小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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らーららーと、声はきれいなのに、どこか間の抜けた調子の歌が、青い空に吸い込まれていく。風がざあっと吹いて、丘じゅうの草をいっせいになぎ倒す。その音をBGMに、エイミは上機嫌で歌っている。細い赤毛が風に絡まって、抜けるような蒼穹によく映えた。
能天気な歌声だなあと、その後ろに従って歩きながら、ジョウイは思った。エイミはくるくると踊りながら、器用に丘に駆け上っていく。
「ああ、素敵だったわねえ!」
くるりと振り返ったエイミが、眩しいような笑顔で言った。朝から見に行った歌劇のことだ。宮廷ロマンス、姫君と若き騎士の、秘められた恋の物語に、エイミはすっかりお熱だった。
「そうか?」ジョウイは顔を顰めた。どこが素敵だったのか、正直にいって理解しがたかった。「あんな男のどこがいいんだ」
「あら、格好よかったじゃない!」
若い騎士を演じた俳優の顔は、たしかにジョウイから見ても色男だった。が、ジョウイに言わせれば騎士はあまりにも優柔不断で、何をするにも大げさで口先ばかりで、まったく頼りにならないように見えた。
「何であんなに大騒ぎするのか、わからない」
生きるの死ぬの、あなたのいない人生なんて太陽を失ったようなものだと、大騒ぎしておきながら、騎士は嘆いてばかりで、長いことぐずぐず行動を起こさなかった。そんなに言うならさっさと姫君をさらって逃げればいいのに、女々しいやつだと、ジョウイは呆れて俳優の大仰な身振りを眺めていたが、その隣でエイミは、目を潤ませて感動していた。
「家や財産よりも好きな相手が大事なら、さっさと連れて逃げればいいし、そうじゃないなら、あきらめればいい。そうだろ?」
「もう、つまらない子ね。あんなに素敵な劇を観たのに、ロマンチックなことのひとつも言えないの?」
くるりと振り返って、エイミが頬を膨らませた。
それじゃあと、ジョウイは小さな溜め息をついて、エイミの足元に跪いて見せた。手をとり、手の甲にキスの真似事をする。
「――『たとえ太陽が消えうせ、世界が闇に包まれようとも』」
ジョウイが歌劇のセリフをきれいに真似て、エイミの榛色の瞳を見つめると、エイミはひと息のあとに、真っ赤になった。
「な、な、な」
エイミは口をぱくぱくさせた。肩がわなわなと震えている。ちょっとからかったくらいで、そんなに怒らなくてもいいのにと、ジョウイは呆れて立ち上がった。
ふと、辺りが翳って、ジョウイは空を見上げた。
雲がでてきたのかと思ったが、そうではなかった。「エイミ、見ろよ」
ジョウイが指差した空では、太陽がゆっくりと欠けようとしていた。月が夜毎に満ち欠けするのを、早回しで見ているような光景だった。
「うそ……何、あれ」
エイミが息を呑んで、思わずといったようすでジョウイの腕にしがみついた。
日食だった。珍しいなと言いかけて、ジョウイは思いとどまった。エイミが日食を知らないのなら少しからかってやろうという気分になったのだ。
いい気分で見下ろすと、太陽を仰ぐエイミの横顔はこの世の終わりでもやってきたかのように蒼褪めていた。
ばつの悪いような気がして、ジョウイはエイミの頭をぽんぽんと叩いた。「日食だよ。太陽に月が重なって、欠けてるように見えるだけだ」
「日食?」
エイミは本当に知らないようだった。麓の初等学校で習ったはずだったが、休みがちだったせいで、その授業を聞き逃したのか。
「昔も、一回あったよ。お前が五つのときだったかな、覚えてないか」
「うそ、初めて見るわ」
エイミは呆然と頭上を仰いでいる。食は進み、太陽の八割ほどが隠れただろうか。
「そんなにじっと見てると、目を傷めるぞ」
ジョウイは忠告して、エイミの手を引いた。はっとしてエイミは周囲を見渡した。空の端、地平線のあたりが、夕焼けのように赤く染まっている。
「不思議ねえ……!」
エイミは、さきほどまでの恐怖はどこへやら、うっとりとその光景を見つめている。
やがて、窓を閉ざすように速やかに、夜のような暗闇が訪れた。皆既日食だ。
ふたりはあらためて空を見上げた。本物の夜ほどではないが、天には星が瞬いている。エイミは再び怯えた顔になってジョウイを見上げたが、手を握ってやると、すぐに落ち着いて、もう一度隠れた太陽に目を戻した。
授業で写真を見たことがあったが、本物の皆既日食はジョウイにも初めてだった。前に見たときは、太陽の八割ほどが三日月状に欠けていた。そう、麓の学校から家に歩いて帰る途中のことだった。ジョウイは空を見上げながら、エイミにもこの光景を見せてやりたいと思って……。
ジョウイは思い出した。ちょうどそのとき、エイミは熱を出して寝込んでいたのだ。見ていないはずだ。
やがて、黒い円の縁に、きらりとまばゆい光が灯った。太陽が、戻ろうとしている。
「きれい……」
その声音に、なぜかどきりとして、ジョウイはエイミの横顔に見とれた。目線が外せない。頭上にはせっかくめったに見ることの出来ない貴重な光景が広がっているというのに、食の後半、ジョウイはほとんどずっと、エイミのうっとりとした横顔に釘付けになっていた。
「ああ、素敵だったわねえ」
エイミは上機嫌にくるくる回っている。赤毛を風に翻らせて踊りながら、器用に丘を登っていく。
「次は、いつあるのかしらね」
「さあ」
ジョウイはつっけんどんに言うと、ぷいと視線を逸らした。なぜだかやけに気恥ずかしかった。
「次も、一緒に見られるといいわね!」
エイミはそんなジョウイの態度を気にするでもなく、晴れやかに笑うと、広がる無窮の青空を背に、ジョウイに手を差し伸べた。
----------------------------------------
▲必須お題
「能天気な歌声」「青い空」「皆既日食」
▲縛り
「少女を出す」「登場人物が踊っている」
*努力目標で「牧歌的に仕上げる」
▲任意お題
「たとえ太陽が消えうせ、世界が闇に包まれようとも」「おおおお」(使えず)
能天気な歌声だなあと、その後ろに従って歩きながら、ジョウイは思った。エイミはくるくると踊りながら、器用に丘に駆け上っていく。
「ああ、素敵だったわねえ!」
くるりと振り返ったエイミが、眩しいような笑顔で言った。朝から見に行った歌劇のことだ。宮廷ロマンス、姫君と若き騎士の、秘められた恋の物語に、エイミはすっかりお熱だった。
「そうか?」ジョウイは顔を顰めた。どこが素敵だったのか、正直にいって理解しがたかった。「あんな男のどこがいいんだ」
「あら、格好よかったじゃない!」
若い騎士を演じた俳優の顔は、たしかにジョウイから見ても色男だった。が、ジョウイに言わせれば騎士はあまりにも優柔不断で、何をするにも大げさで口先ばかりで、まったく頼りにならないように見えた。
「何であんなに大騒ぎするのか、わからない」
生きるの死ぬの、あなたのいない人生なんて太陽を失ったようなものだと、大騒ぎしておきながら、騎士は嘆いてばかりで、長いことぐずぐず行動を起こさなかった。そんなに言うならさっさと姫君をさらって逃げればいいのに、女々しいやつだと、ジョウイは呆れて俳優の大仰な身振りを眺めていたが、その隣でエイミは、目を潤ませて感動していた。
「家や財産よりも好きな相手が大事なら、さっさと連れて逃げればいいし、そうじゃないなら、あきらめればいい。そうだろ?」
「もう、つまらない子ね。あんなに素敵な劇を観たのに、ロマンチックなことのひとつも言えないの?」
くるりと振り返って、エイミが頬を膨らませた。
それじゃあと、ジョウイは小さな溜め息をついて、エイミの足元に跪いて見せた。手をとり、手の甲にキスの真似事をする。
「――『たとえ太陽が消えうせ、世界が闇に包まれようとも』」
ジョウイが歌劇のセリフをきれいに真似て、エイミの榛色の瞳を見つめると、エイミはひと息のあとに、真っ赤になった。
「な、な、な」
エイミは口をぱくぱくさせた。肩がわなわなと震えている。ちょっとからかったくらいで、そんなに怒らなくてもいいのにと、ジョウイは呆れて立ち上がった。
ふと、辺りが翳って、ジョウイは空を見上げた。
雲がでてきたのかと思ったが、そうではなかった。「エイミ、見ろよ」
ジョウイが指差した空では、太陽がゆっくりと欠けようとしていた。月が夜毎に満ち欠けするのを、早回しで見ているような光景だった。
「うそ……何、あれ」
エイミが息を呑んで、思わずといったようすでジョウイの腕にしがみついた。
日食だった。珍しいなと言いかけて、ジョウイは思いとどまった。エイミが日食を知らないのなら少しからかってやろうという気分になったのだ。
いい気分で見下ろすと、太陽を仰ぐエイミの横顔はこの世の終わりでもやってきたかのように蒼褪めていた。
ばつの悪いような気がして、ジョウイはエイミの頭をぽんぽんと叩いた。「日食だよ。太陽に月が重なって、欠けてるように見えるだけだ」
「日食?」
エイミは本当に知らないようだった。麓の初等学校で習ったはずだったが、休みがちだったせいで、その授業を聞き逃したのか。
「昔も、一回あったよ。お前が五つのときだったかな、覚えてないか」
「うそ、初めて見るわ」
エイミは呆然と頭上を仰いでいる。食は進み、太陽の八割ほどが隠れただろうか。
「そんなにじっと見てると、目を傷めるぞ」
ジョウイは忠告して、エイミの手を引いた。はっとしてエイミは周囲を見渡した。空の端、地平線のあたりが、夕焼けのように赤く染まっている。
「不思議ねえ……!」
エイミは、さきほどまでの恐怖はどこへやら、うっとりとその光景を見つめている。
やがて、窓を閉ざすように速やかに、夜のような暗闇が訪れた。皆既日食だ。
ふたりはあらためて空を見上げた。本物の夜ほどではないが、天には星が瞬いている。エイミは再び怯えた顔になってジョウイを見上げたが、手を握ってやると、すぐに落ち着いて、もう一度隠れた太陽に目を戻した。
授業で写真を見たことがあったが、本物の皆既日食はジョウイにも初めてだった。前に見たときは、太陽の八割ほどが三日月状に欠けていた。そう、麓の学校から家に歩いて帰る途中のことだった。ジョウイは空を見上げながら、エイミにもこの光景を見せてやりたいと思って……。
ジョウイは思い出した。ちょうどそのとき、エイミは熱を出して寝込んでいたのだ。見ていないはずだ。
やがて、黒い円の縁に、きらりとまばゆい光が灯った。太陽が、戻ろうとしている。
「きれい……」
その声音に、なぜかどきりとして、ジョウイはエイミの横顔に見とれた。目線が外せない。頭上にはせっかくめったに見ることの出来ない貴重な光景が広がっているというのに、食の後半、ジョウイはほとんどずっと、エイミのうっとりとした横顔に釘付けになっていた。
「ああ、素敵だったわねえ」
エイミは上機嫌にくるくる回っている。赤毛を風に翻らせて踊りながら、器用に丘を登っていく。
「次は、いつあるのかしらね」
「さあ」
ジョウイはつっけんどんに言うと、ぷいと視線を逸らした。なぜだかやけに気恥ずかしかった。
「次も、一緒に見られるといいわね!」
エイミはそんなジョウイの態度を気にするでもなく、晴れやかに笑うと、広がる無窮の青空を背に、ジョウイに手を差し伸べた。
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▲必須お題
「能天気な歌声」「青い空」「皆既日食」
▲縛り
「少女を出す」「登場人物が踊っている」
*努力目標で「牧歌的に仕上げる」
▲任意お題
「たとえ太陽が消えうせ、世界が闇に包まれようとも」「おおおお」(使えず)
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