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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 ステイションを出て、漸く二日と六時間。まだ道のりは長い。
 わたしは仮眠をとるのにも飽きて、イヤホンを耳にひっかけた。手元のボタンを押すと、やわらかい合成音声が流れだす。
「目的地まで、船内時間でおよそ四日後を予定しております。どうぞごゆるりとおくつろぎくださいませ。乗務員に御用の方は、端末の一番下の赤いボタンを押してください」
 ちらりと手元を見る。なるほど、パネルの一番下には赤いボタンが点滅している。
 音声ガイドは滑らかに続く。
「――代表種族であるテラ人は、十進数を用いていますから、商用で訪問されるお客様や、お買い物をされる方は、充分にご注意ください」
 わたしはそこで目を丸くした。大抵の星系では十二進数か、でなければ八進数を使うところが多いのに、めずらしいことだと思う。
 それにしても、おかしいな。天文の授業で習ったような記憶があるが、テラでは暦を数えるのに十二進数だか六十進数だかを使っているのではなかったか。わたしの覚え違いだろうか。
「この件につきまして、詳しくお知りになりたい方は、三番を」ガイドが言い終える前に、せっかちに三番を押す。
 イヤホンから流れる解説を聞いてみれば、なんのことはなかった。テラ人の手の指が、二本の手に十本備わっているからなのだという。言われてみれば、われわれの指は全部の手をあわせて十二本。十二が割りやすくて便利な数だから、われわれの祖先は自然とそれを使うようになったのだと、勝手にそんなふうに思いこんでいたけれど、よく考えれば文明が発達して暦を作る前の種族は、己の手足を使ってものを数えるのが順当なのだろう。

 訪問先の惑星で少し前に流行ったという映画にチャンネルをあわせる。前の席の背面にスクリーンが出て、ぱっと映像が広がった。思ったよりも音が大きくて驚き、手元のつまみを操作して、音量を下げる。
 テラの映画はなにやら騒がしくて、映像にも原色が多く、しばらく見ていると、だんだん目がチカチカしてきた。テラ人の多くは、われわれよりも色彩の感覚には鈍いのだという。可視領域もずいぶん狭いと聞いた。虹が七色にしか見えない世界と言うのは、さぞつまらないだろうと想像する。
 なんとなく疲れて、途中から目を閉じて音だけを聞いてみる。セリフはちゃんと翻訳してあるから、言っているひとつひとつの言葉は分かるのだけれど、しかしその会話の意味はよく分からない。なんでこの俳優は、わざわざ危険と分かっている場所に飛び込むのだろう。それほど差し迫った事情があるようには思えないが、わたしたちと価値観が違いすぎるのだろうか?

 爆音だの轟音だのが続く騒がしい展開に、耳もだんだん疲れてきて、一時間も鑑賞していられなかった。バケイションの長期滞在先にテラを選んだのは、失敗だったかもしれない。始終こんなに騒がしいのでは、ゆっくりくつろぐことなどできないだろう。それとも、騒がしいのは映画の中だけだろうか。だったらいいのだが。

 手元のパネルをいじって、ガイドメニューを呼び出す。「名物・みやげ物」の項目を探して、ボタンを押す。
「――か国以上の地域があり、多様な文化がありますが、中でも惑星じゅうで親しまれている料理に」
 知らない名称の料理が、ごく簡単な説明とともにずっと続く。食材が違うし、われわれの味覚とはかなり相違点があるらしいが、それでも「わたしたち種族が食べられないもの」という項目に当てはまる品目は、意外と少なかった。もっとも、その情報は旅行先を決める前にも調べていた。仕事ならともかく、食べられるものや飲める酒の少ない星に、持参の食糧を大量に持ち込んでまで長く留まる気はしない。
「それから、酒類につきまして、これも地域によってさまざまな加工法の酒が流通しており、特にワインと呼ばれる果実酒や、スコッチと呼ばれる純度の高い蒸留酒につきましては、わたしたちの好みに近いことから、百年ほど前よりわたしたちの間でも人気を博するようになり、今では母星でもそれぞれウィネ、スキッティと呼ばれる類似品が作られるようになりました。この語源ももちろん、もととなったテラ産の酒類からとられており……」
 なるほど、ウィネならわたしも口にしたことがある。あまり他に見ない酸っぱい酒だが、慣れるとなかなかクセになる。あれはテラ産の酒が元だったのか。
「こうした豊富な酒類につきましては、テラのほとんどの地域で親しまれていますが、一部地域では、宗教上の理由から禁酒の文化が残っているところもあり」
 わたしは驚きのあまり目を丸くした。酒のない世界なんて! 信じられない。
 いままでバケイションのたびに何度となく各星域を回って、方々の種族に会ってきたが、意思疎通の可能な程度の文明があるにも関わらず、何かの酒を造らない種族には、いまだかつて出会ったことがない。われわれが口にするようなアルコール飲料とは違っても、なんらかの酩酊をもたらす品をたしなむのが普通だった。
 もっとも、テラ人の全てが酒を嫌うわけではないのだから――わたしは思いを巡らせかけて、はっとした。酒を嫌う? ならば「禁酒」などする必要がない。
 つまり、かれらは酒に興味がないわけではなく、酒を飲みたいのにそれを禁じているのだ。なるほど、これは興味深い。
 どうしてそのような禁令が出るのか、ふしぎなものだ。暴動にはならないのだろうか?
 酒を飲まない人間など、われわれの種族には一人もいない。いままで滞在してきた惑星でも、個人的に飲まないという者には会ったことがある。そもそも、アルコールを分解して得られる酵素がないと体調が悪くなるわれわれの種族と違って、飲酒が必ずしも生活に必須ではない種族は、わりと多い。
 だが、コミュニティがまるごと住民の飲酒を禁じているところなど、ほかには聞いたことがなかった。
 この文化の違いがどこから来ているのか、調べてみると面白いだろうなと、一瞬本気で考えたが、すぐに思い直した。いくら興味が向いたからといって、酒の呑めない地域に何日も滞在する自分を想像したとたん、身震いがきたのだった。なんと恐ろしい。地獄だ。一日と耐えられるはずもない。
 いままで訪問した中で、一番飲酒に関するこだわりが強かった種族は――思い返して、わたしはにやりとした。こちらもなかなか強烈だった。その種族の誰もが常に酩酊していて、赤ん坊から年寄りまで皆が皆、アルコールを切らすとたちまち手足が震え、まともにものを考えられなくなるのだった。当然、酒なしで長くは生きられない。かれらにはまさに、酒の一滴が、血の一滴。わたしたちから見ると滑稽なようだが、かれらにはアルコールが真実、命の綱なのだ。
 そんなことを考えているうちに喉の渇きを覚えて、わたしは手元のパネルで給仕を呼んだ。食事にはちょうどいい頃合いだ。
 機内食のメニューは、機長のおすすめに従うことにする。酒は、せっかくだからウィネを頼んだ。テラについたら、本場のワインと飲み比べてみよう。

 食事はまずまずだった。シチューに食べたことのない肉やソースが使われていたので、不思議に思って給仕に尋ねると、これはテラの郷土料理で、クザルトマというらしかった。どうやら、機内にはテラ人のシェフを雇っているらしかった。クズゥという動物の肉を油でじっくり炒めてから、ソースを加えて煮込んだものらしい。材料も、テラで調達したものを使っているそうだ。
 バターというテラ産の動物油がどうの、トマトという野菜を最後に入れてどうのと、給仕は丁寧に調理法を教えてくれたが、耳に馴染みのないテラ産の食材の名前ばかりで、とても覚えきれない。メモをもらったところで、材料もそうそう持って帰れないだろうから、家に帰ったら作ってみようというわけにはいかなかった。テラ滞在中に、もう一度くらい食べる機会があるだろうか。
 満腹になったら、ようやく眠くなってきた。到着まではまだまだある。もう一眠りしよう。

 到着してみれば、テラの青い空はよく晴れわたっていた。
 呼吸のできない星には滞在できないから、大気の成分は事前に調べていた。ほとんどわれわれの母星と違わなかった。にも関わらず、空の色は母星のそれとはまるで違っている。
 わたしは胸いっぱいに空気を吸い込んだ。その星にはその星の空気の、独特の味や匂いのようなものがある。
 事前に高速メールを出していたので、宇宙ステイションから降り立ったわたしを、ガイドが看板を持ってにこやかに出迎えてくれた。帰りの便まで、四か月と少し。いや、それはわたしの母星の単位時間で数えてのことだから、テラの暦では一年と二か月ほどだ。時間感覚を間違えないようにしなければ。
 なるほど、テラ人のガイドの手元を見ると、たしかに指が十本だった。
「わたしの手になにか?」ガイドは不思議そうに首を傾げたが、わたしは笑って「いや、なんでもありません。よろしくおねがいします」と答えた。ガイドは口角を吊り上げて目を細め、多分これがテラ人の笑顔なのだろう、という表情になった。
 航空機の中で買った翻訳機の調子は上々だ。十二進数から十進数への変換ソフトもついているし、二十ほどの主要言語に対応しているというから、これ一台でたいていは用が足りるだろう。
 最初の数日の滞在先だけはあらかじめ決めてきたが、そのあとは現地入りしてから調べるつもりでいた。何でも、遠く離れた場所からみる宣伝広告と、現地の情報との間には開きがあるものだ。

 ガイドは始終陽気な調子だった。それはいいが、なかなかの早口だったので、わたしは途中でなんども彼を制し、説明を重ねて頼まねばならなかった。
 にこにこしながら案内された二箇所目の場所では、きれいな石が並んでいた。白くて四角いシンプルなものもあったが、色彩ゆたかで不思議な形のものもたくさんあって、ところどころに文字が彫られている。わたしの母星でもこういうアートや石造りの記念碑などには馴染みがあった。
 いくら優秀な翻訳機でも、目で見て文字を読めるようにはならないから、ガイドに「これは何の記念碑ですか」と聞いたところ、陽気なガイドはあくまで陽気に「ああ、記念碑といえば記念碑ですね。ここは墓地なんですよ」と言った。
 一瞬、この陽気なガイドはわたしに何か意地悪をしているのかと思ったが、どうやらテラ人の感覚では、墓が観光名所になるらしい。それにしてもふしぎな文化だ。

「あなたは運がいい」と、四角い乗り物を運転しながら、ガイドは陽気なしぐさで言った。知らない種族の顔の表情をつかむのには時間がかかるが、身振りというのは意外とニュアンスが伝わるものだ。「今夜は、花火大会があるんですよ」
「ハナビ、ですか?」
 聞き馴染みのない言葉におもわず聞き返すと、ガイドは肩をそびやかした。「おや、もしかしてそちらの星では、花火はおやりにならないんですか? 夜に、火薬を高く打ち上げて、きらきらと輝くのを皆で眺めて楽しむんです」
 あいにく、そのような風習はわが母星にはなかった。火薬と言ったが、それは、危なくはないのだろうか。
「まったく想像がつきません」
「それはぜひ、今夜は楽しんでください。このイタリアは、一説には花火発祥の地とも言われているんです。花火はね、この星のいろんな国で打ち上げられるけれど、イタリアの花火がいっとう色とりどりで、きれいですよ」
 陽気なガイドは、陽気なしぐさで言った。なるほど、そんな風に言われると、だんだん楽しみなような気がしてきた。
「わが国自慢のイタリアワインを楽しみながら、ぜひ素晴らしい眺めを堪能してください」
「ワイン!」
 わたしが目を輝かせると、ガイドはぎょっとしたように身を引いた。強く喜ぶと本当に目が光るわたしたちの目に、馴染みがなかったのだろう。こういう瞳をもつ人種は、広い宇宙でもあまり類を見ないというから。
 プロ意識なのか、ガイドはすぐに冷静さを取り戻して、例の笑顔に戻った。
「お酒、お好きですか」
「酒のない人生なんて、考えられません。わたしたちの種族なら、誰だってそうですよ」
「あなたとは気が合いそうだ」
 ガイドは本当に嬉しそうに見えた。なるほど、テラ人の多くはきっと、彼のように酒が好きでたまらないのだろう。ますます宇宙船の中で耳にした禁酒という文化が興味深い。
 なにも、まさに禁酒が盛んな地域そのものに行かなくても、その近くにあるコミュニティをおとずれて、酒の肴に聞けばいい。きっと酒好きの人間なら、隣人のことも詳しく教えてくれるだろう。

 その晩、ガイドの勧めに従って、わたしはホテルのテラスから、ワインを手に花火大会を見物した。大きな音とともに打ち上げられる花火は、最初は騒々しくて何事かと思ったが、見慣れてみるとなかなか興味深い。最初に思っていたよりも、テラ人は色彩感覚に鈍いわけではないらしい。

 わたしのテラ滞在は、こんなふうに始まった。最初は何かと不安に思ったが、なかなか楽しい休暇になりそうだ。

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必須お題:「酒のない世界」「なんと恐ろしい。地獄だ」「酒の一滴は、血の一滴」

縛り:「レシピ(何の料理でも可)を読者が分かるようにいれる」「花火大会にまつわることを入れる」「場所として『墓地』を出すこと」

任意お題:「お酒って本当に、いいですね」「酒のない人生なんて」「ちょこざいな」

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