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即興三語小説。お題がカオス。
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今のアパートに住み始めて、もう十年近くになるだろうか。その目と鼻の先で、先般より改装工事をやっていた。ピザ屋の店舗のあった場所で、前からあまり繁盛しているようには見えなかったから、やはり潰れたななどと思っていたところに、いつの間にか、小洒落た外装のこじんまりした店が出来上がっている。
今度は何の店だろうと思って足を止めてみると、扉には可愛らしい手書き風の文字で、『メイド美容室』との看板が提げられていた。
少し前にメイド喫茶というのがテレビで話題になっていたから、おそらくその類だろうと思い、一体どういうものなのだろうと興味を引かれはしたけれども、何せこのむさくるしい外見だから、頭にメイドとつかなくとも、美容室などという華やかな場所は敷居が高い。
それにしても、ふつう美容室というものは、ガラス張りの外装で中の様子が分かるようにされていて、きれいなモデルのポスターでも貼ってあるのが一般的と思い込んでいたが、この店はどういったわけか、中の様子が全く分からない。外から見て、ああこういうものなのだなという様子が分かりさえすれば、いらない好奇心を刺激されることもないだろうに、見えないばかりに、なんとなく気にかかって仕方がない。それで、つい通り掛かるたびに、うまいこと扉が開いて中の様子が垣間見えないものかと、ちらちらと目をやっていた。これではすっかり不審者のようだなどと自分でも苦笑していたが、一週間ほど前にとうとう、店から若い娘がひとり出てくるところを見かけた。
それが二十歳かそこらのなかなか可愛い娘さんで、なるほど、たしかにメイドのような格好をしている。店員なのだろう。
その店員は、何か遣いにでも出るところだったのだろう、普通の格好に着替えて出かければよさそうなものなのに、少し恥ずかしそうな、落ち着かないような表情をして、メイド姿のままで足早に歩いていた。その子が顔を上げたときに、一瞬目があったけれど、じろじろ見ていたのが気まずくて、すぐに目を逸らしてしまった。
前にテレビで見たメイド喫茶では、メイドの格好をした女の子が、「おかえりなさいませ、ご主人様」とか何とか言っていたから、メイド美容室の実態も、似たりよったりというところなのだろうか。
……という話を、半年振りに会った旧友の刈谷に聞かせたら、ひどく白けた目で見返されてしまった。
「木之下、おまえなあ、普段から俺のことをオタクだオタクだとバカにするけど、お前の方がよっぽど犯罪者一歩手前じゃないか。俺の収集癖なんて、可愛いものだ。誰にも迷惑を掛けていないんだから。むしろ、消費にいそしんで僅かなりと経済を発展させている分、世間様の助けになっているくらいだぞ」
「俺だって、別にあの女の子に迷惑を掛けたわけじゃない」
そう言ったが、刈谷はまるで聞いていない様子でくるっと横を向き、通り掛かった店員を呼び止めた。「生。それと磯辺揚げ」
はきはきと復唱して引っ込む店員は、小柄で可愛い女性で、刈谷が他のむさくるしいウェイターを全て無視して彼女が通り掛かるタイミングをずっと見計っていたらしいのは、一目瞭然だった。けれど当人は気付かれていないと思っているらしいので、仕方なく、知らないふりをした。
「だからさあ」と刈谷は語調を強めた。かなり酒が回っている。
「木之下はSFってもんを分かってないんだよ。だいたいSFっていうのはね、ガンダムとかスターウォーズとか、ああいうののことだけじゃないんだって。宇宙船とか宇宙人とかが出てきて、派手な艦隊船をやらかしたりするものだけじゃないの。お前、SFのSって、なんだと思ってる?」
問われて、正直どうでもいいなあと思いつつも、真面目に相手をしないとよけいにムキになる刈谷の性格を熟知していたので、仕方なく肩を竦めた。
「スペースのSだと思っていたが」
否定されるかと思ったら、刈谷は大真面目な顔で頷いて、ジョッキを傾けた。ぷはあ、と息をついて、口の周りにビールの泡をつけたまま、びしりと指を一本立てる。
「間違いじゃない。スペース・ファンタジーの略でSF、そういう考え方もある。けど、それだけじゃないんだよ」
刈谷がふんぞり返ってそう言ったところに、さっきの可愛い店員が、ジョッキと皿を運んでくる。
「あ、どうも」
急に相好を崩して愛想よくジョッキを受け取った刈谷は、店員が別のテーブルに向かっても、その背中をちらちらと気にしていた。誰が犯罪者一歩手前だって?
「で。スペースナントカだけじゃなくて、何だって」
「サイエンス・フィクション。それもSFっていうんだ。別に人類が宇宙に進出しなくてもいい、たとえば、合衆国が秘密裏に研究していた生物兵器が漏れ出して、全世界に広がっていく……みたいなのとか、突然変異で地球上に生まれたポスト・ヒューマンと旧人類との間に戦争が起きるようなストーリーも、れっきとしたSFなわけだ」
ふうん、と気のない相槌を打つ。自分が生きている間に実現しそうもない科学技術の話に興味を持つのは、その分野の最先端の科学者だけで充分じゃないのか。そうは思ったけれど、一応は義理で話をつないでみる。「ポスト・ヒューマンってなんだ?」
「人類を超越した人類……かな。あれだよ、いわゆるニュータイプみたいなやつだ」
結局ガンダムの話に戻るんじゃないか。だいたい、何の話をしていて「SFとは」なんていう講義を聞かされているのかも、だんだん分からなくなってきた。
「だいたい、お前は偏見による思い込みっていうものが多いんだ。メイド喫茶のことだって、テレビで放送されるのを鵜呑みにしてるだけで、詳しく知りもしないのに頭からバカにしてるんだろ、どうせ」
刈谷は言うと、ジョッキをぐいっと傾けて、背中に目でもついているかのような勢いで振り向いた。「あ、おねえさん、焼酎ね。麦、ロックで」
刈谷が声をかけたのは、やはりさっきの可愛い店員だった。呆れながらも、一応は弁解しておくことにする。
「別にバカにしているわけじゃない」
「してるだろ。お前はそういう奴だ」
こいつはこんなに絡み上戸だったかなと、思わずため息をついた。あまりいい酒ではない。
「だいたいお前だってガキの頃は、一緒になってガンダムのアニメに目を輝かせてたじゃないか。あの頃の純粋な気持ちを、いったいどこに置き忘れてきちまったんだ? ちゃっかり公務員なんぞになりやがって」
刈谷にぐちぐちと言われて、ちょっと気まずい思いをする。別に俺だって、好きで役所を目指したわけではなかった。親に脅されたのだ。最終的にはやりたいことをやってもいいから、まずは公務員試験に合格しろ、そこでまず三年働いて、それでもどうしても転職したかったらそうしてもいい、そうでなければ大学に行く学費を出さないと、そんなふうに約束させられたのだ。
食わせてもらっている身だし、それくらいなら妥協の範囲内かと思って、素直に市の採用試験を潜り抜けたら、その三年後には大不況が来て、とても転職どころではなくなってしまった。いつの間にか親の巧妙な罠にはめられていたのかなという気がしないでもない。親父に先の景気を見通す慧眼があったとは思えないが、何年か社会に出て現実を知れば、「何か普通の人には出来ない仕事をしたい」などという漠然としたことも言わなくなるだろうと、そういうふうに考えていた節がある。
まあ、いざやってみれば今の仕事は嫌いではなかったので、今さら恨み言をいうつもりもないのだが、刈谷のようにやりたいことを見つけて仕事にした奴を見ていると、たまに羨ましいような気もする。
「お前はよくまあ、一回も進路の希望を変えなかったよな」
刈谷は念願叶って、ゲーム会社でグラフィックデザインの関係の仕事をやっているらしかった。まあ、本来刈谷が作りたいと言っていた巨大ロボットが出てくるようなシミュレーションゲームじゃなくて、細々とエロゲだか何だかを作っているようだから、本当に念願かなったと言っていいかどうかは、微妙なところなのだが。
「いや、そんな話をしたかったわけじゃない。問題はお前の凝り固まった偏見だ。俺をバカにするのはまあいいさ、長い付き合いの上のことだ」
刈谷は店員から焼酎グラスを受け取って、ちびちびと啜るように飲みながら、びしっと俺を指差した。
「けどなあ、相手の事情もよく分からないうちに、先入観からこうと決め付けて、偏見の目で見るのは、どうかと思うぞ」
今度はいきなり、えらく常識的な意見だった。思わず面食らって、まじまじと見返すけれど、刈谷の表情は大真面目だ。
「それはそうかもしれないが、俺はいつどこで、よく知らない人に偏見の目を向けた?」
「さっき、お前が言ったじゃないか。お前の話に出てきたメイド美容室は、お前の思っているような店じゃない」
「へえ。じゃあ、メイド美容室っていうのは、どういうものなんだ」
「いや、世間でいうところのメイド美容室とは、だいたいお前がイメージしているもので合っているだろう。そういうことじゃなくてだな、お前のアパートのすぐ近くにあるというその店、そこは普通のメイド美容室じゃないんだ」
冷酒を舐めながらふうん、と生返事をすると、刈谷は急に立ち上がって、入口の方に向かってぶんぶん手を振った。
「ああ、こっちこっち」
他の人間が来るとは聞いていなかったので、驚いて振り返ると、二十歳かそこらに見える女性が、どこか気後れしながら、おそるおそる近づいてきた。
まさか彼女でも紹介してくれるつもりだろうかと、訝しく女性の顔を見ると、どことなく見覚えのある顔だった。あれ、と思っていると、彼女はちょっとぎこちなく笑いかけてきた。その表情が、見知らぬ他人に対するような遠慮がちなぎこちなさというよりも、なんというか、会いづらく思っていた知人に向ける気まずげな顔に見えた。
実際、どこかで会っているという気がするのに、思い出せず、誰だったかなあと、大急ぎで脳ミソの中を検索にかけるが、やはりすぐには出てこない。
「誰だか分からないか」
刈谷に図星をつかれて、思わずぐっと黙り込んでしまった。言わなくていいことを。おかげで、適当に思い出したふりをすることもできなくなった。
「十年以上会ってないんだから、仕方ないかな。久しぶり、木之下くん」
小さくはにかんでそう言った彼女の声で、ようやくピンときた。
「もしかして、赤城か。変わったなあ」
思わず本気で目を丸くしてしまった。中学のとき、三年間続けて刈谷や自分と同じクラスだった。化粧や服装のせいか、当時の印象とまるで違って見えた。
「そ。木之下くんは変わってないね」
「あの頃からオッサン顔だったからな」
横からにやにやしながら刈谷が口を挟んできた。
「うるさいな」
言い返しながらも、思わずまじまじと赤城の顔を見てしまった。面影はたしかに残っているけれど、何度見ても、二十歳かそこらにしか見えない。同じ年とは思えなかった。
「赤城、生でいい?」
刈谷にそう聞かれた赤城は、大慌てで首を横に振った。「あ、ごめん、ウーロン茶で」
刈谷は今度は男の店員を捕まえて注文を伝えていた。ちゃっかりした奴だ。
「懐かしいな。こっちに戻ってきてたのか」
たしか赤城は関西かどこか、遠方に就職したと聞いていた。そう言うと、赤城は小さく頷いた。
「うん。私、遅く生まれた一人っ子だったから、父がもう年でね」
聞けば、赤城の父親は最近大きな病気をしてから気弱になったとかで、地元に戻ってきて欲しいと頼まれたのだという。そう聞くと、自分たちももう親の老後の心配をするような年になったんだなあと、妙な感慨があった。
「で、今日はどうしたんだ。お前ら、そんなに仲良かったか」
聞くと、赤城は気まずそうな顔になって、困ったように呟いた。「木之下君、ぜんぜん気付いてなかったんだね……」
「言ったろ、こいつはそういう奴だって」
その二人のやり取りを聞いて、事情はよく分からないながらも、肩身の狭い思いをする。もしかして、ずっと昔からこいつらが付き合っていたのに、鈍い俺が全然気付いていなかったとか、そういう話なのだろうか。
「もう、別に言わなくてもいいんじゃないのか」
刈谷は赤城に向かって、にやにやと言った。赤城はちょっと頬を赤らめて、俯いてしまう。
「なんだ、何の話だ」
そんなふうに思わせぶりな会話をされると、気になってしまう。つい身を乗り出して聞くと、赤城はしばらく逡巡するような間のあとに、全然違う話から切り出した。
「刈谷くんにはね、先週連絡したばっかりなの。番号も分からなかったから、友達づてに教えてもらって」
「ああ、そうだよな。お前らが付き合ってたのかと思って、びっくりした」
思わずそう正直に言うと、赤城はなにそれ、と目を丸くした。
「あのね。木之下君とは、先週も会ったんだよ。でも、全然気付いてなかったんだね」
は? と思わず目を丸くして、何秒か考え込んでから、ようやくはっとした。「もしかして……」
思いついたことを言う前に、刈谷が面白がるように口を挟んできた。
「だからお前は偏見に囚われやすいというんだ。どうせメイド服ばっかり見てて、赤城の顔なんてろくに見てなかったんだろ」
何も言い返せなかった。そう聞いてみても、記憶の中にあるメイド美容室から出てきた女性と、目の前の赤城の顔が、うまく結びつかなかった。
「あそこで働いてたのか……」
「あ、ううん、そうじゃなくて」
赤城はなぜか顔を赤らめながら、赤い名刺入れを取り出した。「いまの勤務先は、こっち」
出された名刺は、このあたりでは有名な服飾雑貨店のものだった。あの美容室とはまた全然違う場所にある。
「あれ、じゃあ、あの美容室は?」
「あれは」
赤城はいいづらそうに俯いて、小さくなってしまった。そのかわりに、刈谷が口を開いた。
「あの店な、一日いくらで、客にメイドのコスプレをさせてくれるんだってさ。美容室兼貸衣装屋、ってことかな」
顎が落ちそうだった。店員がメイドなんじゃなくて、客がメイドにされる? そんな商売に果たして、需要があるのだろうか。
「じゃあ、あの日は……」
どうにかそれだけ言うと、赤城は小さく何度も頷いた。「興味本位だったの」
赤城は小声で早口に言った。――友だちが何年か前にメイド喫茶で働いてて、それがすっごく似合ってて、可愛くってね、羨ましかったんだけど、自分もそこで働く勇気まではなくて、そのときはそれだけの話だったの。でも最近、お父さんの病気でいろいろ家の中がごたついてて、それがやっと少し落ち着いたし、何か気晴らしをしたいなって。そしたら、あのお店の話を聞いてね。それで、一日だけだったら、まさか知り合いに会うこともないだろうって。木之下君があの辺に越してきたなんて、知らなかったし。目を逸らされたから、何て思われたんだろう、皆に言いふらされたらどうしようって。中学のみんなの耳に入ったら、うちの親にも知られちゃうかもしれないし、それでね、なんとかして口止めしようと思って……
呆気にとられて聞いていたが、赤城はそこで口を噤んだ。俯きがちに、こちらの反応をおっかなびっくり伺っている。
「自分がいかに人を外見で判断していたか、よく分かったろ。お前のような奴がいるから、俺たちが割を食うんだ」
刈谷が気味よさそうにそう言った。なんだ、赤城にかこつけて自分の言いたいことを言っているだけじゃないかと、睨み返したが、いたたまれないように小さくなっている赤城の様子を見ていると、たしかにそうかもしれないなと、反省の念がもたげてきた。
「ごめん、気付かなくて」
「ううん、それはいいの」
赤城は慌てて首を振った。「それより、誰にも言わないでくれる?」
うんうんと、勢い込んで二度頷くと、赤城の顔がぱっと明るくなった。
「よかった」
その笑顔が中学時代の赤城と重なって、どきりとした。そう、あの頃から赤城は、笑顔がとびきり可愛い女の子だった。
「赤城は今、結婚とかしてるのか」
何かを考えるよりも先に、口から言葉が飛び出していた。赤城は「え」と声を漏らして、何かを答えようとしたが、刈谷が横からびしっと箸でこちらを指してきた。
「おまえな、弱みに付け込んで交際を迫るとは、男の風上にも置けないやつだな」
何てことをいう奴だと、仰天して睨みつけたが、ちょっと冷静になってみれば、たしかにこのタイミングでは、そうとれないこともなかった。
「違う、そんなつもりじゃないんだ。黙っておくのと引き換えにとかじゃなくて。その話は、誰にも言わないから」
あわてて釈明すると、赤城は照れくさそうにはにかんで、小さく返事をした。
それがあんまり小声だったので、思わず聞き返そうとしたが、その前に、刈谷が腹立たしそうにお絞りを投げつけてきた。
「痛いな、何するんだ!」
「うるさい、ボケ、お前みたいなデリカシーの無い人間に、色気を出す資格はない!」
「お前にデリカシー云々と言われたくない!」
ぎゃあぎゃあと言い合っていると、横で赤城が可笑しそうに笑った。騒いでいるうちについ聞き返しそびれてしまったが、聞き間違いでなかったら、赤城の言葉は、独りだよ、と聞こえた。
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必須お題:「罠にはめられていたのか」「メイド美容室」「ポスト・ヒューマン」
任意お題:「エロゲマスター」「エロマスター」「這いつくばる」「赤いから三倍だと思ったら、メタボリックでした」「いわゆるニュータイプです」「不覚にもノーパン喫茶を思い出してしまった」「ほくろがはげた」「あんた、メタボだぜ」(使えず)
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今のアパートに住み始めて、もう十年近くになるだろうか。その目と鼻の先で、先般より改装工事をやっていた。ピザ屋の店舗のあった場所で、前からあまり繁盛しているようには見えなかったから、やはり潰れたななどと思っていたところに、いつの間にか、小洒落た外装のこじんまりした店が出来上がっている。
今度は何の店だろうと思って足を止めてみると、扉には可愛らしい手書き風の文字で、『メイド美容室』との看板が提げられていた。
少し前にメイド喫茶というのがテレビで話題になっていたから、おそらくその類だろうと思い、一体どういうものなのだろうと興味を引かれはしたけれども、何せこのむさくるしい外見だから、頭にメイドとつかなくとも、美容室などという華やかな場所は敷居が高い。
それにしても、ふつう美容室というものは、ガラス張りの外装で中の様子が分かるようにされていて、きれいなモデルのポスターでも貼ってあるのが一般的と思い込んでいたが、この店はどういったわけか、中の様子が全く分からない。外から見て、ああこういうものなのだなという様子が分かりさえすれば、いらない好奇心を刺激されることもないだろうに、見えないばかりに、なんとなく気にかかって仕方がない。それで、つい通り掛かるたびに、うまいこと扉が開いて中の様子が垣間見えないものかと、ちらちらと目をやっていた。これではすっかり不審者のようだなどと自分でも苦笑していたが、一週間ほど前にとうとう、店から若い娘がひとり出てくるところを見かけた。
それが二十歳かそこらのなかなか可愛い娘さんで、なるほど、たしかにメイドのような格好をしている。店員なのだろう。
その店員は、何か遣いにでも出るところだったのだろう、普通の格好に着替えて出かければよさそうなものなのに、少し恥ずかしそうな、落ち着かないような表情をして、メイド姿のままで足早に歩いていた。その子が顔を上げたときに、一瞬目があったけれど、じろじろ見ていたのが気まずくて、すぐに目を逸らしてしまった。
前にテレビで見たメイド喫茶では、メイドの格好をした女の子が、「おかえりなさいませ、ご主人様」とか何とか言っていたから、メイド美容室の実態も、似たりよったりというところなのだろうか。
……という話を、半年振りに会った旧友の刈谷に聞かせたら、ひどく白けた目で見返されてしまった。
「木之下、おまえなあ、普段から俺のことをオタクだオタクだとバカにするけど、お前の方がよっぽど犯罪者一歩手前じゃないか。俺の収集癖なんて、可愛いものだ。誰にも迷惑を掛けていないんだから。むしろ、消費にいそしんで僅かなりと経済を発展させている分、世間様の助けになっているくらいだぞ」
「俺だって、別にあの女の子に迷惑を掛けたわけじゃない」
そう言ったが、刈谷はまるで聞いていない様子でくるっと横を向き、通り掛かった店員を呼び止めた。「生。それと磯辺揚げ」
はきはきと復唱して引っ込む店員は、小柄で可愛い女性で、刈谷が他のむさくるしいウェイターを全て無視して彼女が通り掛かるタイミングをずっと見計っていたらしいのは、一目瞭然だった。けれど当人は気付かれていないと思っているらしいので、仕方なく、知らないふりをした。
「だからさあ」と刈谷は語調を強めた。かなり酒が回っている。
「木之下はSFってもんを分かってないんだよ。だいたいSFっていうのはね、ガンダムとかスターウォーズとか、ああいうののことだけじゃないんだって。宇宙船とか宇宙人とかが出てきて、派手な艦隊船をやらかしたりするものだけじゃないの。お前、SFのSって、なんだと思ってる?」
問われて、正直どうでもいいなあと思いつつも、真面目に相手をしないとよけいにムキになる刈谷の性格を熟知していたので、仕方なく肩を竦めた。
「スペースのSだと思っていたが」
否定されるかと思ったら、刈谷は大真面目な顔で頷いて、ジョッキを傾けた。ぷはあ、と息をついて、口の周りにビールの泡をつけたまま、びしりと指を一本立てる。
「間違いじゃない。スペース・ファンタジーの略でSF、そういう考え方もある。けど、それだけじゃないんだよ」
刈谷がふんぞり返ってそう言ったところに、さっきの可愛い店員が、ジョッキと皿を運んでくる。
「あ、どうも」
急に相好を崩して愛想よくジョッキを受け取った刈谷は、店員が別のテーブルに向かっても、その背中をちらちらと気にしていた。誰が犯罪者一歩手前だって?
「で。スペースナントカだけじゃなくて、何だって」
「サイエンス・フィクション。それもSFっていうんだ。別に人類が宇宙に進出しなくてもいい、たとえば、合衆国が秘密裏に研究していた生物兵器が漏れ出して、全世界に広がっていく……みたいなのとか、突然変異で地球上に生まれたポスト・ヒューマンと旧人類との間に戦争が起きるようなストーリーも、れっきとしたSFなわけだ」
ふうん、と気のない相槌を打つ。自分が生きている間に実現しそうもない科学技術の話に興味を持つのは、その分野の最先端の科学者だけで充分じゃないのか。そうは思ったけれど、一応は義理で話をつないでみる。「ポスト・ヒューマンってなんだ?」
「人類を超越した人類……かな。あれだよ、いわゆるニュータイプみたいなやつだ」
結局ガンダムの話に戻るんじゃないか。だいたい、何の話をしていて「SFとは」なんていう講義を聞かされているのかも、だんだん分からなくなってきた。
「だいたい、お前は偏見による思い込みっていうものが多いんだ。メイド喫茶のことだって、テレビで放送されるのを鵜呑みにしてるだけで、詳しく知りもしないのに頭からバカにしてるんだろ、どうせ」
刈谷は言うと、ジョッキをぐいっと傾けて、背中に目でもついているかのような勢いで振り向いた。「あ、おねえさん、焼酎ね。麦、ロックで」
刈谷が声をかけたのは、やはりさっきの可愛い店員だった。呆れながらも、一応は弁解しておくことにする。
「別にバカにしているわけじゃない」
「してるだろ。お前はそういう奴だ」
こいつはこんなに絡み上戸だったかなと、思わずため息をついた。あまりいい酒ではない。
「だいたいお前だってガキの頃は、一緒になってガンダムのアニメに目を輝かせてたじゃないか。あの頃の純粋な気持ちを、いったいどこに置き忘れてきちまったんだ? ちゃっかり公務員なんぞになりやがって」
刈谷にぐちぐちと言われて、ちょっと気まずい思いをする。別に俺だって、好きで役所を目指したわけではなかった。親に脅されたのだ。最終的にはやりたいことをやってもいいから、まずは公務員試験に合格しろ、そこでまず三年働いて、それでもどうしても転職したかったらそうしてもいい、そうでなければ大学に行く学費を出さないと、そんなふうに約束させられたのだ。
食わせてもらっている身だし、それくらいなら妥協の範囲内かと思って、素直に市の採用試験を潜り抜けたら、その三年後には大不況が来て、とても転職どころではなくなってしまった。いつの間にか親の巧妙な罠にはめられていたのかなという気がしないでもない。親父に先の景気を見通す慧眼があったとは思えないが、何年か社会に出て現実を知れば、「何か普通の人には出来ない仕事をしたい」などという漠然としたことも言わなくなるだろうと、そういうふうに考えていた節がある。
まあ、いざやってみれば今の仕事は嫌いではなかったので、今さら恨み言をいうつもりもないのだが、刈谷のようにやりたいことを見つけて仕事にした奴を見ていると、たまに羨ましいような気もする。
「お前はよくまあ、一回も進路の希望を変えなかったよな」
刈谷は念願叶って、ゲーム会社でグラフィックデザインの関係の仕事をやっているらしかった。まあ、本来刈谷が作りたいと言っていた巨大ロボットが出てくるようなシミュレーションゲームじゃなくて、細々とエロゲだか何だかを作っているようだから、本当に念願かなったと言っていいかどうかは、微妙なところなのだが。
「いや、そんな話をしたかったわけじゃない。問題はお前の凝り固まった偏見だ。俺をバカにするのはまあいいさ、長い付き合いの上のことだ」
刈谷は店員から焼酎グラスを受け取って、ちびちびと啜るように飲みながら、びしっと俺を指差した。
「けどなあ、相手の事情もよく分からないうちに、先入観からこうと決め付けて、偏見の目で見るのは、どうかと思うぞ」
今度はいきなり、えらく常識的な意見だった。思わず面食らって、まじまじと見返すけれど、刈谷の表情は大真面目だ。
「それはそうかもしれないが、俺はいつどこで、よく知らない人に偏見の目を向けた?」
「さっき、お前が言ったじゃないか。お前の話に出てきたメイド美容室は、お前の思っているような店じゃない」
「へえ。じゃあ、メイド美容室っていうのは、どういうものなんだ」
「いや、世間でいうところのメイド美容室とは、だいたいお前がイメージしているもので合っているだろう。そういうことじゃなくてだな、お前のアパートのすぐ近くにあるというその店、そこは普通のメイド美容室じゃないんだ」
冷酒を舐めながらふうん、と生返事をすると、刈谷は急に立ち上がって、入口の方に向かってぶんぶん手を振った。
「ああ、こっちこっち」
他の人間が来るとは聞いていなかったので、驚いて振り返ると、二十歳かそこらに見える女性が、どこか気後れしながら、おそるおそる近づいてきた。
まさか彼女でも紹介してくれるつもりだろうかと、訝しく女性の顔を見ると、どことなく見覚えのある顔だった。あれ、と思っていると、彼女はちょっとぎこちなく笑いかけてきた。その表情が、見知らぬ他人に対するような遠慮がちなぎこちなさというよりも、なんというか、会いづらく思っていた知人に向ける気まずげな顔に見えた。
実際、どこかで会っているという気がするのに、思い出せず、誰だったかなあと、大急ぎで脳ミソの中を検索にかけるが、やはりすぐには出てこない。
「誰だか分からないか」
刈谷に図星をつかれて、思わずぐっと黙り込んでしまった。言わなくていいことを。おかげで、適当に思い出したふりをすることもできなくなった。
「十年以上会ってないんだから、仕方ないかな。久しぶり、木之下くん」
小さくはにかんでそう言った彼女の声で、ようやくピンときた。
「もしかして、赤城か。変わったなあ」
思わず本気で目を丸くしてしまった。中学のとき、三年間続けて刈谷や自分と同じクラスだった。化粧や服装のせいか、当時の印象とまるで違って見えた。
「そ。木之下くんは変わってないね」
「あの頃からオッサン顔だったからな」
横からにやにやしながら刈谷が口を挟んできた。
「うるさいな」
言い返しながらも、思わずまじまじと赤城の顔を見てしまった。面影はたしかに残っているけれど、何度見ても、二十歳かそこらにしか見えない。同じ年とは思えなかった。
「赤城、生でいい?」
刈谷にそう聞かれた赤城は、大慌てで首を横に振った。「あ、ごめん、ウーロン茶で」
刈谷は今度は男の店員を捕まえて注文を伝えていた。ちゃっかりした奴だ。
「懐かしいな。こっちに戻ってきてたのか」
たしか赤城は関西かどこか、遠方に就職したと聞いていた。そう言うと、赤城は小さく頷いた。
「うん。私、遅く生まれた一人っ子だったから、父がもう年でね」
聞けば、赤城の父親は最近大きな病気をしてから気弱になったとかで、地元に戻ってきて欲しいと頼まれたのだという。そう聞くと、自分たちももう親の老後の心配をするような年になったんだなあと、妙な感慨があった。
「で、今日はどうしたんだ。お前ら、そんなに仲良かったか」
聞くと、赤城は気まずそうな顔になって、困ったように呟いた。「木之下君、ぜんぜん気付いてなかったんだね……」
「言ったろ、こいつはそういう奴だって」
その二人のやり取りを聞いて、事情はよく分からないながらも、肩身の狭い思いをする。もしかして、ずっと昔からこいつらが付き合っていたのに、鈍い俺が全然気付いていなかったとか、そういう話なのだろうか。
「もう、別に言わなくてもいいんじゃないのか」
刈谷は赤城に向かって、にやにやと言った。赤城はちょっと頬を赤らめて、俯いてしまう。
「なんだ、何の話だ」
そんなふうに思わせぶりな会話をされると、気になってしまう。つい身を乗り出して聞くと、赤城はしばらく逡巡するような間のあとに、全然違う話から切り出した。
「刈谷くんにはね、先週連絡したばっかりなの。番号も分からなかったから、友達づてに教えてもらって」
「ああ、そうだよな。お前らが付き合ってたのかと思って、びっくりした」
思わずそう正直に言うと、赤城はなにそれ、と目を丸くした。
「あのね。木之下君とは、先週も会ったんだよ。でも、全然気付いてなかったんだね」
は? と思わず目を丸くして、何秒か考え込んでから、ようやくはっとした。「もしかして……」
思いついたことを言う前に、刈谷が面白がるように口を挟んできた。
「だからお前は偏見に囚われやすいというんだ。どうせメイド服ばっかり見てて、赤城の顔なんてろくに見てなかったんだろ」
何も言い返せなかった。そう聞いてみても、記憶の中にあるメイド美容室から出てきた女性と、目の前の赤城の顔が、うまく結びつかなかった。
「あそこで働いてたのか……」
「あ、ううん、そうじゃなくて」
赤城はなぜか顔を赤らめながら、赤い名刺入れを取り出した。「いまの勤務先は、こっち」
出された名刺は、このあたりでは有名な服飾雑貨店のものだった。あの美容室とはまた全然違う場所にある。
「あれ、じゃあ、あの美容室は?」
「あれは」
赤城はいいづらそうに俯いて、小さくなってしまった。そのかわりに、刈谷が口を開いた。
「あの店な、一日いくらで、客にメイドのコスプレをさせてくれるんだってさ。美容室兼貸衣装屋、ってことかな」
顎が落ちそうだった。店員がメイドなんじゃなくて、客がメイドにされる? そんな商売に果たして、需要があるのだろうか。
「じゃあ、あの日は……」
どうにかそれだけ言うと、赤城は小さく何度も頷いた。「興味本位だったの」
赤城は小声で早口に言った。――友だちが何年か前にメイド喫茶で働いてて、それがすっごく似合ってて、可愛くってね、羨ましかったんだけど、自分もそこで働く勇気まではなくて、そのときはそれだけの話だったの。でも最近、お父さんの病気でいろいろ家の中がごたついてて、それがやっと少し落ち着いたし、何か気晴らしをしたいなって。そしたら、あのお店の話を聞いてね。それで、一日だけだったら、まさか知り合いに会うこともないだろうって。木之下君があの辺に越してきたなんて、知らなかったし。目を逸らされたから、何て思われたんだろう、皆に言いふらされたらどうしようって。中学のみんなの耳に入ったら、うちの親にも知られちゃうかもしれないし、それでね、なんとかして口止めしようと思って……
呆気にとられて聞いていたが、赤城はそこで口を噤んだ。俯きがちに、こちらの反応をおっかなびっくり伺っている。
「自分がいかに人を外見で判断していたか、よく分かったろ。お前のような奴がいるから、俺たちが割を食うんだ」
刈谷が気味よさそうにそう言った。なんだ、赤城にかこつけて自分の言いたいことを言っているだけじゃないかと、睨み返したが、いたたまれないように小さくなっている赤城の様子を見ていると、たしかにそうかもしれないなと、反省の念がもたげてきた。
「ごめん、気付かなくて」
「ううん、それはいいの」
赤城は慌てて首を振った。「それより、誰にも言わないでくれる?」
うんうんと、勢い込んで二度頷くと、赤城の顔がぱっと明るくなった。
「よかった」
その笑顔が中学時代の赤城と重なって、どきりとした。そう、あの頃から赤城は、笑顔がとびきり可愛い女の子だった。
「赤城は今、結婚とかしてるのか」
何かを考えるよりも先に、口から言葉が飛び出していた。赤城は「え」と声を漏らして、何かを答えようとしたが、刈谷が横からびしっと箸でこちらを指してきた。
「おまえな、弱みに付け込んで交際を迫るとは、男の風上にも置けないやつだな」
何てことをいう奴だと、仰天して睨みつけたが、ちょっと冷静になってみれば、たしかにこのタイミングでは、そうとれないこともなかった。
「違う、そんなつもりじゃないんだ。黙っておくのと引き換えにとかじゃなくて。その話は、誰にも言わないから」
あわてて釈明すると、赤城は照れくさそうにはにかんで、小さく返事をした。
それがあんまり小声だったので、思わず聞き返そうとしたが、その前に、刈谷が腹立たしそうにお絞りを投げつけてきた。
「痛いな、何するんだ!」
「うるさい、ボケ、お前みたいなデリカシーの無い人間に、色気を出す資格はない!」
「お前にデリカシー云々と言われたくない!」
ぎゃあぎゃあと言い合っていると、横で赤城が可笑しそうに笑った。騒いでいるうちについ聞き返しそびれてしまったが、聞き間違いでなかったら、赤城の言葉は、独りだよ、と聞こえた。
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必須お題:「罠にはめられていたのか」「メイド美容室」「ポスト・ヒューマン」
任意お題:「エロゲマスター」「エロマスター」「這いつくばる」「赤いから三倍だと思ったら、メタボリックでした」「いわゆるニュータイプです」「不覚にもノーパン喫茶を思い出してしまった」「ほくろがはげた」「あんた、メタボだぜ」(使えず)
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