梨木香歩さんの「エストニア紀行」を、発売直後に買っていたのだけれど、楽しみすぎて、なんとなくこれまで手をつけかねていました。好きすぎる作家さんの本って、買ったその日に読みふけるか、存分にのめりこんで読むタイミングを見計らってなかなか読みだせないか、どっちかだと思う……
期待からおあずけしていただけあって、やはりすごくいい読書時間でした。寒い国って、自分で住める気はまったくしないんだけど(※寒がり)、いつか一度くらいは訪ねてみたい気がする……
ある島で、喪中に履くスカートの色が細かく決まっているという話が、なんていうことのないエピソードのようなんだけど、さりげなく印象的でした。葬式のとき、その一週間後、ひと月後、三か月後、一年後……とぜんぶ決まっていて、それぞれ柄が違うんだそうです。ああこの人は身内を亡くして一年ほどなのだ……と、ひと目でわかること。それが求められる文化、というのはどういうものだろう。
あと冬に靴下四枚履きする話もさりげなく衝撃でした。四枚目の一番外に履くやつはサイズが大きいんだって……試しにやってみようかな、四枚履き。(靴が履けません)
バルト海の、塩辛くない海の話も面白かった。入り組んで奥まった海岸で、川がたくさん注ぎ込んでいるために塩分濃度が低くて、そのおかげで凍りやすいんだとか。それで冬には氷上道路が出来て、その近くを砕氷船と化したフェリーも運行してるんだそうです。すごい光景だよなあ。
梨木さんのエッセイって、そこに暮らす人々の生活や文化にも、とても温かなまなざしが注がれているのだけれど、植物や鳥、森や河川といった自然への視線には、読んでいて心地のいいものがあります。
チェルノブイリ事故のおかげで人が立ち入れなくなった地域や、三十八度線のように政治的緊張から人のあまり立ち入らない地域が、動植物の楽園と化しているという話もありました。チェルノブイリのほうなど、放射能の汚染による害もあって、それで死んでしまう動植物ももちろんいるんだけど、それでも適応して繁殖している個体がいて、それでかつては絶滅寸前だった動物が、いまや個体数を大きく増やしている。人間がいなくなることで回復する自然、というモチーフはSFでもときどき見かけますが、これは現実の話。
これが今年最後の読書になるのかな。読んだ冊数自体はあまり多くなかったけれど、今年もいろいろ面白い本に出会えたことを、ここは素直に喜んでおこうと思います。来年もいい出会いがありますように!
架空史SF、ラブコメ、そしてアクション。
昭和の終わる年、政治的混乱の隙間をついて、公序良俗を乱す表現を取り締まることを目的とした「メディア良化法」が成立した。
法務省の機関として設立されたメディア良化委員会は、書籍、映像、音楽作品の検閲を実施する権限を得た。小売店に対する検閲、販売元への流通差し止め命令、マスコミに対する放送禁止命令。そしてそれを実行に移すための「良化特務機関」と呼ばれる部隊をさえ、彼らは組織下に置くことができた。
悪法といえ法は法。それに対抗するためには法的措置なくしては話にならない。かくして成立した「図書館の自由法」。いわく、図書館は資料収集の自由を有し、資料提供の自由を有し、利用者の秘密を守り、すべての不当な検閲に反対する。そして図書館の自由が侵されるとき、団結してあくまでそれを守る。そして設立されたのが、特務機関の検閲にあらがうための図書隊という組織だった。
良化法成立から三十年。良化特務機関と図書隊の争いは激化の一途を辿り、しばしば銃器をもちいた抗争さえ勃発する日々。検閲はほとんど言論統制といっていいレベルになっていた。
そんな時勢の中、希望して図書隊に入った主人公、笠原郁二十二歳。彼女は男子隊員に混じって引けをとらない身体能力と、考えるよりも体が先に動く暴走癖を持っていて……
かなり有名なシリーズですが、少し前にようやく読みまして、そしてものすごい勢いでハマりました。ついでに堂上教官がツボすぎて、うっかり萌え死ぬかと思いました……。
恋愛シーン以外もかなり骨太なつくりの架空史SFですが、しかし、ラブコメがラブコメすぎて、別の意味でもじったんばったん悶絶しながら読んでました。バスの中などで読むのは大変危険な図書です。
ついでにようやく自覚したんですけど、どうやらわたし、正義の味方キャラがすごく好きです。迷いなくひとに手をさしのべることのできるヒーロー。現実に正義を標榜する人は嫌いですけども、そこはそれ、フィクションの良さということで。
図書館員が武装なんていう設定だけ見ると、かなりトンデモなんですけど、法律の施行の流れや社会の動き、それを踏まえた人々の生活や行動が丁寧に描かれているので、そこにリアリティが生まれて、実際に読んでみれば骨太な印象。
作者の有川さんは、大人のためのライトノベルがやりたかった、と各所で口にされているだけあって、設定はかなりがっしり作りこまれている社会派ながら、キャラクターの魅力はライトノベルならではのもの。
すっかりはまってしまって、いまゆっくりほかのシリーズも追いかけているところです。
普段からよくつるんでいる主人公たち六人。彼らを除いて、校舎には人っ子ひとりいない。扉も窓もかたく閉ざされて、外に出ることもかなわない。そればかりか校舎そのものの構造も、よく見れば知っているものとは違う――
閉じ込められた六人は手がかりを求めて校舎を歩き回り、それぞれの記憶をつき合わせて推測を重ねる。
以前、自殺したクラスメイトがいたこと。それなのに、妙なことにそれが誰だったのか、皆がまったく思い出せないという。
やがて時が経ち、仲間のひとりが急に姿を消す。それも、誰かに襲われたような気配を残して。
この妙な異空間は、自殺した人物の精神世界ではないのか。過去の有名な超常現象を引き合いに出して、なんとか状況を理解しようとする彼ら。もしかするとその自殺した人物は、この六人の中にいるのではないか……。けれどこんなに仲のいい友達が自殺なんてしたら、すごくショックだったはずなのに、そんな大事なことを忘れてしまうなんてあるだろうか。
結論が出ないまま、仲間たちはひとり、またひとりと姿を消してゆく――
正直なところ、最初のほうは読んでいて、それほど面白そうと思わなかったんですね。でも辻村さんの作品ならば、きっと読みすすめていくうちに、どんどん面白くなっていくはず。そう思って読みすすめていったら、案の定。謎の核心に迫り始め、キャラクターの魅力が最大限に活きてきた中盤以降は、もう続きが気になってページをめくる手が止まらない状態でした。
読み終えてすでにけっこう時間が経ちますが、これはひとつ、この先何年が経っても忘れないだろうなと思うのは、六人のなかのひとり、菅原のキャラクター。あのカッコよさは犯罪。(真顔)
ストーリーテリングについても、中盤以降の読ませる展開と、終盤のどんでん返しと感動の待っている辻村さんですが、いちばんの魅力はキャラクターだと思うんですよね。登場人物が魅力的だった作品って、ちょっとやそっとのことじゃ忘れられない魅力があるなって思います。
辻村さんの本はどれも厚いので、いざ読みかかるまでになかなか気合がいりますが、でも、読んでまず損はないという信頼感があります。とりあえずいまは「子どもたちは夜と遊ぶ」を机の上にスタンバイ中。
主人公の少女・縁の父親は、妻敵討ち(妻と駆け落ちした間男を追って討つこと)のために、藩を離れて長い旅に出ていた武士だった。しかし道なかばで毒草にあたって、倒れてしまう。はからずもその末期を看取ることとなった寺の人々は、死にゆく男の願いを聞いて、ひとり残された少女の面倒を見ることになる。
成長し、出家して湯灌にたずさわることになった縁。
ときに屍洗いと侮蔑されて傷つき、ときに隠された人のつらい秘密に触れて苦しみながらも、心を込めて遺体を清め続ける縁はやがて、その心根の美しさから人々に「三昧聖(さんまいひじり)」と呼ばれるようになるが……。
キャッチコピーに江戸時代の「おくりびと」と書かれていて、その広報の仕方はなんだかなあとか思ったのだけれど、それはさておき、とてもよかったです。
「銀二貫」といい「みをつくし料理帖」シリーズといい、高田郁さんの小説は、人情と登場人物の心根のよさに、心をあらわれるような作品ばかりです。どの作品の主人公も、不慮の災害や事故等でつらい思いを重ねて、けれどその中でも我が身の不運をひがむことなく、ときに苦しみながらも前を向いて成長していく。周囲の人々から注がれるやさしさや情を見落とすことなく、まっすぐに顔を上げている。
時代ものがお好きな方には、すごくオススメの作家さんです。
主人公がその力を使うことがないように、母親は厳しくいいきかせて、気をつけていた。彼自身にも、力を使うつもりなんてなかった。ある事件が起きるまでは。
主人公の大好きな女の子、ふみちゃんは、学校で起きた陰惨な事件に巻き込まれて、深い心の傷をおう。くだらない動機で事件を起こした犯人はまだ未成年で、このままではたいした社会的制裁も受けないまま、なしくずしに終わってしまう。この力を使って、犯人に制裁を与えることができないか――
動物虐待のシーンが出てきたりするので、そういうものを読むのが辛いという方は、ちょっと要注意。しかし読んで損はない一冊です。
辻村さんの本って、文庫版で買ってるんですけど、一冊ずつがすごく厚くて、買うかどうか迷ってるときにはその厚さが「うっ」って思います。でもいざ買って読みおえてみると、間違いなく面白い。といっても、まだ「スロウハイツの神様」と「ぼくのメジャースプーン」と「冷たい校舎の時は止まる」と、三作しか読んでないんですけど。
序盤からぐいぐい引き込まれて魅了されるという感じではないんですけど、読み進めていくうちにだんだん序盤の複線が生きてきて、終盤はそれが怒涛の勢いで回収されていくんですね。坂を転がり落ちる岩のように、スピードが増していく。そしてラストには深い感動が待っている。
いまから辻村さんの本を読まれる方は、もしも前半で躓くことがあっても、ぜひ最後まで読んでいただきたいなと思います。
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