小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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「大樹、あれは何だ」
白い服の少女が俺の手を引いて、観覧車の方を向かせた。痛い痛い。見た目によらず怪力だ、こいつ。
「あれは観覧車。あの箱の中に人が乗ってるだろ。景色を眺めてるんだ」
答えてやると、少女は目をきらきらさせて別の方を指差した。
「そうか。あっちは?」
「ジェットコースター。トロッコを繋いだみたいのに、人が乗ってるだろ」
「なるほど、そういう拷問器具なのだな!」
「なんでだよ……」
つ、疲れる。俺は思わずその場で座り込みそうになった。小中高と七年続けた野球で鍛えたはずの体力と精神力は、一体どこに消えたんだろう。辞めて一年でこうも衰えるものなのか、それともそれだけ精神的疲労が積もり積もっているということか。後の方のような気はする。
「あれは遊び。スリルを楽しんでるんだよ」
「何! あれが楽しいのか。今の人間は高い所を恐れぬのだなあ。これが、かるちゃあしょっくというやつか」
少女は感心しきりで頷いている。
「大樹、すりるとは何だ、はっ、もしやあれに乗っている人間たちは、その手の薬物を投与されているのか?」
「そうじゃなくて……」
何をどう説明したものか。っていうかその手ってどの手なんだろう。追及したら怖い返事が返ってきそうな気がする。
「あれはなんだ! 大樹、さっさと来ないか。いい若い者がだらしないぞ」
「はいよ……」
俺は首を振り振り、少女の後に続いた。どうしてこんなことにと、肩を落としながら。
学校の図書室に、なんでか黒魔術の本が紛れていた。
忘れもしない木曜日の、放課後だった。授業が終わってすぐのバスは混むのが嫌で、教室で何人かとだべりながら次のバスまでの時間を潰していた。
そこに、珍しく図書館に行っていた元晴と結衣のバカップル二人が、爆笑しながら分厚い本を持って来た。何事かと覗き込んだら、黒表紙に『黒魔術』と大書してあった。
何事だと暇人どもが集まり、本を開いてみれば、毒物のレシピから呪いの秘法まで、図解つきで記されていた。
が、記してある文字がマンガで見るようなチャチな恐怖文字だったので、緊張感はなかった。実際、その場で本気で怖がっている奴はいなかった。男連中が生贄の少女の裸の絵や悪魔と口づけする魔女の図に釘付けになったのは、まあご愛嬌だ。
元晴が笑いすぎて涙を浮かべながら(何がそこまでウケたのかはよく分からない)やってみようぜと『召喚魔法』のページを指差した。そこには血のような色の魔法陣と悪魔の絵が載っていた。
魔が差した、としか言いようがない。まあ俺も、怪我が原因で野球をやめて以来、時間の潰し方が分からなくて、毎日暇だったのだ。
どうやら魔法陣を書くのに必要な塗料があるらしく、「磨り潰した夕顔の花とチシャの実を、完全に煮えないように気をつけて摂氏六十五度の湯で茹で」云々と書かれていたが、まあ所詮は元晴の悪ノリだ。律儀に揃えようとは思わなかった。だから使ったのは、美術室から失敬した油絵の具だ。
それが幸いしたのか災いしたのかは分からない。まあ、どっちかっていうと幸いしたんじゃないかな。本の挿絵みたいな山羊頭の悪魔が出てきたら、真剣にびびるしな。いや、今だって真剣に困ってはいるんだけど。
そう、困ってるんだ。無責任なようだけど、だって、誰が思う? 学校に何気なく置いてあったマンガ絵付きの本を真似て、油絵の具で適当に描いた魔法陣から、本当に何か出てきちまうなんて。
美術室にした。人前でいちゃいちゃちゅーちゅーしている恥知らずのバカップルをどつきながら、『黒魔術』を抱えた俺が指図して、床に広げた模造紙(元晴が準備室からくすねた)に、元晴が絵筆(元晴がちょっと誰かのを拝借した)を使って適当に描いた。細部が違っていたが、どうせ暇つぶしだったので訂正しなかった。だいたい書けたところで三人顔を突き合わせて、呪文をぶつぶつと覚えた。
他の奴らが付き合っていたのも途中までで、皆飽きて帰ってしまった。残ったのはバカップルと、暇で付き合いのいい俺。
「よっしゃ覚えた」
元晴は何がそんなに楽しいのか、腕まくりして気合充分、準備運動までしていた。それから三人で魔法陣を囲んで立った。
呪文を唱え始めた途端だった。甘い香りがしたかと思ったら、青みがかった煙がもくもくとわいて出た。
「な、何だこれ」
「絵の具が科学反応を起こしたんじゃないか」
「そんな、普通の絵の具だよ」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ三人を他所に、魔法陣が赤く光りだした。爆発するんじゃないかと三人で逃げ出しかけたが、そのまま放置して帰る勇気もなかった。入口の扉に隠れるように中を覗くうちに、特に爆発音を響かせることもなく、光は徐々に弱まり、そして、魔法陣のちょうど真ん中に、
「ふむ、久しぶりの召喚だな。我が名は悪魔シャエリク……さて。私を呼んだのはどのような人間か」
少女がふてぶてしい笑みを浮かべ、腕組みをしていた。
「……で、いつになったら、お前は私と契約を交わす気になる。久しぶりの人間界も面白くはあるが、いつまでもいるわけにはいかんのだ」
シャエリクはソフトクリームを舐めながら、俺を振り返った。
「帰ればいいじゃねえか。俺は引き止めないぞ」
「私としても手ぶらでは帰れないのだ」
「んなこと言われたって、魂とか寿命とか、んなもん引き換えにできるわけねえし」
「ならば何のために、この私を呼び出したのだ」
「いや、悪かったけどさ。本気で呼び出すつもりはなかったんだって」
「いいや、そんなはずはない。強い願い事がない人間に、私のような強い悪魔を呼び出すことなどできはしない」
シャエリクはにたりと笑って言い切った。見た目が可愛い分、笑顔に変な凄みがある。頬にソフトクリームがついてはいるが。
「っつうか、やっぱり悪魔なんだ……」
「当たり前だ。なんだと思っていた」
自称悪魔は胸を張って言うが、見た目はどこも普通の少女と変わらない。挙げ句、遊園地で目をきらきらさせている姿を見ると、とても恐ろしい悪魔だと言われて、そうですかという気になれない。大体、学校帰りに遠くに見える観覧車を指差して、あれはなんだ連れて行けとぎゃあぎゃあ騒いだのもこいつだった。
「まあいい。今はそれより、観光に励もうじゃないか」
シャエリクはソフトクリームのコーンをばりばりと噛み砕くと、園内地図とにらめっこをはじめた。
「言っとくけど俺、金持ってないからな」
「お前、私を何だと思ってるんだ? 受付の人間に暗示をかけるくらい、お手の物だ」
「大悪魔にしては、みみっちい犯罪だな」
「何か言ったか?」
口の中でぼそりと言ったとたん、睨まれた。地獄耳なんだろうな、悪魔だから。
「何も。それより強い悪魔って、どのくらいすごいんだ?」
「ふむ、分かりやすく言うなら、第十六番目の位階だな」
「すごいんだかすごくねえんだか、分かんねえ……ん?」
「どうした」
「いや」
近くで、聞き覚えのある声がしたような気が……
「ああ、なんてこと!」
気のせいじゃなかった、あの甲高い声は結衣だ。間違いない。言葉づらだけなら悲鳴のようだが、声は楽しそうだ。なんだなんだと、周囲の人々が振り返っている。
「なんだ、新しい出し物か?」
「結衣だよ、ほら、お前を呼び出したときにいただろ」
「いたな。お前のほかに男と女がひとりずつ。そうか、あのときの女か。もう一人はいないのか?」
「いや、やつらは大抵セットで出没する。結衣がいるなら、元晴もそのへんにいるはずだ」
……ムカデかなんかか、あいつらは。我ながらちょっとひどい言い草じゃないか、俺。
見渡すと案の定、ちゃんと二人ともいた。なにやらフリフリのペアルック(!)。二人は大げさな身振りで何かに驚き慄いていた。
「これって運命の出会いに間違いないわ、そうでしょう!」
「ああ、決まっているさハニー!」
ひしっと抱き合う二人の目には、周りの人間など入らないらしい。屋外にも関わらず、堂々とキスシーンを披露していた。通りすがりの小学生が「ちゅーだ、ちゅー」と囃し立て、その親が「こら、見ないの」と手を引いている。
何やってるんだ、あいつら。他人のふりをしたいという気持ちと、悪魔少女のことで文句を言ってやりたい気持ちがせめぎあったが、結局は嫌々ながら声をかけることにした。
「何やってんだ、お前ら」
「あ、大樹だ。ハーレクインごっこだよ」
こいつら、ハーレクインノベルスを借りるために図書館に行ってたのか。しかし、ハーレクインってこんなのだったっけ? 間違っている気がしたが、あいにく正確なツッコミを入れられるほど詳しくない。
「なんで、んなことやってんだ」
「何でって、なあ」
「マンネリは墓穴のもとなのよ!」
「そういうこと。そんなことも分かっちゃいないから、お前はいつもすぐ女の子に飽きられるんだ」
うわ、言い切りやがった、ムカツク。俺が振られどおしだったのは、野球漬けで彼女に時間を割く余裕がなかったからだっつーの。
「それよりお前ら、人に面倒を押し付けやがって……」
「いや、だって大樹だけじゃん、一人暮らしなのって」
「そうそう。一日だけならともかく、親の目を盗んで何泊もってわけには、ねえ」
二人はそれぞれ明後日の方を見て、口々に弁解した。
「うちの親だって、ときどき帰って来るんだぞ」
そろって海外赴任中のうちの両親は、日本出張のついでに連絡もなく帰ってくることがある。そのときに小学生くらいにしか見えない女の子を家に連れ込んでいたら、俺はどんな目で見られるんだ?
「心配するな、人には見えないように姿を消せる」
シャエリクが宥めるように俺の肩を叩いた。
「へえ、便利だな。って、ならこいつらの家でもいいじゃねえか!」
「そうはいかない。私を呼び出したのはお前だからな」
「はあ? 見てたろ、三人で呼んだんだよ」
「違うな。私を呼び出せるほどの強い想いを持っていたのは、お前だけだった」
言い切る少女は真顔だった。そうまで言われると、思わずたじろいでしまう。
「おっ、大樹にもとうとう春が!」
元晴が他人事だと思って、能天気にはやし立ててきやがった。
「アホ! 死ね!」
反射的に口にしてから、まさか今のは願い事にカウントされないだろうなと、どきっとする。振り向くが、悪魔は平然と腕を組んでいた。よ、よかった。こんなアホなことでうっかり人を死なすところだった。
「じゃ、俺たちはデートを続けるぜ! お前らも仲良くな!」
「ごちそうさま!」
二人はムカつく声援を残して行ってしまった。楽しげにハーレクインごっこを続けながら。
あいつら、結局厄介ごとを押し付けただけじゃねえか。あっ、しかもまた遠くからキスシーンを見せ付けてやがる。くそう、バカップルなんて滅べばいいのに。
「それもお前の真の願いではないな」
ぎょっとした。
「な、俺、今なんか言ったか?」
「ふふん、悪魔には人の心の中の願いごとなどお見通しだ」
「……なら、願い事なんて聞く必要ないじゃないか」
「契約というものがあるのだ。願い事は本人の口から出されなければ何の契約も結べない。悪魔は約定を重んじるのだ」
「へえ、意外と律儀なんだな」
「高位の悪魔ほどきちんとしているものだ」
「さいで……」
安心するような、しないような。……ん?
「じゃあ、俺のその『強い願い』っていうのに、あたりはついてるんだな?」
聞くと、シャエリクはあっさり頷いた。
「そういうことだ」
「……先に断るが、契約はしないぞ。しないけど、参考までに教えてくれ」
「言ってみろ」
「俺の願い事を叶えるのに、どれだけの代償がいる?」
軽く言うつもりが、真面目な口調になってしまった。悪魔も大真面目にふむ、と顎を撫でて、
「そうだな。お前の家族の命一人分かな」
何怖いこと言ってんだこいつ! 渡せるかそんなもん!
ドン引きしている俺を見て、シャエリクはにやっとした。
「それか、お前の残り寿命の二十年分かな」
うっ……。一瞬それなら、とか思ってしまった自分がいて、慌てて首を振る。だめだ、それがこいつの策略だ。詐欺師の手口と一緒じゃねえか。二百万とかふっかけたあとで『特別だ、まけにまけて二十万』とかいうアレだ。
「残り何年あるうちの、二十年?」
って、何を聞いてるんだ、俺。それが悪魔の手口なんだぞ、マンガとかで読む限りじゃそうだ、叶えてもらった翌日とかに寿命が尽きたことにされて、死んじまうんだ、決まってる。
「さて、人の寿命はちょっとしたことで伸び縮みするからなあ」
人の命を洗濯物みたいに言わないでほしい。
「ま、順調にいけば六十年くらいじゃないか。事故とか急な病気とかがなければ」
それは悪魔の予知能力じゃなくて、日本男子の平均寿命じゃないのか。いや、しかし……俺は唸った。また野球が出来るんなら、寿命の十年や二十年くらいは、そう考える自分がいる。
正直、いま甘い誘惑で畳み掛けられたら、うんと言わない自信がなかった。
だが、なぜかシャエリクに決断を迫る様子はない。悪魔は不思議な微笑を浮かべると、くるりと背を向けた。
「まあいい、お前が願い事を口にするまで、居候させてもらうからな」
「それは別にいいけど……」
……ん? 言ってしまってから嫌な予感がして、思わず口を押さえた。なんか今、俺、うかつなことを口走ったような気がする。
シャエリクは俺の表情を見てにやりとしたが、何も言わなかった。代わりに近くの屋台を指差して、
「あ、何だあれ! 美味そうじゃないか! 大樹、買ってくれ」
「ええー、どれだよ」
悪魔が指差しているのはフランクフルトだった。まあそのくらいならと財布を引っ張り出すのを待ちきれないように、シャエリクが手を引っ張る。痛い、痛いって!
「買う、買うから。そんなに美味そうか?」
「だって、血のような真っ赤なソースがかかってるじゃないか。それに、動物のはらわたも使ってあるようだし」
うっ、自分の分も買おうと思ったのに、なんだか食欲が。悪魔の主食ってなんなんだろう。好奇心がくすぐられる気もするが、怖くて聞けない。
買って渡すと、シャエリクは実に嬉しそうにフランクフルトにかぶりついた。……まあ、こういう無邪気な顔を見ている分には、やはり普通の少女にしか見えない。それほど怖がらなくてもいいのかも、と、自分にそう言い聞かせようとしたそのとき、
「何だこれは、不味い!」
シャエリクは一口食うなり吐き出すと、フランクフルトを地面にたたきつけた。ちょ、お前、食べ物を粗末に……って、悪魔にそんなこと言ったって無駄か。
フランクフルトが踏まれるところを見て心もとない気分になったが、もうどうしようもない。
溜め息をついて、俺は何かを諦めた。約定を違えたら、えらいことになるらしいから。
----------------------------------------
必須お題:「召喚魔法」「十六番目」「夕顔」
任意お題:「煮えないように気をつけて」「マンネリは墓穴のもと」「これって運命の出会いに間違いない」「フランクフルトが踏まれるところを見て心もとない気分になった」
縛り:キスシーン三回入れること。オノマトペ(擬音語、擬声語)を五回以上使うこと。
白い服の少女が俺の手を引いて、観覧車の方を向かせた。痛い痛い。見た目によらず怪力だ、こいつ。
「あれは観覧車。あの箱の中に人が乗ってるだろ。景色を眺めてるんだ」
答えてやると、少女は目をきらきらさせて別の方を指差した。
「そうか。あっちは?」
「ジェットコースター。トロッコを繋いだみたいのに、人が乗ってるだろ」
「なるほど、そういう拷問器具なのだな!」
「なんでだよ……」
つ、疲れる。俺は思わずその場で座り込みそうになった。小中高と七年続けた野球で鍛えたはずの体力と精神力は、一体どこに消えたんだろう。辞めて一年でこうも衰えるものなのか、それともそれだけ精神的疲労が積もり積もっているということか。後の方のような気はする。
「あれは遊び。スリルを楽しんでるんだよ」
「何! あれが楽しいのか。今の人間は高い所を恐れぬのだなあ。これが、かるちゃあしょっくというやつか」
少女は感心しきりで頷いている。
「大樹、すりるとは何だ、はっ、もしやあれに乗っている人間たちは、その手の薬物を投与されているのか?」
「そうじゃなくて……」
何をどう説明したものか。っていうかその手ってどの手なんだろう。追及したら怖い返事が返ってきそうな気がする。
「あれはなんだ! 大樹、さっさと来ないか。いい若い者がだらしないぞ」
「はいよ……」
俺は首を振り振り、少女の後に続いた。どうしてこんなことにと、肩を落としながら。
学校の図書室に、なんでか黒魔術の本が紛れていた。
忘れもしない木曜日の、放課後だった。授業が終わってすぐのバスは混むのが嫌で、教室で何人かとだべりながら次のバスまでの時間を潰していた。
そこに、珍しく図書館に行っていた元晴と結衣のバカップル二人が、爆笑しながら分厚い本を持って来た。何事かと覗き込んだら、黒表紙に『黒魔術』と大書してあった。
何事だと暇人どもが集まり、本を開いてみれば、毒物のレシピから呪いの秘法まで、図解つきで記されていた。
が、記してある文字がマンガで見るようなチャチな恐怖文字だったので、緊張感はなかった。実際、その場で本気で怖がっている奴はいなかった。男連中が生贄の少女の裸の絵や悪魔と口づけする魔女の図に釘付けになったのは、まあご愛嬌だ。
元晴が笑いすぎて涙を浮かべながら(何がそこまでウケたのかはよく分からない)やってみようぜと『召喚魔法』のページを指差した。そこには血のような色の魔法陣と悪魔の絵が載っていた。
魔が差した、としか言いようがない。まあ俺も、怪我が原因で野球をやめて以来、時間の潰し方が分からなくて、毎日暇だったのだ。
どうやら魔法陣を書くのに必要な塗料があるらしく、「磨り潰した夕顔の花とチシャの実を、完全に煮えないように気をつけて摂氏六十五度の湯で茹で」云々と書かれていたが、まあ所詮は元晴の悪ノリだ。律儀に揃えようとは思わなかった。だから使ったのは、美術室から失敬した油絵の具だ。
それが幸いしたのか災いしたのかは分からない。まあ、どっちかっていうと幸いしたんじゃないかな。本の挿絵みたいな山羊頭の悪魔が出てきたら、真剣にびびるしな。いや、今だって真剣に困ってはいるんだけど。
そう、困ってるんだ。無責任なようだけど、だって、誰が思う? 学校に何気なく置いてあったマンガ絵付きの本を真似て、油絵の具で適当に描いた魔法陣から、本当に何か出てきちまうなんて。
美術室にした。人前でいちゃいちゃちゅーちゅーしている恥知らずのバカップルをどつきながら、『黒魔術』を抱えた俺が指図して、床に広げた模造紙(元晴が準備室からくすねた)に、元晴が絵筆(元晴がちょっと誰かのを拝借した)を使って適当に描いた。細部が違っていたが、どうせ暇つぶしだったので訂正しなかった。だいたい書けたところで三人顔を突き合わせて、呪文をぶつぶつと覚えた。
他の奴らが付き合っていたのも途中までで、皆飽きて帰ってしまった。残ったのはバカップルと、暇で付き合いのいい俺。
「よっしゃ覚えた」
元晴は何がそんなに楽しいのか、腕まくりして気合充分、準備運動までしていた。それから三人で魔法陣を囲んで立った。
呪文を唱え始めた途端だった。甘い香りがしたかと思ったら、青みがかった煙がもくもくとわいて出た。
「な、何だこれ」
「絵の具が科学反応を起こしたんじゃないか」
「そんな、普通の絵の具だよ」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ三人を他所に、魔法陣が赤く光りだした。爆発するんじゃないかと三人で逃げ出しかけたが、そのまま放置して帰る勇気もなかった。入口の扉に隠れるように中を覗くうちに、特に爆発音を響かせることもなく、光は徐々に弱まり、そして、魔法陣のちょうど真ん中に、
「ふむ、久しぶりの召喚だな。我が名は悪魔シャエリク……さて。私を呼んだのはどのような人間か」
少女がふてぶてしい笑みを浮かべ、腕組みをしていた。
「……で、いつになったら、お前は私と契約を交わす気になる。久しぶりの人間界も面白くはあるが、いつまでもいるわけにはいかんのだ」
シャエリクはソフトクリームを舐めながら、俺を振り返った。
「帰ればいいじゃねえか。俺は引き止めないぞ」
「私としても手ぶらでは帰れないのだ」
「んなこと言われたって、魂とか寿命とか、んなもん引き換えにできるわけねえし」
「ならば何のために、この私を呼び出したのだ」
「いや、悪かったけどさ。本気で呼び出すつもりはなかったんだって」
「いいや、そんなはずはない。強い願い事がない人間に、私のような強い悪魔を呼び出すことなどできはしない」
シャエリクはにたりと笑って言い切った。見た目が可愛い分、笑顔に変な凄みがある。頬にソフトクリームがついてはいるが。
「っつうか、やっぱり悪魔なんだ……」
「当たり前だ。なんだと思っていた」
自称悪魔は胸を張って言うが、見た目はどこも普通の少女と変わらない。挙げ句、遊園地で目をきらきらさせている姿を見ると、とても恐ろしい悪魔だと言われて、そうですかという気になれない。大体、学校帰りに遠くに見える観覧車を指差して、あれはなんだ連れて行けとぎゃあぎゃあ騒いだのもこいつだった。
「まあいい。今はそれより、観光に励もうじゃないか」
シャエリクはソフトクリームのコーンをばりばりと噛み砕くと、園内地図とにらめっこをはじめた。
「言っとくけど俺、金持ってないからな」
「お前、私を何だと思ってるんだ? 受付の人間に暗示をかけるくらい、お手の物だ」
「大悪魔にしては、みみっちい犯罪だな」
「何か言ったか?」
口の中でぼそりと言ったとたん、睨まれた。地獄耳なんだろうな、悪魔だから。
「何も。それより強い悪魔って、どのくらいすごいんだ?」
「ふむ、分かりやすく言うなら、第十六番目の位階だな」
「すごいんだかすごくねえんだか、分かんねえ……ん?」
「どうした」
「いや」
近くで、聞き覚えのある声がしたような気が……
「ああ、なんてこと!」
気のせいじゃなかった、あの甲高い声は結衣だ。間違いない。言葉づらだけなら悲鳴のようだが、声は楽しそうだ。なんだなんだと、周囲の人々が振り返っている。
「なんだ、新しい出し物か?」
「結衣だよ、ほら、お前を呼び出したときにいただろ」
「いたな。お前のほかに男と女がひとりずつ。そうか、あのときの女か。もう一人はいないのか?」
「いや、やつらは大抵セットで出没する。結衣がいるなら、元晴もそのへんにいるはずだ」
……ムカデかなんかか、あいつらは。我ながらちょっとひどい言い草じゃないか、俺。
見渡すと案の定、ちゃんと二人ともいた。なにやらフリフリのペアルック(!)。二人は大げさな身振りで何かに驚き慄いていた。
「これって運命の出会いに間違いないわ、そうでしょう!」
「ああ、決まっているさハニー!」
ひしっと抱き合う二人の目には、周りの人間など入らないらしい。屋外にも関わらず、堂々とキスシーンを披露していた。通りすがりの小学生が「ちゅーだ、ちゅー」と囃し立て、その親が「こら、見ないの」と手を引いている。
何やってるんだ、あいつら。他人のふりをしたいという気持ちと、悪魔少女のことで文句を言ってやりたい気持ちがせめぎあったが、結局は嫌々ながら声をかけることにした。
「何やってんだ、お前ら」
「あ、大樹だ。ハーレクインごっこだよ」
こいつら、ハーレクインノベルスを借りるために図書館に行ってたのか。しかし、ハーレクインってこんなのだったっけ? 間違っている気がしたが、あいにく正確なツッコミを入れられるほど詳しくない。
「なんで、んなことやってんだ」
「何でって、なあ」
「マンネリは墓穴のもとなのよ!」
「そういうこと。そんなことも分かっちゃいないから、お前はいつもすぐ女の子に飽きられるんだ」
うわ、言い切りやがった、ムカツク。俺が振られどおしだったのは、野球漬けで彼女に時間を割く余裕がなかったからだっつーの。
「それよりお前ら、人に面倒を押し付けやがって……」
「いや、だって大樹だけじゃん、一人暮らしなのって」
「そうそう。一日だけならともかく、親の目を盗んで何泊もってわけには、ねえ」
二人はそれぞれ明後日の方を見て、口々に弁解した。
「うちの親だって、ときどき帰って来るんだぞ」
そろって海外赴任中のうちの両親は、日本出張のついでに連絡もなく帰ってくることがある。そのときに小学生くらいにしか見えない女の子を家に連れ込んでいたら、俺はどんな目で見られるんだ?
「心配するな、人には見えないように姿を消せる」
シャエリクが宥めるように俺の肩を叩いた。
「へえ、便利だな。って、ならこいつらの家でもいいじゃねえか!」
「そうはいかない。私を呼び出したのはお前だからな」
「はあ? 見てたろ、三人で呼んだんだよ」
「違うな。私を呼び出せるほどの強い想いを持っていたのは、お前だけだった」
言い切る少女は真顔だった。そうまで言われると、思わずたじろいでしまう。
「おっ、大樹にもとうとう春が!」
元晴が他人事だと思って、能天気にはやし立ててきやがった。
「アホ! 死ね!」
反射的に口にしてから、まさか今のは願い事にカウントされないだろうなと、どきっとする。振り向くが、悪魔は平然と腕を組んでいた。よ、よかった。こんなアホなことでうっかり人を死なすところだった。
「じゃ、俺たちはデートを続けるぜ! お前らも仲良くな!」
「ごちそうさま!」
二人はムカつく声援を残して行ってしまった。楽しげにハーレクインごっこを続けながら。
あいつら、結局厄介ごとを押し付けただけじゃねえか。あっ、しかもまた遠くからキスシーンを見せ付けてやがる。くそう、バカップルなんて滅べばいいのに。
「それもお前の真の願いではないな」
ぎょっとした。
「な、俺、今なんか言ったか?」
「ふふん、悪魔には人の心の中の願いごとなどお見通しだ」
「……なら、願い事なんて聞く必要ないじゃないか」
「契約というものがあるのだ。願い事は本人の口から出されなければ何の契約も結べない。悪魔は約定を重んじるのだ」
「へえ、意外と律儀なんだな」
「高位の悪魔ほどきちんとしているものだ」
「さいで……」
安心するような、しないような。……ん?
「じゃあ、俺のその『強い願い』っていうのに、あたりはついてるんだな?」
聞くと、シャエリクはあっさり頷いた。
「そういうことだ」
「……先に断るが、契約はしないぞ。しないけど、参考までに教えてくれ」
「言ってみろ」
「俺の願い事を叶えるのに、どれだけの代償がいる?」
軽く言うつもりが、真面目な口調になってしまった。悪魔も大真面目にふむ、と顎を撫でて、
「そうだな。お前の家族の命一人分かな」
何怖いこと言ってんだこいつ! 渡せるかそんなもん!
ドン引きしている俺を見て、シャエリクはにやっとした。
「それか、お前の残り寿命の二十年分かな」
うっ……。一瞬それなら、とか思ってしまった自分がいて、慌てて首を振る。だめだ、それがこいつの策略だ。詐欺師の手口と一緒じゃねえか。二百万とかふっかけたあとで『特別だ、まけにまけて二十万』とかいうアレだ。
「残り何年あるうちの、二十年?」
って、何を聞いてるんだ、俺。それが悪魔の手口なんだぞ、マンガとかで読む限りじゃそうだ、叶えてもらった翌日とかに寿命が尽きたことにされて、死んじまうんだ、決まってる。
「さて、人の寿命はちょっとしたことで伸び縮みするからなあ」
人の命を洗濯物みたいに言わないでほしい。
「ま、順調にいけば六十年くらいじゃないか。事故とか急な病気とかがなければ」
それは悪魔の予知能力じゃなくて、日本男子の平均寿命じゃないのか。いや、しかし……俺は唸った。また野球が出来るんなら、寿命の十年や二十年くらいは、そう考える自分がいる。
正直、いま甘い誘惑で畳み掛けられたら、うんと言わない自信がなかった。
だが、なぜかシャエリクに決断を迫る様子はない。悪魔は不思議な微笑を浮かべると、くるりと背を向けた。
「まあいい、お前が願い事を口にするまで、居候させてもらうからな」
「それは別にいいけど……」
……ん? 言ってしまってから嫌な予感がして、思わず口を押さえた。なんか今、俺、うかつなことを口走ったような気がする。
シャエリクは俺の表情を見てにやりとしたが、何も言わなかった。代わりに近くの屋台を指差して、
「あ、何だあれ! 美味そうじゃないか! 大樹、買ってくれ」
「ええー、どれだよ」
悪魔が指差しているのはフランクフルトだった。まあそのくらいならと財布を引っ張り出すのを待ちきれないように、シャエリクが手を引っ張る。痛い、痛いって!
「買う、買うから。そんなに美味そうか?」
「だって、血のような真っ赤なソースがかかってるじゃないか。それに、動物のはらわたも使ってあるようだし」
うっ、自分の分も買おうと思ったのに、なんだか食欲が。悪魔の主食ってなんなんだろう。好奇心がくすぐられる気もするが、怖くて聞けない。
買って渡すと、シャエリクは実に嬉しそうにフランクフルトにかぶりついた。……まあ、こういう無邪気な顔を見ている分には、やはり普通の少女にしか見えない。それほど怖がらなくてもいいのかも、と、自分にそう言い聞かせようとしたそのとき、
「何だこれは、不味い!」
シャエリクは一口食うなり吐き出すと、フランクフルトを地面にたたきつけた。ちょ、お前、食べ物を粗末に……って、悪魔にそんなこと言ったって無駄か。
フランクフルトが踏まれるところを見て心もとない気分になったが、もうどうしようもない。
溜め息をついて、俺は何かを諦めた。約定を違えたら、えらいことになるらしいから。
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必須お題:「召喚魔法」「十六番目」「夕顔」
任意お題:「煮えないように気をつけて」「マンネリは墓穴のもと」「これって運命の出会いに間違いない」「フランクフルトが踏まれるところを見て心もとない気分になった」
縛り:キスシーン三回入れること。オノマトペ(擬音語、擬声語)を五回以上使うこと。
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朝陽 遥(アサヒ ハルカ)
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自己紹介:
朝陽遥(アサヒ ハルカ)またはHAL.Aの名義であちこち出没します。お気軽にかまってやっていただけるとうれしいです。詳しくはこちらから
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