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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 文化祭なんてかったるくてやってられないと、相馬は思った。部活にも入っていないし、クラスの出し物も、お化け屋敷だか何だかをやると言っていたが、一度も手伝わなかった。
 だからといって、文化祭当日の今日、昼間から家にいても居所がなく、街に出るには金がなかった。
 一日サボって、屋上で寝ていよう。相馬のそんな考えは甘かった。文化祭自体に興味がなかったので、どこで何の出し物があるのか知らなかったのだ。
 まだ一般客の入っていない校内をひとり歩き、屋上に続く階段を上りながら、相馬はようやく「プラネタリウム 屋上テント↑」のポスターが貼られていることに気付いた。
 最初は、どこか違う場所にしようかと思った。だが、大抵の教室は出店や展示やその準備に使われていたし、体育倉庫のようなカビくさいところに隠れるのも、それはそれで嫌だった。
 相馬は考えるのも面倒になって、そのまま階段を上った。誰もいない屋上で寝るのもプラネタリウムの中で寝るのも大して違わない。

 ドアを開けると、屋上に見慣れない大きな黒いテントが張られていた。屋根が丸い。いつの間にこんなものを用意したのだろうか。よくもまあ、たかが高校の文化祭にここまで大掛かりな出し物をと呆れながら、入口に近づく。
 天文部員なのだろうか、顔は見たことがあるけれど名前の分からない男子が、「早いね、まだ始まらないよ」と声をかけてきたが、相馬が「もう中に入ってちゃまずいか?」と聞くと、別段嫌そうな顔をすることもなく、道を譲ってくれた。

 テントの中はひんやりとして、少し甘いような、けれど涼しげな、不思議な匂いがしていた。どこから引っ張り出してきたのか、小さな古いランプが真ん中に置かれているが、その他に照明はなく、全体に薄暗い。
 ランプが置かれているのと同じ台に、何か、ちょっとした機械が置いてあった。それほど大掛かりなようにも見えないから、きっと手作りなのだろう。それを囲むように、パイプ椅子がぐるっと置かれて、三、四十人くらいが入れそうに見える。その一番後ろの、なるべく奥まって邪魔にならなさそうなあたりに陣取って、相馬は目を瞑った。
 はじめはただ黒い瞼の裏にちかちかと光の残像がちらついていたが、しばらくすると、そこに母親のしかめ面が浮かび上がってきた。仕事で嫌なことがあるたびに、荒れて帰ってくる、疲れきって皺の増えた顔。「これ以上、面倒なことを私の耳に入れないで。煩わしいのは会社の人間関係だけでたくさんよ」その一言が母親の口から出て以来、一度もまともな会話を交わしていない。
 洗濯は、いつの間にか姉がしてくれている。家の中は散らかってはいたが、ときどき二人のどちらかが簡単な掃除はしているらしく、いつでも、住めないほどの惨状にはならなかった。食べ物は気付けば、出来合いにしろ簡単な手料理にせよ、何かしら置いてある。何か用のあるときは、そこに二言、三言のメモがついていた。遅くまで外に出歩いていても、説教のひとつも言われない。
 家に帰ったとき、気まぐれに誰かの「おかえり」の声が聞こえることもあるが、相馬はそれに返事を返さない。生活はそれでも回っている。家族と一言も口を聞かなくても、暮らしと言うのはどうにでもなるものなのだと、相馬は最近になって知った。
 親が勉強をしろと五月蝿いだとか、母親の干渉がうっとうしいだとかぼやく同級生を見るたびに、「ふうん」と他人事のような相槌を打って鼻白まれるのにも、もう飽きた。ややこしいことは、何も考えたくなかった。
 煩わしいのはたくさんだという母親の言葉には、まるきり同感だった。考えても仕方のないことを考えるのはよそう……。

 ふっと、瞼の裏が暗くなった。
 さっきは「まだ始まらない」と言ったようだったのにと、相馬は訝しく思った。サービスのつもりで、予定の時間を早めてくれたのだろうか。
 しかし、放送も何も始まらないし、他の客の気配もない。そのうち、入ってきたときに感じたあの不思議な匂いがまた鼻についた。香水とか芳香剤とか、そういう感じじゃなくて、どちらかというとお香のような……。
 気になって、相馬は薄く目を開けた。
 すぐそこが、満点の星空だった。
 高原のキャンプ地で、人工の灯りのない地上から夜空を見るときのような。
 昔、相馬が一度だけ学校行事か何かで見たプラネタリウムでは、今見えているのはいつの季節の空だとか、どこそこにひときわ大きく光っているのが何座の何星でだとか、そういう解説があった。しかし、今は解説も何もなく、視線をめぐらせても頭上には、見覚えのある星座などひとつもありはしないのだった。ただ、空の端には天の川のように見える、星の密集する流れがあった。
 これは天文部が手抜きして、天球図の適当な位置に穴を空けたのだろうと思いながら眺めているうちに、相馬はゆっくりと、頭上の星が動いていることに気付いた。
 数え切れないほどの白い点が気まぐれに瞬き、どうやって演出しているのか、箒星がすうっと流れ落ちる。よく見れば、星の中には赤みがかった星や、ひときわ白々しい光の星も混じっている。
 相馬の正面の空の低いところで、巨熊がのそりと立ち上がった。周囲を見渡しながら四足で歩き出す。その動きで、いくつかの星が空から剥がれ落ち、暗い空に消えていった。熊が立ち去った後には、黒いぽっかりした穴が残っていた。
 熊は天の川のほとりまで行くと、しばらくじっと星屑の中を覗いていたが、やがてそのごつい爪のついた前足で、ひょいと川面をすくった。銀色の鮭がいっぴき、光の飛沫を上げて川原へ落ち、ぴしりと尻尾を跳ねさせる。
 そのすぐ脇でじっと息を殺していたらしい若い雌鹿が、熊が鮭に夢中になっている隙をついてさっと駆け出し、瞬きする間に光の尾を引いて、反対側の空に逃げてしまった。鹿がいたところは、やはりぽっかりと空隙になっている。そこから少し離れたところで、こちらもじっと息を潜めていたのか、年経た痩せ狼が逃げていく鹿の尻のあたりを惜しそうに睨んで、またじっと頭を垂れてうずくまった。
 同じ川の下流では、なぜか水着姿の少女たちが川遊びに夢中になっていて、そこらに星屑を撒き散らしながら、笑いさんざめいている。狼避けなのだろうか、川原に香炉をくべていて、ああ、さっきの匂いはここからしているのかと、相馬はくゆる煙の昇る先を、ぼんやりと見つめた。
 視線を戻すと、巨熊は鮭を咥えてのそのそと、巣穴に戻っていく最中だった。まだときおり跳ねる銀鱗から、星の飛沫が散って、空に掻き消える。熊が相馬の正面、星のぽっかりと欠けた一画までたどり着くと、小熊が二頭、じゃれ合うように這い出てきた。姉弟だろうか、母熊の咥えてきた鮭を、取り合うようなこともせず、二頭で仲良く分け合っている。母熊はそれを満足そうに見届けると、新たな食餌を狩りにか、またのそりのそりと銀河に向かっていく。残された小熊たちは、頼もしげに母熊の背を見送って、また巣穴に潜り込んだ。巨熊の去った後にはやはり、ぽっかりと黒い空が口を覗かせている。
 熊のくせに生意気なやつらだと、相馬は思わず口走って、何が生意気なんだかよく分からないと、自分で苦笑した。それが空まで聞こえたわけでもあるまいが、母熊が一瞬こちらを振り返って、また興味を失ったように銀河の淵を覗きこんだ。そのままじっと視線だけで、水面に見え隠れする鮭の鱗のきらめきを追いかけている。
 もう一度下流を見ると、もう少女は水着ではなかった。いつの間にか一人になっていて、少女「たち」でさえない。甘い匂いのする香炉と、そこらで摘んだのだろう銀色の花を入れた花かごを手に提げて、川原を歩いている。
 相馬の視線を感じたようにふっと振り向いたその顔は、姉のものだった。
 姉は何の表情も浮かべず、手振りで花を摘むのを手伝うようにと伝えてきた。何でおれがそんなことをと思いながらも、相馬は黙って腰を上げ、いつの間にか足元に広がっていた、金銀の丸い石塊の敷き詰められた川原に屈みこんだ。
 石と石の隙間から伸びる銀色の花々を適当に摘もうとすると、姉が手を伸ばして相馬を止め、手の中の花かごを見せた。種類があるらしく、それも、花びらのきれいに揃ったやつだけを摘みたいらしい。
 黙って花々の中から目当てのものだけを選りだそうとするが、花そのものは数え切れないほど群生しているのに、条件を満たすものはまるで見当たらない。探しても探しても見つからず、くたびれ果てて心が折れかけた頃に、ようやく一本、ちょうどいいものが手に入った。
 安堵するような気持ちでその一本を籠に入れ、顔を上げると、姉はすでにいなかった。その代わりのように、川原の周りにひしめくように聳える銀色の樹々の隙間から、いつの間にこんな下流までやってきたのだろう、先ほどの母熊がじっとこちらを見ているのだった。熊はただ静かに相馬を見つめるばかりで、襲い掛かることもなく、怯えて逃げるようすもない。
 相馬はその黒くつぶらな瞳をじっと見つめかえしているうちに、同じものをいつかどこかで見たと思った。

 いつかの夏の日、うだるような暑さがほんの一晩だけふいに和らいで、川面からの風は少しばかり湿ってはいたものの、気分は悪くなかった。
 まだ幼かった相馬は姉に手を引かれて、雑草の繁る川べりの遊歩道を歩いていた。夜の川は、昼に見るものとはまるきり違っていて、黒ぐろと光る水面に、遠い電灯の光が弾かれて、ぬめるように輝いていた。
 周りに大勢、大人たちがいたので、それも怖くはなかった。人々は両方の掌を合わせた上にちょうど収まるくらいの、小さな木の船を抱えて、静かな声音で会話を交わしていた。
 この夜にご先祖が帰ってくるだの、また船に乗せてあちらにお帰しするだのと言われても、まだ幼い子どもにぴんとくるはずもなく、相馬は足元から蛇の抜け殻を拾い上げて姉を驚かしてみたり、石ころを川面に投げて水切りをしたりして、ときおり大人たちに窘められながら歩いていた。
 やがて、何を合図にしたのか、大人たちが立ち止まって、川面にそっと木の船を浮かべはじめた。船には小さなろうそくが灯され、紙の覆いが被せられていた。中には家々で、紙の銭だの千代紙で折った鶴や服だの、小さな手土産がのせられていた。
 母が抱えてきた船には、そこらで手折った白い花が乗せられていた。川の、思ったよりも早い流れに乗って遠く離れていく舳先には、ろうそくの光を受けて、花びらが淡く銀色に浮かび上がっていた。
 川の対岸では、痩せた野良犬が地面に伏せ、黒いつぶらな瞳で、じっと流れていく船のろうそくの灯りを見送っていた。
「あの犬も、誰か見送ってるのかな」
 姉がぽつりと呟いた。

「――は冬の星座です。この右肩の大きな星はベテルギウスといって……」
 はっと気付くと、頭上には見慣れたオリオン座がぺかぺかと、奥行きのない単調な光を灯していた。セロファンでも使ってあるのか、いくつか赤っぽい星や青っぽい星が混じってはいるが、ほとんどは同じ色の光の点だ。
 周りにはいつの間にかちらほらと一般客の姿があった。暗くてよくは分からないが、いかにも義理で見に来たと言うような眠そうな顔もあれば、目をきらきらさせて一心に見上げている子どももいた。テントの中央で、マイクを手に持った天文部員がなにやら機械の操作をしながら、緊張もなくのんびりとした声音で説明を続けている。
 すっかり眠り込んでいたらしかった。相馬は目を何度か瞬いて、パイプ椅子にもたれなおした。星の瞬きのつもりか、頭上の光の点がときどき点滅しているが、どの星もいっせいに同じようにまたたくので、それが余計に安っぽく、手作り感漂っている。当たり前だが、作り物の夜空には熊も鹿もいなかった。
 相馬はあくびをかみ殺して、また目を閉じた。鼻の奥の方に、甘い匂いがかすかに残っている。

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 某所の企画にて。

必須お題:「心が折れかけた」「プラネタリウム」「へびの抜け殻」
縛り:「お香を焚く」「水着を来たキャラクターを登場させる」
任意お題:「ご先祖が帰ってくる」「脱がすしかないじゃないですか」「便利ですよねえ」(二つは使えず)
制限時間:60分(40分ほどオーバー)

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