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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 某所の60分即興三語で書いたあと、出来があまりにひどくて放置していたのを、いまさら手直しして掲載。手直ししてもまだひどい。けれど、そういうときのためにわざわざ「小説未満」カテゴリを作って、トップのお知らせにのせずにどんどんログ流すようにしたんだった! とようやく思い出したので、一応載せておきます。
 そんな感じの小説のきれっぱしみたいなやつが、実はけっこう眠ってるので、ぼちぼちこそっとUPするだけして、日記でどんどん流してしまおう……
 ということで、お暇なかただけお付き合いいただければ。(※出来はしょぼいです。しかも暗いです。)

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 黒い影のようなビルの谷間にのぞく空をひたひたと染めつつある宵闇には未だ星も瞬かない。その空を背景に何重にも交差する真っ黒な電線の弛みを目の痛くなるほどじっと見つめ続けていると、だんだんとその奇怪なシルエットが巨大な蜘蛛の化け物が巣を貼ろうと蠢く手始めの縦糸なのではないかという、そんな妙な妄想にとり憑かれてくる。
 妄想は時間の経過とともに進行し、巨大蜘蛛の黒々とした醜悪な造形であるとか、脚の一本一本に生える棘の乾いた質感であるとか、そういったことがまるでこの手で触れたことでもあるかのように、生々しく想起される。悪いことに、その馬鹿げた空想を何度も何度も頭の中で再生するうちに、だんだんとそれが自分の頭の中で作り出された空想であることも忘れ、いかにももっともらしく近い将来に我が身に降りかかってくる災難であるかのように思われてくるのだった。
 始終狭い部屋のささくれた畳の上に転がり、そのささくれが肌の柔らかい所に刺さる感触に何度と無く苛々しながら、誰かを呼んでそれを張り替える気力も無く、ただ無気力に毎日毎日、汚れた硝子越しの町と空だけを眺め続けるという、この状況こそが、病んだ頭に不愉快な妄想ばかりを次々に生み出す諸悪の根源のようにも思われ、けれど外の空気など思えば長いこと吸っておらず、そうしているうちにこの身体が閉ざされた空間に順応し、その結果、自分の体はすでに外の空気にはまったく適応できなくなっているのではないかという、何の根拠も無いのにやたらと強い予感が圧し掛かってきて、頭の片隅ではそんな馬鹿げたことがあるものかと思い、一方では、玄関から一歩を踏み出し生ぬるい夜気を一息吸うだけで、内臓の一つ一つ、細胞の一つ一つが拒絶反応を起こし、世界に満ちる種々の細菌にもあっという間に感染し、やがてはさまざまな合併症を起こして、速やかに苦痛と死の恐怖の中に自分を落とし込むに違いないと、そんな風に囁く声がする。
 それでもときどき思い出したように、胸の底を掻き毟る途方も無い寂しさに襲われて、閉じたままの窓から下を見下ろすけれど、四階の窓から眼下に見る人々は遠く小さく忙しなく、硝子の汚れに歪んで見えて、欲得にまみれてひっきりなしに行ったり来たりするその姿は、塵芥に等しいように思われる。そうしてみても寂しさなどひとつも癒えはせず、激しく燃え上がった孤独の念が、やがて燃料を失い、燻って胸底で小さな熾き火に戻るまで、じっと息を潜めてうずくまっているほかない。
 いったいどれほどの間、こうして閉じこもって、埒もない妄想だけを相手に過ごしているのか、たまに思い立って数えてみようとしても、もううまくいかず、それが百日や二百日のことではないことだけがおぼろげに分かる。かといって十年も昔からそうしているはずもないのだが、そう思う端から、果たして本当にそうだっただろうかという気もしてくる。生まれたときからずっと自分はここでこうしているのではないだろうか。そんなはずはない、かつては自分もこの部屋の外で、外気に触れ、他の大人や子どもらと口も聞き、世界にひしめき合う多様なものにこの手を触れて生きていたはずだ。学校にも通った、人並みに買い物もしたし、乗客でひしめきあう電車に揺られて何をしにいくのか分からない会社にせっせと毎日通勤した時期もあった。膚に触れる乾いた風も、突然振り出した雨にしとどに濡れた服が肌に張り付く感触も、近所の家の炊飯の匂いも、ちゃんとひとつずつ、身体で覚えている。この時期のこの時間であれば、昼に焼かれた熱の名残りを残すアスファルトに手をついたときの、小石が汗で掌に貼り付いてくる感触であるとか、頭上にまとわりついてくる細かい虫を手で払いのけたときの、小さな羽虫のあいまいな手触りであるとか、ときおりぶうんと大きな音を立てて顔にぶつかってくる昆虫の、キチン質の硬い感触であるとか、そうしたものの一つ一つを、生々しいほどにはっきりと記憶している。
 けれど、その感触をよすがにしようと何度も反芻するうちに、思えば自分は妄想の中の巨大蜘蛛の脚の感触でさえ、この手で触れたもののように感じているではないかと、そういういらないことに思いあたり、ふと、この世界の何もかもが己の幻覚であるのだという、思わぬほどに甘い想像の声に抗いきれなくなる。世界の何もかもが嘘で、この小さな箱のような汚い部屋だけが全てで、部屋を出ても、誰も本当にはそこにいない。誰もいない……

 じっと目を凝らしていた空に、ようやくいくつか星が瞬きだす。いかにも脆く儚い、弱々しい光だ。年々、空に見る星の数が減っているかのように思える。深夜になってもそこに見られる星の数は少なく、こんなはずはなかった、昔はもっとたくさんの星々が夜空にひしめきあっていたはずだという思いが強くなってくる。蜘蛛の怪物が夜毎にひとつずつ星を食べてしまうに違いないと、ふと埒もないことを思いつき、なんて馬鹿みたいな、厭な空想だと思う端から、段々とそのほうがいいというような気がしてくる。このちっぽけな町に蠢く人間の数が年々増えてゆき、その一人ひとりが得意げに夜通し馬鹿げた灯りをともして、頭上の空から星を一つ残らず駆逐しようとしているのだと、そういう考えにくらべれば、まだしも奇怪な妄想の怪物が世界に現出し、星を喰らって日に日に成長しているのだというほうが、いくらかましに思えた。

 部屋は暗い。日が暮れてしまえば、ぼんやりとものの影が見えるばかりになる。蛍光灯は切れたまま、もうずっと替えていない。たまに食糧を置いていく人間がいて、誰だったかよく思い出せないのだが、自分の身内か知己か、そうでなければ善意か義務か契約に縛られた誰かだろうか、初老の女が二日か三日に一度、合鍵で部屋に入ってきては、こちらとはいっさい口もきかず、目を合わせることもなく、何かしらの食べられるものを置き、洗濯物を入れ替え、ゴミを持ち出して、沈黙のうちに出ていく。
 老女の目に感情を見出すのが恐ろしくて、彼女がいる間はけしてその方向を直視することはなく、せいぜいがちらりと横目に垣間見るばかりなのだが、ともかく彼女も狂人の部屋に長居したくは無いのだろう、掃除は一度もしたことがない。昼間にしかやって来ないから、蛍光灯が切れていることにも気付いていないだろう。彼女は生ゴミが腐っていようといまいと、何もかもを厚手のビニール袋に放り込んで、二度と外にもれ出てくることのないようにきつく口を縛ると、がさりという音も立てないで、すみやかに外に運び出してしまう。掃除らしい掃除といえばそればかりだ。おかげで部屋はいつも汚く、埃は厚い層になってそこらに積もっているが、一応はまだ壊れていない掃除機があり、電気自体が通っていないわけではないから、ごくまれに気分のいい日には、自分でも掃除の真似事をしてみる。窓は開けられないため、そのたびにもうもうと埃が舞い、けれど外の空気を吸うくらいなら、埃を肺に入れて別の病気にでもなったほうがましだと思う。毎回のように思う。
 もう長いことそういう習慣のもとに過ごしているというのに、老女が静かに、ドアを開ける軋んだ音以外にはかすかな足音ひとつたてず、そうっと用を済ませて去っていくばかりで、ひと言も口を聞かないものだから、もしかするとこの老女も自分の幻覚なのではないかと思えてくる日もある。それでもこうして自分が彼女の持って来た食糧を食べ、一歩も外にでないのに、いまだに生きながらえている以上は、あの人間はおそらく幻覚ではないのだろう。理屈ではそう思う。腑に落ちるほどの確信がもてたことはない。

 隣の部屋にはどうやら、そう若くも無い女が一人、住んでいるらしい。顔を見たこともないから確かめようもないが、声だけは日に数度、聞こえてくる。上の階にも反対がわの隣戸にも、きっと他は誰も住んでいないのだろう、これまでこそりという物音一つ聴いたこともない。
 かつてはこの部屋と外界を繋ぐ役割をかろうじて果たしてくれていたはずのテレビは、妄想に錯乱した自分自身の手で壊してしまって久しい。テレビから小さな無数の人々が飛び出して、この部屋を大軍で占拠してしまうのではないかと思い始めると、途端に己の幻覚に耐えられなくなったのだった。分厚いブラウン管の、旧式のテレビを、すっかり衰えて骨ばかりのような腕でどうにか持ち上げて、よろめきながら何度か床に叩きつけると、画面には何も映らなくなった。その残骸は今も部屋の片隅に積んであるけれど、今度は、罅の入ったブラウン管の隙間から細かい虫が這い出てくるという妄想に駆られるので、こんなことなら壊さないほうがマシだったと、何度も思った。
 ともかくテレビを壊したおかげで、近ごろ耳にする物音と言えば、遠くを忙しなげに奔る電車の鳴らす甲高い警笛、車輪が轍を噛むごとんごとんという低い響きと、車のクラクションの音、思い出したようにたまに響く救急車だかパトカーだかのサイレン、そうでなければ隣の女の奇声くらいのものだ。
 今日も隣の女は上機嫌で、声高らかに歌っている。今日のお気に入りはCMソングのようだった。昔、少なくともまだテレビを観る習慣があった程度には昔に、よく流れていたスナック菓子のコマーシャルに使われていた覚えがある。女の声そのものは美しいのだが、如何せん調子は外れっぱなし、歌詞はでたらめ、それもそのときに気に入ったらしい歌の同じフレーズを、ひたすら何百回も何千回も繰りかえし歌ってくれるものだから、女の歌が始まるなり、こちらは始終苛々していなくてはならない。
 こちらの気も知らず、女は上機嫌に歌いつづけている。
 徐々に苛立ちは募り、やがては数分おきに爆発しそうになり、怒鳴り声を上げる寸前で、結局は思いとどまる。いつもそうだ、たまには癇癪を起こして壁を殴りつけたって罰は当たるまいと思うけれど、その結果何がしかの面倒が起きて、たとえば警察沙汰とか、そういういざこざで外に出なくてはならなくなる可能性を思うと、気力はすぐに萎える。
 そうしていつも、気付けば深更まで女の調子外れの歌声にしっかりと聴き入った挙げ句、何かを考えるのも面倒になって、とっくに止んだ女の声がまだ自分の脳内でリフレインされつづけていることに気付いて、いつから女は歌い止んでいたのかと思うと、自分の正気がどの程度残されているのかという不安が、急に鎌首をもたげてくる。どこまでが実際に女が歌っていた声で、どこからが自分の幻聴なのか。もう、よく分からない。
 それとも初めから、隣戸の女など自分の妄想の産物で、歌も全て幻聴だろうか。わからない。幻覚は日々侵攻してくる。目に映るものが、耳に聞こえる音が、自分の妄想だとはっきり認識しているときもあれば、現実なのか幻覚なのか、それとも夢の中に居るのか、まるで分からなくなっているときもある。
 狂ったように女が歌うCMソングをBGMに、短い手足と顔の生えた三角のスナック菓子がひょっこりと部屋の隅にあらわれ、耳障りな笑い声を立てて、自由に壁を駆け回る。はじめは一匹しかいなかったそいつが、いつの間にか二匹、三匹と姿をあらわし、それぞれが南国を思わせる奇抜なファッションに身を固め、そのうちの一体は手にはウクレレさえ持って、夏の陽射し眩しい海岸を踊りながら走りまわり、通り掛かった女子高校生にまとわりついて、プリーツの多い制服の裾を捲り上げてははしゃいだ声を上げて、怒り狂った女子高生に、海に突き落とされて、黄色い身体が溶けていく。溶けていきながら、まだけたけたと笑っている。女子高生は怒って、拳を振り上げる。
 目を開けるとあたりは真っ暗だった。今日も女の歌う再現のない歌を聞きながら、夢の世界に滑り込んでいたらしい。
 いつの間にか、女の住む部屋の側の壁に耳を当てるように凭れていた。初めてのことではない。女の歌をいつも忌々しく思いながら、それでも人恋しいらしく、狂った女の狂った歌声でも、何も聞こえないよりは寂しさがまぎれるとでもいうのだろうか、気付けばよくこうしていることがあった。
 女はとっくに歌い止み、暗闇に沈んだ部屋には手足を生やして走り回るスナック菓子の幻覚などなく、ただの夢だったのだろうけれど、その夢の中身が女子高生のスカートの中身であったことを思い出したとたん、無意識に自分の喉から笑いが漏れて、自分のそのくつくつという笑い声が響いたことに、ひとりでびくりとした。おもわず息を潜めて、周囲の部屋の物音をうかがう。
 それにしても可笑しい、まだ自分の中にそんな欲求があったのか。もっとずっと前には、女の裸でも瞼の裏に浮かべていたこともあったけれど、このところの妄想や幻覚の行方は、ほとんど脳内ででっちあげた怪物だったり、暗闇に侵食されていく星の宿命だったり、行ったことも無い遠い場所の海や空や宇宙のことだったりして、その対象は日を追って、人間から遠ざかっていた。
 まさかこちらの笑い声が聞こえたわけでもあるまいが、止んでいた女の歌がふいに再開して、どきりとする。
 歌はもう、狂ったような音階のCMソングではなかった。はっとするほど高く澄んだ声、どこかで聞いたことのある懐かしいメロディー。恋人において逝かれた女の、もう居ない相手への募る想いを歌う、いつか流行ったもう時代遅れの歌。夜更けの闇を切り裂くような、澄んだ真っ直ぐな声。

 どういう加減か、今日に限って締め切った窓のどこかから、かすかに夜の匂いが忍び込んでくる。不思議と穏やかな心持ちになって、鼻を動かす。思ったほど、その空気の流れは、恐ろしくはなかった。
 硝子越しの外に目を凝らせば、暗く沈んだ空には、星が燦々と輝いている。その数は昔の記憶には遠く及ばないが、まだ喰らいつくされてはいなかったらしい。
 もう一度目を閉じて、耳を澄ます。女はまだ歌っている。

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