忍者ブログ
小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 某所の三語企画へ出したもの。勢いだけで書くとろくなことがない、という見本。

----------------------------------------
 燈野は才能ある作家である。
 普段はミステリ小説を書くことが多いが、そのときに書きたい題材が降って湧きさえすれば、純文もSFも幻想小説も書くし、興味が向けば歴史大河小説だって書く。何度となく各種の文芸賞をとり、どのジャンルでも注目を浴びている。彼の本を平積みにしていない書店はいまや見つけることが難しいほどだ。
 燈野はいま、ホテルの一室にたいへん高級な部屋を借りて、ひとりきりでノートパソコンに向かっている。まだ彼の目の前のディスプレイには、何も書き込まれていないテキストエディタが開かれ、USBポートには一本のフラッシュメモリが差し込まれているばかりで、その中身は空っぽである。正真正銘、まったくの白紙がそこには広がっている。他にはなにも、下書きやプロットはもちろん、簡単なメモさえも置かれていない。
 作家にはそれぞれの執筆スタイルというものがあり、何年も構想をかためて綿密なプロットを作り、推敲に推敲を重ねて慎重に物語の完成を待つものから、指任せに気ままに筆を動かすものまで、百人作家がいれば百通りの執筆方法があるといっても過言ではない。
 けれど、その中でも燈野の執筆の手順が、かなり特殊な部類に入ることは、まず間違いないだろう。
 彼はまず第一に、喧騒のない仕事場を確保する。たとえば今回のように、それなりの値段のする高級ホテルの一室を予約し、フロントで特に言いつけて、こちらから連絡するまではサーヴィスだろうがベッドメイクだろうが、いっさい彼に接触しないことを申し付けて、何度も念を押す。それから、充分にメンテナンスの行き届いた性能のいいノートパソコンを一台部屋に持ち込む。飲みものだの食糧だのはいらない。着替えも歯ブラシもいらない。そんな雑事にかかずらっている手間こそが、執筆中の彼にとっては、最強最悪の敵なのだ。

 さて、すべての準備が整うと、燈野は一度深呼吸して目を閉じる。これから書こうとしている作品の空気を、これで万全というところまでしっかり捉える。それから目を開くと、テキストエディタの上に、頭の中から振ってくる言葉を、一言一句もらさず、正確にタイプしはじめる。その指の動きは怒涛のようで、多少の緩急はあれ、淀みはない。
 彼はプロットを作らない。すべての謎、伏線と回収、展開、登場人物の心理の推移、台詞回し、行動の微細にいたるまで、何もかもが彼の頭の中にある。
 燈野の作家としての弱点はひとつである。それは、彼の想像力が一度スタートすると、そのストーリイは冒頭の一文字目から、最後の結びの読点にいたるまでの間、まったく休むことなく流れ続けるということだ。その様子はまさに、彼の頭脳というDVDプレイヤーから自動的に放映される一本の映画のようだ。
 彼の頭の放送機器と、普通のDVDプレイヤーとの違いはふたつ。ひとつにはその物語が、映像や音や匂いといった体感や漠然とした空想ではなく、一字一句全てが、文章の形で頭の中に流れてくるという点。ラジオドラマともまた違うのは、それが音声として聞こえているというわけではなく、まさに文字の形でずらずらと燈野の脳裏に浮かぶということだ。
 そして二つ目は、その放送がけして巻き戻すこともコマ送りすることも、一時停止することさえもできないということだ。
 幸いにして、途中で中断することがあっても、書き終えるまでの間は、燈野が一度思いついたストーリイをきれいに忘れてしまうことはない。そのかわり、途中でたった一度でも中断してしまえば、また冒頭の一文字から順を追ってタイプしていくしか方法がないのだ。
 しかも、ただぼうっと座って、頭の中を文章が流れていくのを待って、前回の続きから打ちはじめればよいというものではない。どういうわけか、一度でも手を休めたら最後、途中で我に帰ってタイピングを再開することなど、けしてできはしないのだった。
 つまり、途中でひと息でも休みを入れると、また一からキーボードを叩くほかはないということだ。それでも、最近はまだいい。彼がまだ貧しく、己のパソコンを持たなかった頃は、原稿用紙と万年筆で同じことをやっていたのだから。
 この性質が災いして、燈野は過去の執筆中に脱水症状を起こして、かろうじて自分から外部に電話をかけて救急車を呼ばれたことが五度あった。そのうち二度は臨死体験なのかどうか、可憐な花々の咲き誇る広い川辺を果てしなくさまよった。すでに三度離婚し、四度目の妻ともすでに半年ほど別居中である。
 燈野の見た目は、不細工とまではいわないが、よく言っても平凡、その性格はまったくもって奇矯というほかない。しかし溢れかえる印税の威力か、それとも常人とは何かしら違う彼のオーラが異性の何かを刺激するのであろうか、はたまた謎のフェロモンでも汗腺から分泌されてでもいるのだろうか、何度離婚しても次の女性が言い寄ってくるまでに、一か月と間が空いたためしがない。それでもいまだ彼にひとりも子どもの生まれていないことは、かえって誰もにとって、幸いなのかもしれなかった。

 さて、今回の燈野も体調を整えて、こうしてホテルに籠もって世間から己を隔離し、怒涛のようにその指が物語を紡ぐ間、彼自身は無心になって、ただ一台の機械のように働いている。
 燈野は小説を書き上げる瞬間が、何より好きである。頭のほとんどは、紡いでいる物語を追いかけることに集中しているが、残った僅かな脳の領域で、何十時間後かに待っているであろう喜びの瞬間を予感して、かすかに胸を震わせている。そう、頭の中で組み上げられた全ての物語を一字一句の間違いなくタイプし終え、最後の最後に万感の思いを込めてエンターキーを押す瞬間の、何と心地いいことか。
 今回は、なかなかの長編になりそうだった。勝負はタイプを終えて指を休めるまでの、数十時間だけだ。燈野の辞書に推敲という言葉はなく、彼が書き終えたならばそれは間違いなく完璧であり、何かを付け加えようものなら全てが蛇足になるだろう。
 どこからそのインスピレーションが湧いてくるのか、余人の書評にはさまざまな推測が溢れかえっているが、燈野本人は何ひとつ不思議に思ってはいない。強いて言うならば、常から無意識下で物語世界をシミュレーションしているのだろうと、彼自身は認識している。頭の中に材料を集め、充分な量の素材が集まったら、その材料がどう化学反応を起こし、どういう経過を経て完成形に至るのか、彼の創作に特化した脳が、自動的にシミュレーションを開始する。この作業は日常的に、それこそ毎日の生活の中でなされているのだと思われるが、燈野が意識に上らせるのは、その中でも断片的な一部分に限られる。あとの作業は、おそらくは無意識下で、彼の表層意識の活動を無視して、着々と進んでいる。
 脳に放り込んだ材料が充分でなければ、この試行は途中で停止する。さながらバグの見つかったプログラムのように。
 そのシミュレーションの道のりがじゅうぶんな一定の起伏を抱え、それなりに意外でかつ人の心を捉える結末を迎えられるかどうかは、書く前の燈野には実のところ、明確には判断できない。けれどある瞬間、「書ける」という啓示がやってくる。彼の脳の、燈野自身が表層意識では認識し得ない部分からの電気信号による合図。それが下りてからいざ書いてみれば、茫漠と頭の片隅を占領していただけの妄想の流れは、きちんと一連の小説となっている。
 燈野は自分を、創作するということを本質に持った生物であると自認している。自然の中で女王蜂と働き蜂が完全に分業を行っているように、人間社会の中で創作という一の役割を果たすために特化した個体。燈野の自己認識はつまりそれで、妻も彼の執筆のための資料であり、あるいは生活を助けるための助手、そうでなければ不可解な他者であるという認識に過ぎない。そのような調子で結婚生活が長く続くはずもなく、悪いことに、燈野自身も別にそれならそれでかまわないと思っている節がある。妻に限らない、彼の執筆以外の生活はすべて、創作をするための取材であり、体調を整えるための休養とメンテナンスの日々であり、読者の反応だの評論家の批評だの、過去の文学をはじめとする芸術作品を取り入れ、頭の中で鍋にぐつぐつと似て加工し、自分の作品の肉にするための行程のひとつにすぎないのだ。
 そういう生き方を改めたいとは、燈野は欠片も思っていない。誰か心に瑕のなき――その性質に瑕疵ひとつない人間など、どこにいよう。それでも己の汚点を自覚し、より善きに向かおうとする人々の向上心を、燈野は否定しない。けれど、自分では同じことをしようとはしない。燈野の父親は、才能を花開かせることもなく、失意と無念のうちに若くして世を去った。ひとりの人間に与えられた時間のいかにも短いことを、燈野は充分に承知しており、人生の幸福について考える時間があれば、その情熱を創作に向けることを、やむをえない次善と捉えている。その信念は、彼が作家になることを思い決めた十代の頃から、一度も揺らいでいない。

 さて、今回の燈野が書こうとしているのは、彼の得意分野、ミステリ小説である。ドライな作風が多い燈野にしては珍しく、今回の作品には宗教色が少しばかり入っている。彼の四番目の妻が、いわゆる新興宗教と呼ばれる部類の、都内に事務所を構え最近多額の寄付を募っている団体の、昔からの熱心な教徒であることも、おそらくは無意識のうちに関係しているだろう。今の燈野の妻は、思い詰めやすいタイプであり、また悪いことに、世間一般の女性の平均からすると、ずば抜けた行動力をもっていた。誰がどう聞いても信者から金を巻き上げるばかりの悪質な宗教団体としか思われないそこの教団に、彼女の友人たちを次々と引きずり込む、そのみごとな手腕からも、それがよく知れる。
 妻は最初、燈野を同じ信仰の道に引っ張り込もうとあれこれ画策したが、彼がそのような勧誘ではびくともしない筋金入りの変人であることを知ると、ようやく攻勢の手をゆるめた。また、夫が己の節を曲げてまで、妻に何かしらの手間をかけようというほどの愛情を、心のどこにも一欠けらさえ持ち合わせていないことを知ると、やがて彼の通帳と印鑑を何組か持ち出して、姿を消した。いずれはどこか遠方から、離婚届の用紙でも送ってくるかと思いきや、妻はいまだに燈野への感心を完全に失ったわけではないらしい。ときおり自宅の留守番電話に、罵倒と呪詛の入り混じった燈野あてのメッセージを残している。今も、燈野はまだ気付いていないが、自宅に帰って留守番電話の再生ボタンを押せば、妻のどことなく愉快そうな、思わせぶりな捨て台詞の録音が流れだすはずだ。

 さて、燈野がこの格調高いけれどもどこか薄暗いホテルの一室で、今まさにタイピングをはじめたばかりのこの新作を、そう、あと原稿用紙十枚分ほども先に進めれば、ようやくこの話の主人公が姿を見せるはずだ。それが今の彼の妻によく似た女性であることを、燈野の表層意識はまだ自覚していない。ただ、この小説では探偵ではなく、犯人であることは、今の燈野もおぼろげに察している。
 燈野自身もまだ知らない、これから執筆される小説の中で、主人公はいかに世間と警察の目をくぐりぬけ、他の女たちと共謀して被害者を周到な罠にかけ、誰にも邪魔されることなく彼女の夫を、執念深く丁寧に苦しめて殺してやろうかと、そういう暗い陰謀を画策している。また、計画するばかりではなく、彼女特有の恐ろしいばかりの行動力で、それを実行に移してゆく、そういうストーリーだ。
 書いている燈野は無心だが、その圧倒的な憎悪の描写と、恐るべき執念深い計画は、彼のファンを唸らせ、かならず世間を圧倒するだろう。ラストで殺害される哀れな被害者であるところの、主人公の夫、この登場人物はいっぷう変わった芸術家であり、女を愛せもしないのに次から次へ虚しい結婚を繰り返してきた奇人である。主人公が共謀して彼女の夫を殺すために働きかけようとしている女達というのは、かつて夫に多大なる精神的苦痛を受け、怒りと失意を持ってその芸術家と離婚した過去をもつ彼の前妻たちであるが、燈野はまだあいにくと、そのストーリーの全貌を知らない。いや、彼の無意識という無明の闇の中ではすでに完成しているものと思われるが、まだ肝心の第一回目の放送は今まだ始まったばかりで、燈野の表層意識がストーリーの全貌を理解するのは、これからまだ数十時間は先のことだ。

----------------------------------------
必須お題:「エンターキー」「隔離」「無明」

任意お題:「忘れたくない心の痛みがある」「誰か心に瑕のなき」「時計は八時二十一分を指している」「ぶらざー」「廃校」(ほぼ使用できず)

拍手

PR
この記事にコメントする
Name
Title
Color
E-Mail
URL
Comment
Password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
TrackbackURL:
プロフィール
HN:
朝陽 遥(アサヒ ハルカ)
HP:
性別:
非公開
自己紹介:
朝陽遥(アサヒ ハルカ)またはHAL.Aの名義であちこち出没します。お気軽にかまってやっていただけるとうれしいです。詳しくはこちらから
拍手コメントをいただいた場合は、お名前をださずにブログ記事内で返信させていただいております。もしも返信がご迷惑になる場合は、お手数ですがコメント中に一言書き添えていただければ幸いです。
twitter
ブクログ
ラノベ以外の本棚

ラノベ棚
フォローお気軽にどうぞ。
最新CM
[01/18 スタッフ]
[05/26 中村 恵]
[05/04 中村 恵]
[02/04 隠れファン]
アーカイブ
ブログ内検索
メールフォーム
約1000文字まで送れます。 お気軽にかまってやってください。
カウンター
忍者ブログ [PR]