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小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
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 読了。

 営業マンである主人公・グレーゴル。他の仕事仲間たちは適度にさぼりながらやっているのに、彼だけは早朝から熱心に走り回り、他の誰よりも頑張ってきた。それなのに、上司からは不当に扱われている。こんな職場、やめてやりたいと思っているけれど、家族には彼のほかに稼ぎ手がいない。商売に失敗して負債を抱えている父親、体の弱い母。それにグレーゴルは、ヴァイオリンの勉強をしたいと思っている妹を、音楽学校に入れてやりたいと思っている。それで、不遇に耐えながらも働いている。
 そんなグレーゴルは、ある朝ベッドで目覚めると、自分の体がとつぜん巨大な一匹の虫になっていることを知る。商用で旅行に行く予定になっていて、予定の列車の時間はとうに過ぎているのに、早くベッドを出て、とにかく仕事に行こうと思うのに、体は満足に動かない……。

 悲しい、やるせないお話です。
 そして、『人間』を描いた小説です。虫に変身する、というのは題材に過ぎなくて、描いてあるのはあくまで人間性なのだと思いました。
 日々の暮らしに疲れ果てて、失われていく思いやり。道徳の仮面を剥ぎ取られた人の本性のおそろしさ。己の悲運を嘆き、他人の無理解を怒る心。ときおりふとしたことをきっかけに揺りかえす良心や後悔。
 主人公に感情移入して読むと、「なんてひどい家族なんだ」で終わるかもしれないんですけど。たとえば自分がこの妹だったら、どうふるまうことができるだろうか、と思い始めると……。家族への愛情と義務感、嫌悪と重荷に思う気持ち。それぞれの間で折り合いをつけかねて、苦悩し、疲れていく。そういう家族の気持ちがまったく理解できないわけではない。家族と言う重荷から解放されたいと望む、そのことを果たして自分に責められるだろうか、とも思う。
 ある日とつぜん虫になってしまったグレーゴル自身も、さまざまな思いの間に揺れています。ときに自分の背負った運命を嘆き、家族からの不遇に怒りを見せ、ときに己のようなものを背負い込まされた家族の不運を悲しみ、自責する。

 文庫本の解説の中では、「さまざまな解釈が生まれたのも当然」として、その中に、虫になったグレーゴルをノイローゼや登校拒否児童に置き換えられる、というひとつの見解が述べられています。この主題はもしかしたら、現代の介護問題にも置き換えられるかもしれません。家族の重荷になる、ということ。家族を重荷に思ってしまう、ということ。

 しかし、あれですね。カフカ研究者なる方々がいらっしゃるそうですし、それだけいろんな人の解釈がすでに出回ってる有名作品に対して感想文を書くのって、なんとなく変なプレッシャーがあるというか、自分のものすごい読解力のなさというか、アホ丸出しなところをさらけ出してるんじゃないかっていうか、そんなことがつい気になる小市民です。
 それはあまりに見栄っ張りだよ……いいんだよ、小説の感想なんて「面白かったです。」とか「感動しました。」とかでもう花丸だよ。(開き直り)

 それにしても、海外の文学作品については前からほとんど手をつけていない分野なので、有名どころから少しずつ読もうと思ってはいたんですけど、書物の海は広大すぎて、どこから手をつけていいか決めきれないでいました。最近、尊敬する作家の池澤夏樹さんが、個人編の世界文学全集を手がけておられるので、ここはその紹介文から、気になった作品を少しずつ探していこうと思い立ちまして。

 不肖私、つまらない反発から「文学」という響きだけで、有名な文学作品を敬遠していた時期がありまして、今さらもったいなかったと激しく悔やんでおります。
 もちろん今でも娯楽小説派なんですけど、長年読み継がれてきた書物には、それだけの何かがあるのだということは、さすがにもう理解しているのです。

 とはいえ、有名どころはのきなみ読破しよう、というような根性はないので、いずれ気になるものだけでも細々と読んでいこうと思います。とりあえず次は『老人と海』だ。短いやつからいっとこうという根性が透け透け。

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 感想文の前に……小説『各種技能、取り揃えております。』をUP。書いたっきり、きれいさっぱり忘れて放置していたのを思い出して、今さらだけど掲載しておきます。
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 本題。読了。

『蒼穹の昴』の続編。舞台は清代末期、義和団事件の折。八ヶ国連合軍が攻め入った北京の、紫禁城の奥深くで、一人の妃が無残に命を落とした。なぜ珍妃は命を落とさねばならなかったのか。そのとき紫禁城の奥深くで、何が起きたのか。
 事件の二年後、八ヶ国連合軍の略奪の実態を調査するために来華した英国貴族・ソールズベリー提督は、舞踏会で出会った不思議な女から提示されたこの謎の真相を求めて、二年前の事件の調査を始める。

 提督は、他国の人間を集めて証言者の話を順番に聞いて回るわけなんだけども、聞く相手によって、言うことが全然違う。
 歴史は語る者によって姿を変えるという話、人は見たいものを見たいように見るという話、あるいは、主人公たちはこの悲劇の表面的な事象ばかりを追っているけれど、本質的な罪科はどこにあったのかを問う話、なのかな。 個人であるときはごく普通の、あるいは善良な人々が、ひとたび集団となって大義名分のもとに戦争を始めたときに、どれだけむごいことを平気で行うのか、ということ。

 深いお話なんですけど、前作ファンが前作の登場人物のその後を知りたくて読む分には、少し物足りないかな、という気もします。蘭琴の証言の部分なんかは、正直泣いたけれども!
 はて、さらなる続編の『中原の虹』はどんなものだろう。読みたい、しかし、まだハードカバーでしか出ていないような気がする。果たして私は文庫本になるまで待てるんだろうか……。

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 八年だか九年だかぶりの再読。

 初読は高校の図書室でした。『24人のビリー・ミリガン』とどっちを先に読んだんだったかな……。ぼろ泣きした覚えがあります。
 最近、文庫がよく本屋さんに平積みしてあるのを見かけていたので、懐かしくなってつい購入。そしてまた泣いた……。
 平日の夜だというのに、明日は仕事だから早く寝ないといけないと分かっているのに、うっかり午後九時ごろに1ページ目を開いてしまって、それから一度も手から本を離さず、読了した現在、午前零時三十分。私は馬鹿か。

 チャーリイ・ゴードンは子どもの頃から発達障がい(この本の中ではそう表現されてはいませんが。書かれたときにはまだ『発達障がい』という名称はなかったか、一般的ではなかったんじゃないかなあ)を抱え、ものを覚えるのが人よりずっと遅かった。彼をからかって笑う人は多かったけれど、人が笑っているとそれだけで嬉しかったチャーリイには、友だちがたくさんいた。
 だけど、チャーリイはいつも、賢くなりたかった。だから仕事帰りに学校に通って、読み書きも一生懸命覚えた。
 そんな彼に、大学教授が頭がよくなる手術を受けさせてくれるという。動物実験は繰り返されてきているが、人間に試すのはこれが初めてで、危険のある可能性は限りなくゼロに近いけれど、絶対ではないという。けれど、チャーリイは迷わなかった。手術が済んだら、賢くなるために一生懸命頑張ろうと、チャーリイは心に誓う……。

 一度も読まれていない方がいらっしゃったら、ぜひお勧めしたい。読んで絶対に損はない、心を打つ一冊。

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6/24追記。
『アルジャーノンに花束を』には、本当に色んなテーマが込められています。
 この本を読んでどこに強く胸を打たれるか、何を思うかということは、本当に人それぞれだろうなあ……。良著というものは、読む人の心をうつす鏡でもあると思います。

 幸せって何だろう。賢くなることは果たして幸福なのか。何かを得るために失わなくてはならないものの大きさ。人間の尊厳の物語であり、親子の物語でもあり、(チャーリイにそのつもりはないにせよ)親の愛を競うきょうだいの物語でもある。あるいはアリスとの愛の物語。
 色んなテーマが込められていても、全編を通して揺るがない確かな軸があるので、けして軽くならない。すごい本です。

 裏表になった劣等感と優越感。人を見下し、嘲笑し、蔑み、非難し、拒絶し、理解を諦め、嫌い、レッテルを貼り……。誰かを傷付けることで自分の弱い心を守ろうとする、そういう心の働きが、どれほど人を傷つけ、人と人の間を隔てているか。だけどそれはきっと、誰の心にも棲んでいる鬼で、見ない振りをしてもけして消えてなくなりはしない、私たちの業なのでしょう。
 だからこそ、人は自分の心の中の闇を否定するのではなく、見つめ、理解して、怯えなければならない。それは恥を知るということなのだと思います。

 読み終えるまでは、とにかく夢中で読みました。一晩おいた今日になって、これが内容を思い返しながら感じた、今の私の感想です。
 何年かして読み返したら、今度はどんなことを思うんだろう。きっと、今とは違う感想が出てくるんだろうな。
 そういう本に出会えることの幸せ、を噛みしめた一夜でした。

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 読了。
 といっても、小説ではありません。タイトル通り、ヨーロッパの中世の魔女と薬草についてのつながりに焦点をあてた紹介本。これは、書こうと思っている小説の資料の一環として注文しました。異世界ファンタジーだから、ヨーロッパの魔女の文化をそのまま設定に使うわけじゃないんだけど、一応かるく下調べ。

 ということで、魔女と薬草のかかわりや、植物の毒性や薬効について全然知識がなかったので、雰囲気だけつかめればいいかなあ、くらいの気持ちだったんですけど、読み物としてもなかなか面白かったです。白黒ではあるけど、写真がたくさん入っているのも嬉しい。

 口にしたり塗り薬にしたりするだけじゃなくて、魔除けとして家々の玄関先に吊るした薬草、なんていう話も興味深いです。
 ドイツの古い薬局の調剤室にあった、小さな引き出しのびっしりついた薬棚の、引き出しごとに施された絵や彫刻のこととか、決まった日や曜日に摘んだ薬草には、特に薬効があると信じられていたなんていう話に、なぜかうっかり激しく萌える。いったい私の萌え回路はどうなっているのか。

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 読了。

 主人公のバーテンダー・島村は、アルコール中毒。晴れた日には新宿の公園に出向き、ベンチでウイスキーを飲み、手の震えが止まってから仕事に出向くという日課を身につけている。
 ある日、いつもと同じように出向いた公園の平和な朝、秋の日の柔らかな陽射しが降り注ぐ中、突然の爆発音が響く。音源の方に走り寄った島村は、広場中に散らばる人間の残骸を目の当たりにする。

 明らかになる過去の罪、かつて共に暮らし、主人公の前から姿を消した女性のその後。意外な犯人……。
 文体はハードボイルドで、だけど情景が美しい。
 何よりも主人公のキャラクターが、すごくいい。アル中なんだけど、ちょっとインテリの匂いがして、でも、切れ者かと思えば単純なところもある。どこまでも個人主義、一人きりで、だけどそれが好き勝手に自分のことだけ考えているということじゃなくて、周りの人間の身に気を配る人の良さや誠実さを持ち合わせている。人を騙そうとか利用しようとか、そういうずるさがなくて、損得でものを考えない。
 もちろん、人の弱さを描く作品だっていいんですけど、こういうのもいいなあー。

 藤原伊織さんの作品はまだ二冊目だけど、空気というかムードというか、色気があって素敵です。心置きなく作品世界に酔っ払えるというか。また他の本も見かけたら買ってみよう。

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プロフィール
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朝陽 遥(アサヒ ハルカ)
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非公開
自己紹介:
朝陽遥(アサヒ ハルカ)またはHAL.Aの名義であちこち出没します。お気軽にかまってやっていただけるとうれしいです。詳しくはこちらから
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