小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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長崎って古くから異国との貿易の窓口にもなってたぐらいで、歴史ある街なんですけど、長崎市で育っておきながら、じつは私の育った家は元新興住宅街の隅っこで(※すでに新しくはない)、ぜんぜん歴史を感じるところに暮らしてません。もちろん社会科見学の類やなんかで、出島やらグラバー邸やら孔子廟やら、歴史探訪的な場所をうろうろする機会はあったんですけど。
新興住宅地の類が、古い町とどう違うかっていうと、そのへんにお地蔵さんや水神さんのお社がごろごろ建ってたりしなくて、神社や寺が近くになくて、夏祭りもいかにも最近はじめましたって感じで、つまりは神様の気配がないです。いや、ゼロではないけど、その辺を歩いてて目に見えるところにはないかな。
「……それって、普通じゃ?」っていう方も多いのかな。
でも私の生まれた町は田舎で、古くからある島原半島の漁港の近くで、そういうものがムンムンありました。しかも古くから住み着いてる人ばっかりだし、年寄りばっかでもあるし、「あそこの土地はもともとお殿様から豊漁のご褒美に拝領したものだから、昔は皆、前を通るときは靴を脱いで通った」だの「あそこは本家だから、やっぱり分家の子とはお年玉の金額も同じってわけには」だの、おいおい、いつの時代だよ的な会話が今でも行き交います。隣近所とのつきあいがめちゃくちゃ密接で、鍵はたいてい開けっ放しで、泥棒が入ってもやっぱり開けっ放し。
そういう田舎は、嫌いではないけれど、自分がずっとそこに住むには息苦しいとは思います。人の噂がすごいし、何をしても近所中にばればれだしね。都会育ちのオタクには少しばかりいづらいよ。(←長崎市は都会か……?)
今の職場は長崎市ではなく、おとなりの市なんですけど、そのあたりは長崎県内では貴重な平野で、古くから農業と工業の町です。新しい建物と古い町並みがごちゃっと入り乱れています。
わりと開けた町の真ん中に、農業用水なのか、あちこちに疏水が走っていて、蜻蛉がぶんぶん、蛙がげこげこ。なぜかやたらと七福神の廟が散見されます。そして寺や神社がすごく多い。
家々の戸が開けっ放しなところも多いです。洗濯物も、そのへんの道端にひょいと干してあったりして、たまにおいおい……と思ったり。ちょっと懐かしい気持ちになります。
平野だから空が広くて(※長崎市は空がやたらと狭い。たいていどっちを向いても山だから)、長崎県内にしては珍しいくらい道が広くて、大きい建物が多くて、畑や家庭菜園を持ってる人の割合がすごく多いです。
そんなところにある職場からちょっと歩いたあたりに、やたらと小さな旅館やビジネスホテルが多いです。
4月からこっち、多いなあと思ってたら、昼休憩中に職場のお姉さんが、「旅館が多いなって思ってたら、ここら辺は昔アカセンだったんだって」とぽつりと仰いました。
あかせん?
何のこっちゃ、という顔をしていたら、「もしかして、分からない? アカセン」って言われました。素直に頷いて訊ねたら、おしえてくれました。
赤線。
花町というか、公認の遊郭とかの風俗営業が認められた地域のことなんですって。教えてくれた人は「吉原とかみたいな」っておっしゃってました。
昭和二十何年ごろだかに風営法……じゃなくて、売春禁止法か。それで取り締まられて、旅館やビジネスホテルに改装したらしいです。
家に帰ってその話をしたら、母に「あんた、赤線っていう言葉も知らんかったと」と、そこにびっくりされてしまって、ものすごい一般常識のように言われました。そんな1950年代の法律でなくなった制度のことを、80年代生まれの若者が知ってたらびっくりするよ。
……それとも常識なのか?
いやあ、土地に歴史あり、だなあ。
変なところで歴史を感じてしまいました。
----------------------------------------
ここ何日か、『小説のカミサマ』にぱらぱら拍手をいただいたようで、同じ方なのか別々の方なのかは分からないんですが、すごく嬉しいです。ありがとうございます。
新興住宅地の類が、古い町とどう違うかっていうと、そのへんにお地蔵さんや水神さんのお社がごろごろ建ってたりしなくて、神社や寺が近くになくて、夏祭りもいかにも最近はじめましたって感じで、つまりは神様の気配がないです。いや、ゼロではないけど、その辺を歩いてて目に見えるところにはないかな。
「……それって、普通じゃ?」っていう方も多いのかな。
でも私の生まれた町は田舎で、古くからある島原半島の漁港の近くで、そういうものがムンムンありました。しかも古くから住み着いてる人ばっかりだし、年寄りばっかでもあるし、「あそこの土地はもともとお殿様から豊漁のご褒美に拝領したものだから、昔は皆、前を通るときは靴を脱いで通った」だの「あそこは本家だから、やっぱり分家の子とはお年玉の金額も同じってわけには」だの、おいおい、いつの時代だよ的な会話が今でも行き交います。隣近所とのつきあいがめちゃくちゃ密接で、鍵はたいてい開けっ放しで、泥棒が入ってもやっぱり開けっ放し。
そういう田舎は、嫌いではないけれど、自分がずっとそこに住むには息苦しいとは思います。人の噂がすごいし、何をしても近所中にばればれだしね。都会育ちのオタクには少しばかりいづらいよ。(←長崎市は都会か……?)
今の職場は長崎市ではなく、おとなりの市なんですけど、そのあたりは長崎県内では貴重な平野で、古くから農業と工業の町です。新しい建物と古い町並みがごちゃっと入り乱れています。
わりと開けた町の真ん中に、農業用水なのか、あちこちに疏水が走っていて、蜻蛉がぶんぶん、蛙がげこげこ。なぜかやたらと七福神の廟が散見されます。そして寺や神社がすごく多い。
家々の戸が開けっ放しなところも多いです。洗濯物も、そのへんの道端にひょいと干してあったりして、たまにおいおい……と思ったり。ちょっと懐かしい気持ちになります。
平野だから空が広くて(※長崎市は空がやたらと狭い。たいていどっちを向いても山だから)、長崎県内にしては珍しいくらい道が広くて、大きい建物が多くて、畑や家庭菜園を持ってる人の割合がすごく多いです。
そんなところにある職場からちょっと歩いたあたりに、やたらと小さな旅館やビジネスホテルが多いです。
4月からこっち、多いなあと思ってたら、昼休憩中に職場のお姉さんが、「旅館が多いなって思ってたら、ここら辺は昔アカセンだったんだって」とぽつりと仰いました。
あかせん?
何のこっちゃ、という顔をしていたら、「もしかして、分からない? アカセン」って言われました。素直に頷いて訊ねたら、おしえてくれました。
赤線。
花町というか、公認の遊郭とかの風俗営業が認められた地域のことなんですって。教えてくれた人は「吉原とかみたいな」っておっしゃってました。
昭和二十何年ごろだかに風営法……じゃなくて、売春禁止法か。それで取り締まられて、旅館やビジネスホテルに改装したらしいです。
家に帰ってその話をしたら、母に「あんた、赤線っていう言葉も知らんかったと」と、そこにびっくりされてしまって、ものすごい一般常識のように言われました。そんな1950年代の法律でなくなった制度のことを、80年代生まれの若者が知ってたらびっくりするよ。
……それとも常識なのか?
いやあ、土地に歴史あり、だなあ。
変なところで歴史を感じてしまいました。
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朝陽 遥(アサヒ ハルカ)
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