐かしむなら、楽しい思い出を書けばよかったんですけど。つい焦点を鬱屈した部分にあててしまっただけで、普段はオタ友とアホ話をして笑い転げながら、呑気に過ごしてたんです。怒りっぽかったのはホントですけども。
何だかみっともない話を延々と書いてしまって、大変失礼しました。どうか「つまんない愚痴だなあ」くらいの勢いで、軽く流しちゃってくださいー。
というか、そういう青春の鬱屈は、どうせなら小説のネタにすればいいのに……! と今になって思いました(遅)
No title
落ち着いて書かれている記事だと思うのですが、思わずヒヤリとする瞬間が少なからずありました。それは「怒り」という言葉が何度も出てくるように、普段接するHALさんとは違う一面がのぞいているからだし、HALさんの書く原動力みたいなものが少しだけ見えたからかもしれません。
思春期は僕にもあったのですが、僕の場合は反抗期というものがありませんでした。反抗期って相当大切なもので、身近な大人と対立することで自分という人格を形作っていくものだと思うのです。僕はその過程を経なかったために、一時期、人前で自分のことを俺とか僕とか言えない妙な人間になってしまったほどでした。ちょっとブログでも書きましたが、結局調子を崩してしまい、高校は毎日遅刻して登校してました。通学ラッシュを避けるようにして。僕の行っていたのも一応は進学校だったから、それはそれは白い目で見られてました。と、僕のことはどうでもよかったのですがw。
むー、反抗することで生まれる怒りや自己嫌悪も、反抗せずに自分を見失ってどうしようもなくなることも形は違えど、思春期というやっかいな時期にはつきものなのかもしれません。僕が人の親になるかは謎ですが(無理っぽいなw)、もしそうなったらな、息子娘にとって良い親父であると同じくらい嫌な親父となりたいです。
何を書いてるのか訳分からなくなってますね。すいません。
凄くひやりとして、またHALさんという作者を知る人間にとっては凄く興味深いともいえる記事でした。ついつい僕も昔のこと思い出してしまいつらつら書いてしまいました。すいません。
思春期は僕にもあったのですが、僕の場合は反抗期というものがありませんでした。反抗期って相当大切なもので、身近な大人と対立することで自分という人格を形作っていくものだと思うのです。僕はその過程を経なかったために、一時期、人前で自分のことを俺とか僕とか言えない妙な人間になってしまったほどでした。ちょっとブログでも書きましたが、結局調子を崩してしまい、高校は毎日遅刻して登校してました。通学ラッシュを避けるようにして。僕の行っていたのも一応は進学校だったから、それはそれは白い目で見られてました。と、僕のことはどうでもよかったのですがw。
むー、反抗することで生まれる怒りや自己嫌悪も、反抗せずに自分を見失ってどうしようもなくなることも形は違えど、思春期というやっかいな時期にはつきものなのかもしれません。僕が人の親になるかは謎ですが(無理っぽいなw)、もしそうなったらな、息子娘にとって良い親父であると同じくらい嫌な親父となりたいです。
何を書いてるのか訳分からなくなってますね。すいません。
凄くひやりとして、またHALさんという作者を知る人間にとっては凄く興味深いともいえる記事でした。ついつい僕も昔のこと思い出してしまいつらつら書いてしまいました。すいません。
片桐様へ
あやや、ご不快な思いをされていないといいのですが(汗)変な記事を書いてしまってすいません。
お恥ずかしい、地金はだいたいイラチで怒りっぽいんです。ネットでの交流っていいですね、リアルタイムじゃないから、猫をかぶれる距離と時間があってw
就職して尊敬できる人に出会って、どうにかして自分も変わろうなんて思ったりもしまして。失敗したり失敗したり失敗したりしながら、今は少しくらいは変われたような気もしますし、でもまあ二十年近くかけて形成してきた性格は、そんなにきれいさっぱりは変わらないというか。
最近は良くも悪くもパワーダウンしまして、気負わずテキトーに無理のないように、だんだん丸くなっていきゃいいんじゃないのー、みたいになってきました。成長したのか退化したのか……
片桐さまは反抗期、なかったのですね。そういえば、友達にもそういう子がいました。
その子の場合は、横で見ている私には、性格が優しすぎ、親の苦労を察しすぎて当たれなかったように見えたんですけど、当の本人はどういう感覚だったんだろうなあ……
私は少しも親の苦労を考えずに八つ当たりをしまくったクチなので、そう思うと肩身が狭いです。
いいですね、良い父親で同時に嫌な父親、かあ。(私も母親にならないまま人生を終えそうな調子なんですが……)
私の場合って、反抗期そのものはおさまったんですけど、お恥ずかしながらまだ父との関係には根本的な決着がついていなかったりして、色々考えちゃいます。子どもって、どうしても親に理想を求めてしまうんですよね。親だって人間なのに、頭で分かってても、許せなかったり……
なんだか、深く考えずに暗い話を書いてしまって、大変失礼しました。噛みついたりしませんので、どうかこれからもよろしくお願いいたしますw
お恥ずかしい、地金はだいたいイラチで怒りっぽいんです。ネットでの交流っていいですね、リアルタイムじゃないから、猫をかぶれる距離と時間があってw
就職して尊敬できる人に出会って、どうにかして自分も変わろうなんて思ったりもしまして。失敗したり失敗したり失敗したりしながら、今は少しくらいは変われたような気もしますし、でもまあ二十年近くかけて形成してきた性格は、そんなにきれいさっぱりは変わらないというか。
最近は良くも悪くもパワーダウンしまして、気負わずテキトーに無理のないように、だんだん丸くなっていきゃいいんじゃないのー、みたいになってきました。成長したのか退化したのか……
片桐さまは反抗期、なかったのですね。そういえば、友達にもそういう子がいました。
その子の場合は、横で見ている私には、性格が優しすぎ、親の苦労を察しすぎて当たれなかったように見えたんですけど、当の本人はどういう感覚だったんだろうなあ……
私は少しも親の苦労を考えずに八つ当たりをしまくったクチなので、そう思うと肩身が狭いです。
いいですね、良い父親で同時に嫌な父親、かあ。(私も母親にならないまま人生を終えそうな調子なんですが……)
私の場合って、反抗期そのものはおさまったんですけど、お恥ずかしながらまだ父との関係には根本的な決着がついていなかったりして、色々考えちゃいます。子どもって、どうしても親に理想を求めてしまうんですよね。親だって人間なのに、頭で分かってても、許せなかったり……
なんだか、深く考えずに暗い話を書いてしまって、大変失礼しました。噛みついたりしませんので、どうかこれからもよろしくお願いいたしますw
プロフィール
HN:
朝陽 遥(アサヒ ハルカ)
HP:
性別:
非公開
自己紹介:
朝陽遥(アサヒ ハルカ)またはHAL.Aの名義であちこち出没します。お気軽にかまってやっていただけるとうれしいです。詳しくはこちらから
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