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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 読了。

 殺された妻の復讐をするため、仇の男が在籍する会社にもぐりこんでいる『鈴木』。依頼を受けた相手を「自殺させる」仕事を請け負っている、自殺屋『鯨』。同じく依頼を受ければ相手が女子どもであっても平然とナイフで惨殺する『蝉』。裏社会に生きる三人の男の視点から交互に語られる物語。

 鈴木はまだしも、鯨も蝉もひどいやつらなんだけど、どこか人間味があって、憎みきれない。本作に限らず、伊坂さんの作品は、どれも登場人物が強烈で、魅力的です。
 すぐれたストーリーテリングと魅力的なキャラクターのふたつの要素が揃っていて、面白くないはずがない。手持ちでまだ読んでいない三冊がすごく楽しみです。

 文庫本の裏のあらすじで「疾走感あふれる」と紹介されているんですが、まさにそんな感じ。まず、出だしの掴みがすごい。そして続く展開がいちいち手に汗握る。夢中になって読みました。
 ただ、若干の猟奇描写があり、びっくりするぐらい人が死にますので、そういうのが苦手な方は、避けたほうがいいかもです。
 すごく面白かったのですが、ただ、読み終えて、うまく自分の中で上手な着地点を見つけ切れなかった伏線が少しばかりあり。わざと曖昧にしてあるのか、私が読み損なっているのか、そこが気になっています。

<以下、追記にネタバレ含むつぶやき。未読の方はご遠慮ください>

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<ネタバレ注意>


 どこからが幻覚で、どこまでが現実だったのか。
 鯨の視点については、幻覚と現実の境目がある程度はっきりしているけれど、問題は鈴木の方。途中の伏線、「幻覚に入るきっかけ」「現実に戻るきっかけ」であるところの「信号」「列車」を信じるならば、鈴木の視点から語られる物語には、幻覚が混じっているということになる。しかし、何から何までが幻覚・妄想だったとするには、他の二人のシーンとリンクするところが多い。
 では何が幻覚だったのか。

 もしかして、槿=「押し屋」というのが鈴木の妄想で、実際には槿たちは、本当にただのSEとその家族だったんじゃないか……とか。この辺は、桃のセリフから思ったんですが。
『そもそも、槿と彼の家族の存在がそもそも鈴木の妄想で、実際には存在していないんじゃないか』とも思ったんですけど、それにしては鯨の視点でも次男が比与子と携帯で話しているので、それはない(と思う)。鯨も同種の幻覚を共有していたと考えるには、このあたりのエピソードは蝉の視点ともリンクしているし……。

 というようなことを読了後にぼんやりと考えていたのですが、確信が持てない。どちらともとれるように書いてあるのか、私が何か読み落としているのか。「こうだ!」という結論を見つけきれなくて、何でも白黒つけたい派な私としては、煙に巻かれたような気持ちが残っていたりもします。
 あるいはその感触こそが味わいで、無理に割り切らない読み方でいいのかもしれないんだけど、もしかして自分が読み取るべき情報を見落としていて、何かを解釈しそこなっているんじゃないかという気もする。そこを理解したら、今わかっていない別の面白さが出てくるんじゃないかと、つい思ってしまうんですね。というかしばしばそういうことがあり、二読めでようやく気付いたりします。
 暇になったらもう一回読んでみようかな。
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