小説を書いたり本を読んだりしてすごす日々のだらだらログ。
 先日のセクシャリティの話に拍手コメントいただいていました。末尾にお名前伏せて返信させていただいていますので、お心当たりの方は「つづきを読む」からご確認いただけますと幸いです。

 人が自分と違うことを、「理解はできないが、受け容れる」ということ……というのは梨木香歩さんのエッセイから借りてきた言葉なんですが。セクシャリティの問題を扱っているわけではないけれど、梨木さんの小説やエッセイには繰り返しこのテーマが出てきます。価値観の衝突がない世界というのも寂しいし、ときには摩擦が起こるのは当たり前ではあるんですよね。
 でも人間はときに自分に理解できないものを存在しないこととしがちで、その傲慢さを自覚すること、みたいなことをよく思います。
 そういいつつ自分も知らずたくさんの偏見に捕まっていると思うし、まったく偏見を持たないことって、多分人間にはできないんですけど。

 何年も前に、誰にも恋をしたことのない女の小説を書いたことがあったんですが、そのときはまだアセクシュアルという言葉も聞いたことがなく、主人公を恋愛以前のこととして、根本的に他人とのあいだに距離を置いてしまうひととして書いていたんです。そして、他人を情熱的に求めるほかの人たちを、理解できないと言いながら心の中のどこかで羨んでいる人として。

 だけど、そう、その話自体に無意識の偏見がまだ入っているんじゃないかなと、いまごろになって自分でそんな気がしました。そもそも恋愛をしないことに原因らしい原因なんて思い当たらないという人もおられるだろうし、人間のことがけして嫌いなわけではないのにただ恋にはならないという人もおられるだろうなと思います。それが何かしらの内的要因に基づくものなのか、脳機能の問題なのか。同じ「アセクシュアル」というカテゴリで括っても、何か環境などに原因があるのかないのか、あるとしてどういう要因からやってくるのかは、きっとほんとうに千差万別なんだろうなと。
 なんかそういうの、いつかもうちょっとちゃんと書けたらいいなと思います。自分自身の問題にもう少し距離が出来てからのほうが書きやすいのかもしれないですが。


 つづきは返信です。







 拍手コメントありがとうございます。コメント拝見して、アセクシュアルの方の記事をググっていくつか読んでみたんですけど、たしかにこの先に恋愛をする可能性が絶対にないと断言できるのかという意味で、アセクシュアルであるということを証明することは不可能なんだなと思いました。決めつければそれが呪いになるから、確信なんて持たなくてもいい、というのを読んで、ああ、そうだ、たしかに人間は自分で自分に呪いをかけてしまうものだよなあなどと思ったりもして。

 恋愛を悪いものと決めつけたいわけでもないんですけどね。恋愛をしないのがおかしいことだとか、家庭を持たないことは即ち不幸であるとか、そういう価値観が全てではないということが、世の中に浸透して、もうちょっといろんな人がいろんなことを気負わずに、ゆるく生きられるようになったらいいですね。

「彼女が好きなものは~」はほんとによかったのでぜひ。

 実は先日の日記を投稿したあと、いらんことまで書いてしまった気がして、消そうかどうか迷ったのですが、共感いただけた部分があったのなら恥をさらした甲斐があったかなという気がします。コメント残してくださってありがとうございました。

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