小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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某所の即興三語に提出した切れ端的なアレです。お題と制限のおかげで(?)、微妙に同性愛的(百合)表現が含まれています。性的描写はありませんが、苦手な方はご注意ください。
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緩やかな坂道を、ゆっくりと登る。先に行く栞を、少し遅れて見上げるようにしながら、深雪は風に乱れる髪を押さえた。
舗装されず、土がむき出しになったままの道の両脇には、刈り入れを目の前にした田が広がっている。見渡す限りの金の稲穂が風に弄られ、潮騒に似た音を立てた。路傍に咲き乱れる、血の色の彼岸花。その赤色は鮮やか過ぎて、深雪には不吉なように思われた。
けれど栞は気にならないようで、白い手を伸ばして花弁を撫でると、「きれい」と呟いて、そっと微笑んだ。栞がそう言った途端、深雪の目にも、先ほどまで禍々しいような気のしていた彼岸花の群生が、この上なく美しいものに見えた。栞の透き通るような儚い笑顔。その薄い色の瞳が、金色の夕陽に透けて、深雪の目には、澄んだ琥珀色に映った。
いつのことだっただろう、路傍に咲いた可憐な花を見て「きれいね」と笑った栞を、なんとかもっと喜ばせようと思った深雪は、その花をそっと手折って渡した。けれど、栞は悲しそうに目を曇らせて、俯いた。花が可哀相だと、そういう表情だった。
けれど好意から花を差し出した深雪に悪いと思ったのだろう、栞はひと言も責めずに顔を上げ、「ありがとう」と微笑んだ。そのときに深い後悔とともに胸に刻んだ教訓を、深雪はいつだって忘れていない。そっと花々を慈しむ栞を、いまは少し離れたところから眺めて、ただ目を細めている。
頭上高く、轟音が聞こえる。栞が帽子を押さえ、空を仰いだ。滑走路から飛び立ったばかりの飛行機が、空の低いところを駆け抜けていく。あとに残される、ひとすじの飛行機雲。
天頂近くはよく晴れ渡って、うすい群青色の空が広がっているが、正面の空の端にはふわふわと毛羽立ったような雲がかかっている。その夕陽に金色に染まるようすが、宗教画の天使の翼のような、荘厳な色合いになっていた。深雪の位置からはちょうど、振り返る栞の背中に、金色の羽根が生えているように見える。
眩しく目を細める深雪に、栞は笑いかけて、少し大きな声で言った。「明日もよく晴れそうね」
栞の履いている柔らかな襞のスカートが、ふわりと風に翻って、細い脛が垣間見える。その白さにどきりとして、深雪は不自然にならないように目を逸らした。「そうだね」
晴れだろうと雨だろうと、栞とともに居られるのなら、どちらでも構わなかった。けれど、栞がそれで喜ぶのなら、晴れるといい。
栞の履いている白い靴が、軽やかに跳ねて、坂を駆け上がる。栞は坂の頂上に立って、眼下の光景を見下ろした。ちょうどそこからは、眼下に夕陽に染まる稲穂の海と、長く続く舗装されない畦道の脇に咲き群れる彼岸花、遠くの家々が、見渡す限りに広がっているはずだった。何度もふたりで見た光景だ。
深雪はわざと、ゆっくりと坂を上った。栞がそこで自分を待ってくれているのが嬉しく、一緒に帰る時間を、少しでも引き延ばしたかった。
叶うことなら、明日も明後日も十年後も、こうしてずっとそばに居られたらいいのにと、何千回目かで深雪は思った。風に吹かれる稲穂の海の真ん中で、陽射しを避けて涼む木陰の下で、柔らかな笑い声に包まれる穏やかな食卓のそばで、いつも栞が笑っていられるといい。悲しい出来事など、栞の上にはひとつも降らないといい。
そう思う同じ心の片方で、深雪は苦痛に引き裂かれそうになっている。あの白い腕を引き寄せて、この腕の中に抱き寄せてみたい。柔らかな栗色の髪をこの手で梳いてみたい。薄く青白い血管の透ける瞼も、少し興奮するとすぐに桃色に染まる頬も、口紅も引かないのに薔薇色に輝く薄い唇も、全部自分のものにできたらいいのに。馬鹿げた思いだと、何度打ち消しても、何度も何度も繰り返し思う。いつかその全てが、知らない男のものになってしまうのだろうと、それを思うたびに、身が引き裂かれるように辛い。
けれど、思うだけだ。現実味のない、馬鹿げた空想。こんな劣情を抱いていると、当の栞に知られれば、とても生きてはいかれない。
歌うように、稲穂が風にざわめく。雁の群れが、遠くの空を行き過ぎる。夕陽はゆっくりと沈もうとしている。家に帰らなければならない。
栞は風景を見下ろして、世界の全てをいとおしむような柔らかい目をしている。それは、世界に満ち溢れる醜いものの存在など知りもしないかのような、ひどく幻想的な表情に見えた。この眼差しが栞から失われる日など、永遠に来なければいいと、深雪は強く願った。
歩みの鈍くなりがちな深雪を訝しく思ったのか、栞が振り返って、微かに首をかしげた。
けしてともに叶うことのない二つの思いを胸のうちに押し込めて、深雪は精一杯やわらかく微笑んだ。栞が心配して、顔を曇らせることのないように。
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必須お題:「彼岸花」「滑走路」「劣情」
縛り:「登場キャラクターの生物学的な性別を一方のみにする」「天候の描写をいれる」「主人公が将来に絶望する描写を入れる」
任意お題:「定年退職」「どうやっていたのか忘れました」「じいちゃんが呼んでる」(使用できず)
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緩やかな坂道を、ゆっくりと登る。先に行く栞を、少し遅れて見上げるようにしながら、深雪は風に乱れる髪を押さえた。
舗装されず、土がむき出しになったままの道の両脇には、刈り入れを目の前にした田が広がっている。見渡す限りの金の稲穂が風に弄られ、潮騒に似た音を立てた。路傍に咲き乱れる、血の色の彼岸花。その赤色は鮮やか過ぎて、深雪には不吉なように思われた。
けれど栞は気にならないようで、白い手を伸ばして花弁を撫でると、「きれい」と呟いて、そっと微笑んだ。栞がそう言った途端、深雪の目にも、先ほどまで禍々しいような気のしていた彼岸花の群生が、この上なく美しいものに見えた。栞の透き通るような儚い笑顔。その薄い色の瞳が、金色の夕陽に透けて、深雪の目には、澄んだ琥珀色に映った。
いつのことだっただろう、路傍に咲いた可憐な花を見て「きれいね」と笑った栞を、なんとかもっと喜ばせようと思った深雪は、その花をそっと手折って渡した。けれど、栞は悲しそうに目を曇らせて、俯いた。花が可哀相だと、そういう表情だった。
けれど好意から花を差し出した深雪に悪いと思ったのだろう、栞はひと言も責めずに顔を上げ、「ありがとう」と微笑んだ。そのときに深い後悔とともに胸に刻んだ教訓を、深雪はいつだって忘れていない。そっと花々を慈しむ栞を、いまは少し離れたところから眺めて、ただ目を細めている。
頭上高く、轟音が聞こえる。栞が帽子を押さえ、空を仰いだ。滑走路から飛び立ったばかりの飛行機が、空の低いところを駆け抜けていく。あとに残される、ひとすじの飛行機雲。
天頂近くはよく晴れ渡って、うすい群青色の空が広がっているが、正面の空の端にはふわふわと毛羽立ったような雲がかかっている。その夕陽に金色に染まるようすが、宗教画の天使の翼のような、荘厳な色合いになっていた。深雪の位置からはちょうど、振り返る栞の背中に、金色の羽根が生えているように見える。
眩しく目を細める深雪に、栞は笑いかけて、少し大きな声で言った。「明日もよく晴れそうね」
栞の履いている柔らかな襞のスカートが、ふわりと風に翻って、細い脛が垣間見える。その白さにどきりとして、深雪は不自然にならないように目を逸らした。「そうだね」
晴れだろうと雨だろうと、栞とともに居られるのなら、どちらでも構わなかった。けれど、栞がそれで喜ぶのなら、晴れるといい。
栞の履いている白い靴が、軽やかに跳ねて、坂を駆け上がる。栞は坂の頂上に立って、眼下の光景を見下ろした。ちょうどそこからは、眼下に夕陽に染まる稲穂の海と、長く続く舗装されない畦道の脇に咲き群れる彼岸花、遠くの家々が、見渡す限りに広がっているはずだった。何度もふたりで見た光景だ。
深雪はわざと、ゆっくりと坂を上った。栞がそこで自分を待ってくれているのが嬉しく、一緒に帰る時間を、少しでも引き延ばしたかった。
叶うことなら、明日も明後日も十年後も、こうしてずっとそばに居られたらいいのにと、何千回目かで深雪は思った。風に吹かれる稲穂の海の真ん中で、陽射しを避けて涼む木陰の下で、柔らかな笑い声に包まれる穏やかな食卓のそばで、いつも栞が笑っていられるといい。悲しい出来事など、栞の上にはひとつも降らないといい。
そう思う同じ心の片方で、深雪は苦痛に引き裂かれそうになっている。あの白い腕を引き寄せて、この腕の中に抱き寄せてみたい。柔らかな栗色の髪をこの手で梳いてみたい。薄く青白い血管の透ける瞼も、少し興奮するとすぐに桃色に染まる頬も、口紅も引かないのに薔薇色に輝く薄い唇も、全部自分のものにできたらいいのに。馬鹿げた思いだと、何度打ち消しても、何度も何度も繰り返し思う。いつかその全てが、知らない男のものになってしまうのだろうと、それを思うたびに、身が引き裂かれるように辛い。
けれど、思うだけだ。現実味のない、馬鹿げた空想。こんな劣情を抱いていると、当の栞に知られれば、とても生きてはいかれない。
歌うように、稲穂が風にざわめく。雁の群れが、遠くの空を行き過ぎる。夕陽はゆっくりと沈もうとしている。家に帰らなければならない。
栞は風景を見下ろして、世界の全てをいとおしむような柔らかい目をしている。それは、世界に満ち溢れる醜いものの存在など知りもしないかのような、ひどく幻想的な表情に見えた。この眼差しが栞から失われる日など、永遠に来なければいいと、深雪は強く願った。
歩みの鈍くなりがちな深雪を訝しく思ったのか、栞が振り返って、微かに首をかしげた。
けしてともに叶うことのない二つの思いを胸のうちに押し込めて、深雪は精一杯やわらかく微笑んだ。栞が心配して、顔を曇らせることのないように。
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朝陽 遥(アサヒ ハルカ)
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