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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。

 好きで、たまにこっそりのぞきにいっていたオンノベサイトさんが、久しぶりに見に行ったら閉鎖されてまして、しょんぼりしてました。よくあるといえばよくあることではあるんだけども……オンノベを読みはじめてから十数年経ったいま、気づいたら読めなくなってたサイトさんの数は両手の指では足りず。
 プロになるから作品下げられたとか、実生活上の理由でサイト管理が難しくなったとか、そういう話だったらいいんですけど、なんか、もしかしたら荒らしにあったのかな……? という形跡があって(うがち過ぎなのかもしれないけど)、他人事ながら、悔しいです。

 オンノベって難しいですね。
 プロや、アマチュアでもプロめざして修業のためにオンノベを舞台にしておられる方なら、どこかで読み手さんからの厳しい言動にぶつかったり、嫌なことがあったりしても、それをばねにして頑張るくらいの気概が求められるのかもしれません。
 でも、ただ単に好きだというそれだけで書いているときに、とつぜん他者から否定の言葉が降ってくるのって、なんというか、ものすごく理不尽なことだなと思います(自分からステップアップしたいと思って、頼んで指摘をしてもらうとかはもちろん別だし、相手がプロだから何言ってもいいと言いたいわけでもないのですが)。

 自分が打たれ弱いから、特にそう思うだけなのかもしれないんですけど。
 わたしは気力のあるときには投稿サイトにお邪魔して忌憚ないご意見をーってお願いしたりもするし(空想科学祭RED部門に飛び込んだりもしたし……)、そういうときはちょっとくらい厳しいお言葉をいただいても、そんなには落ち込みません。それが熱意やご厚意からの批評だと感じられたなら、むしろ嬉しかったりもします。だいたい元気のあるときには、たとえ悪意を感じるコメントをもらっても、ひとしきり腹を立てたあとに、自力で立ち直ることもできる。

 でも、心の準備のないときや、自信喪失してるときには、コメントの行間にうっすら悪意を感じただけで、なんかもう全部いやんなっちゃうときもある。そのほかの、温かい言葉をもらったときの嬉しかった思い出をぜんぶ合わせても、なかなか対抗できないくらい、がっつり落ち込んだりします。

 日常生活のなかでは、他者からの否定にぶつかることなんて珍しくもなんともなくて、ときに人間性を否定されるようなことまで言われたりしても、傷つかないとはいわずとも、わりと勝手にすぐ立ち直ります。図太いから。自力で飲み込めなかったら、誰かに愚痴るし。
 自分自身への否定よりも、書いた小説への否定のほうがずっとしんどいです。変な話なんですけど。
 日常生活のほうが防壁常備してるからかもしれません。小説は、壁を作るのが難しいのかも。

 というか、そもそもへたってるときだからこそ、人間不信気味になって、ありもしないところに悪意を見いだしてるだけなのかも、しれないんですけど。

 ただ好きだというそれだけで、一円にもならないところに相当の時間を割いて、あるいはうまく書けなくてうんうん悩んだりもして、やっとのことで書いたのに、その結果に報いるのが他人の悪意や蔑視というのは、辛いものです。一生懸命書いたものならなおさら。その意味で、自分が投稿サイトにお邪魔してるときに、言葉の選び方を間違えて不用意な否定をしてはいなかったか、しばしば振り返って不安になったりもします。

 否定されるのが嫌なら、そもそも最初っから、人様に読んでもらおうとしなきゃいいじゃん、というのも正論。叩かれたくなければ誰にも見せなければいい。それでも誰かに読んで欲しいんなら、批評厳禁の和気あいあいとやれるSNSだとかサークルだとかを探すなり、作るなりするという手もあります。

 あるいは、悪い意見はいっさい目に入れないという選択肢もある。精神的にシャッターを下ろすのでもいいし、目にするのも耐えられないんなら、自分のところのサイトやブログのコメント機能をぜんぶとっぱらっちゃって、SNSの感想も受付しない設定があります。徹底するならツイッターみたいなのも全部やめるとか。感想の書き込まれる可能性のある場所は、とにかく見ない。

 でもね。やっぱりできれば、読んでもらいたいんですよね。
 とにかく読んでさえもらえたら何だっていい……なんていうことでもない。つまんない、どこが面白いのかわからないと思いながら、義理やつきあいだけで嫌々読まれることほど辛いものはないです。それは、誰からも読まれない以上に辛い。
 もし趣味の合うひとに見つけてもらえたら、面白いと思ってもらえたらいいなって、そう思うから書くんです。でも、小説が面白いかどうかは読んでみないとわからないから、そういう人に見つけてもらうためには、まずは色んなひとの目に触れる必要がある。

 たくさんのひとに読んでもらうとなると、色んな読み方があるのは当然です。合わない、つまらないという人が、必ず多かれ少なかれいるはずなんです。わざわざ声を上げるかどうかは別として(悪意を持ってか、批評が書き手のためになるという前提のもとにかは、色々だと思いますが……)。

 それを目のあたりにするだけのガッツがあるかどうか。悪意をじかにぶつけられたときに、受け流すことができるかどうか。

 わたしには、できるときも、できないときもあります。いまは、少しくらいならたぶん大丈夫(あんまりパンチがきつかったらダウンするかもしれないが……)。
 何ヶ月か前には何でかやたらとへこんでて、「いまちょっとでも殴られたら無理もう心折れる……」って思ってました。もっと前は、わりと元気だった……厳しいこといわれてもそんなに長くは落ち込まなかった。気がする。
 もうちょっと調子が戻ったら、またTCにも戻っていきたいなあ……って、逸れましたが。

 悪意の有無とか程度の話だけじゃなくて。タイミングだったり、どれくらいがんばって書いた小説だったかとか、そういう要因で、ちょっとしたことですっかりいやんなっちゃったり、怖い思いをしたりして、もう全部消してなかったことにしようとか、小説書くのなんかやめてしまおうって思うのは、正直かなりわかります。わかるっていうか、思う。がんばって、その結果ひとから馬鹿にされるんだったら、頑張るのなんかやめてしまいたいもんよ。

 ……なんていって、自分の場合は気が小さいふりをして実は心臓に毛が生えているので、なんだかんだネガティブなことをぐだぐだ零しながら、続けていくと思うんですけども。

 続けるんだったら、よろよろ蛇行しながらも自分でなんとか、メンタルコントロールの術を見つけるしかないんでしょう。仮にいつか腕が上がって、書くもの書くものどれも面白いみたいな奇跡が起きたとしても、だからといって否定や悪意が消えてなくなるわけではないんだから。すべての人にとって間違いようもなく傑作で、文句のつけようもない小説なんか、どこにも存在しないんだし。

 もちろん、理想とか目標としてそういうものを目指すことが、悪いという意味ではないんですけど。

 はー。
 なんだかごちゃごちゃ考え込んで落ち込んだ日でした。あっちこっち論旨も飛んで、お見苦しいことです。
 明日には立ち直って推敲の続きに戻ります。

 閉鎖されたサイトの管理人の方が、いつか何か別の形でも、書くことを再開されるのを祈って。

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