小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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読了。
エッセイ。
『ぐるり』は自分の周囲、の意のぐるり。
住んでいる町で、滞在した英国で、旅行に行ったトルコの地で、ある日のドライブで、取材旅行先の東北で、あるいはニュースを見ながら。感じたこと・考えたことが綴られています。
個人と集団、集団への帰属意識、異分子を排除しようとする本能、境界。諦めること、理解しようとすること、受容するということ。
その観察眼と思索の、こまやかさ。日常の中で(あるいは旅先で)、目の前に広がる世界のひとつひとつを、実に濃やかに愛情深く見つめている、その視線が読んでいて心地良い。なるほど、こういう人だからこそ、ああいう小説が書けるのだなと、思わずそんなことを考えつつ。
小説を書くとき、冒頭の一文と、それから最後の一文の重要性というのは、割とよく言われることのような気がするんですけど、梨木さんの本を読んでいると、いつもそのことを思い出します。(本作はエッセイであって小説じゃないんですけども)
最後の一文が作り出す、この余韻!
エッセイ。
『ぐるり』は自分の周囲、の意のぐるり。
住んでいる町で、滞在した英国で、旅行に行ったトルコの地で、ある日のドライブで、取材旅行先の東北で、あるいはニュースを見ながら。感じたこと・考えたことが綴られています。
個人と集団、集団への帰属意識、異分子を排除しようとする本能、境界。諦めること、理解しようとすること、受容するということ。
その観察眼と思索の、こまやかさ。日常の中で(あるいは旅先で)、目の前に広がる世界のひとつひとつを、実に濃やかに愛情深く見つめている、その視線が読んでいて心地良い。なるほど、こういう人だからこそ、ああいう小説が書けるのだなと、思わずそんなことを考えつつ。
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朝陽 遥(アサヒ ハルカ)
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性別:
非公開
自己紹介:
朝陽遥(アサヒ ハルカ)またはHAL.Aの名義であちこち出没します。お気軽にかまってやっていただけるとうれしいです。詳しくはこちらから
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