小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
昨日から寒波の気配はあったが、今朝から一段と冷え込んだ。薄曇りの空は白々として、雪でも降りそうだ。道行く人々もコートの襟を立て、足早に行き交っている。
道の向こうから女学生が二人、何か話しながら歩いてくる。時々顔を寄せ合い、はしゃいだ笑い声を立てる。薄化粧の頬が寒さで赤らんでいる。ほとんど大人のようで、少女めいた面を残している、そういう年頃。
思わず奪われていた目を逸らし、何気ない様子を作って腕時計を見る。じろじろ見ていては、あらぬ疑いを抱かれるかもしれない。
待ち人があって路傍に佇んでいるだけで不審者扱いされかねない。やりにくい世の中だ。
ああ、来た。
どんな人ごみの中でも、一目で分かる自信がある。友人と並んで歩き、相手の話を聞いて頷く横顔が、大人びた微笑みを浮かべている。さらりとした長い黒髪がコートの肩に揺れる。その顔が、話の間にふとこちらを向き、ぱっと輝く。先ほどの表情とうって変わった、眩しいような少女の笑顔。
一旦振り向き、友人に断りを入れて、大急ぎで駆け寄ってくる。焦らなくてもいいのにと苦笑してはみるものの、そこが可愛いのだと、ちらりと思う。
「ごめんなさい、待った? 寒かったでしょ」
「いや、いま来たところ」
何気なく手をつなごうとしたが、学生達の視線が飛び交う中であることを思い出し、引っ込める。だが、彼女はこちらの手の動きを見るなり、ぱっと腕を組んできた。
いいの、と眼で問いかけるが、ぐいと腕を引かれただけだった。彼女はともかく、こちらはそれなりにいい年だ。少々気恥ずかしいと思いながらも、思わず頬が綻ぶ。得意な気持ちが半分、後ろめたいような気持ちが半分。
「どこに行く?」
「暖かいものでも飲もうか」
「『柊』のコーヒーがいいな」
「了解」
頷いて、歩調を合わせ歩き出す。
気を遣わずに、もっとワガママを言ってもいいのに。間違っても高給取りとは言えないが、そのくらいの見栄はどうにか張れる。だが、気配りをするらしいところもまた可愛いと思ってしまう。恋は盲目とはよく言ったものだ。惚れたら何だって美点に見える。
大学から歩いて五分もかからない、小さな喫茶店。柊の木をかたどった小さな看板を揺らし、木のドアを押すと、からんと鐘が鳴り、暖気とともにジャズ音楽が流れ出してくる。店主の趣味なのだろう、いつ来ても同じ曲。ジャズは苦手だと思っていたはずなのに、彼女が時おり楽しげに小さくハミングするのを聞くうちに、いつしか洗脳されていたようで、今では耳に心地いいと感じる。
「ね、ケーキ、頼んでもいい?」
「メニュー全制覇したっていいよ」
注文を待ちながらの他愛無い会話。彼女が大学の講義で聞いた面白い話に耳を傾けているうちに、コーヒーとケーキが出てくる。
そっちは何かあったと聞かれ、会社の変人の話やささやかな愚痴を、ちょっとばかり脚色しながら、おどけて話す。いちいち楽しげに笑う彼女の、頬のえくぼ。薄めの、それでもきっと時間をかけているのだろう化粧。前髪が少し短くなっているのにようやく気付き、そう指摘すると、「やっと気付いた」と頬を膨らませて、すぐに笑顔になる。
「早いなあ、もう二月か」
ちょっとできた会話の間を繋ぐつもりで、そう言ってしまってから、自分の言葉に何故かはっとする。
「あと一年と少しで、卒業よ」
彼女はコーヒーカップを持ち上げて、すまし顔でそう言った。
「卒業したら……」
言いかけて、口ごもる。
「卒業したら?」
問い返す彼女の目の光は、期待だろうか。会うたびに、もう言ってしまおうかと揺らぐ。衝動的に口にしたくなる。約束が欲しくなる。
だが、結局は首を振って、言葉をすり替える。
「……卒業祝い、何がいい?」
「ええ? 気が早すぎ」
拍子抜けしたように、笑う彼女。誤魔化した言葉に、気付いただろうか?
だが、その先を話すのは、まだ早い。彼女は若く、可能性は大きく開けていて、自分とは違う。未来を縛り付けるには、まだ。
「そういうのは聞かないで、ちゃんと、悩んでから決めてよ。楽しみにしてるから」
「そうする」
卒業祝いは飲み込んだプロポーズと一緒に、じっくり考えることにする。せいぜい神妙に頷くと、彼女はにっこりと笑った。蕾が花開くような、薄汚れた大人には、眩しすぎる笑顔だった。
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お題:「プロポーズ」「女学生」「洗脳」
制限:60分
縛り:2048字以内
某所の企画で書いたものでした。
道の向こうから女学生が二人、何か話しながら歩いてくる。時々顔を寄せ合い、はしゃいだ笑い声を立てる。薄化粧の頬が寒さで赤らんでいる。ほとんど大人のようで、少女めいた面を残している、そういう年頃。
思わず奪われていた目を逸らし、何気ない様子を作って腕時計を見る。じろじろ見ていては、あらぬ疑いを抱かれるかもしれない。
待ち人があって路傍に佇んでいるだけで不審者扱いされかねない。やりにくい世の中だ。
ああ、来た。
どんな人ごみの中でも、一目で分かる自信がある。友人と並んで歩き、相手の話を聞いて頷く横顔が、大人びた微笑みを浮かべている。さらりとした長い黒髪がコートの肩に揺れる。その顔が、話の間にふとこちらを向き、ぱっと輝く。先ほどの表情とうって変わった、眩しいような少女の笑顔。
一旦振り向き、友人に断りを入れて、大急ぎで駆け寄ってくる。焦らなくてもいいのにと苦笑してはみるものの、そこが可愛いのだと、ちらりと思う。
「ごめんなさい、待った? 寒かったでしょ」
「いや、いま来たところ」
何気なく手をつなごうとしたが、学生達の視線が飛び交う中であることを思い出し、引っ込める。だが、彼女はこちらの手の動きを見るなり、ぱっと腕を組んできた。
いいの、と眼で問いかけるが、ぐいと腕を引かれただけだった。彼女はともかく、こちらはそれなりにいい年だ。少々気恥ずかしいと思いながらも、思わず頬が綻ぶ。得意な気持ちが半分、後ろめたいような気持ちが半分。
「どこに行く?」
「暖かいものでも飲もうか」
「『柊』のコーヒーがいいな」
「了解」
頷いて、歩調を合わせ歩き出す。
気を遣わずに、もっとワガママを言ってもいいのに。間違っても高給取りとは言えないが、そのくらいの見栄はどうにか張れる。だが、気配りをするらしいところもまた可愛いと思ってしまう。恋は盲目とはよく言ったものだ。惚れたら何だって美点に見える。
大学から歩いて五分もかからない、小さな喫茶店。柊の木をかたどった小さな看板を揺らし、木のドアを押すと、からんと鐘が鳴り、暖気とともにジャズ音楽が流れ出してくる。店主の趣味なのだろう、いつ来ても同じ曲。ジャズは苦手だと思っていたはずなのに、彼女が時おり楽しげに小さくハミングするのを聞くうちに、いつしか洗脳されていたようで、今では耳に心地いいと感じる。
「ね、ケーキ、頼んでもいい?」
「メニュー全制覇したっていいよ」
注文を待ちながらの他愛無い会話。彼女が大学の講義で聞いた面白い話に耳を傾けているうちに、コーヒーとケーキが出てくる。
そっちは何かあったと聞かれ、会社の変人の話やささやかな愚痴を、ちょっとばかり脚色しながら、おどけて話す。いちいち楽しげに笑う彼女の、頬のえくぼ。薄めの、それでもきっと時間をかけているのだろう化粧。前髪が少し短くなっているのにようやく気付き、そう指摘すると、「やっと気付いた」と頬を膨らませて、すぐに笑顔になる。
「早いなあ、もう二月か」
ちょっとできた会話の間を繋ぐつもりで、そう言ってしまってから、自分の言葉に何故かはっとする。
「あと一年と少しで、卒業よ」
彼女はコーヒーカップを持ち上げて、すまし顔でそう言った。
「卒業したら……」
言いかけて、口ごもる。
「卒業したら?」
問い返す彼女の目の光は、期待だろうか。会うたびに、もう言ってしまおうかと揺らぐ。衝動的に口にしたくなる。約束が欲しくなる。
だが、結局は首を振って、言葉をすり替える。
「……卒業祝い、何がいい?」
「ええ? 気が早すぎ」
拍子抜けしたように、笑う彼女。誤魔化した言葉に、気付いただろうか?
だが、その先を話すのは、まだ早い。彼女は若く、可能性は大きく開けていて、自分とは違う。未来を縛り付けるには、まだ。
「そういうのは聞かないで、ちゃんと、悩んでから決めてよ。楽しみにしてるから」
「そうする」
卒業祝いは飲み込んだプロポーズと一緒に、じっくり考えることにする。せいぜい神妙に頷くと、彼女はにっこりと笑った。蕾が花開くような、薄汚れた大人には、眩しすぎる笑顔だった。
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お題:「プロポーズ」「女学生」「洗脳」
制限:60分
縛り:2048字以内
某所の企画で書いたものでした。
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プロフィール
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朝陽 遥(アサヒ ハルカ)
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性別:
非公開
自己紹介:
朝陽遥(アサヒ ハルカ)またはHAL.Aの名義であちこち出没します。お気軽にかまってやっていただけるとうれしいです。詳しくはこちらから
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